0.説明が多い、悪役令嬢の一発逆転 2
まだまだ説明回でございます。くどくて申し訳ございません;。
※男性の体型に関してアンチ表現がございます。ご注意くださいますようお願いします。
※乙女ゲと少女漫画の絵柄に関してアンチ表現がございます。ご注意く(ry
そして翌日。
身なりを整え、朝食のため食堂という名の広間へ赴くと、今日はいつにも増して笑顔が眩しい父上と母上から、「天童のご当主から私宛に連絡が入っているので出るように」、とのお達しがあった。ちなみに、この二人もゲームに登場する人たちなので、"漫画顔"である。…二人とも40を軽く超えている筈なのに、見た目が美少女と美青年。…お肌の曲がり角から15年以上経っているとは到底思えない。
軽く諦めの境地に浸りながらお手伝いさんから子機を受け取る。耳に当てるや否や、開口一番苦虫を噛み潰したような男性の声が、『環姫、やってくれたねぇ…』と言った。
昨夜、私から例の報告書を受け取った天童のご当主は、急ぎ息子の不在を確認した後警察に連絡を入れると同時に、クラブ【Hills】に手の者を向かわせたそうだ。
だが、迅速に動いたにも関わらず既に息子は他の暴走族連中と共に警察のご厄介になっていた。…私が敢えて、【ローカダートゥ】の名前を伏せて密告電話をさせたためである。
実は【ローカダートゥ】に関しては天童のご当主から警察へ圧力がかかっており、ある程度のこと(傷害と道交法違反)くらいなら目こぼしするよう、おまわりさんたちの間で暗黙の了解になっていたのだ。…大人の世界の汚さが垣間見れる実態である。
だがそれを見越して『違法ドラッグのパーティ』と伝えたのが効果を発揮した。昨今この界隈ではドラッグの売買が問題になっていて、警察はそのルートを掴めずに忸怩たる思いを抱えていたのである。
故に、警察の動きはそれはもう早かった。天童のご当主が後手に回る程には。
『お陰で総眞はまだ回収出来ていないんだよ…。出来る限り手は尽くすつもりだが、こうまで話が大きくなってしまった以上、あいつと姫を娶わせるは難しくなってきたねぇ…。
もしかして、それが君の狙いだったのかな?』
おっと、さすが勘の鋭いオジサマだ。しかし、私に瑕疵はない…つかないように手は打ってるんだなー、これが。
「…私は、かねてより総眞さまの善き妻たるよう学んで参りましたが、総眞さまは別の方をお見初めになられたようでございました。
私も随分と悩んだのです。私と総眞さまの婚約は、謂わば天童と嵯峨の社運がかかった新規事業の為のもの。ですが、総眞さまが私をお厭いになり、その女性との将来を渇望されておられるのでしたら、私はどうするべきなのだろうか、と。
それを模索する為に調査という形を取らせて頂きましたが、よもや私もあのような結果が出て参るとは想像だにしておりませんでした」
『ふうん?』
信じてないな、当たり前だけど。
「総眞さまが、あのような恐ろしいことに巻き込まれると分かっていながら、見て見ぬふりは出来なかったのですわ。それで、お父上たるご当主さまへ連絡申し上げたのです」
『なるほど…、ではもう一つ尋ねよう。総眞が不良どもと乱闘している最中に警察へタレコミがあったそうだが、それは誰がやったのかな?』
「タレコミ…と申しますと、密告、という意味でしたかしら?」
首を傾げてそう言えば、それを聞き咎めた父から、『うちの環に低俗な言葉を教えるんじゃない!天童!!』という怒声が飛んできた。父上は我が家の女性陣をそれはもう大切にして下さっている。その分弟には厳しいけれど。
…そういや、まだ弟の姿が食堂に現れてないな。朝の鍛錬が終わってないのかしら。
『…相変わらず嵯峨(父のことである)は娘さんと奥さんには激ラブだねぇ…』
呆れ声に、私も身内として恐縮してしまう。ところで「激ラブ」って…古いですよ、ご当主。
「申し訳ありませんわ。…それと、警察への連絡の件は、私も存じ上げません。事を大事にしないために、ご当主さまへまずお報せさせて頂いたのですもの」
『…………』
暫しの沈黙の後、長い溜息の音が受話器を通して聴こえてきた。
『…いいだろう。そういうことにしておこうか。姫には総眞のことで随分と心労をかけたようだしねぇ』
「勿体ないお言葉ですわ」
ほほほ、まー、鵜呑みにしてもらえるとは思ってなかったから、納得してくれただけでも恩の字だ。
とりあえず上首尾で終われそうだと安堵していると、唐突にご当主さまがこんなことをのたまった。
『ところで、貰った報告書にあった"女狐"の件だけど、姫はどうしたいかね?』
…おぉ…、今それを持ってくるのか。もちろん"女狐"とは松本みらいのことですね分かります。
「まぁ、総眞さまがご執心の方でいらっしゃいますのに。ご当主さまはお二人のことをお認めにはなりませんの?」
『あははははっ!!笑えない冗談だよ、環姫。うちはせいぜい戦後の成り上がりの家だけれどね、これでも70年以上、創業一族の経営権を守ってきたプライドがあるんだ。あんな、どこで天童の血を引かない子供を作ってくるか分からないような女性を、獅子身中の虫にするつもりはないよ』
容赦ありませんね、ご当主。というか私もそう思います。仮に私を蹴落として天童総眞の妻の座に収まれたとしても、彼女が他の攻略対象との関係を断つとは思えないし。
