Area《1-3》
アクション。RPG。シューティング。戦略シミュレーション。リズムゲーム。アドベンチャーゲーム。その他……と、数あるテレビゲームにおいて、自分の分身たるプレイヤーキャラの性別や名前を自由に決められるゲームは数多い。
そして、そういうゲームにおいて、「一番長く姿を見ることになるのだから」とプレイヤーキャラを女性に設定する男性は多い。
ネットゲーマー新海 竜もその部類の人間であった。それもかなり重度の。
ファンタジアにおいてlillyshia Pilgrimと名付けたプレイヤーキャラに、年齢・星座・身長・体重・血液型・好きなもの・嫌いなものうんぬん……と細かい設定をつけることはもとより、キャラ付けに従って技能を修得するこだわり――といっても10年のプレイの中で関係のなさそうな雑多な技能も大量に修得していたが――を持っていた。
168センチメートルの高めの身長に、腰まである長い蒼の髪と蒼の瞳。真面目そうな雰囲気の顔立ちに仕上げ、右手に片手長剣、左手に盾。
すらりと立たせるとまさに騎士、または聖騎士といった感想の浮かぶ外見と技能構成であった。
……というのはゲーム内の話である。ゲーム内の話だったはずなのだが。
体を起こし、神殿の中の祭壇と思われる場所に置いてある大きめの鏡を覗きこむ。そこにあるのは紛れもなくリリーシアの容姿そのものであった。服装は簡素な布切れのつぎはぎといった風情。
「な、なんだって……コレは夢、夢なんだよな……いや」
――これは、夢ではない。直感がそう告げている。普段見る夢よりも、そして数回体験した現実味の薄いファンタジーVR空間よりも、押し寄せてくる情報量の濃度が圧倒的に濃い。
「俺は…俺は誰だ? まさか俺がリリーシアに……?」
両手で顔や身体をあちこち触ったり、髪をなでてみたり。脳内のテンプレートに従って頬をつねっても見るが、ちゃんと痛い。それよりもこの細く繊細な指先が自分のものだと自然に認識できてしまっているのが衝撃である。
あまりの衝撃と混乱で頭痛を感じる。自分はいったいどうしてしまったのか。
祭壇前の椅子に座り、鏡を見つめたまま呆然としていると、先ほどの金髪の少女が神殿に入ってくる。手には夕食のトレイを持っているようだ。
「あら、もう身体を動かせるようになったのですね。本当によかった……夕飯をお持ちしましたので、召し上がってください」
そう言ってトレイを置き、自身もリリーシアの対面に座る。
「ああ、ありがとう……助かりました」
リリーシアが頭を下げると少女は、
「いえ、いいんです、神殿はそういう組織ですので……そして私は神殿の巫女ですから。当然のことなのです」
と答えた後、誇らしげに控えめな胸を張ってみせる。
可愛らしい少女だなあ。
「では、頂きます」
手を合わせてから食べ始めると、少し不思議そうな顔をされてしまった。食前の祈り……とかのほうが適切だったのだろうか。この神殿の宗派はまったくわからないが。
夕食として出されたものは、パン……のようなものと、干し肉が少量入ったスープ……だろうか、これは。ファンタジー世界でよく見る最下級の食事を本物にしたような感じだが、これがこのあたりの平均的な食事かもしれないし、もしそうでなくても数日間も世話になったリリーシアとしては文句などつけようがない。
そして、体感的には1日ぶりだが、肉体的には数日ぶりらしいその食事は本当においしく感じられたのだった。
「俺が部屋に届けさせてたデリバリーの合成流体食糧なんかとは比べ物に……う、うまい……」
小声でそう漏らしてしまうほどに。
「本当にありがとう、と……そういえばお名前は?」
夕食を綺麗に食べきってから、リリーシアは少女に名前を聞いていないことに気がついた。
少女も名乗ることを忘れていたらしく、少し恥ずかしそうに答えてくれた。
「まだ名乗っていませんでしたね、申し訳ありません。私はここダリアの村で神殿の巫女をしております、アリア・ペリヌ・ダリアと申します。それで、その……貴女様のことを聞いても大丈夫でしょうか?」
「ありがとう、これまでの時間でだいぶ自分の中で整理できたみたい」
アリアに何を話すべきなのだろうか。夕食を食べて落ち着いた思考の中で、これが夢・現実・それ以外のいずれであっても、あまり突飛なことを言い出すのは得策ではないように思われた。ゲームしてて寝落ちしたらここにいました、などと言えるような空気ではない。
「私の名前はリリーシア。リリーシア・ピルグリム。その……名前以外はあまり記憶が鮮明ではなくて、倒れていた場所で何をしていたのか、自分が何者なのか…あまりよくわからなくて」
竜はファンタジアのゲーム内ではロールプレイはしていなかったが、テーブルトークRPGのプレイ経験によってその女性らしい口調は自然と口から出てきた。
そのあまりに情報に乏しい返答に対してアリアは悩ましげな顔で、
「リリーシア様、というのですね。記憶喪失ということですか……対象の記憶を消してしまうような魔術は私の知識にはありませんね……すみません」
「そう、ですか……」
「……ところで」
と先ほどとは変わって真剣な顔になってアリアが私の身体を見つめてきたので、リリーシアは少し首を傾げて質問を促した。
「記憶喪失ということですのであまりよくわからないかも知れないのですが……リリーシア様の体内に内包されている強大な魔力量に、何か心当たりはありませんか?」
「魔力…量?」
「はい。魔法……魔術や錬金術、占星術等を使う時に必要な体内の魔力の量が、私の知る限りで比類ない大きさに感じられています。リリーシア様は高名な魔術詠唱者だったのではありませんか……?」
