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Area《2-16》

・新年祭前半-ミコト・ディオールとゼラ・ソウリエの場合-



 新年祭初日。自由時間に入った私はゼラと祭りの雑踏に紛れていた。

 私がこの王都に来てから、何年経っただろう。そうつぶやくと隣のゼラが「何十年の間違いじゃないのかや」と笑ってきたので真顔で無視してやった。

 二本の角と長い耳を持つイグルー族が通常の人間種ヒュームより格段に長い寿命を持つのは事実だが、私がこの街に居着いてからまだ何十年もは経っていないし、実際にその年月を忘れるほど永く生きているわけでもない。


「今年の新年祭も、いつも通りにぎやかだね」

「そうじゃな。まあ歩いていれば目新しいものも見つかるじゃろう」


 バツェンブール国――特にその王都ラツェンルールは良いところだ。多種多様な人種がひしめきあいつつも、平和で争いが少なく、娯楽にも溢れ、そして冒険者としての仕事にも困らない。

 なにより彼の地では恐れられるだけの存在であった私たちイグルー族も、この国では普通に暮らしていけるのだから。


 その平和と発展の象徴たる新年祭の空気を味わいつつも、私は別のことを考えていた。


 現在の師匠、リリーシア・ピルグリムのことだ。


 武術、魔術、鍛冶、錬金術、その他……私の何をとっても全く及ばないあの人間種ヒュームの女性について、私はぼんやりした頭で自然と思い返していた。


 初めて見たのはあの定期闘技興行。普段はあまり闘技場に行かないゼラが気まぐれに「行ってみよう」と言い出してついていったのだが、そこで私は度肝を抜かれることになった。

 目にも留まらぬ体捌き、剣術、そして何より黒の騎士鎧を倒したあの巨大な一対の氷柱――

 思わず映像記録結晶を買って見直すまでは、現実ではなかったのではと自分の見たものを疑っていたものだ。

 後日冒険者組合に行って、彼女を知っているか知り合いに訪ねてみるも、誰も知らなかった時は途方に暮れてしまった。あれだけの実力者で、しかも空より鮮やかな蒼色の髪を持つ冒険者が無名であるはずがないと思っていたのだから。


 次に会ったのは、地下下水道掃討作戦。当時王城を騒がせていた暗殺予告の余波が、何らかの形で冒険者組合の依頼として回ってきたらしいと聞いて依頼状を見に行ってみると、そこに列記されていた隊長格の中にリリーシアの名前を見つけて非常に驚いた。

 間近で彼女を見てみたいと思い、私はゼラを誘って作戦に参加した(担当の職員に頼み込んで彼女の隊に入れてもらった)。

 結果としては、彼女を近くで見ることはできたものの、隊の人数は多く、話しかけることはできなかった。

 ただかえって、その泰然とした後姿は私の記憶に強く残ることになった。


 そして決定的な邂逅となったのが、ガルーダ工房であった。

 私とゼラが日課の鍛冶仕事をしている最中に、リリーシアはガルーダとともに突然現れた。経緯もわからないまま突然現れて、私は『これは、今話題の《蒼》の』などとガルーダに合わせはしたが、その実あの時は本当に動揺していた。こんな偶然があるものだろうか、と。


 その後、奇妙なことに話は(私にとって)都合よく進み、私とゼラは彼女の弟子となったのだった。


 それからのことは記憶に新しい。あの工房で自分が働き始めてから――

「あれから、一ヶ月。ミコトも、ゼラも、変わったよね」

「なんじゃー? 突然に。まあ……変わったよのう、おぬしもわらわも。やり直しと称しても問題ない程度には鍛えられたからのう」

 ゼラがからから笑いながら返す。

「やり直し……確かに、そうだね。鍛冶も、錬金術もそうだし……あの模擬戦のおかげで、私の《不撓不屈》、魔力効率がどんどん上がってて。この一ヶ月で、持続時間が三倍になったんだよ。なんていうか、本当に信じられないよね」

「あの師匠は指導の言葉こそ少ないが、的確な答えを行動で返してくれるからの。まったく、あの齢でどうしてあれほどの力を……」

 二人同時に「んんー」と首をひねって考えてみるも、その理由は皆目見当がつかないままであった。


 とはいえ、模擬戦でずっと勝てないままというのは私達の意地が許さない。

 屋台で昼食を買いながら話し合い、二人は来年初月の目標を「師匠から一本を取る」ことに決めた。


「さて、まだ時間にも余裕があるわけじゃが……どうするかえ?」

 私は少し考えてから、一つこなさなければならない用事を思い出した。

「師匠におみやげを買って行こうよ。……日頃の、感謝とかを込めて、さ」

「なるほど、それはよさそうじゃの。ならば師匠でも見つけそうにない、うんと珍しい品を探しにゆかねばな」

「ふふ、そうだね」


 珍しいといっても、中途半端に怪しいものを買っていっても受けがよくないだろうし……などと話しつつ、最終的に「贈り物」という名目で異国の珍しい植物の鉢を買っていくことにした。

 何かに使えるのか、それともただの観賞用なのか私にはわからなかったけれど、その鮮やかな蒼い花弁が、あの髪の色によく似ていると思ったのだった。



(ミコトの一人称が地と口頭で違うのは設定によるものです)

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