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Area《1-25》

 宿屋『ウンディーネの泉』に戻ったリリーシアは、店主に数日分の宿泊費を支払い元の部屋に戻ってきていた。

 気持ちとしてはすぐにでも出発したかったのだが、自身の能力に対する検証がまだ不十分なことに気が付いたのである。

 というのも、こちらに来てから生産関係の技能スキルに全く手を付けていなかったのだ。

「準備不足で敵の待つダンジョンに乗り込むのは得策ではありませんし、まずは……大きな設備の必要ない錬金と薬学関係からこの部屋で検証してしまいましょう」


 サブ技能に《最上位錬金術:総合》をセット。この技能は、前提修得条件でもある上位以下の錬金術技能全般と、素材目利き・モンスター解体時の素材採取率上昇・錬金成功率上昇等の技能が含まれた最上位技能である。

 ファンタジア内では戦闘職や生産職として技能を振り切った(極振り)キャラクターも珍しくなかったが、数年間もやっているプレイヤーのほとんどは自分で採取したアイテムを自分で加工するようになっていくものだった。サブキャラクターを作っていたわけでもないリリーシアは、当然のように生産・加工関連の技能をほぼ完全修得マスターしていた。


 荷物から取り出したのは、帰る途中にミミグリ錬金術具店へ寄って買ってきた小道具と素材群である。モンスタードロップの素材類は決して安くはなかったが、定期興行の賞金と王城での報酬が莫大だったため、かなり大量に買い込むことができた。


 ゲーム内での生産技能は、使用すると専用のウインドウが開き、インベントリからアイテムを入れて実行する仕様だった。そのため実際に素材をどう加工しているかなどはわからなかったはずなのだが、

「この草はミドリアマクサ、ポーション類の基本素材……出来る限り細かい粉末にする。そしてこの液体が基本錬金溶液……先の粉末をこれに混ぜる、可燃性なため取り扱い注意。……だったかな」

 不思議な事に、素材を見るとその名称はおろか、その個体の品質や使用方法、果ては錬金術で上位変換した場合の素材まですべて分かるのである。正確には、分かるというより当然の知識として『知っている』という感覚である。これが技能として身につけた自身の力なのだろうか。

 その知識に従って作業すると、あっという間に初級の回復ポーションが完成した。綺麗な黄緑色に発色したポーションは、込められた魔力で僅かに発光しているのがわかる。ゲームではただの初心者用ポーションだが、こうして自分の手で完成させると少し感慨深い。


 作成した中品質初級ポーションの効果を技能で確認すると、

「このポーションの効能は……32秒で自身のHPを全体値の10%回復、クールタイムとして60秒以内の再使用は効果を発揮しない、と。最上位技能の効能ボーナスも正常に働いているようですし、成功と言っていいでしょう。ひとまず、購入した素材で魔力ポーションのストックを作ってしまいましょう」

 選んだ素材は、ミドリアマクサ・ヒカリコケ・骸骨兵スケルトンのコア。これらに魔力を練りこめば、低から中程度の品質の中級魔力ポーションができるはずである。

 城で一掃した骸骨兵スケルトンの遺物を半分貰っていたので、コアのストックは十分にある。そのコアは、青く微発光するビー玉のような印象である。


 ミドリアマクサとヒカリコケの粉末を入れた鍋に錬金溶液を流し込み、混ぜあわせる。そこに骸骨兵のコアを十数個入れて魔力を込めると、少しずつ形が溶け、完全に混ざってしまった。

