Area《1-12》
準決勝戦から決勝戦までの間に、多少の休息時間が与えられていた。これは、準決勝を突破した両選手に出来る限り平等な休息と準備の時間を与えるためである。
その時間に控室にいると決勝戦の相手と鉢合わせすることになりそうだったので、リリーシアは参加者が自由に使える個人休憩室の一室で装備の確認を行っていた。
その時、コンコン、と扉を叩く音が聞こえる。
「……どなたですか?」
「メル、メルランデよ。少し話ができないかしら」
緊張感を含んだメルの様子に不思議に思いながら、休憩室の鍵を開ける。
「何か、あったんですか?」
「あまり時間がないから手短に言うけど、リリーシア、貴女は決勝戦、棄権した方がいいわ」
その突飛な言葉に、リリーシアは意味を理解するまでにたっぷり数秒かかってしまった。
「私が……棄権? いったいどうしたんです、メルさん?」
「貴女が奴に勝てるかどうかは私にも見当つかない、つかないけど……奴とやってはいけない」
「じゅ、順序立てて話してくださいよ、メルさん。突然やってきて棄権してくれ、では意味がわかりませんって」
そう言ってメルをなだめながら、ダリア村でも使った回復魔法を発動する。その魔法で思考が冷えたようで、メルは静かに言葉を紡ぎだした。
「ありがとう。少し……焦りすぎていたようね。次の対戦相手……知ってる?」
首を横に振って否定するリリーシア。試合が進むにつれ、控室に残る参加者は少なくなっていたが、今の彼女のように最初から個人休憩室にいた者もいたようで、全員を把握しているわけではない。
「そっか……。貴女が次に当たる決勝戦の相手、奴は……」
「――奴は、対戦者全員を殺しているの」
リリーシアは息を呑んだ。何も返答ができないまま、メルの顔をただ見つめていた。本当なのか、と。
「この闘技場での試合で起こったことは自己責任、ってのは知ってるよね。後遺症の残る大怪我をさせても、ルール上は問題ない。そして、無抵抗以外の相手を試合中に殺してしまうことも、ここでは解禁されてる」
「……でも、そんなことをする人はまずいないはずですよね。闘技場の中ではよくても……」
「そう、普通ならそんなことをするはずがない。いくらアリだといっても、観客にとってその選手の心証は悪くなる。都市内で恨みを買うかもしれない。……裏社会の怖い人たちとかに、ね」
「なら、相手が進んでそれを行うということは……」
「……自暴自棄になっている、周りの見えていないヤク中、殺しの快感以外どうでもいい、この街の恨みなど怖くない……わからないけど、リリーシア、貴女はそんな普通じゃない奴の相手をしちゃいけない」
PK。話を聞いて、その二文字が頭に浮かんだ。ファンタジア内で、プレイヤーキルは標準の仕様だった。フィールドなどの中立域に出ると、他のプレイヤーに攻撃することは可能だ。技能の誤爆をふせぐために普段はシステム上でロックを掛けておくプレイヤーが多かったが、プレイヤーの中には一定数、PKを楽しみとし、PKを生業とする者が存在していた。PKには多大なデメリットが付随するものだが、日常生活で体験できない高揚感を得て、その味を忘れられない者たちはいつまでもいなくならなかった。
だが、この世界では死んだら終わりだ――この世界は現実なのだから。PKなどというゲーム上の遊びと一緒にしてはいけない。
「私は……」
胸に手を当てて、言う。
「私は――そいつを倒します。殺人者から逃げ隠れて、見なかったことにする……そんなのは私のやり方じゃないですから」
メルは何かをとっさに言おうとして、口をつぐむ。リリーシアの蒼の瞳をまっすぐ見てから、もう一度口を開いた。
「……わかった。あんたが、冷静そうに見えてその実ものすごく頑固者なのは、宿や、試合を見てて感じてたさ。じゃあこれ以上は何も言わない。でも、前までの試合みたいに、魔法を使わないってのはやめといたほうがいい。相手は手練だ。最初から全力で、ね」
「はい。次の試合、観客席で見ていてください」
すでに入場時間は目の前であった。個人休憩室の前でメルと別れ、入場口へと向かう。
リリーシアの心の中はとても静かだった。――相手が何者であろうと、それを打ち倒すまで。




