Area《1-24》
《蒼》のリリーシア。
それは偶然か、それともセレネが気に入ったのか、いつかの号外の見出しと同じものだった。しかし、セレネから贈られたという事実は、その小恥ずかしい印象をまるきり変えるものだった。
「そういうことだ。組合には事前に知らされていたため、受付広間の壁に《特級》冒険者を指定する旨や、顔写真とともにその称号を掲示していたのだが、気付かなかったかね?」
「ええと、全く気付いていなかったのですが……まさか、私が通るときに人の海が割れたのは……」
その言葉を聞くと、光景を想像したのか組合長は静かに笑って、
「くっくっく、それも《特級》の役得というものだ。しばらく周囲が煩いかも知れんが我慢してくれよ。……それと、正式な冒険者証明を渡しておく」
組合長が懐から何かを取り出す。それは銀色のカードのような形状をしている。
「これが、正式名称『バツェンブール冒険者認定証』だ。冒険者の間では単にカードなどとも呼ばれているがな。軽く魔力を流してみてくれ」
冒険者証を受け取って、指先から少量の魔力を流す。すると――
「……すごい、魔力に反応して名前と写真が……」
最初はまっさらだったカードの表面に、『バツェンブール冒険者認定証』という文字列と細々した文章、そして自身の名前と精巧な似顔絵が刻まれる。
「魔法を組み込んだ特殊な合金で作られていて、魔力を通した者の情報を読み取るようになっている。裏面を見てくれ」
その言葉に従ってカードを裏返す。そこに記されたものを見て、リリーシアは驚愕してしまった。
「これは……レベル? それに基礎能力値、使用設定技能まで」
「うむ、カードの主の能力を分析し、絶対的な数値で表現したものだ。本人が習熟する技術や力を、技能という形で記述してある。――ちなみにこの魔法は冒険者組合秘伝のもので、代々組合長及び副組合長のみに伝授されている。改竄のしようがないほどに強力な魔法だ」
組合長の説明は頭からすり抜けてしまった。
このカードに記載されている能力値が、ファンタジア内でのリリーシア・ピルグリムの能力値とほとんど同じ値だったためである。
ファンタジア内でのリリーシアのレベルは、当時のカウンターストップである700であった。(ちなみにキャラクターレベルが700に届いていたプレイヤーは、アクティブプレイヤー中の0.1%前後であると公式から発表されていた。平均的なプレイヤーのプレイ時間では、カンストすることすら難しいゲームであったと言える)
そのキャラクターレベルは、カードには702と記されている。この世界に経験値が存在するのかはわからないが、どうやらレベルアップしているらしい。当時、700レベルのうえに余剰経験値を99.9%貯めていたことも考えると、この世界での戦闘でもレベルアップはできるようだ。思い当たる節としては、24000いたらしい骸骨兵の一掃があるが、定かではない。
それに合わせて、ATK(アタック。主に筋力値)とAGL(アジリティ。主に敏捷値)に多少の上昇が起こっている。他の値は記憶と変わっていない。
使用設定技能の欄には、メイン技能である《最上位聖騎士:水》が記され、サブにも現在設定している技能が5つ記されている。
その数値群を見ながら、リリーシアは考えていた。
闘技場や王城の件を通して、自分は魔術詠唱者としてあまり普通ではない水準にいるらしいことは薄々察しがついていた。
そして、リリーシア自身の常識と照らし合わせて見た時、あれだけの規模の破壊を行える個人というのは危険な存在である。
セレネが最初に「個人で王城が陥落できる」と漏らしたように、その感覚はこの世界でもそう変わらないようだ。
つまり、今後この能力や能力値を不特定多数に見られると、いろいろと不都合が生じる可能性がある。
褒められることは人並みには好きなのだが、知らない人間に囲まれたり、これ以上の面倒に巻き込まれるのは勘弁してもらいたい。
