迷い
手紙をもらって、一週間。
僕の中で答えは出ている。まだ返事をしていないだけだ。
騙されているのだろうと、返事を先延ばしにしている。
返事がなければ、また答えを聞こうと相手からコンタクトがあるはずだ。
詐欺師のよくある手口だ。
そんな悠長に構えていたら、母の様子がおかしいことに気付いた。
眠れないって、言ってたな。
病院で薬もらって、眠っているって。
親父とは、こちらが恥ずかしくなるほど仲のいい夫婦だった。僕と3人で出かけても、親父と母はいつも手を繋いで歩いていた。
「近寄るなよ」
そう逃げる僕に「お前、お母さん大好きっ子だったから、妬いてるだけだろ」と親父がよくからかってきたな。
母が、仏壇の前でずっと話しかけて泣いている。
この半年、僕の前では気丈にふるまってきた母が、もう限界を迎えたのだろう。
料理上手な母の料理が、最近は美味しく感じない。
親父が好きだった、ハンバーグも手作りではなくなり、惣菜に変わった。
事務員として、仕事もしているのに家族のためにいつも家の中は綺麗に整えられていた。
それが、この半年徐々に掃除の回数が減ったのだろう。埃も目立つようになった。
僕もこの半年、親父の幻影を感じた。19時半に帰ってくる親父がリビングのドアを開ける姿を感じた。
朝、出社の時に僕の部屋の前を通って、「学校遅れるなよ」という声が何度も聞こえた気がした。
そう、親父にはもう触れることも出来ない、感じることしか出来ないんだ。
手紙と、メールを読み返すと引っかかることもある。
狐に嫁入りさせると、長生き出来るのか?
青島さんは、既に85歳。パソコンまで使いこなしている。
十分元気な御老人ということなんだろう。
それに比べて、うちの家系は祖父は62歳で胃がんで亡くなり、親父も51歳で事故で亡くなった。
確かに疫病ではない。しかし、早すぎるのではないのか?
これが、嫁入りさせなかった家系の運命なのか?
そうすると、僕も短命に終わるのかもしれないな。
もし、僕が結婚したときあの壊れてしまったような母と同じような思いを、大切な人にさせてしまうのだろうか。子供が出来たら、僕のように毎日泣くような子供になってしまうのだろうか。
何歳で家族を亡くしても、辛いのは一緒だ。
それは分かるんだ。青島さんのご家族だって、青島さんが大往生したって泣き崩れるだろう。
「死」とは何だ。
それを操れる力が、本当にあるのか?
その権利を譲ってくれるというのなら、僕はそれを使うべきなのか?
母はまだ仏壇の前で泣いている。仏壇の中の親父に話しかけるのはまた明日にしよう。
壊れかけた母にかける言葉も出なかった。
せめて、自分の部屋だけでも掃除をしようと、その場を去った。




