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Area《2-11》


 工房奥、裏庭に剣戟の音が響く。

 木製の武器とはいえ、魔術で強化された熟練者同士のぶつかりあいは見るものを圧倒する速度と迫力がある。


 相対しているのはリリーシアとミコト。リリーシアは剣と盾、ミコトは短槍を手に立ちまわっている。

 ミコトの途切れない連撃を、最小限の動きで躱し、逸らし、弾く。

 リリーシアも防戦一方というわけではなく、ミコトにできた隙を見逃さず容赦なく攻め立てていく。


「それで、じゃ。われらと師匠とでは実力の開きがあるため、勝利条件に違いを設けてある。われらの勝利条件は『師匠に有効打を一発入れること』。まあこれはまだ一度も達成できてはおらぬわけだが……そして、師匠の勝利条件は『10分間有効打を受けないこと』じゃな」

 縁側に座って模擬戦の様子を見守るゼラが、隣に座るセレネに説明を入れる。

「私も多少は剣の訓練を受けているから思うのだけど……10分間動き続けるというのはかなり過酷じゃない?」

「くくく、まあもちろん終わった後には息も絶え絶えになるわけだが、苦しくなくては得るものもあるまいて」

 セレネはなるほど、と頷いてから視線を裏庭に戻した。

 眼前では、激しいぶつかり合いの間にめまぐるしく攻守が入れ替わっている。

「リリーシアが常人じゃないというのは知っていたけれど、ミコトもすごい槍さばきだわ。騎士隊にあれほど動ける者がいるかしら……」

「あやつもわらわも、二級冒険者として長らく活動してきたわけじゃからな。王城籠もりの騎士風情にそうそう引けは……おっと、王女様の前で無礼であったな」

 からからと笑うゼラ。

「でも、冒険者の方はモンスターとの戦闘がメインだと聞いていたけど、対人戦闘にも通じているのね。役に立つ場面が想像できないのだけれど……」

「んー、まあこの国でもその他でも、治安がいい場所というのは実際かなり限られているのでな。……自分の身を自分で守らねばならん冒険者にとって、敵は魔物だけではないということじゃ。これから旅をすれば、おぬしも自身でその現実を知ることになるじゃろう」

「そう……ね。そのために私はここに来たのだもの」


 セレネとゼラが話をする間にも、激しい攻防は続く。

 ミコトが自身にかけている自己強化魔術は、自身の意思に呼応して出力を増減できるタイプのものである。持続性と汎用性には優れるものの、魔力量の管理を誤ると一気にガス欠を起こす可能性があるという欠点もある。

 《不撓不屈》――既存の強化魔術を改良し、自身の固有魔術オリジナルスペルとして修得しているミコトには、この魔術の運用に自信があった。だが、この工房での模擬戦訓練を始めてから、その自信は大いに揺らぐことになった。

 最初の模擬戦では、3分間で魔力が底を尽き、つんのめったところを盾で勢い良く跳ね飛ばされた。

 二回目以降は魔力の運用効率にも注意をしていたのだが、魔力操作に意識が逸れて隙ができたところを手痛く咎められて地に伏している。

 最近は10分間倒れることなく戦闘を続けられるようになってきたが、リリーシアには一度も有効打を入れられていない。身体能力を抑え、魔力を最小限しか使っていないリリーシアにこうも歯がたたないと、自信も揺らごうというものだ。


 今回のミコトは魔力消費を抑えつつも、普段よりよく動けている実感があった。リリーシアからの反撃がいつもより少ないのがその証拠である。

 時間は10分前ぎりぎり。ミコトは全力をぶつけてみようと考えた。おおぶりな攻撃で少し間合いを開け、急速に魔力を燃焼させる。

 今自分が使える手札は、戦闘中にも使える無詠唱魔術。《不撓不屈》の出力を上げ、さらにその上から戦闘速度を上げる《戦女神の歌》を追加。そして、無詠唱化した土属性魔術《土槍投擲》を多重発動する!

「――ッ!」

 速度を重視した数本の細い土の槍が地面から飛び、リリーシアに対する牽制を行う。

 その槍群とほぼ同時に飛び込み、全力の突きを放つ――



「終了、じゃ」

時計を見ていたゼラが声をかける。ミコトは槍を突き出したままの体勢で固まっていた。

「お見事です、ミコト。まさかあれほどの出力が瞬間的に出せるとは」

 驚きを隠さず、リリーシアがミコトを賞賛する。

 ――結局、リリーシアに有効打を入れることはできなかったものの、槍を受けたリリーシアの盾は甲高い音とともに弾き飛んでいた。模擬戦をはじめてから、ミコトとゼラを含めて最高の結果である。

「師匠、ありがとうございま……あっ……」

 短い間に爆発的な魔力の消費をしたミコトがふらりと倒れこむのを、リリーシアが優しく抱きとめる。

「この様子じゃと、また3時間は寝たまま起きてこんじゃろうな。わらわが運んでおこう」

「よろしくお願いしますね、ゼラ」

 完全に意識を手放したミコトをゼラに任せ、リリーシアはセレネの隣に座った。

「やっぱり、10分間集中すると疲れますね。……セレネ、どうでしたか?」

「……すごかった、としか言いようがないのだけど……ミコトは、出会った時からあんなふうに動けていたの?」

「ミコトもゼラも最初からかなり動きはよかったですよ。でも、この模擬戦を行う度に大幅に成長しているような気がします。戦術的にも、技術的にも。特にミコトの魔力量の伸びと運用効率には驚かされています」

 言葉にまったく嘘はなく、二人とも確実に成長していることは確かである。能力値の伸びを確認するために、二人の冒険者カードを見せてもらうのもいいかもしれない。

「あの二人が羨ましい冒険者は山ほどいるんじゃないかしら。……ねえ、私にも稽古をつけてくれる?」

「もちろんですよ。――これから各種生産技能と戦闘技能を身につけてもらって、一年後に王家の方々を驚かせるのが私の野望ですから」

 リリーシアがそう言って笑うと、セレネも「それは楽しみね」と笑った。



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