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Area《2-14》


「……むぅ……」


 リリーシアが昼寝から目覚めると、何やら息苦しい。

 そんなに布団に深く潜り込んだだろうかと思いつつ起き上がろうとすると、上半身に明らかな荷重を感じつつベッドに引き戻された。

 そして左右からは、安らかな寝息。

 どういう経緯かはさっぱりわからないが、リリーシアは自室のベッドでセレネとミコトに抱きつかれていた。

 二人ともかなり鍛えているせいか、見た目からは想像できないほどの力でリリーシアを捕獲したまま離す気配がない。

 それなのに感触は左右とも柔らかく、女性の身体の凹凸をはっきりと――


「……ミコト、セレネ、もう夕方ですよ」

 これ以上意識するとリリーシアの精神衛生上よろしくないので、揺すって二人を起こすことにした。

 自分の立場としては彼女らを騙しているともいないとも言い切れないが、この身体で女性とふれあうのはあまり褒められた行為ではないように思われたのである。

「……ん……」

「……んんー……おはよう、リリーシア」

 午睡から先に脱したのはセレネであった。右隣のミコトは寝ぼけまなこを何回かこすってから、

「……え……あ、あ、ああっ! すみません、です!」

 顔を真っ赤にしてベッドから飛び起き、リビングへ駆け下りていってしまった。

 その速度に驚きながら、二人も送れてリビングへ向かったのであった。


「あの、さっきはどうしてあんなことになっていたんです?」

 リビングのテーブルにて。顔を真っ赤にしてうつむいているミコトは答えてくれなさそうなので、セレネに尋ねることにした。セレネの様子が特に変わった感じでもなく平然としているのは、気の持ちようの違いなのだろうか。ちなみにゼラはといえば、今日の夕食当番なのでキッチンに向かっている。

「えっと、リリーシアが部屋に戻ったあと、私達の作業も終わったから今日は全て終わりということにしたのよ」

「そうじゃの、そして二人とも若干日頃の疲労が出ていたようだったからの、わらわが『二人も夕飯まで休んできたらいいんじゃないのか』と言ったわけだが――」


 その後の経緯としては……

 二人は自身の部屋に戻る前に、リリーシアの様子を見ておこうと彼女の部屋に入った。

 そこにはあまりに深い眠りに入ったリリーシアがベッドにすっぽり収まっており、「ちょっとこのベッドの脇に入って行きましょう」とセレネが唐突な提案をした。彼女の考えていることは今でもよくわからないのだが、この提案は恐らく特に何も考えていない思いつきだったのだろう。

 ミコトは反対したらしいのだが、結局押し切られて(ミコトが押し切られる様子が容易に想像できる)ベッドの左右に入った。

 そして気付いたら寝てしまっており、先程の事態に繋がる――ということだそうだ。

 リリーシアとしては、役得と取ればいいか迷うところだが、それよりも自分はそこまで睡魔を誘発する顔で寝ていたのだろうかということが気になってしまった。


「……ええと、まあ、私はべつに気にしていませんので。ただ、あのベッドはあまり広くないので少し暑苦しいかと……」

 リリーシアが咳払いをしてから極めて控えめに言うと、ゼラがキッチンのほうでパンパンと二回手を叩いた。

「ほれ、《おたのしみ》のあとかも知れんが飯じゃメシ。今日は我が地元の料理じゃぞ!」

 ――そんな言葉をどこで覚えてくるのだろうか。動揺するのでやめてほしいものである。



 それから気付けば数日。

 時は新年祭前日である。

「いよいよ、です。師匠、在庫のリストは大丈夫でしたか?」

「ええ、一本の誤差なく記載されていましたよ、ミコト。ありがとうございます」

「師匠、あとで初日に持っていく武具類の選定を頼むぞ」

「わかりました。このあと行きます」

「リリーシア、当日の服装は制服でいいんでしたわね?」

「そうですね。統一感もあっていいでしょう」

 ピルグリム工房は大忙しで、全員が最後の準備に駆け回っていた。

 そんな中、リリーシアは売り物の一つの《最後の仕上げ》を行っていた。

 場所はキッチン。目の前には大鍋。そしてその中には無視しがたい香りを放つ茶色いスープのような液体。


「これぞ我がピルグリム工房最後の品目――最終飯テロ兵器、カレー(辛口)……!!」

 静かに大鍋を見守るリリーシアの口元には、隠し切れない笑みが浮かんでいた。

「知識にある香辛料に近いものを探しだすのには苦労しましたが、大量購入できてしまえばこっちのもの……! 調合比率も研究済み、これは我ながら最高のカレーに仕上がっている……!」

 あっちの世界で手作りのカレーを食べたことはないし作ったこともないですが、などとぶつぶつつぶやきながら鍋を混ぜる彼女は普段と違う執念のオーラを発散していたが、他の三人は努めて気にしないことに決めたようであった。


 しばらく無心で鍋と格闘していたリリーシアだが、ふと顔を上げて首を傾げた。

「……私としてはとてもいい味に仕上がっていますが、《こちら》の人々の好みに合うか検証していなかった、これは迂闊ですね……三人とも、一旦作業を止めてこちらへ来てください!」

 呼び止められた三人の肩が一瞬ビクッと跳ねた気がするが、きっと気のせいだろう。

 結局匂いに釣られてキッチンにやってきた三人に対して、小皿に注いだカレーを手渡す。もちろん、コメ(のような食物)も都市で確保して調理してある。

「どうぞ。このあたりの人の口に合うか、意見をいただければと」

 ストライクゾーンから大外れでなければ、まだ軌道修正は可能なはずである。

 そしてこれまでの食事の傾向から判断するに、カレーの味自体が苦手ということもないはずだがはたして。

 リリーシアの圧力に押されつつ、三人は少量のカレーライスをスプーンで食べた。


「……美味しい! 見た目はちょっと不思議だけど、こんなにふんだんに香辛料を使った料理は初めて見るわね」

「ふむ、これはなかなか……美味な料理だ。わらわはもう少し辛味が控えめでもよいかと思うが、この街の人間ならおおよそ食いつくじゃろ」

「確かに、辛さは強めですね。ミコトは好きです。それに、祭りの中なら多少インパクトがあったほうが受けもいいかと」

 それぞれの言をまとめると、おおよそ大丈夫だということだろう。その味とともに、正直なところ見た目のあまりよくない(茶色の)カレーが自然に受け入れられたので、リリーシアは安心したのであった。

 ひとまず初日はカレーライス辛口一本で売り出し、好調そうなら甘めの味付けや、ライス以外の選択肢を考えてみてもよさそうだ。


 現実世界での食への興味の薄さに対する反動か、自覚する以上に研究心をたぎらせているリリーシアであった。

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