Area《1-27》
集中して、槌を振るう。その音の繰り返しが精神を研ぎ澄まし、リリーシアは自分の世界へ没頭していく。
自身の中で渦巻く魔力を明確な能力として定義し練り上げ、振るう槌から金属の塊へと打ち付け伝える。
その行程をどのくらいの時間繰り返したか、リリーシアの手元には、一本の片手長剣が完成していた。
それは、装飾は少ないながらも、刀身が白銀と蒼で彩られた、見る者を魅了する美麗な長剣であった。
「……魔聖金は混ぜた魔力性質でその色彩を変える。予想通り、蒼く染まってくれましたね。……完成です」
そうつぶやいた瞬間、集中していた意識が現実に引き戻される。
複数の視線を感じて振り返ると、いつの間にか周りを遠巻きに数人の人間が囲んでいた。
その男たちは、放心した眼差しでリリーシアとその手に持つ長剣を見つめていた。
「え、ええ、と……どうされました?」
控えめに聞くと、男たちはやっと現実に戻ってきたようだった。その中の一人がバツが悪そうに答える。
「ああ、いや、邪魔してすまねえ。珍しい髪の若い嬢ちゃんが貸し溶鉱炉に入ったって聞いて見物に来たら、集中してそんな見事なモンを打ってたからさ。呆けてしまってな」
あまり要領を得ない返答ではあったが、周りの男たちも同意して頷いているのでリリーシアとしては首を傾げつつ納得するしかない。
「あまり、そう珍しいものでもないと思いますよ。材料も魔聖金ベースですので」
そう言いつつも、長剣の各部を検分するリリーシアの瞳は非常に満足そうであった。
それを聞いた男たちは、必死に首を横に振りつつ、
「いやいや、魔聖金を加工できる腕の鍛冶師がそもそも珍しいってのに、そこまで見事な発色に仕上げちまう奴なんてそれこそ見たことねえよ!?」
などと否定していたが、会心の一品を手にしたリリーシアの耳には全く届いていないのであった。
鍛冶組合から帰る最中、鞘に収めて腰に差した長剣を改めて解析する。
「素材本来の特殊能力として、魔術増幅+43.6%、対闇属性魔物性能+151%。素材段階からの付与の結果、武器威力+81%、攻撃速度+23%、耐久力+71%、属性値(水・聖)+110%。完成後の付与で、切り払い+15%、魔術詠唱速度+10%、自動修復(中)。……ふふふ」
柄頭を撫でつつ、普段は絶対にしないような怪しい笑い声が漏れる。はたから見れば危険人物にしか見えないだろうが、幸運にも見咎める者はいなかった。
「なかなか会心の出来ですね。このランクの素材でこれほどの業物が打てたのはファンタジアからの記憶でも初めてではないでしょうか。おそらく製造中に当たりパターンを引いたのでしょう」
宿までの道程の半分を消化したところでやっと笑いを収め、計画の準備について思い返す。
「これで、やれることは全て完了、というところでしょう。あれだけ周りを囲まれた中で鎧を作るというのもなにか気が引けますし、いただいた騎士鎧もなかなか造りの良い物です。十分に役目を果たしてくれるでしょう」
小さく拳を握りしめる。
「古人は言いました。攻撃は最大の防御なり、と。……セレネ、貴女を守るため、私が奴を倒します」
決意を新たに、宿の扉を開ける。
この時点で、リリーシアは鍛冶組合の溶鉱炉区画にロングソード(能力満載)を置いたままであることを完全に失念していた。もし誰かがその能力を検分すると組合では騒ぎが起きるかもしれないが、それはまた別の話である。
宿屋『ウンディーネの泉』の1階は、既に夜営業の時間に入っていた。わいわいがやがやと、仕事から帰った冒険者たちが酒を飲み交わしている。
カウンターのいつもの席に座ると、その隣では既にメルランデが夕食を取っていた。荷物を下ろしたリリーシアに、店主がワインの入ったグラスと腸詰め肉の皿を差し出す。
