Area《1-30》
頭蓋、首、胸、脇腹をそれぞれ貫いた漆黒の槍が、リリーシアの身体を立ったまま縫い付ける。それぞれの槍には、漏れ出た血液がべっとりと付着している。
その光景を見ながら、ニグル・ヘルヘイムは暗い笑いを抑えきれなかった。
「長い詠唱と大量の生命を生贄に顕現し、敵の防御を無効化し急所を必ず貫く四条の魔槍――あなたがどれだけ優秀な魔術詠唱者でも、この古代の禁術は防げない。そんな者は古代より、一人として存在しない――」
両腕を広げ、高らかに笑う。
「あなたの大切なセレネ王女は私が責任持って貰い受けるわ、だからあなたは……安心して逝きなさい」
「――そういうわけにはいきませんね」
四条の槍に貫かれたリリーシアが、ゆっくりと口を開く。
「なっ……!?」
ニグルは驚愕に目を見開く。目の前の女に刺さった槍は、明らかに致命傷を与えたはずだ。それだけでなく、それぞれの槍が強力な呪いを流し込むようになっている。二度と口を開くことはなかったはずなのだ。
「なぜ……生きている……!?」
「邪魔ですね、これ。汎用詠唱魔術《解術》」
そう唱えると、漆黒の槍は高い音を響かせて砕け散った。
顔の半分以上を血に染めて、リリーシアは不敵に笑った。
「なぜ。なぜ生きているのか……? 簡単です。貴女の魔力が足りなかっただけですよ」
呆然とするニグルに語りかけるように、
「このダンジョンに入ってから数時間、いや、この世界に来てから確かに私は慢心していました。いつでも緊張は保っていたけれど、もしかすると私に傷をつけられる者は存在しないのではないか……と。
古代詠唱魔術……と言いましたか。なるほど、確かに恐るべき魔術です。防御無効――どうやら相手の抵抗力等に全く関係なく発動し、全ての支援魔法を含めた魔法防御を無視できる非常に強力な能力のようですね。
そして視認してからの回避は間に合わない攻撃速度――確かに、この2つの特性を備えたこの魔術は、必殺と称して申し分ないでしょう」
身体の動きを確かめるように、剣を軽く一振りし、握り直す。
「もしも――その使用者たる貴女の魔法力が、私に致命傷を与えられる強度を持っていたならば」
「リリーシア・ピルグリム……お前は、いったい……」
そう聞かれたリリーシアは、不思議そうな、そして何か寂しそうな顔で静かに笑った。
「私は、私です。といっても私にも自分のことはあまり分かってはいませんが……。ああ、そうです……手加減というのはやっぱり無しにしましょう。貴女は口が堅そうですし、私としてもあまり後味が悪いのは好きではありませんので」
暗闇に、リリーシアの靴音がこつりこつりと響く。その近付いてくる姿は、ニグルにとって死神が鎌を手に歩いてくるようにも、断罪者が斧を引き摺っているようにも見えた。
「闇系詠唱魔術《闇槍群招来/最大化》! 闇系詠唱魔術《闇柱群招来》!! この……化物……ッ!!」
残されたありったけの魔力を使い、その姿を遠ざけるように魔法を放つ。しかし、それらは全てリリーシアの纏う鎧に届く前に掻き消える。
リリーシアが一閃し、杖を持つニグルの右腕が消し飛んだ。
ニグル・ヘルヘイムは、苦悶の表情で目の前の死神を睨みつける。
「お前のことは《終末》の者たちが放ってはおかない――いつか必ず、《終末》がお前を殺す」
「放っておいてくださいと、仲間にお伝え下さい。――聖騎士最上位奥義、《オーソリティ・オブ・ナイト》」
それは、目を焼くような溢れんばかりの聖気を剣に纏い、一撃で敵を斬り伏せるという誓いのもとで振るわれる、単純ゆえに無比の一閃。
聖なる刃で上半身と下半身が両断され、その全身が聖浄の炎に包まれる。
「いつか、必ず――」
その言葉は最後まで紡がれず、ニグル・ヘルヘイムの身体は塵一つ残さず消滅した。




