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Area《1-17》

 大通りをまっすぐにすすめば中心へ向かっていく円形の街の構造上、王城への道は間違えようがないほどにわかりやすい。

 見た目にも豪奢な貴族街を抜け、少し背の高い建物が目立つ行政区を抜けると、バツェンブール国の王城が見えてくる。某テーマパークの城ような雰囲気はないが、がっしりとした壁に囲まれた巨大な建築は、見る者を圧倒する。


 門を守る兵士に近付き、セレネからもらっていた紹介状を見せる。

「セレネ王女殿下の……? 入ってよし!」

 リリーシアは地方村民の平均的な服装に、フードを被った格好である。リリーシア自身、王家と関わりのある人間には見えない自信がある。

 それでも門を開いてくれた門番に感謝しつつ、王城内へ入る。目の前には広い庭が広がり、その一角では兵士たちが武器を手に訓練に励んでいる。


 紹介状とは別に城内の地図も付けてもらっていたため、足は問題なく目的地へ向かう。セレネ第二王女の居室と記されたその部屋は、王城内でも門から最も遠い区画にあった。

 部屋の前に立っている兵士に会釈をして紹介状を見せると、リリーシアの様子を短い時間興味深く眺めてから、敬礼を見せた。

「お話は伺っております。セレネ王女殿下は部屋におられます。お通りください」


 部屋に入ると、こちらの姿を見たセレネが椅子から立ち上がり、こちらに小走りで駆けてきた。

「リリーシア・ピルグリム、参上しましうわぷっ」

 あろうことか、飛び込んできたセレネに抱きつかれたリリーシアは、バランスを崩しかける。なんとか体勢を戻し、王女を床に下ろすと、満面の笑みでセレネは言った。

「待っていたわ、リリーシア! 私が想像したより早い到着だったわね!」

「ええと、セレネ王女殿下、その口調は……?」

「私、堅苦しいのは嫌いなのよ、もちろん公私の切り替えは得意技だけどね。リリーシアも私のことはセレネと呼んで?」

「は、はい……セレネ、さん」

「セ・レ・ネ」

「……セレネ」

 冒険者組合で見た、あのおしとやかでいかにも上流階級といった雰囲気のセレネ第二王女殿下はどこに行ってしまったのだろうか。そう思わざるをえないほどの変貌であった。 


 二人しかいないのをいいことに威厳もなにもない様子になったセレネは、手慣れた様子で二人分の紅茶を入れ、リリーシアに差し出した。今座っている椅子も、テーブルも、紅茶の入った器も相当な高級感で多少緊張してしまう。

「兵士の方たちはみんな緊張して話をしてくれないし、お姉様もお兄さまもお忙しくしておられるし。例の手紙のせいで公務もさせてもらえず部屋にこもりっきりでは、別の原因で死んでしまいそうだわ」

 そう言ったセレネは、本当に暇すぎて仕方がないという様子だった。

「暇というのは、それはそれで大変なものですね」

「敬語……は諦めるしかなさそうね。そんなことより」

 セレネがこちらの顔をじっと見つめる。威厳はなくなっても非常に整った顔立ちのセレネに見つめられると、元男としては非常に居心地が悪い。現実にこんな美少女が生まれ落ちるというのは奇跡ではないだろうか。

「……なんでしょう? セレネ」

「まず第一の仕事を言い渡します。今後城内ではフードの着用は禁止。頭を見せて行動しなさい」

「えっ、ああ、すみません。癖になっていたものですから」

 確かに目上の人間と接するのにフードのままでは失礼だろうし、そもそもその見た目は不審者そのものである。

 慌ててフードを脱いだリリーシアに、セレネはまた満面の笑みを浮かべた。

「……うん、やっぱり映像で見るよりずっと綺麗。おそらく王都内で目立つのを避けてフードを着けていたのでしょうけど、この役目に就いた以上、むしろ目立って損をすることはないわ。城の人間にも覚えてもらえるでしょうしね」

 台詞セリフ自体は真面目なものだが、蒼色の長い髪の束を触りながらうっとりとして言われても全く説得力がない。

「まあ……慣れてしまっただけですから。これからはそうします」

 ひとしきり――本当に長い時間――リリーシアの髪をいじって満足したセレネは、広い部屋の一角を指した。

「あれが、貴女の服と装備の一式になるわ。とはいっても、モノ自体は女性上級騎士のものと同じだけど。サイズも映像から割り出して近いものを用意させたから、着てみて頂戴」

 そこには騎士の制服と、その上から着ける軽装の全身鎧が置かれていた。白を基調とした、リリーシアも好みの上品さと機能性を兼ね備えたデザインだ。盾と片手長剣も用意してある。


 更衣室を借りて着替えたリリーシアの出で立ちは、まさに女性騎士そのものといった様子であった。


 騎士の制服は、偶然なのか現実世界のセーラー服を改造したようなデザインで、ファンタジア内の装備と言われても違和感がない。その上の白い鎧は、この城全体の高貴な雰囲気によく合っている。

 その姿を眺めたセレネは満足そうにうんうんとうなずき、

「よく似合っているわ。せっかくだしお兄さまにでも見せびらかしに――」


 その言葉の途中で、ドアがノックされる。

「何用ですか」

 王女モードのセレネが答えると、困惑した様子の兵士が入ってきて、敬礼を取ったあと口を開いた。

「セレネ王女殿下に――いえ、リリーシア殿に、騎士隊内で異議のある者が出ておりまして」

「異議……というと?」

「なんでも、『セレネ王女の身辺警護は自分が最も相応しい。余所者を入れるべきではない』と。……いかがされますか、王女殿下」

 その報告に、仕方なさそうにため息をつくセレネ。心当たりでもあるのだろうか。

「そういう輩は出てくるだろうとは思ったけど、それにしても早速ねえ……。リリーシア」

「はい」

「第二のお仕事です。その騎士とやらをやっつけて来てください。完膚なきまでに」


 そう言ったセレネの顔には、あの時見たイタズラっぽい笑顔が浮かんでいた。




1-16を書いていたら余裕で二話分に達していたため分けて投稿しました。

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