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Area《2-10》


「と、これで大体の説明は終わりです」

 工房施設の説明を一通り終えて、リリーシアはセレネと作業場にいた。

「……驚いた。工房っていうからもっと雑然としたものを想像していたのだけど、作業場以外はほとんど普通のおうちなのね。それにとても住みやすそうだし」

「私が改築しましたから、居住性にはそれなりに自信がありますよ。……王城のように豪華ではありませんが、大丈夫そうですか?」

「ええ、もちろんよ。それに私、こういう普通の暮らしにもとても憧れていたから」

 冗談交じりに言うと、セレネも笑顔で答える。

 思い返すと、リリーシア自身も元の世界では殺風景な四畳半に閉じこもってずっとゲームをしていたのだから、広く快適な居住環境というのはなかなかに新鮮なものである。


「……ところで、セレネにはこの街にいるあいだは変装をしてもらおうと考えているのですが、儀式の規約違反とかにはなりませんか」

 聞かれたセレネは少し考えたあと、

「そうね、問題ないわ。歴代の王家の方々も、儀式の間は変装をしていた人が多いらしいわね。王都ではどうしても目立ってしまうから」

「まあ、そうですよね。移動する先々で目立っていては面倒ですから。ということで、セレネは普段からポニーテールのようなので、髪型を変えてもらおうかと思います」

「髪型を変えるだけなの?」

「その際に、髪染色ポーションを使います。……これですね」

 リリーシアがポーション棚から取り出したのは、ポーション瓶に入った紫色に光るどろりとした液体であった。

「髪染色……ポーション? 聞いたことがないのだけど、それも自作のもの?」

「そうですね。たしかにこのあたりでは見かけませんし、もしかすると錬金方法が伝わっていないのかもしれません」

 染色ポーションとは、使用した対象の色を一定期間染め上げるポーションである。色情報を持たせた長期性の魔力が対象物に残留し、効果が切れると魔力が発散し色が元に戻る。その他の解除方法としては、自身の意思で魔力に抵抗することで解除することもできる。

 そして髪染色ポーションの場合、調合には中級を折り返した程度の修練値が必要となる地味に難度の高いポーションである。

 ちなみにリリーシアもセレネも知らないことだが、この街には防具の色を変える鎧染色ポーションを作れる職人が存在していたりする。

「そして、このポーションは濃縮や魔力の圧縮を繰り返した結果、+9あたりの品質になっています。効果時間は、おおよそ3ヶ月前後だろうと見ています」

「魔法の効果としては破格の期間ね。……どうしてこんなものを準備していたの?」

「いえ、まあ……自分の髪を目立たなくするために必要になる場面もあるかと思いまして。少なくともこの街ではそのような事態にはなっていませんが。……では、早速やってしまいましょうか」


 わかったわ、と答えて留めている髪飾りを外すセレネ。下ろしてみると、とても長く、かつ全く傷みのない美しい金の髪である。

 「もったいないけどしかたないか」と心のなかでつぶやきつつ、リリーシアは瓶の栓を抜く。魔力の焦点をセレネの髪に合わせると、瓶の紫の液体は自然に気化し、金の髪を包み込んでいく。

「何色にしますか? それなりに自由に選べますが」

「じゃあ、蒼!」

「……それは目立って仕方がないので勘弁して下さい」

 元気に即答するセレネに呆れつつ答える。

「そうね……なら、真っ黒にしてもらおうかしら。つやつやの」

「……なるほど。わかりました」

 リリーシアが想像したのは、日本人でいうところの黒髪美人、大和撫子といった雰囲気だろうか。華やかな印象のあるセレネだが、意外と似合っている姿が想像できた。

 その想像の姿に近づけるように魔力を操作していく。その魔力に呼応して、髪の色が少しずつ変化していく。


 5分ほどして、完全に染色ポーションが定着した。

「……さすがは王女といったところですか」

「なによそれ……とりあえず鏡を見せてもらえる?」

 脇に用意していた姿見をセレネの前に置く。彼女の顔は驚きの二文字であった。

「これは、想像以上に綺麗に染まるものね……! どう、似合ってる?」

「ええ、よくお似合いです。私も驚きましたよ」

 セレネの癖のない長い髪は、艶やかな黒色に染まっていた。蒼色と即答したセレネの意見を尊重して、光に透かすと微かに青く見えるように調整してある。

「……黙っていれば、おしとやかなお姫様ですね」

「――失礼ね!」

 つい心の声が出てしまったリリーシアをセレネが睨む。ただその勢いも長くは保たず、吹き出した二人でしばらく笑い合っていた。


「驚いたぞ、セレネよ。ふむ、なるほどよく似合うものじゃ」

「ほんとです。正直、街ですれちがってもセレネさんとはわからないです」

 様子を見に来たゼラとミコトに褒められてとても上機嫌なセレネは、その場でくるくると回っている。

 やっぱりそういうところが王女っぽくないんだよね、と顔に出ないように考えつつリリーシアは見守っていた。

「そういえば、ミコトもゼラもすぐにセレネに慣れた様子ですね。ゼラはともかく、ミコトはあんなに緊張していたのに」

 リリーシアが昼間の様子を思い出して言うと、ミコトから苦笑が返ってくる。

「その、思ったより親しみやすい方でしたので……」

「それにわらわもミコトも、冒険者たるものいつまでも物怖じしているようではいかんしのう」

「なるほど……その順応性は見習いたいものです」

 この二人は自分より早くセレネに慣れていけそうだ。リリーシアはセレネに驚かされてばかりだったので、羨ましい才能だと思うばかりである。


「そういえば師匠、今日は訓練の日でしたよね。どうします?」

 ミコトがふと思い出したようにリリーシアに声をかける。訓練とは、工房奥の裏庭で行われている模擬戦形式の鍛錬のことである。週に2,3日のペースで予定を入れていたのだが、今日がその日だということをリリーシアは完全に忘れてしまっていた。

「……すっかり忘れていました。今日は中止にしてもいいんですが……せっかくだから、セレネにも見てもらえばいいんじゃないでしょうか。どうです?」

 そう言ってセレネのほうを見ると、彼女は興味津々といった顔で勢い良く頷いていた。


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