Area《1-26》
鍛冶組合は、冒険者組合から数分ほど歩いたところにあった。
扉を開けて入ると、その瞬間、リリーシアは熱気を感じた。
正確には、そう感じるほどに活気があるのに加えて、溶鉱炉からの熱なのか、実際に室温が若干高かったのだ。
中の様子は、冒険者組合の内装とよく似ていた。入ってすぐに広間があり、奥に受付が並んでいる。そして、槌音がカンカンと響く左奥の通路の先は、話に聞いていた貸し溶鉱炉につながっているのだろう。
中にいる人間は冒険者組合ほど多くはなかったが、人間種も亜人種も全体的に筋骨たくましい人種が集まっているようだ。女性の姿は少ないし、暑苦しさはこちらのほうが上かもしれない。
そんな感想を抱きながら、総合受付に向かう。時折物珍しそうな視線を向けられるが、めげてはいけない。
「すみません、こちらで鉱物の販売と溶鉱炉一式の貸出を行っていると聞いたのですが」
そう切り出すと、受付の若い男は気前よく笑った。
「鍛冶組合へようこそ。鉱物類の販売と溶鉱炉の貸出は確かに行っているけど、どちらも登録が必要になるよ。ここで登録していくかい?」
「ええ、お願いします」
答えると紙とペンが差し出される。紙は誓約書と登録用紙を一つにしたもので、その内容は冒険者組合よりも若干シンプルな印象である。例によって埋められるところだけを埋め、
「ええと、登録にはこれが使えると聞いたのですが」
リリーシアはそう言って、冒険者カードを一緒に差し出す。身分を証明したいときには冒険者カードを出せばいい、と組合長から教わっていたのを思い出したのである。
登録用紙にはやはり空白が目立っていたが、
「ああ、冒険者カードか。それなら問題なく登録できそうだ、どれどれ……そうか、なるほど! あなたがあの《蒼》の」
冒険者カードを返却され、リリーシアは受け取りながら苦笑いで頷く。
「この組合に若い女性自体来るのは何ヶ月ぶりかわからないが、それにしても《蒼》のリリーシアさんとは。剣術のほうは映像記録で見たけど、鍛冶も嗜んでいたのかい?」
とても感心した様子で受付の男が言うので、ええ、まあ、と曖昧に返す。
「じゃあ、これが鍛冶組合の登録証になるから、無くさないでくれよ。まあ、本人の魔力パターンを記録するから外の人間には使えないけどね」
渡されたのは鈍い金色の大きめの鍵であった。すでに生体認証と電子認証が一般化されて久しい世界に住んでいたリリーシアには馴染みはなかったが、それは全体が金属で出来た典型的な『鍵』であった。鍵山はあるが、鍵溝の代わりに魔力で契約文字が刻んである。
「これは…どう使うんです? 登録証というよりも何かの道具に見えますが」
不思議そうに手にとって見ているリリーシアに、
「うん? ああ、それは見たまま『鍵』として働くんだ。貸し溶鉱炉を使う時や貸し倉庫を開ける時なんかに使う。倉庫では鍵山と、所持者の魔力パターンが揃って初めて効力を発揮するんだ」
「なるほど……ありがとうございます」
「じゃあこれで登録は完了だ。鉱石の販売所はあっちだから、行ってみるといい」
愛想よく笑った男に頭を下げて、販売所の受付へ向かう。
「らっしゃい。……女か、珍しいな。何が欲しいんだ」
鉱石類販売所の受付は、肌が浅黒い有角種の男性だった。筋骨隆々で若くも見えるが、無愛想な声には歴戦の風格がある。
案内の黒板には各種鉱石の価格が記載されていた(1日ごとに変動するらしい)ので、所持金と照らし合わせる。どうやら多めに買っても全く問題ないようだ。
「はじめまして。とりあえず、必要な量をメモしてきたのでこれだけ揃えていただけると嬉しいです」
そう言ってメモを差し出す。
