Area《1-13》
『――悠の月定期興行も、いよいよ決勝戦。対戦者を紹介いたします』
会場の歓声は今までより小さい。多くの者が、息を飲んで二人の対戦者を見つめている。
『並み居る強豪を圧倒的な速度と技量で破ってきた謎の剣士、リリーシア・ピルグリム!』
リリーシアは静かに立ったまま、目の前の対戦者から目を離さない。
『そして、今日相対した者全ての息を止め、屍を積み上げ登ってきた剣士、ダグラス!』
光を吸収するように光沢のない黒の全身鎧に、黒の剣を携えている。兜の細い隙間からは、顔はうかがい知れない。
『それでは両者、尋常に――』
3,2,1――
『始め!』
その鐘の音とともに、両者は駆け、次の瞬間には剣を打ち合っていた。
鍔迫り合いをしながら、リリーシアは口を開く。
「あなたは……あなたには、私が何に見えていますか」
答えは期待していなかった。だが、その問の直後、ヘルムの奥の瞳に赤い光が灯った。
「お前ハ――餌。餌、食糧、畜生――俺を高みへ導キ、俺ニ捕食されるモノだ」
瞳の赤い光は、王都への途中に見た禍ガブリンが見せたものと酷似していた。
その血の色のような瞳を見て、リリーシアは覚悟を決める。
「ならば、私がそうでないことを見せてあげます。来なさい、傲慢な殺戮者」
そう言って一息に剣を押し出し、鍔迫り合いを解消する。
両者ともに引かず、戦場の中心で何度も剣を打ちあう。
そして少し距離を取ってにらみ合い、膠着状態かに入ったと思われたその時――
何かをつぶやいた黒い全身鎧のダグラスの姿が、ぶれるようにして”増えた”。
「……! 幻影魔術ですか!」
二人になったダグラスが、左右を挟みこむようにこちらに駆けてくる。
「メルさんの言う通り、温存する必要はなかったようですね。――氷雪系詠唱魔術:《氷刃群投擲》!」
数にして20の氷の刃が生成され、その半分ずつが二人のダグラスを襲う!
「「――闇系統詠唱魔術:《混沌盾》」」
二人のダグラスが同時に詠唱し、同時に空間を歪める層が形成され、盾になる。
その盾は十分に魔力を練り込まれた20の氷刃を全て弾き、掻き消えた。
そして、激突。
それぞれに振るわれた黒の剣を、リリーシアは剣と盾で受け止めていた。
「……どちらにも、実体がある。そしてどちらにも能力は完全に保持されていて、戦闘能力は単純に二倍、ですか。とんだチートですね」
二人を抑える力にもあまり余裕はなかったが、そう漏らさずにいられない。
ファンタジアには見た目だけ増える幻影魔術と、自身の持つ戦闘能力を等分して姿を増やす分身魔術が存在した。リリーシアが把握する限り、自分自身がそのままの能力を持って二人に増えるような、見るからにバランスを壊すものは存在しなかった。
――長引かせては不利になる。あの魔術がどういうものなのかわからないが、様々な技を織り交ぜられれば捌ききれるか自信がない。そう判断したリリーシアは、目の前の敵を早急に、確実に倒す術を思考した。
「風系詠唱魔術:《風爆》!」
リリーシア自身をも対象に含めて発動した魔法は、一点に圧縮した空気を一気に撒き散らし吹き飛ばす魔法。
風の勢いでフードがどこかに吹き飛んでしまったが、気に留めず、二人の吹き飛んだ位置を認識する。
「私の魔法……試させてもらいますよ。氷雪系詠唱魔術――《氷柱群招来/威力最大》!」
その瞬間、闘技場に轟音が轟いた。
二人のダグラスの上に一瞬で生成された幅10メートル、高さ40メートルの巨大な六角氷柱は、跳ぶ時間も与えない速度でそれぞれを押しつぶした。
闘技場が静寂に包まれる。その時間は十秒程度だったが、観客たちにとっては数分にも感じるような空間であった。
「――氷結、解除」
リリーシアがそう唱え、氷柱が砕け落ち、消滅する。それと同時に観客席の凍りついた時間も溶けたように動き始めた。
氷柱が砕けたあとには、分身が解除され、ぴくりとも動かないダグラスが残されていた。
『試合――終了! 勝者、リリーシア・ピルグリム!!』
鐘の音とともに、今までで一番大きな歓声が爆発した。花火が打ち上げられ、優勝者であるリリーシアを盛大にたたえている。
その歓声に驚き、照れからか頬を少し赤く染めたリリーシアは、担架に乗せて運ばれていく黒の全身鎧の男を見つめていた。
「闘技場ならともかく、この街で騒ぎを起こせば今度こそ問題になるでしょう。……私の役目はひとまずここまで、ですね」
記者やインタビュワーらしき者たちに囲まれつつ、小さくつぶやいた。
長くなったので、1-12と分けての投稿です。