「魔法世界というのは本当に面白いですね。知識として蓄積されていても、反応を実際に見るのとではまるで印象が違いますし」

 少しずつガラスのポーション瓶に移すと、濃い青色の魔力ポーションの完成である。

 効能は、24秒で自身のMPを全体値の17.5%回復するというもの。クールタイムは一般ポーション共通の60秒である。

「……あれだけの破壊を行える魔法が、ポーションを飲んで数分待てばすぐに使えてしまうというのは、こう……不思議な気分ですね。ゲームの仕様そのままとはいえ」

 そう独りごちつつ、瓶立てに30本の中級魔力ポーションを並べる。


 ちなみに、一般にはポーションというのはかなり高価な代物である。

 元々あまり安くないモンスター素材や特殊な製法の錬金溶液を使用する上に、錬金術を修得する者自体が希少なのが大きい。本来、錬金術を修得するには特別な資質が必要なことに加え、その行使にも少なくない魔力を使用するため、魔術詠唱者としての訓練も必要なのだ。

 それでも数が出回っている低品質初級ポーションならともかく、中級以上の各種ポーションともなると、4級以下のかけだしの冒険者には、逆立ちしても購入できないレベルの代物になってしまう。

 リリーシアもミミグリ錬金術具店のポーション棚を見てその価値を知っていたため、目の前に並んだ魔力ポーションをつい現金な目で見てしまう。

「……この世界でのデスペナルティは本当の死なのですから、死線を分けるかもしれないポーションが高級品なのは確かに分からない話でもありませんね」


 実は、この時点でリリーシアの認識にはまだ間違いがあった。

 《最上位錬金術:総合》の技能を使用して作られたポーションは、初級の錬金術技能で作った同種のそれにくらべて、実に二倍以上の効果を発揮するのである。

 よって、リリーシアが制作したポーションはそこらで購入できる物とはそもそも全くの別物になっていたのだが、リリーシアにその自覚はない。


 その後、薬学関連の技能も駆使しつつ、魔力を練り込んだバンテージなどを制作する。怪我をした部分に巻くと痛み止めや自然治癒の加速に効果があったり、事前に巻いておくと不慮の負傷を防ぐこともできる地味に便利なアイテムである。

 その日リリーシアが数時間をかけて準備したアイテムは、中級HPポーション数本・中級MPポーション30本・初級万能薬(状態異常解除)数本・魔術威力向上ポーション数本・初級バンテージ1ロール・初級状態異常予防内服薬数錠である。

「……今日はよく働きました。というか、運搬するための道具を作らなきゃならないですよね、これ。インベントリなんてありませんし」

 結局のところ、ファンタジア内で持っていた無数のアイテムや装備は、いくら自分の無意識領域を捜索しても見つからなかった。10年間かけて集めてきたアイテムは、この世界に来るときに全てを喪失してしまったようだ。


「革素材に、《縫製》技能スキルと……素材加工のスキルで重量軽減と容量拡張も付けましょう」

 ファンタジア内ではそれぞれ、重量軽減は所持重量の増加、容量拡張は所持数の増加に効果があったが、この世界ではそのまま物理的に効果があるのではないかと直感が告げる。

 それらの技能を駆使しつつ、背負うリュック式のものと、腰の後ろに保持するポーションホルダー付きの小型のバッグを制作する。


 制作したバッグの中を覗いて、予想通りながらリリーシアは唖然としてしまった。

「この中身、どう見ても外見の10倍くらい容量あるんですけど、物理法則様は完全無視ですか……」

 明らかに中の空間が外見より広いのである。試しにポーション類を入れてみると、勝手に整理整頓され、手を突っ込んだだけで目的のモノが手元にやってくるのが分かる。ゲーム的な要素が現実になるとここまで便利なのかと驚きながら、しばらく手でかき回してその仕様を確認する。


 これで一番の懸念であった継戦能力はある程度解消されただろう。

「あと気になる生産技能といえば《鍛冶》・《細工》あたりですが……これは金属を加工する設備が必要ですし、明日鍛冶組合を訪ねてみましょう。《釣り》・《採取》・《採掘》などの一次生産技能は、また……別の機会に」


 この街には冒険者組合以外にも、職業毎に仕事を斡旋する組合が存在する。鍛冶組合では鉱石類の販売の他に、共用の炉を単位時間あたりで貸すサービスもしているらしい。

 攻略の準備は万端に、がモットーのリリーシアは明日も一日を技能の検証に費やそうと考えた。



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