リリーシアは記憶喪失のフリをしているが、この世界のことや魔法のことは本当にまったくわからない。しかし、アリアのいう強大な魔力量というものには一つ心当たりがあった。
マジック・ポイント――つまるところMPである。
ファンタジアでは技能を修得し、キャラクターに設定することによってそのプレイヤーキャラが使用できる武器術や魔法などを管理していた。その数はメイン技能1つに、サブ技能5つである。例えばリリーシアのメイン技能である|《最上位聖騎士:|水》(ウォータ)は、上位以下の聖騎士技能のもつ特技のうえに、剣・槍・盾の最上位武器術、上位の水属性支援魔術、上位の水属性回復魔術、最上位の水属性魔術耐性を内包した技能である。
技能には修得上限数はなく、非戦闘時であれば入れ替えも基本的に自由だが、メイン・サブの使用技能に設定していない技能はその特技を発揮できない。ただし、修得した技能には特技とは別に基本能力値補正があり、その補正は使用技能に設定していなくても加算されていく。そのためファンタジアでは多数の技能を重ね、基本能力値を上げていくのが基本的なゲーム進行であった。
その中で、竜――リリーシアは330の技能を修得し、そのうち120を完全修得していた。実生活を先代の遺産にまかせて10年間をファンタジアに費やしてきた彼女の技能数は、修得数でも完全修得数でもサーバー内でトップであった(彼をはじめとして10年間ゲームにつきあったトップ層の廃人仲間はみな近しい能力値帯ではあったが)。そのため、装備による補正を覗いた基本能力値――HPやMPはもとより、ATKやINT等全て――も最上位に位置していた。
その能力値がこの世界での身体――リリーシアに反映されているのかもしれない。自身がリリーシアに転生してしまったらしいのだ、その程度では驚かないどころか、当然のことのようにも思える。
では、修得していた魔法は……使えるのだろうか?
「魔術……詠唱者。そうだったような……そうではないような……、少し、魔術が使えるかどうか試してみても?」
「はい、攻撃性の魔術でない限りはこの神殿内でも問題ありません」
その言葉を受け、聖騎士技能に内包された中から下位の水属性支援魔術を思い浮かべる。そもそも、魔法など現実ではありえないのだから、感覚などわかるはずもないのだが――
「なるほど、これが……魔法」
魔法。それが最初から自分の手足と同じく身についていたかのように、自分の中に蓄積されているのがわかる。
「……水系詠唱魔術:|《水精治癒:|下位》(ファースト)」
そう唱えると、外から何かを吸い上げる感覚、自身の中でそれが魔力と練り上げられる感覚、そして自身の身体とアリアの身体を改変する感覚が一瞬で返ってきて、魔術が発動する。
ヒールといっても外傷はなかったが、副次的作用として身体が少しだけ冷え、思考が冴える。それとともに、数日間寝ていた後遺症だったのか、倦怠感や頭痛も消えてしまった。
これが……魔法の力。リリーシアは自身の中にうずまく魔力の流れを完全に認識・掌握して、高揚感を感じていた。
「これは……水精を呼び、身体の不調を癒やすと共に思考を正常にする魔術……ですよね? 知り合いの水精術士が同じ術を使っていたのを見たことがあります! そして魔力量はまったく減少していない……やはりリリーシア様は高名な魔術詠唱者だったのですね!」
興奮したように次々とまくし立てるアリアにちょっと気圧された様子でリリーシアは考えて、
「私の中にある能力についてはおおよそ思い出せたみたい。でも、自分がどういう経緯でこうなっているのか、全くわからないまま、ですね……」
「そうですか……それならば、王都に行って調べてみるのが早いかもしれませんね。王都には神殿にも騎士団にも能力の高い魔術詠唱者が多くいらっしゃるようですから、何か手掛かりがつかめるかもしれません」
「王都――」
それから、王都やこの村についてアリアと話し合い、いろいろと教えてもらうことができた。
まず、この村はバツェンブール王国という国に所属していて、その国の東端にあるという。
人口は100人に満たないそうで、食糧はほぼ自給自足しているらしい。
そして、バツェンブール王国の王都であるラツェンルールまで、馬車で移動して、途中の村々での休息をはさんで1ヶ月ほどかかる旅路であるという。
最近その王都への道の一部で魔物が発生していて、物資の運搬が難しくなっているとのこと。
近々、この付近の村の若者の間で討伐隊が編成され、その解決に向かうらしい。
「ですので、その討伐隊と共に王都に向かうというのがおすすめできると思います。お話する限り、十分に戦う力をお持ちのようですから」
「なるほど……たしかに。その討伐隊に混ぜてもらえるなら、私も一人より安心できます」
「そして……できればそのお力で討伐隊の方々を助けていただきたいのです。討伐隊と呼ばれてはいますが、村々で多少の訓練を積んだだけの方々ですので、魔物相手となれば……、巻き込むような形になってしまって、申し訳ないのですが」
本当に申し訳無さそうに沈痛な顔でそう言うので、リリーシアは努めて優しい表情をして返した。
「私の力がどこまで役に立つかわかりませんが、出来る限りのことをしますよ。アリアさんには助けていただいた恩を返さなくてはいけませんし、ね」
その言葉を聞いて、アリアはとても安心したようだった。討伐隊の者たちを思い心配するその姿は、リリーシアから見て紛れもなく聖職者のそれであった。
慣れないもので、一話ごとの長さが不規則になりがちです。ご容赦いただければと思います。加えて、主要キャラクターのデザインをのちに掲載予定です。