Area《2-17》
「えっと、その。……珍しいものを屋台で見つけましたので」
蒼い花の鉢植えを差し出したまま、ミコトは固まってしまった。隣のゼラは呆れ顔である。
「あー……ミコト、おぬしそこまで口下手じゃったかのう……。まあ、あれじゃよ。我らが普段世話になっている礼、と。そういうことじゃ」
「……です」
「これは……ありがとうございます。リビングのほうで育てましょうか。確かにこの辺りでは見ない品種ですね」
受け取ったそれは、リリーシアの記憶にもないものであった。形はユリに似ているが、ユリというには花弁が多く豪華な印象である。
曇りのない華やかな発色の花弁で、集中してみると若干ながら魔力の流れを感じることができる。うまく増やすことができれば、何かの素材にすることもできそうである。
などと考えながら、ミコトとゼラに頭を下げる。
女性から贈り物をもらうという初めての経験に恥ずかしさを覚えつつ、自然と笑顔を見せることが出来た。
「聞いた? 例の王子様が、今日王都に入ったらしいわよ」
時は7日目の昼間。もはや毎日のように屋台へ雑談に来ているメルランデ(毎回珍妙な手土産を持ってきてくれるので面白い)が、その爆弾を投下した。ちなみにミコトとゼラは、在庫がおいつかなさそうなので工房のほうで生産業務に入っている。
「そういえば、数日間話題に登らなかったからすっかり忘れていましたねー……」
リリーシアは、完全に失念していたという顔をした。忙しく働いた経験も初めてながら、加えて祭りの賑やかな雰囲気にあてられて完全に忘れていたのだ。
例の王子様――ガロナ・バレンス。隣国バレンス・ド・マホンの第一王子であり、(外から見れば)完璧な人格者のイケメンという話らしい。実際に会ってみないと為人はわからないものでもあるので、実はリリーシアとしては会ってみたい気持ちが強くはあるのだが、隣で露骨に胃痛を感じている顔をしているセレネを見ていると口が裂けてもそうは言えないのである。
「あー……セレ……セリカ、大丈夫ですか?」
「え、ええ、まあ……好調ではないけれど。憂鬱だわ……」
どうするのが的確な策なのか……政治にも恋愛にもスキル習熟度を積んでいないリリーシアには全く想像がつかないので、元気付けようにも慰めようにも言葉を選べない。と、思っていると。
「そりゃあアレだね。どうしても気になって仕方ないなら、さっさとケリつけるしかないんじゃない?」
「……それはまた、正論といえば正論ですが。横暴すぎるのでは……」
そのメルランデの言葉に唖然として返すも、隣のセレネは深く考えこんでいるようだ。
「もうね、そういう面倒事はさっさと倒してしまって、祭りを楽しんだほうが得ってもんよ。――あんたら二人にはそれをするだけの力があると思うけどねえ」
メルランデとしては、ただの無責任な思いつきではなくリリーシアたちを信頼しての言葉であるらしい。
「……そう、ね。隠れていても始まらないし、こちらから仕掛けにいったほうがいいのかも」
「一理あるとは、思います。ですが、セレネはともかくとして――私にできることとは何なのでしょう?」
「リリーシアは政治とか色恋とか見るからに疎そうだもんね。だからまあ、一言で言やあ――暴力さ!」
「暴力、ですかぁ……?」
ぐうの音も出ない論理だということはわかるが、それでも自身の価値に腕力以上のものはなかったのだろうか。半目で問うと、
「まあまあそう言いなさんな。相手が理屈を捨てて暴力に手を出した時、対抗できるのもまた理屈じゃなくて暴力だってこと。小難しく抑止力と言ってもいい。あんたは、彼女の剣となり盾となりゃいいの。――そういうの、得意なんだろう?」
「ええ、そうですね……心得ました。もちろん、こんな力を振るわずに丸く収まるならそのほうがいいのですが」
「頼りにしているわ、騎士様」
声の方を振り向くと、先ほどと一転して上機嫌な笑顔のセレネと目が合い、戸惑ってしまった。ただ、その笑顔の内に覚悟を垣間見て、リリーシア自身も気合を入れなおす。
その様子を見ておかしそうにからからと笑いながらメルランデは風のように去っていった。去り際に「ごちそうさま」と残していったような気がするが、果たして。
自分がちゃんと力になれるといいのだが――そんな不安を抱きつつも、二人は明日王城へ向かうことに決めたのであった。




