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Area《2-2》

 結果から言えば、屋台の申請はほぼ二つ返事で了承されてしまった。

 新年祭期間の申請に対する審査が緩いというのは本当だったらしい。


「もしかすると、身分証として見せた冒険者カードが影響しているのかもしれませんが……申請は通ったのですから気にしないでおきましょう」


 割り当てられた場所は、大通りから少し離れた大きめの通りである。一般居住区の中ほどに規定の屋台一台を出すという、一般的な契約だ。

 その販売内容としては、『この国の禁制品、禁輸品でない限り、なんでも』と契約内容にあった。

 内容は事前に申請しておくものではないのか、とあっけに取られてしまったが、これがこの王都の風土なのだと納得するしかない。

 料理技能スキルも9割あたりまで修得していたはずなので、試験的に料理をして並べてみるのもいいかもしれない。


 そしてその他としては、最終売上の二パーセントを税として納めよ、ということであった。

 これが驚かされるのは、売上額は完全に自己申告なのである。

 明らかに虚偽の申告をすればわかるのかもしれないが、これほどの規模の都市でこんな調子で大丈夫なのだろうか、と少し心配にならざるをえない。

 しかしよく考えてみれば、リリーシアがこれまで訪れた村や王都内では、極度の貧困にある様子の場所は見ていない。祭りの税制が緩いのは国が安定している証拠なのかもしれない。


 行政区での屋台の申請が終わったリリーシアは、その足で鍛冶工房の集まる区画へやってきていた。

 というのも、この世界の一般的な鍛冶の見学と、装備品の価格の勉強がしたかったのである。

 昨日メルランデに短剣を打ったとき、「ほんとなら家一軒買えそうだ」と言われたのが気になっていたのだ。

 鍛冶屋が打った品物の値段を見て勉強すれば、少しは金銭感覚も鍛えられるのではないかと期待している。


 そんなことを考えているうちに、リリーシアは目的の鍛冶屋兼武具屋(この都市の鍛冶屋は武具屋を兼ねている場合が多い)、『ガルーダ工房』に到着していた。

 鍛冶組合で聞いた話だと、このガルーダ工房はこの辺りで最大規模の工房らしい。

 大きな建物の扉を開けると、そこはまさに武器・防具の見本市といった様子であった。

 壁や中央の棚には、各種重量の防具、片手武器、両手武器をはじめ、長柄、投擲、弓等々……ファンタジア内の武具製造技能と照らして見てもほぼ全てを網羅している。

 リリーシアはまるでゲームの専門店に来たときのようなわくわく感を覚えつつ、店内を物色し始める。


 矢や弾などの消耗品を除けば、店内で一番安いものは鉄製の片手剣であった。

 その価格は十五ブール。剣が一本一万五千円と言われてもやはりピンとはこないリリーシアだが、駆け出しの冒険者が買い求めるものとしては案外無理なく買える範囲なのではなかろうか、という印象である。

 対しては最も高い商品は――

「ええ、と、鍛冶長ガルーダ謹製、フラン・ベラン。……五万五千ブール……!? なるほど、これは確かに家が建つというのもあながち……」

 その武器の値札を見つつ驚嘆していると、誰かが歩み寄ってくる足音が聞こえる。

「いらっしゃいませ、ガルーダ工房へようこそ。その武器が気になりますか?」

「あ、どうも。すみません、店内をいろいろ見ていたのですが、この武器が少し気になったものですから」

 若い男性の声に振り向きつつ答える。その声の主は、きっちりとスーツ――によく似た衣服――に身を包み、笑顔を見せる青年の店員であった。

「――フラン・ベラン。遠く西方の地ではフランベルードという名で伝わっているらしい、波打つ刀身が特徴的な大型長剣です。フラン・ベランというのはガルーダ様の命名になります」

 その武器の見た目はリリーシアのよく知るフランベルジュと酷似していた。ただ記憶にあるよりも少々刀身が厚い気がする。

「なるほど。この材質は……?」

「はい、この武器の材質は魔聖金オリハルコンをベースに、赤鉄鉱ヘマタイトを混ぜたものです。そして柄には魔晶石とガーネットを埋め込んであります。そうすることで――」

「……火属性との親和性が高まる。この武器には相当に強力な火属性魔法が……?」

「――お目が高い! お若い女性と見えますが、随分と知識をお持ちのようですね!」


 つい口を挟んだリリーシアに、感動した様子の店員はさらに饒舌になる。その後も数分間にわたって話を続けていたが、リリーシアはあることを言うのを忘れていた。

「あっ、その、すみません。話を聞かせてもらったあとで申し訳ないのですが、流石にこの剣を買うような資金は持ちあわせていなくて……」

 やっとそう告げると、店員もハッとした顔で、

「あああ、私こそすみません、武器の話になるとつい夢中になってしまって。……やはり、高いと思われますよね?」

「……ええ、まあ……」

「相場を考えても、この武器は群を抜いて最高価格かと思います。まあそれだけ、ガルーダ様の力が全て注がれている逸品というわけです。これほどの価格のものを買って行かれるのは、だいたいが冒険を積み重ねた一級冒険者の中でも、頂点に上り詰めた方々ですね」

「はあ……」

 正直なところ、「一般の冒険者組合の依頼」を一つも受けずに特級なるものに認定されてしまったリリーシアには、一級になるまでの過程は想像がつかない。

 ただ、実際にリリーシアの所持金では若干だけ五万五千ブールには届いていないのも事実であったので、とりあえずそれは凄いことなのだと頷いておくことにした。


 そして他の武器棚の商品についても青年に話を聞いていると、

「おう、今日も熱心な営業だな」

 カウンターの奥から一人の大男が歩み出る。二メートルを超える身長に、筋骨隆々というのも生易しいほどの隆起した黒い肌の肉体。

 リリーシアは一瞬、鉱石系の人型モンスターかと思って身構えてしまった。

「あっ、ガルーダ様! お仕事は一段落ですか?」

 青年が大男のほうを振り返って挨拶をする。どうやらこの大男が、このガルーダ工房の主、ガルーダその人であったらしい。

「ひとまず今日の分は、な。新年祭近いからもっと部下をしごいてやろうと思っていたんだが――」

 ガルーダは、地なのかその鋭い眼差しを静かにリリーシアに向けた。

「蒼の髪に蒼の瞳……もしや、おまえが《蒼》のリリーシア・ピルグリム、か?」

 警戒されたのかと思ってガルーダを注意深く見つめると、その顔からは好奇心が溢れ出ていた。見た目に似合わず、考えていることがわかりやすいタイプらしい。

「ええ、一応《蒼》のなんて言われてるみたいです。リリーシア・ピルグリムといいます」

 そう答えると、ガルーダはその大きな両手をばしんばしんと叩いて笑い出した。

「なるほど、なるほど……おまえが例の、ねえ……おい、気付いてたのか?」

 後半の台詞は店員の青年に向けたものだ。その問いに対して、必死に首を横に振って否定する青年。

 なぜだかわからないが、この青年が不利にならないようにかばっておいたほうが丸く収まる気がする――そんな直感がリリーシアに走る。

「あの、私が王都に来てからまだ二ヶ月経つかどうかといったところですから……あまり積極的に活動しているわけでもありませんので、無理もないかと」


「ふむ……まあ、それもそうか。とはいえ、ここで会えたというのは俺は運がいい。ちょっと見せてくれねえかな」

「見せる……というと?」

リリーシアが聞くと、ガルーダは挑戦的な眼差しでにやりと笑った。


「そりゃあ、おまえの鍛冶の腕よ!」



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