Area《4-14》
「この馬車に揺れる感覚も慣れたものですけれど、今回はかなり堪えました……」
車窓から外を眺めながらリリーシアがつぶやく。
「今回もかなり長期になったものね」
「いや、まあそれもそうですけど……政治的なことが絡んでくることにはあまり関わりたくないですよ、セレネ」
「貴女は厄介事のほうからやってくる体質のようね。でも、よかったじゃない。アマレや、あの子達を救えて」
一連の騒動が片付いてからセレネとコルウェが政治的な調整を行っている間、リリーシアは《忌み子》たちの治療を行っていた。
といっても施術自体はバツェンブールから派遣されてきた魔術詠唱者たちが担当していた。リリーシアはその指導をしていたのだ。
魔力の操作は魔術詠唱者なら自然に行える行為である。今回の治療はその延長線上にあたる技術なので、コツをつかみさえすればある程度の技量を持った魔術詠唱者なら治療可能であった。多数封じられている呪いの類も、魔力を流し込み紋様を消せば同時に解呪されるという性質であったことも幸いした。
どの地域でも忌み子は基本的に孤児院に預けられていることがほとんどらしい。そのため、今後魔術詠唱者たちに各地域へ赴いて治療を施してもらうため、リリーシアがその方法の伝授をしていたのであった。
呪いが封じられて生まれてくる忌み子は基本的にあまり長生きできないため、人数はそう多くはないとも言われているが、救えるものは全て救いたい。バツェンブール側の者たちの意見は一致していた。
真実を知ったバレンス国の魔術詠唱者たちも治療の講習に参加していたので、彼らも力になってくれるだろう。
そのことを考えると、リリーシアは疲労が少し軽くなった気がした。
「そう……ですね。アマレは?」
「あちらですわ」
寄ってきたコルウェが指す先では、ミコトがアマレを抱きかかえるように座っており、二人とも安らかに寝息をたてている。
「……本当に、よかった。助けられて」
「……ええ。それで、彼女はどうしますの?」
「前にも言ったとおり、うちで養おうと思っています。体力や気力その他もろもろが戻ったら、学校に通わせたりしても――、あれ、コルウェさん……この世界には学校という概念は」
途中ではたと気付き、小声でコルウェに尋ねるリリーシア。
あまり長くラツェンルールに住んでいるわけでもないので、その隅々まで施設を把握しているわけではない。学校というものが存在するのかどうか、今の今までさっぱり知らなかったのである。
「ありますわよ。王都ラツェンルールには確か、初中高一貫の大きな学園があったはずではなくって? セレネ」
「ええ、その通りです、コルウェ様。リリーシア……もしかして今までラツェンルールに学校があるかどうか知らなかったの……?」
「いえ、その、まあ、そうなんですけれど。私にはもう縁遠い場所ですから、あまり意識になくて」
「まあ確かに、大きいとはいってもあまり記憶にはないかもしれないわね。外壁の外にあるし」
「外壁の外、ですか?」
「そうよ、我等が国立レルヘン学園は南外壁の外、外壁に沿うように作られているの。ちなみに私も卒業生なのよ」
リリーシアにとっては全く知らなかったことばかりだ。
確かに外壁の南側からは出入りしたことがないし、近くを見たこともなかった。
「でも、外壁には深い堀があったはずでは……?」
「見たことがなかったら、知らないのも当然ね。南側は完全に埋め立てられていて、学園のための敷地になっているわよ? 周囲には学生寮や学園生のための街まであるんだけど」
なるほど、平和だから堀を埋めて学生のための街にしてしまっても構わないだろうという判断だろうか。
たしかにバツェンブールはかなり前から戦乱とは縁遠そうであるし、土地の有効活用ではある。
「全く知らなかったです、そんな大きな街が壁の外にあったとは……。アマレがもし望むなら、通わせてやりたいものです」
「それはいいわね。いろんな学科があるし、きっといい経験になるわ」
話が一区切りしたところで、セレネは少し風を感じてくると前方の窓からゼラの座る御者台へ向かっていった。
「……私、学校ってまともに行ったことないんですよね」
「あら、そうでしたの」
「……《飛ぶ》前の私が二十一歳。《ファンタジア》のサービスは十周年。……まあ、そういうことです」
「なるほどねえ……見事に引きこもりですわね、本当に。もしかして通ってみたいんですの?」
「いえ、別にそういうことでは……あまりいい思い出はないので、アマレがそれを喜ぶかどうか、わからなくて」
「それはまたいずれ、聞いてみればいいことですわ。まったく、心配性なことで。これが親心というものなのかしら」
「……返しにくいことは言わないでくださいよ」
目をそらしつつ、癖で脇に置いた剣を触ろうとして、手が空振る。
「ああ……そういえばまた武器を消費してしまうとは。あのアリアンロッド・レプリカ、結構いい出来だったんですけど」
「私のカドゥケウス・リリィもですわね。確実に物理防御を抜く手段はアレが確実だったとはいえ、早い別れですわね……もったいないお化けがでますわね」
「……この世界だと本当に出そうですね、モンスターとして。……まあ、帰ったらまた打ち直しましょう。今度は何を混ぜようか――」
窓の外を見ながら思案に入ったリリーシアの意識は、しばらく現実に戻ってはこなさそうであった。
「……あとのことは、年長者に任せなさい、リリィ。――ひとまずは、これでめでたしめでたし、と」
その姿を見ながら、コルウェは微笑んで小さくつぶやいた。
もはや恒例の幕間的な馬車移動シーン。わりと好きです。
ちなみに4-1で書いていたように、リリーシア一行の馬車は馬車といってもコルウェの召喚魔獣二頭が牽引するかなり大型の部類で、居住スペースにはそれなりに余裕がある模様です。




