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Area《1-18》

 4人の兵士に守りを固められたセレネを伴って、リリーシアは訓練場に来ていた。

 訓練をしていた兵士たちは既に壁際に退いており、その訓練場の中心には一人の兵士が立っていた。


「よくぞおいでくださいました、セレネ第二王女殿下。そしてリリーシアと言ったか。逃げなかったことを褒めてやろう」

 声を張り上げ、リリーシアを敵意も隠さずに睨む男。重装備に身を包み、その手には剣と盾が握られている。

「グライア、貴方には既に断ったはずです。私はリリーシア様を護衛にすると」

 セレネが強い口調で男をたしなめる。この男はグライアというらしい。

「見せて差し上げますよ、その女より自分が王女殿下の護衛に相応しいことを」

 まるで会話になっていなかったが、セレネは涼しい顔で聞き流したようだ。

「……という男なのです。定期闘技興行上位入賞の実績から入隊した男だということですが、あまり素行がよろしくないようです。リリーシア、頼みますよ」

 なるほど、実力重視の騎士隊には様々な出身の者がいるらしい。王都の風土に似て懐の深い印象である。リリーシアは自分のことを棚上げしてそう思った。

 リリーシアは気合を入れなおし、


「――お任せください」


 そう返事をして訓練場の中央に歩み出る。両者の間には、審判を務める兵士が立っていた。

「試合は王国騎士隊式、通常模擬試合である。魔法で癒せない後遺症を残す攻撃は禁止だが、基本的に武器、体術、魔術など戦闘方法は問わない。……それでは両者、礼」

 笑みを貼り付けて頭を下げるグライア。一つ一つの動作で狙って相手を煽れるというのも才能のように思えてしまう。――そしてリリーシアはこの時点で、彼の今までの態度に結構キレていた。


「ではいざ尋常に――始め!」


 開始の合図がされても、グライアは動かなかった。構えたまま、リリーシアを待つらしい。

「……もしかして。先日の私の真似ですか」

 そう聞いてみると、

「いやいや。女性に先を譲るのは紳士のたしなみさ。来いよ」

 リリーシアはその答えに、呆れを通り越して脱力感を感じた。


「あとで言い訳しないでくださいね」


 フッとリリーシアが地面を踏み、爆発的な速度でグライアに迫る。

 そして、横合いに一閃。

 グライアはなんとか盾で防ぎ、剣を弾き返した。

「おっと、速さは大したもんだが見えねえほどじゃない、剣も軽いな!」

「そうですか。――では次」

 次の瞬間。お互いに至近の距離だったはずが、一瞬で目前のリリーシアを見失った。

「――後ろかッ!」

 反射的に後ろに剣を振りぬくグライア。その攻撃はリリーシアの剣に柔らかくそらされてしまった。

「流石は上位入賞者。反応できましたね――では次」

 剣をそらされ、無防備になったグライアを無視して次の跳躍を行うリリーシア。

 先程から彼女が行使しているのは、魔術の類ではなく体術である。技能スキルでもなんでもなく、基礎能力値の高さにまかせた超高速移動。

 姿を消したリリーシアに焦りながらも、グライアはもう一度背後に剣を抜き放つ。

 しかし、その剣は空を切った。背後にも、リリーシアの姿はなかったのである。


「……どこだ!?どこに消えた!」

「――反応できませんでしたね。失格です」

 ゆらりと気配が立ち上ったのは、回転運動をする自らの死角になっていた斜め後ろ。

 グライアは振り返る間もなく、死角に入り込んで気配を消していたリリーシアの基本盾打撃シールドバッシュを思い切り食らって吹き飛んでいた。

 リリーシアが試しに全力で放ってみた基本盾打撃シールドバッシュは、グライアの身体をボールのように吹き飛ばし、地面を二、三回跳ねてから壁にぶつかって止まった。

「……技の威力倍率は極めて低い盾術だったはずなのですが」

 小声でつぶやく。ファンタジアにおける基本盾打撃シールドバッシュは文字通り基本攻撃にあたり、本来攻撃力よりも気絶値の蓄積が目的の技だったのである。しかし、凶悪な基礎能力値を余すことなく使った基本攻撃は、随分と派手な結果をもたらしてしまったようだ。


「勝者、リリーシア・ピルグリム!」

 審判が宣言し、セレネが笑顔で手を叩く。壁際で見ていた兵士たちもいつのまにか手を叩き始め、拍手に包まれる事態になっていた。

「ところであの……彼、大丈夫ですか?」

 近くにいた兵士に聞けば、

「ああ、あのくらいならだいたい魔法で直るし、軽い骨折だって俺達には日常茶飯事だ。むしろ、あいつは反省のために回復魔法が最低限に留められる可能性すらあるな」

 と笑顔で言うので、そういうものなのか、と苦笑いで返すしかない。


 セレネの元に戻ると、彼女は満足気な顔で迎えてくれた。

「これで、貴女に楯突こうなどという者は簡単には出てこないでしょう。そういえば、魔法は使わない方針なのですか?」

「方針、というわけでもないのですが……必要ないなら魔力を温存したい、という……貧乏性のようなものです。見せびらかす趣味もありませんので」

 それを聞いて、面白そうにころころと笑うセレネ。見せる表情がいちいち可愛らしく、なぜかこちらが恥ずかしくなってきてしまう。それを誤魔化すようにあくまで平静を装い、セレネへ居室へ戻るよう促す。

 そのリリーシアの様子を見てセレネはなおも微笑んでいたが、何も言わずに部屋へ戻っていくのであった。



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