「鉄鉱石、銅鉱石、銀鉱石、真白銀と魔聖金をこれだけ、となると……試算はこうだな。どうする?」
提示された金額は、単純に合計したものより多少安い。
「多少安いかと思いますが……いいのですか?」
浅黒い肌の男は、口の端を歪ませて答える。
「まとめ買いにはサービスすることになってんだ。ただし買うなら現金払いのみ。これでいいなら金を出しな」
声音から察するに、どうやらその表情は笑っていたらしい。それに応じて、金貨と銀貨で支払う。
「そういえば、貸し倉庫の受付もこちらと伺ったのですが」
「毎度。……貸し倉庫もここだ。個人用は一ヶ月で140ブール」
一日単位だと、平均的な宿より少し高い程度である。広さもそれなりで、倉庫内の管理も行ってくれるとあれば非常に良心的なサービスのように感じる。
お願いします、と頼みつつ140ブールちょうどを追加で支払う。
「買ったものは運んでおく。右奥通路の先の314番倉庫だ。登録鍵に魔力を通して開けてくれ」
「ありがとうございます。あとで確認しに行きますね」
こちらが頭を下げると、男は奥に引っ込んでいってしまった。運び役の者たちに指示を伝えに行ったのだろう。
別の受付で道具を購入した後、倉庫へ向かい、今回使う分だけ鉱石を取り出す。
道具類と一緒にリュックに入れたのだが、入れた瞬間、10分の1になった重さの感覚が返ってくる。
全くファンタジー世界は便利なものだ、と思いつつ貸し溶鉱炉の区画へ向かう。
その区画には、溶鉱炉がずらりと並んでいた。数にして10前後といったところか。
案内を読む限りでは受付は存在せず、溶鉱炉脇の筐体に一定金額を入れたあと鍵を入れて回すと、一定時間溶鉱炉が稼働するというシステムらしい。
ちょうど開いていた溶鉱炉の作業スペースに入り、荷物を降ろす。説明通りに手順を踏むと、溶鉱炉に火が入り、熱を感じ始めた。
「《最上位鍛冶:近接武器》・《素材付与魔術》・《上位製造武器強化》その他技能スタンバイ完了。……始めましょう」
そして、リリーシアの初めての(技能的には慣れきった)鍛冶が完了する。
完成したのは何の変哲もない鉄のロングソード。……ただし、見た目だけは。
「……完成、ですね。付与能力は攻撃速度+17%、耐久力+16%、属性値(水)+14%、それと受け流し+2.7%……素材が鉄だとこの程度が限界でしょう。しかし、鍛冶というのは熱い以上に、楽しいですね。……燃えます」
そんなことを言いつつ、リリーシアは限界まで能力を満載した鉄のロングソードを片手で持ち、軽く振ってみる。
『攻撃速度』という曖昧な要素が現実でどうなるのか不思議に思って試してみたのだが、武器の重さはそのままに、振る時だけ軽い力で扱えるという特殊能力だったらしい。魔法というものはつくづく不思議なものである。
この都市の鍛冶屋が見れば驚きに顎を外しそうなそのロングソードを、リリーシアは「まあこんなものか」以上の感想を抱かず脇に置いた。リリーシアから見れば、元の武器が持つ素質に対して割合で上昇する特殊能力を、元が貧弱な鉄の剣に付与したところで、初期装備に毛が生えた程度の認識である。
それに、リリーシアにとっての本番はまだこの後であった。
「材料は……硬度と魔力伝導に優れる魔聖金をベースにして、真白銀を少量混ぜて魔素吸収効率向上、あと鉄と銀を少量ずつ……これで行けるでしょう。金剛鉄なんかはこの組合の案内には載ってなかったですし、これが最大限ですね」
炉自体に風系魔術と火系魔術を使用して火を大幅に強くする。事前に強化魔術で炉自体の耐久性を上げているため余裕はあるはず、とリリーシアは分析していた。
「――主武器、作るとしますか!」