「おかえり、お嬢さん。鍛冶組合はどうだったかな?」
店主の柔和な声を聞くと、我が家に帰ってきたような感覚になる。
ワインをちびちびと飲んで落ち着いてから、
「ええ、冒険者組合と同じくらい個性的でしたけど、活気があっていい雰囲気のところでした。これが打った物です」
腰の長剣を鞘ごと持ち上げて見せる。
「ほお、柄だけでもしっかりした造りだとわかるが……もしよければ、見せてもらってもいいかな?」
「質素な造りですが……どうぞ」
店主は長剣を受け取り、鞘から刀身の半分ほどを抜く。その白銀と蒼の刀身を見て、息を呑んだ。
「これは……魔聖金に魔力を練り込んだもの……かな? いったい何の魔法をどれだけ練りこめばこんな美麗な色になるのか想像もつかないが……」
顔を上げて観察していたメルランデも、目を丸くしている。
「リリーシア、あんたこれを質素というのかい……? 確かに装飾は少ないが、それが流麗な造りを際立たせているのだと思うよ。まさかこんな物を打って来るとはねえ……」
「昔の血が騒いで、思わず振ってみたくなる見事な長剣だよ」
そう言いながら、鞘に戻した剣をリリーシアに返す店主。
メルランデは苦笑しながら、
「この店主は昔はちょっと名の通った冒険者でね。ここの開店資金も冒険で稼いだものなんだよ。今じゃこんなに温和だが、当時はなかなかにキレ者だったって聞いてるよー。その血がうずくんだろう?」
聞かれた店主は答えず、恥ずかしそうに頬を染めて皿洗いに引っ込んでしまった。
「あはは……店主さん、確かにいい身体をお持ちですよね」
昔は冒険者だったと明かされても、全く違和感のない立派な体躯の持ち主である。
「ところでリリーシア、その剣を見てちょっと一つお願いができたんだけど……聞いてくれる?」
改まって、身体をリリーシアに向けたメルランデが言う。
「……はい? まあ、聞くだけなら」
「えっと……実は、ちょっと作ってもらいたいものがあるんだ」
「作ってもらいたいもの……武器、ですか? メルさんって武器とか使うかたでしたっけ?」
不思議な顔をしたリリーシアはオウム返しに聞き返してしまう。正直にいうと、メルランデについて知っていることといえば賭博狂いの闘技場好き、という本人が聞けばどう思うかわからない印象だけなのである。
「そう、武器なんだけど……まあ、自分の護身用に短剣をね。いまどき誰だってそれくらいは持ってるじゃない?」
「ええ、短剣の一本くらいなら私は構いませんが……そんなに言い出しにくいことですか?」
リリーシアとしてはまったくもって普通の依頼の範疇だと思ったので、メルランデの様子が少しおかしいのが気になる。
「こうやって『知り合いだ』っていう程度のコネを使って《蒼》のリリーシアに依頼をするのなんて、やっぱり遠慮するものだよ。あんただって《特級》になって相当忙しいはずだろう?」
それを聞いたリリーシアは吹き出してしまった。あっけにとられたメルランデは、
「な、なんか私はおかしいことを言ったかい?」
と慌てるが、リリーシアはワインを一口飲んで笑う。
「いつもメルさんには良くしてもらっているじゃないですか。今更そんな遠慮なんて、メルさんらしくないですよ」
「……リリーシアの中で私がどんな印象なのか気になるけど……そういうことなら、一つ頼むよ。材料費を含めて報酬は払うからさ」
材料費だけでいいですよ、と言うと、こういう金が絡むことは人間関係抜きにきっちりやっておいたほうが後で面倒が起きないもんだよ、と譲らなかったのでその条件で軽い契約書を書いた。
「明日は少し野暮用で出かけるので、出来ても2日後以降ということになります」
「わかった。期待して待っておくよ」
そう言って笑ったメルランデと酒杯を交わして、決戦前の夜は更けていくのであった。




