Area《1-19》
部屋に戻ってから、リリーシアとセレネは様々なことを話していた。
セレネは立場上普段からあまり外出できないらしく、街の様子に感動したことを話すと、セレネはたいそう嬉しそうに話を聞いていた。
「外出できないからというのもあるんだけど……私の家族が治める街を褒めてもらえるのは、我が身のことのように嬉しく感じるものだから」
その気持ちは、なんとなく分かる気がした。
当初の契約では夕食は別の予定だったのだが、いつのまにか王族の使う食事の間に連れてこられていた。「家族に貴女を紹介したいから」と言われると、断ることはできなかったのである。
その食事の間には、幾人かの使用人を除けば、まだセレネとリリーシアしかいなかった。
「私は背後に控えていますので……挨拶が終わったら下がらせていただきます」
小声でそう言うと、
「一緒に食べていけばいいではないですか。遠慮することはありませんよ」
「お言葉ですが、庶民としてはこの雰囲気は、ちょっと……。食事が喉を通りませんので、何卒ご容赦を」
リリーシアが土下座しそうな雰囲気でそう言うと、セレネは仕方がないわね、と引き下がってくれた。とはいえ土下座はこの国ではきっと通じなかったに違いないが。
天井からはシャンデリア。壁にはいくらになるのかわからない美術品が置かれ、リリーシアが記録映像で見たヨーロッパの王宮と何ら変わりない高貴さを放っている。それでも”派手派手しい”といった印象よりも、”歴史のある”という印象が大きいのは代々の王家の趣味が良い証拠なのかもしれない。
リリーシアが部屋を観察していると、対面のドアが開き、若い男性と女性が入ってくる。それぞれ、
「待たせたな、セレネ」
「セレネ、お待たせしました」
とセレネに断って席につく。
「いえ、お二人ともお忙しくしているのは承知しておりますわ、ルーンお兄様、セレスティアお姉様。私のせいで迷惑をおかけしております」
「いや、そんなことはないさ。確かにセレネが抜けた分公務は増えてはいるが、お前が無事なのが一番だからな」
「そうよ、セレネ。……ところで、いい加減にその外行き口調をやめて、その御方を紹介してくださる?」
「……せっかくリリーシアがいるんだから、ちょっと王室っぽさを演出してみただけじゃない、セレスティアお姉様。まったく冗談が通じないんだから……」
ため息をつくセレネと微笑みを崩さないセレスティア。ルーンはそのやり取りを完全にスルーすることに決めたらしい。どうやらこの王家、随分と濃厚な性格の人間が多いようだ。
「ま、紹介しようと思って来てもらったんだしね。彼女はリリーシア。今日付けで私の護衛になってもらったわ」
視線でリリーシアを振り返るセレネ。これは細かい説明を丸投げした人間の目だ。
ため息をなんとか押し殺し、兵士の取っていた敬礼を真似て礼をする。
「……ご紹介に預かりました、リリーシア・ピルグリムと申します。セレネ王女殿下の御身は必ず御守りします」
「よろしく。俺はルーン・バツェンブールだ。定期興行の映像を見たが、なるほど映像で見るよりよほど素敵な女性じゃないか。セレネをよろしくな」
これは上流階級男子特有の褒め言葉が自然に口説き文句になっているパターン……! と衝撃を受けながらもリリーシアが頭を下げると、セレスティアがくすくす微笑んでいる。
「もう、お兄様は美しい女性を見るとすぐそうやって褒め倒すのですもの。私はセレスティア・バツェンブール。第一王女をしているわ。……実は昼間、執務室の窓から訓練場で誰かが戦っているのが見えていたのだけれど……あの美しい蒼の髪はやっぱり貴女だったのね」
「ええと、はい……セレネ王女殿下の指示でしたので」
「いえいえ、責めているのではなくて、むしろ私が褒めて口説いてしまいたいくらい。護衛役が終わっても、騎士隊に入ってくれると助かるのですけど、その話はまた後日」
口説いてしまいたい、という台詞の裏になにか怪しい光を感じ取ったような気がして、リリーシアは背中に冷や汗を感じた。
――ここは早々に立ち去るのが戦略上有効だ。これは戦略的撤退である。
「それでは、当初の目的も果たせましたので、私はこれにて失礼致します」
「うん? ここで食べていくんじゃなかったのか?」
「そうよ、私も話を聞きたいし今日はここで食べていくといいわ」
後ろに下がった足は、二歩目を踏み出せずに墜落してしまった。ああ無情、完全に包囲網が完成していたのであった。
根掘り葉掘り聞かれつつ、高貴な部屋で高貴な面々(実際の性格はとても濃いものであったが)に囲まれ、慣れないテーブルマナーに苦心して食べた食事の味はほとんどわからなかった。だが、この王家の王子・王女の人間性については得るものがあった。
まず第一王子のルーン。王位継承権も第一位である。主に軍事方面を仕切っていて、人間や魔物との戦争では大将を務める役職にあるらしい。性格はというと、とてもサバサバした飾り気のない感じで、言い切る口調が偉そうに見えない人柄のようだ。兵士に混ざって訓練もしているらしく、体格はしっかりしている。そして王家の血のなせる業か、とてもイケメンである。
そして第一王女のセレスティア。今は王の元で内政を学んでいるらしい。物腰は柔らかく少しおっとりした雰囲気を感じるが、言葉には鋭いものが混ざっていることがある。それをわざと相手に気付かせて相手の反応を楽しんでいるらしい節がある。顔はセレネに似ているところがあって、実に整っている。
両者に対するリリーシアの第一印象は、どちらも良い人のようだがいろいろな意味で油断ならない、で固まっていた。




