Area《2-4》
「……完成です」
そうつぶやくと同時に、炉の火が自然と小さくなっていき、元の待機状態へと戻る。
リリーシアの両手には、白銀色に輝く無垢な長槍が握られていた。
「……なるほど。いい手際だ。振ってみていいか」
「どうぞ、ガルーダさん」
リリーシアから受け取った長槍を、ガルーダが軽く振る。巨体のガルーダが手に持つと、長槍に分類される細身のそれは爪楊枝のようだ。
「これは……なるほど、ふむ。速度重視という注文通り攻撃速度を徹底的に強化し、耐久力や貫通力にも付与を持たせてあるな。そしてこれは――雷属性の発動補正か。理由は?」
「雷属性の補助魔術には速度を強化するものが多いので、それを助けてやれば武器以上のスペックが臨めるかと」
「――いいな。この重量バランスはおまえ自身を意識したものか?」
「いえ。実はそちらの――ミコトさんか、ゼラさんが使うことを想定しました。自分ならもう少し重めにしたほうが扱いやすいので」
突然名前を出されて驚く二人。それを聞いて、ガルーダは低い笑い声を出す。
「くっくっく……面白い。読みも含めて全てお前の勝ちだったということか。実はさっきの注文はゼラの得意武器でな。――ゼラ、振ってみろ」
差し出された白銀の長槍を、緊張の面持ちで受け取る赤髪のゼラ。――狐耳がピクピクと動いていてかわいらしい、などとリリーシアは場違いに考えていたが。
ゼラが、慣れた手つきで長槍を構え、流麗な動きで舞い始める。武術の演舞という表現がぴったりな動作である。
一通りの動きを終え、少し恥ずかしそうな様子のゼラがリリーシアに槍を渡す。
「その……ありがとうな。今までの自前の物よりずっと……あまりに振りやすいものだったからの、つい《型》の演舞を試してしまったわ」
「いえ、扱いやすかったのであれば嬉しいです。ガルーダさん、この槍、彼女に差し上げてしまっても構いませんか?」
「ん? ……ああ、おまえがそれでいいなら俺は構わない」
そう返すガルーダに、ゼラのほうが慌てる。
「え、じゃが、代金を――」
「おいゼラ、おまえ、あの槍の金が本当に払えると思ってんのか? 最低でも一万ブールは下んねえぞ?」
「え……」
「えっ」
ガルーダの価格評価にリリーシアまで驚いてしまう。
「……リリーシア、打ったおまえまで固まんな。軽さを重視した繊細な細身の槍に、圧倒的な攻撃速度付与を施し、十分に一級品の貫通力・耐久性補助まで付与されてるってんじゃ、おまえにゃいくらかかっても払いきれねえって」
「ええと、ゼラさん。ガルーダさんはこう言ってますけど、私としてはどれだけのものであろうとお金を頂こうとは思っていませんので、どうぞ。先に言ったとおり、私が使うには軽い得物ですし」
リリーシアがそう言って槍を差し出すと、ゼラは複雑な表情でその柄を取った。
「本当に……ありがとうな。そもそも頭の無茶振りで打たされていたのだろうに」
それについては苦笑いするしかない。
ゼラと会話をしていると、奥で見ていたミコトが口を開く。
「あの、そういえば……リリーシアさん。私たちのこと、覚えていらっしゃいませんか」
「おお、そうじゃ、わらわもその話をしようと思っておったのだが」
「ええと……すみません、どこかでお会いしましたか?」
リリーシアは思い返してみるが、特に記憶には残っていなかった。
「そうですか……、下水道掃討クエストのとき、部隊をご一緒させていただいたのですが。といっても、私たちは頭に装備をしていたうえ、隊の中でもかなり離れていたので見覚えがないかもしれませんが……」
「なるほど。すみません、隊の全体には気を配っていたつもりだったのですが」
そう言って頭を下げると、ミコトは少し慌てた様子で否定する。
「いえ、そんな。私は遠くから様子を見ていて、その……少し憧れていましたので。お話出来てよかったです」
「くくく、そうじゃのう、ミコトはあのあとからリリーシア殿のことを随分意識しておったようじゃからな。あれだけの武力に鍛冶の技術まで持っておるとは、ほんに底知れぬわ」
かすかに恥ずかしそうにするミコトをからかうように笑うゼラ。リリーシアはその様子に、微笑んで返す。
三人を見ていたガルーダが、不意にぽんと手を叩く。
「ふむ、おまえらはリリーシアのこと知ってたのか。なるほどな。……いいことを思いついたぜ。リリーシアは、正式にガルーダ工房に入ればいい」
「えっ?」
三人分の疑問符。疑問というより唐突な話でわけがわかっていないだけなのだが。
「いい話だと思うがな。おまえらは彼女に鍛冶を教われるし冒険者としての訓練もできるだろ、リリーシアも貸し炉と言わず、この工房の施設と資源を自由に使える。どうだ?」
「……せっかくのお言葉なのですが、遠慮しておきます」
「随分と即答だな。なぜだ?」
「あまり、どこかに所属するというのが好きではないというのがあって……今の自由な立場を楽しんでますから。それに」
「それに?」
「近々――自分の工房を建てるつもりでして。小さなもののつもりなんですけど」
それを聞いたガルーダは驚きを隠さなかった。
「なるほどな、手強い商売敵の出現ってわけだ。ははは、それはそれで界隈も活気付いて面白そうだがな。おい、ミコト、ゼラ、それならおまえらもここじゃなくてリリーシアの下についてやったらどうだ」
今日一番驚いた顔をするミコト、ゼラ。表情の変化が少ないミコトもとてもわかりやすく驚いている。
「え、でも、お頭」
「ここは女も少なかったし、人数が多いせいで俺もあまり指導してやれてなかったからな。だがまあ……どっちも伸び悩んでた気がしてたんだが、違うか?」
聞かれたゼラは渋い顔をする。
「よう見ておったのう、頭よ。確かに、我らは共に鍛冶の腕について限界を感じておったところであったわ」
頷いて静かに同意するミコト。
「リリーシア、お前はどうだ? 一人では管理も楽ではないぞ?」
その言葉を受けて、しばし考える。
なんとなく工房を兼ねた家を作るとは決めていたものの、仔細や将来性については全く考えていなかった。
確かに、何をするにも人数がいたほうが効率がいいだろうことは予想できる。
今度の屋台にしても、複数人数で当番を組めれば自由な時間ができるかもしれない。
そして――ぶっちゃけた話、一人で工房を立ち上げると、人と話す機会がかなり減りそうな気がしていたのであった。
「確かに、私としても少数でも従業員がいれば、とても助かるかと思います。まだ施設すら決まっていない有様ですが……ミコトさん、ゼラさん、もし――貴女がたがよろしければ」
ミコトとゼラは顔を見合わせる。そして、
「はい――是非。よろしくお願いします」
「では、わらわも厄介になるとするかの。リリーシア殿は愉快そうであるし」
そのやりとりを見て、ガルーダが頷く。
「――おう、じゃあ明日からおまえらはリリーシア・ピルグリム付きの従業員だ。リリーシア、おまえはさっさと工房を決めちまわねえとな? こっちで把握してる空き工房をリストしてやる、それを見て選ぶのもいいだろう」
「そんなことまで……すみません、助かります。では、今日はこれから下見をして、明日この工房へ連絡しに行きたいと思います」
そして四人でいくつか打ち合わせをし、不意の増員もありつつリリーシアの工房探しは始まったのであった。




