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Area《1-22》

「……誰です!」

 周囲を探ってみるが、既に付近に動くものの気配はない。遠くに戦いの音が聞こえるのみだ。

『王族の方々も聞こえているかしら、私のペットたちがお騒がせしているみたいねぇ』

 人を馬鹿にしたような女の声音が響く。ルミナ王は憤怒の表情で叫んだ。

「貴様は何者だと聞いている!」

『あらあら、自己紹介をしていなかったわね。今そちらに行くわ』


 ”それ”は執務室の入り口、つまりリリーシアの目の前に現れた。

 黒い気がぼんやりと人の形を作りはじめる。

「……っ!」

 リリーシアが剣を一閃する、しかし全く手応えがなく、”それ”は形を崩しただけで、一瞬にして人の形に戻ってしまった。

『今回はあなたにしてやられたわね。わざわざ浄化の陣を中和して送り込んだ24000の骸骨兵スケルトンは、ほとんどがあなたの魔法に喰われてしまったのだもの』

 その黒い気の中から現れたのは、局部だけを黒い衣装で覆った、青白い肌の女。頭には、大きな二本の巻き角を備えている。そして、赤い瞳。

氷雪系詠唱魔術フロストスペル:《氷刃群投擲マルチプルアイスエッジ》!」

『いくらやっても無駄よ、なぜなら今ここにいる私は幻影なのだから』

 距離を取って放った氷刃は、目の前の女を通りすぎてしまう。


 その女が、セレネと目を合わせて笑う。

『セレネ姫、今日はあなたを”お迎え”にきたのだけど、邪魔が入ったからどうやらそれは果たせないみたい。次の機会を楽しみにしているわ』

「……これほどの大きな騒ぎを起こして、私を狙う理由は何なのですか」

 セレネが女を睨みつけて強い口調で言うと、青白い肌の女の幻影は笑みを作った。


『私の名はニグル・ヘルヘイム。そして我々の名は《終末》。我々はこの世界を終わらせ、新世界へと導く者。セレネ姫、あなたは我々に必要な資格を持つ、道具』

「道具ですって……!」

『またいずれ、お会いすることになるでしょう。それまで――お元気で』

 そう言うと、ニグルと名乗った女の姿は薄れ、再び黒い気と化して消えてしまった。


「……あれは、何者だったの……?」

 呆然と、セレネがつぶやく。


「ニグル・ヘルヘイム……《終末》……この地下に潜んでいる者たちは、いったい……」

 遠くに戦いの喧騒を聞きつつ、執務室は静寂に包まれていた。




 城内でのすべての戦闘が終わった時、時刻は既に6時をまわり、日が登り始めていた。

 次々に上がってくる報告を、ルミナ王とルーン王子が整理している。

「……どうですか?」

 二人分の紅茶を置いたセレスティア王女が控えめに尋ねると、ルーンが眉をしかめ、苦い顔でつぶやく。

「……今わかっているだけでも、城の施設の被害は甚大だ。周辺の街には全く魔物はでていなかったらしいのが救いだが……」

 その言葉を継いで、ルミナ王が口を開く。

「そして人的被害だが……騎士隊は死者なし、重軽傷者が若干名。後衛にあたっていた魔術部隊に損害はない。そして……一般兵の死者は、奇跡的に0だ。重軽傷者は、全体の半数を超えるらしいが、な」

 昨夜の魔物部隊には、大量の骸骨兵スケルトンに混ざって不確定名・禍骸骨兵が存在していた。上位屍体兵グレーターグールが少数存在したこともあわせて考えると、全体に死者が出ていないのはまさに奇跡的といえる。

「兵士たちは口々に、外にいた骸骨兵が突然氷の槍に貫かれて全滅した、と報告している。リリーシア殿、そなたには本当に……感謝が尽きない。ありがとう」

「そんな……とんでもないです。不甲斐ないことに、それによって今はもうほとんど魔力を使い果たしている状態ですので……」

 リリーシアが晴れない顔でそう言うと、セレネが正面からから抱きついてきた。

「何を言っているの、リリーシア。貴女はたくさんの者たちの命を……そして、私の命を守ってくれたのよ」

 涙まじりの声で、リリーシアの胸に顔をうずめて言う。緊張が解けて、安心したのだろう。


「セレネと……約束しましたから。絶対に守る、と」

 セレネの髪を撫でながら言う。


「セレネもリリーシアも、精神的に消耗しているのだから、一旦休んだほうがいいわ」

「ワシとルーンで報告はまとめておく。お前たちは奥で休んでいなさい」

 センデリア王妃とルミナ王に勧められ、ありがたく二人で奥に用意されていたベッドに入る。

 布団に入ってからもセレネはリリーシアを抱きしめていたが、その髪を撫で続けているうちに、二人とも静かに眠りに入っていった。


 それから満月の日までのあいだ、城内の者たちは部隊の再編と負傷者の治癒をしつつ警戒にあたっていたが、結局敵に何一つ動きは見られなかったのであった。



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