Area《1-29》
数本の蝋燭が照らす中、玉座のニグル・ヘルヘイムは静かに立ち上がった。
「思ったより早かったわね、リリーシア・ピルグリム」
その露出した青白い肌は、蝋燭の光を受けて妖艶に輝き見るものを怪しく魅了する。
手には、禍々しく二匹の蛇が絡みついた形状の黒光りする杖を携えていた。
「私、こう見えて気の短いほうですので」
鞘から白銀の剣を抜きつつ答えるリリーシア。その目は既に臨戦態勢である。
それに対し、ニグルはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「おお、怖いわねえ。どうやら一人のようだけど、ここまで来るのに随分と消耗したんじゃないかしら? 魔神の眷属、真性のサキュバスたる私に勝てると思っているのかしら」
「魔神の眷属……なるほど。私は当然貴女を打ち倒すつもりではありますが、手加減はしてあげます。聞きたいこともありますし」
ニグルの顔に、一筋の怒りが走る。
「涼しい顔で生意気を……あなたがどれだけ持ちこたえられるか、楽しみだわ!――闇系詠唱魔術《造兵操作/広域化》!!」
ニグルが唱え終わると同時に、高い天井から複数の影が落下してくる!
五メートル前後の人型のそれらは、金属の身体を持つゴーレム兵であった。ぞれぞれの手には巨大な板のような両手剣を手にしている。
「なんというか、問答無用で仕掛けてしまってもよかったのですが。ゲームの名残かボスの登場イベントシーンは待ってしまいますね。……準備は終わりましたか? お好きに掛かって来てください」
剣を一振りして、軽く身体強化魔法を掛ける。身体が軽くなった感覚とともに、思考が若干加速するのを感じる。
それと同時に、見た目にそぐわぬ速度でゴーレム兵が飛び込んでくる。
「数は十、それぞれに多少の魔法強化の痕跡あり。魔力反応から察するに単純なパワータイプゴーレム、と」
先行した個体の両手剣が豪速で迫るのをゆらりとかわしつつ、黒い金属の腕と脚を撫でるように斬りつける。
「闇属性で統一する利点ももちろんありますが、聖属性対策をしていないのは迂闊、ですね」
バターのように切り捨てられたゴーレムのコアを叩き割って止めを刺し、次にかかる。
二体同時、三体同時にかかってきても、リリーシアの姿を捉えられる者はおらず、その剣を受けられる者もまた存在しなかった。
リリーシアは、今回の探索にあたって戦闘用の技能をメイン技能である《最上位聖騎士:水》のみに絞り、その他のサブ技能枠をダンジョン探索用に割り当てている。
ファンタジア内のダンジョン攻略であれば規定の六人パーティそれぞれに役割を分担させるところなのだが、一人ということもあって罠等への警戒も自分で行わなければならない。
しかし、その程度ではこのランクのゴーレム相手にはハンデにもならなかった。そもそも、莫大な魔力を流し込んで水・聖属性に特化された魔聖金製の剣に対して、闇属性魔法で生成・操作されているゴーレムでは分が悪すぎたのだ。
「これで……最後ですね」
最後の個体に剣を突き刺したリリーシアは、玉座のほうを見る。その瞬間――
「混沌の淵より《終末》よ来たれ――闇系古代詠唱魔術《おわりのやみ》!!」
地面から無音で殺到した四本の漆黒の槍が、リリーシアの身体を貫いていた。