せっかく自由の身になったのだから、もうしばらくは悠々と暮らしたいものである、とリリーシアは考えた。
「……ええ、と、確認しました。ありがとうございます」
非常に困惑しながらも、リリーシアは情報が刻まれた銀色のカードを大切にしまった。
「うむ。能力値を見せることを嫌う者も多いため、組合でも普段は提示する必要はない。しいて言えば、特殊な技術を必要とする依頼の時などに技能の提示を要求する程度だな」
「なるほど。……ところで、登録している冒険者の平均的なレベルはどのくらいなのでしょう?」
怪しくならないよう注意しつつ控えめに尋ねると、組合長は少し考えて、
「ふむ、登録したての冒険者は20レベル以下が大半でその人口はかなり多いが、それを除いて積極的に活動している者たちとなると、だいたい60前後が最多といったところか。……何か自分のレベルに思うところでもあったかね?」
「い、いえ、そういうわけでは。申告通り、私は常識知らずの田舎者ですので、参考までに、と……」
慌てて首を振ると、組合長は一つ頷いて、
「では冒険者証の話は終わりだ。最後に、地下下水道の掃討作戦のことなのだが――率直に言うのだが、儂としては是非参加してもらいたいと考えている。戦闘能力はもちろん、《特級》の冒険者が参加するとなれば全員の士気も上がるだろうからな」
それを聞いて、リリーシアは真面目な顔で頷く。
「はい。私でよければ、是非参加させていただきたいと思っています」
「それは心強いな。参加者は今も増えているが、最終的に500人ほどになる見込みだな」
そこで聞いた作戦のおおまかな情報は、
・参加者は500名前後。
・複数の班に分け、王都に複数ある下水道入口より突入する。
・モンスターや裏組織の者たちに注意しつつ、リーダーと思しき女『ニグル・ヘルヘイム』を捕縛または討伐する。
というものだ。報酬は国から出されるとあって、安定した収入を期待しての冒険者が順調に増えているらしい。
「細かい打ち合わせは決行前日に行われる予定だ。リリーシア殿には班の一つを率いて貰いたいと考えている」
「……はい、承知いたしました」
素直に返答しながら、リリーシアの頭は別のことについて考えていた。
――浄化の陣が貼ってあった王城内に2万を超える骸骨兵を送り込んできたニグル・ヘルヘイム。
王家とリリーシアに対して姿を見せて名乗った以上、奴は地下下水道内にまだ戦力を蓄えてこちらを迎え撃つつもりだろうと考えるのが自然だ。
――そこに、500名の冒険者を送り込む。
奴の保有する戦力は全くの未知数である。城を襲ったものより強いモンスターが大量に待ち構えているかもしれない。冒険者に被害が出ることは組合でも想定してはいるだろうが、最悪の場合、全滅……という可能性もありえる。
――そして、作戦を決行している間、街から冒険者は減り、王都の自衛機能は手薄になる。
兵士や騎士隊がいるとはいえ、王城の守りが最優先になっている。奴はおそらくこの作戦のことを何らかの方法で知っているだろうから、街から冒険者が減っている最中に、逆に王都に魔物を放って襲撃させるという可能性も考えられる。
自分は本当にその掃討作戦に参加することが最良なのか?
自分にしかできないことがあるのではないだろうか?
思い出されるのはセレネのこと。身分の全く違うリリーシアのことを信頼し、命を預けてくれた少女。
今度の作戦が失敗したり、その間に街が襲撃されるようなことがあっては、あの少女はまた心を傷めるだろう。
いたずらっぽい笑みの似合うあの可憐な少女を泣かせた連中に、これ以上好き勝手させていいものだろうか?
――断じて否。リリーシアが、その中の新海 竜が心のなかで叫ぶ。
組合を出てから、青い空を見上げてつぶやくように、
「――今度は、私の手番。貴女たちは、私が断罪します」
そう言って、ひとりきりの地下下水道先行殲滅作戦を宣言したのであった。




