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Area《1-16》

 立ち上がって勢い良く頭を下げたセレネ第二王女。それに続いて座ったまま静かに頭を下げるゴルド組合長。そして、呆気にとられて固まってしまったリリーシア。場の空気は凍りついて止まってしまっていた。


 リリーシアは場を解凍すべく、頭を整理しつつ口を開いた。

「あの……いくつか疑問は浮かびますけど、とりあえず頭を上げていただけますか、セレネ王女、ゴルド組合長」

「そう、でしたね……詳しい説明もせずに、申し訳ありません」

幾分か恥ずかしそうに椅子に戻るセレネ。それを見て、ゴルドが口を開く。

「では、詳しいことは儂から話そう。それでいくつか疑問も解消するやも知れんしな」

「お願いします」


「ではまず依頼内容だが、12日後の満月の夜までの間、セレネ王女殿下と共に城に籠もり、その身をお守りすることだ。……本当は今ここにセレネ王女殿下がいらっしゃるのも非常によくない事態ではあるのだが……」

わたくしが命を預けようという者なのです。直接会わなければ、意味はないでしょう? ゴルド」

「ええ、まあ……ということで今日は兵士4人を連れてここにいらっしゃっている。そして人選の理由だが、」

 そう言ってリリーシアに差し出したのは、金の枠をあしらった青色の魔力結晶。組合長が魔力を通すと、四角いモニターが空中に浮かび、昨日の試合の様子を流し始める。これはビデオカメラとしての機能を持つ道具らしい。

「その実力だ。……リリーシア殿は先日ラツェンルールに来たばかりだ。そして登録書を見た限りだと、素性もあまりはっきりしておらん。本人を前に言えたことでもないのだが……王女殿下からこの者を護衛にという話を聞いたとき、儂はあまり得策だと思っていなかったのだが」

「目にも留まらぬ剣技、相手をあえて待ち構えて圧倒する武勇、その強大な魔力。そして――美しい女性であるということ。私の護衛を任せるのに、これ以上適任な者がこの城に、この街にいらっしゃいますか?」

 いやいない、と言外に締めくくったセレネの目は、リリーシアとゴルドの双方を説得しようという力で満ちていた。

「……冒険者組合と王家は基本的に不干渉です。見たところ怪しい者でもないようですので、組合としてはこれ以上否とは言わないことにしたのだ」

 リリーシアが来るまでに、ゴルドは既に説得されていたのだろう。二人に向けた目は、むしろリリーシアのみを説得するために向けられていたらしい。

「本当に……私が適任だと? 組合長の言う通り、私はつい先日ここに来たばかりの人間です。極端に言えば、この国の益を損なう側の人間かもしれませんよ」

「その可能性は……確かにあります。でも、貴女の瞳を見ていて、私は確信したのです。リリーシア様は信頼のおける方だ、と。それに」

 言葉を区切ったセレネは、少し目を伏せた。

「あの定期興行で見せた氷柱の魔術……あの規模の魔法を、この城には個人で発動できる者もいなければ、解除キャンセルできる者もおりません。正直な話、貴女が本気でこの城を落とそうと考えたなら――すぐに陥落してしまうでしょう」

 どうしようもないから、むしろこちらの監視下に置いてしまおうと王家は判断したらしい。あまりにぶっちゃけた話で、聞いているリリーシアは面食らってしまう。

 そして、イタズラっぽい笑顔でリリーシアを見た。

「それに、貴女の本気は――あの程度ではないのでしょう?」

「……いえ、まあ。そこまで信頼をいただいているのなら、嬉しい限りです」

 回答を濁し、苦笑いで返す。


「もちろん、城の警備は普段より三段厳しい厳戒態勢を敷いています。リリーシア様に過重な労働を強いるものでもありません。……そしてなにより、私の話相手が欲しかったのです」

 最後に小声でつぶやいたセレネの言葉は、しっかりと耳に届いた。

「……わかりました。リリーシア・ピルグリム、微力を尽くさせていただきます。セレネ王女殿下」

 微笑んだリリーシアの顔を見て、セレネは小躍りしそうなほどに嬉しそうな様子だった。


 思えば報酬の相談も全くしていなかったので(いきなりのことで三人ともそれぞれ思考が混乱していたらしい)、その他の細かいことを相談し、リリーシアは帰路についた。これから荷物をまとめ、昼過ぎに王城へ来てくれ、ということだそうだ。


 三食にベッド(当然城内の部屋である)がついて、服も装備も城で支給されるというので、本当にほとんど持っていくものはなさそうである。とりあえず剣だけをベルトに差し、バッグに生活用品と多少の資金を仕込み、店主に軽く挨拶をしてから宿を出る。依頼について特に秘密指定はされていなかったが、あまり他人に話して良さそうな内容でもないため、少し用が出来たので数日間出てくると告げた。


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