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Area《2-3》

「私の、鍛冶を……ですか?」

 リリーシアは困惑していた。鍛冶組合の貸し溶鉱炉での作業を見られたのだろうかと思い返すが、あの場所は二回しか使っていないうえに、ガルーダのようないやでも目立つ大男がいれば確実に記憶に残るだろう。


「ああ。おまえは戦士としても一流らしいというのは話に聞いているが、そんなことより俺が目をつけたのは、コレよ」

 そう言ってガルーダは店の奥から何かを取り出す。それは、何の変哲もない鉄製の片手長剣。しかし――

「ん? あ! あー……その片手長剣ロングソードは」

「そう、お前が打って溶鉱炉に忘れていったというものだ。そこに居合わせた部下が、ここに来たら渡せばいい、と持って帰ってきた」

「すみません、完全に忘れていたものですから……」

 リリーシアの今の表情は、「しまった」が八、「もうしわけない」が二である。

「で、俺が分析したところ、この何の変哲もない鉄の片手長剣には、見た目からは想像もつかないような付加が満載されていた。

 ……まあ、この程度なら俺にも打てる。鉄は付加の容量は小さいが、反発も少ない金属だからな。

 だが、間違ってもこれだけのものを打っておいて、忘れて帰るような奴は俺は知らん。

 故に俺は、蒼の髪に蒼の瞳の若い女――そいつは間違いなく一級の鍛冶師だろうと考えた。そして一度会ってみねばならんとな」

「会って……鍛冶を見たくなった、と?」

「つまり――そういうことだ。秘匿された技法があって見せたくないというなら、俺は諦めるが」

 諦めるなどといいつつ、その目は挑戦的な眼差しを解いてはいなかった。


「……では、少しだけなら。本当はここの鍛冶師のみなさんのお仕事を見せていただきたかったのですが」

「わかった。おまえのを見たあとなら好きなだけ見せてやらあな。炉はこっちだ。ついてきてくれ」


 ……なにか知らないうちによくわからない事態になってしまっている。剣を作業場に忘れていったのは完全にリリーシアのミスだが、こんな大物――いろんな意味で――に捕まってしまうとは。


 店の奥から通路を進み、開けた場所に出る。そこは、大型の体育館を思わせる空間であった。そこには炉が複数設置され、何本もの煙突が突き出している。

 鍛冶組合の貸し溶鉱炉場に引けを取らない広さと設備である。

 槌を振る快音がいくつも響いている空間にガルーダと共に入る。

 作業中の者は一心不乱に作業を続け、作業をしていない者はガルーダに振り返って挨拶をする。その様子も熱気の中でなかなか整然としていて、鍛冶屋自体の統率が取れていることを思わせる。

 炉の並ぶ中を中ほどまで歩くと、リリーシアの目に止まる光景があった。

「あの……女の子二人も鍛冶師なのですか?」

 その炉では、少女の二人組が協力して作業にあたっていた。見た目の年齢は十八に届かない程度に見える少女なのだが――

「ああ、そうだ。といっても、実際の年齢はあんたら人間種ヒュームには想像もつかんだろうがな。おい、ミコト、ゼラ!そこで一旦手ェ止めてこっちこい!」

 ガルーダがそう呼ぶと、作業の手を止めた二人の少女がこちらに歩いてくる。


「お頭、どうしたんです」

 先に答えたのは、短めの白銀の髪が眩しい少女。耳は長く尖り、額から短めの二本角が生えている。リリーシアからするとエルフと鬼の要素を備えているように見えて、地味に混乱する外見である。表情の乏しい感じで、顔から感情を読むのが難しい。

「なんじゃ、用かね?」

 後から追いついて答えたのは、明るい赤い瞳に同じ色のポニーテールの髪が似合う少女。こちらは、狐の耳に狐の尻尾を備えていて、リリーシアの想像するところの『きつねっこ』という種族を思わせる。

 確かに、どちらも長命種のような雰囲気である。思えば、ガルーダなどは何歳なのか全く想像がつかないし、三桁歳だと言われたほうが逆に自然ですらある。まったくもって、自身の常識が通用しない世界である。


「おう、今からこいつの鍛冶が見られるぞ、ついてこい」

 リリーシアを指差して説明するガルーダ。言葉少なではあるのだが、特に無愛想な印象はうけないのが不思議な男だ。

「これは、今話題の《蒼》の」

「ほお、かしらが気に掛けていた女子おなごがついにやってきた、ということかえ」

「まあ、そんなとこだ。ちょうどいい、材料も出てるしその炉でやるか。ミコト、ゼラ、片付けてこい」

 二人の少女に指示を出し、炉の片付けに向かわせるガルーダ。

「あの方たちは……どういった経緯でこの工房に?」

 なんとなくそう聞くと、ガルーダは腕を組んで軽く唸った。

「うむ。話せば長くなるが――簡潔に言えば、工房で鍛冶を教えてくれと志願してきた二人を時々面倒見てる、ってとこだな。二人組で冒険者もやってるらしい。ああ、あと、銀のほうがミコトで、赤いほうがゼラだ。」

 その呼び方になんとなく赤と緑のカップ麺を思い出していたリリーシアは、炉の掃除が終わった旨を知らされて現実に引き戻された。


「では……何を打ちましょう」

「そうだな、――注文は、非力な冒険者が使う、速度重視の長槍としよう。素材はここにあるものを何でも使っていい。いけるか」

 そのほとんどが既にインゴットになっている素材をざっと検分する。

 置いてあったものは鉄と真白銀ミスリルがほとんどだが、少量だけ魔聖金オリハルコンが置いてあったので、穂先に使用すればいいものが作れそうだ。

「……ええ、まあ。槍は私も得意分野ですので」

 リリーシアは精神世界に集中し、《最上位鍛冶:長柄武器》を掬い上げる。

 剣を打った時の《最上位鍛冶:近接武器》に対して、長柄武器のバリエーションに特化した製造技能スキルである。


「――始めます」


 溶鉱炉に魔力を注ぎこみ、炉の耐久力と火力を向上。


 各種インゴットにも素材付与魔術を施し、溶鉱炉に投げ入れる。 


 そして、自分の思い描く形状を目指し、金属との対話を行っていく――



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