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Area《1-28》

※これまで漢数字とアラビア数字が混在していたのですが、今後は縦書きPDF化等のことも考えて漢数字で統一していきます。

これまでの投稿分を直すかどうかは未定です。




 深夜一時。暗闇に浮かんだ一本のスリットを確認して、腕時計を小手の中へ隠す。

 場所は王都一般居住区西南、『ウンディーネの泉』から最も近い下水道入口である。

 その複雑に入り組んだ細い路地の先に、リリーシアは佇んでいた。


「――作戦開始」


 リュックから防具一式を取り出し、装備する。白く全身を覆う軽装鎧は隠密向きではないが、目的は隠れることではなく、地下の『掃除』であるため問題ない。《暗視ナイトヴィジョン》の魔法を発動して、入り口を覆う大きめのマンホールのような蓋を外した。


 中は急な階段になっていた。明かりは全くない。暗視効果によって二十メートル先まではそれなりの明るさに補正され見通すことができるが、そこから先は効果が減衰して闇に包まれている。


 しばらく階段を降りた先は、細い通路になっていた。脇には水路が通っていて、下水特有の臭気が漏れ出している。

 リリーシアは少し眉をしかめながら、先を見通す。途中でいくつかの分かれ道が直角に伸びているのが分かる。

「……迷路型ダンジョンといった様子ですね、これは」

 腰のポーチから、冒険者組合でもらっていた地下下水道の地図を取り出す。地図といっても、ごく浅い階層のみを記したもので、唐突に先の情報が途切れている通路も少なくない。

 この地図は気持ち程度にとどめて、とりあえず深い階層へ潜ろう、とリリーシアは考える。


 早足で通路を進み続けて数十分が経っていた。その間にもいくつも階段を降り、既に地図には何も記載がない区画へ侵入していたが、特に敵に出会う気配はない。

「静かすぎて……逆に不穏ですね。全く、ファンタジア内であればパーティメンバーとくだらない話をして暇を潰せるというのに」

 文句を言っても仕方ないのだが、そう漏らさずにいられない。そもそも、今回のダンジョン攻略ではどこへ向かえば良いのかも分かっていないのだから、文句の一つも言いたくなるというものだ。

「そもそも奴が地下下水道にいない、という可能性は考えるだけ無駄でしょう。……それに、下層に降りるにつれて、あの黒い気の濃度が強くなっているような感じがしますし」

 敵の操っていたモンスターの中に含まれていたあの黒いオーラのようなものは、物理的なものではないようではあるが、魔法的な感覚にはなんとなく引っかかるのである。

 リリーシアは次第に、魔力回路に無視しきれない量の黒い気が触れ始めているのを感じていた。


 地上からどれくらい降りたかわからない下水度の下層で、リリーシアは自身の技能スキルに引っかかる存在を感じ取った。

「《上位看破グレーターディテクト》技能に反応有り。……床が抜けるタイプの罠、ですか」

 《上位看破グレーターディテクト》は罠・隠し部屋・隠蔽などの不自然な箇所を発見する技能スキルである。例によって、それらの技能を複合した上に看破確率向上等のボーナスも入っている。

 リリーシアが発見した罠は、通路の床が仕掛け板になっていて、踏むと抜けるタイプのようであった。ファンタジア内ではパーティの分断か、単純に落とし穴に嵌めてダメージを与えることを目的として仕掛けてあったわけだが、

「下層にショートカットできるのであれば、わざと踏んでみてもいいかもしれませんね」

 いきなり飛び込むような真似はせず、片足でその床を踏みつける。すると、そこから三メートル先までの床がスルリと抜け、落下していく。

 ほぼ間もなく、遠くから床の落ちた軽い音が響く。

「……音から察するに、二つほど下層ですか。これは……広間のような感じでしょうか。モンスターハウスあたりのトラップなら、剣の試し切りもできるかもしれませんね」


 特に目立った危険はないだろう、と軽い気持ちで穴へ飛び込む。

 降り立つと、上層からは見えていなかった広間の壁際に、無数のモンスターが待機していた。闇色の毛に覆われた大型の狼系モンスターのようだ。その目はもれなく赤く光り、全身が黒い気に覆われていた。

「不確定名・まがヘルハウンド、といったところですか。……来なさい!」

 それと同時に、赤い目をぎらつかせた禍ヘルハウンドが一斉に駆け込んでくる。

 リリーシアの姿がゆらりとゆらめく。最も近い禍ヘルハウンドに視線を定め、剣を振るう。

 白銀の軌跡だけを残して一瞬で閃いた刃は、何の抵抗もなく禍ヘルハウンドを両断した。

「なるほど、これは快適ですね……!」

 リリーシアは敵の殺到する中を舞うような動きで掻い潜り、きらめきだけを残した刃が次々と禍ヘルハウンドを切り捨てる。

 気付けば、広間に存在するのは自分一人になっていた。

 血の一滴すら付いていない、蒼く輝く刀身を一振りして鞘に戻す。


「そういえば、せっかく作ったのに剣に名前を付けていませんでしたね。帰って落ち着いたら改めて考えるとしましょう」


 それからの通路では、数えきれない回数の遭遇戦を繰り返すことになった。

 魔法は全く使わず、剣の試験をしているかのような調子でモンスターを切り捨て続ける。


 既に通路内の禍々しい気はかなりの濃度になっている。いつ敵の本拠地にたどり着いてもおかしくない。

「……もう入ってから三時間、気が滅入りますね。相手から来てくれればいいものを。……いっそ、このあたりの床や壁をぶち抜くというのはどうでしょう」

 そんな適当なことを言いつつ床を検分するリリーシア。それは全くの偶然だったのだが。

「……? この下の層、何か大きな空洞がある……?」

 リリーシアはしばらく考えて、

「これ以上はらちが明きませんし、抜いてしまいましょう。――氷雪系詠唱魔術フロストスペル:《氷柱招来アイスピラー》!」

 強度情報を強化した氷柱は、下水道の床に轟音を立てて突き刺さり、安々と貫通した。

 先は深いようで、標柱は4階層分前後の滞空時間を経て、床に落ちた音がした。氷柱が開けた穴の中からは、下層の全体像は窺い知れない。広い空間になっているようだ。


「ボスの待つ玉座の間、とかだと運がいいですね。行ってみますか」

 散歩に行くような軽い足取りで、リリーシアは穴に飛び込んだ。


 予想通り、というべきだろうか。 


 降り立った広間の先には、玉座に座ったニグル・ヘルヘイムの姿があった。


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