天童が血族主義だとは知らなかったけど、ご当主さまとしてはカッコウの托卵なぞ許さないってことなんだろうね。
「…それがご当主さまのご判断なのでしたら、仕方ありませんわね」
うん、ホントなんでこんな優秀なお父上からあんなバカ息子が生まれてきたのかしら…。
あ、一応総眞の上には和眞さまという優秀な跡取りがいらっしゃるのだ。あのバカ息子が跡取りだったら目も当てられないが、その点は安心して良いだろう。
…まぁ実のところ、この和眞さまが総眞がグレた原因の一つなんだよね。優秀過ぎるお兄さまと比べられて拗ねたなんて、私から見れば甘えとしか思えんが。
それにしても松本みらいの処遇かぁ…。ぶっちゃけあのお嬢さん、天童家以外にも迷惑かけまくってんだよなぁ…。
「…そうですわね。彼女の事は、最早天童家だけに収まりませんでしょう。穂高家、水城家、日比谷家の皆様方とよくよく話合って決められるのが宜しいのではないかと。
特に穂高の跡取りさまは、彼女に恋い焦がれたあまり、山之内の姫君とのご婚約を破棄なされたと聞き及んでおります。少なくとも穂高家のご意向だけは伺う必要がございましょう」
穂高修一郎、水城蓮、日比谷恭哉、というのが、その他の攻略対象の名前だ。山之内の姫、愛歌嬢は穂高修一郎ルートの悪役令嬢になるのだが、今回ヒロインが天童総眞に狙いをつけたために、単に婚約破棄だけで済んだようだ。…いや、「だけで」なんて言っちゃダメだな。婚約破棄だけでも愛歌嬢にとっては大問題だろうし。
『環姫は何もないのかい?聞けば、彼女に酷い目に遭わされていたようだけれど』
「実害は特にございませんでしたもの。強いて挙げれば、4ヶ月間の調査費用くらいですわ。まぁ、こちらは私の勝手でしたことですし、どちらかへ請求など出来ようはずもございません」
『なるほど。…じゃあ、何か要求はないのかい?彼女にどうしてほしいっていう…』
ふむ。私は少しだけ考えた後、それなら、と口を開いた。
「では、松本みらいさまのお義父上と経営なさっている会社には、彼女の所為で不利益を被ることがないようご配慮を頂ければと思いますわ」
『…何故だい?あのような娘を育てた責任は親にあるだろう?』
「みらいさまは、お母さまの連れ子でいらっしゃるのです。お母さまとお義父上は、今年に入ってから再婚なさっておられますから、お義父上に製造者責任を問うのはあまりにもお気の毒でございましょう?それに、お義父上の会社に勤めていらっしゃる社員の皆様がなによりお可哀そうですわ」
…まぁ、ゲームをやってたから知ってるんだけど、ヒロインのお義父さんってホント、善人なんだよ。ついでにお母さんもね。これは、うちの調査でも裏取れてるから間違いない。そんな良い人たちが色ボケゲーム脳な前世持ちの娘のために破滅するなんて、さすがに私も後味悪過ぎるわ。
『…では、松本夫妻との話し合いの場も設けよう。その結果の判断は私に任せてもらっていいかい?』
「それで十分でございます」
ご当主は人を見る目にも長けていらっしゃるから、きっと最善の判断をして下さるだろう。…多分。…信じてるからねっっ!!ご当主!!!
その後、ご当主さまと他の案件についても話を詰めて、もう用件は何もないかな?と思った頃、ご当主さまが打って変ってしおらしいお声を出された。
『環姫、改めて今回のことは申し訳なかった。君たちの婚約を決めたのは私と嵯峨だが、年が合っているからと安易に決めるのではなかった。総眞は私や兄の和眞に幼少の頃から劣等感を持っていたようでね。まぁアレはアレでそれなりに優秀ではあったのだが、高過ぎる目標が目の前にあるのが精神的に辛かったようだ。…そのうちに何を言っても聞き入れなくなってしまった。…多分私は父親失格なのだろうね』
「ご当主さま…」
いやだから、天童総眞が甘え過ぎてただけですってば。自分が足らないと思えば、環境だけは最高だったのだから理想に近づけるよう努力し続ければ良かったのだ。
ちなみに、手前味噌だが私は【ディレクトリ/ローカダートゥ】では嵯峨環が一番好きだったので、彼女を貶めないためにも死に物狂いで勉学に励んだぞ。今も学ぶことだらけで分刻みのスケジュールをこなしてるくらいだ。
『1000年以上も高貴な血を繋いできた嵯峨の姫君に、うちの次男は相応しくない。後で正式に嵯峨にも申し入れるが、君と総眞の婚約は白紙に戻そう』
「……っ!!」
父上と母上が見ている前であるのも忘れて、思わず私は胸の前で握り拳をつくってしまった。
おお…、今、全私が歓喜に打ち震えている…!
『無論、天童に非があるワケだから、嵯峨には不利益にならないよう最善の努力をするつもりだよ。…本音を言えば、君に『お義父様♥』って呼ばれたかったけれど、仕方ないね。総眞と私たちの自業自得だ』
「勿体のう…ございます…」
私は、喜びが悟られないよう必死に押し殺しながら、なんとかそれだけを言った。
お陰で、先方には涙を堪えているものと思われただろう。うはははは。
やったねー!これであのアホから解放される…!断罪イベントは潰せたし、婚約破棄にも持っていけたし、今日はなんていい日なんだ!ヒャッハーー!!
その後、二、三言葉を交わし、私は通話を切って子機をお手伝いさんに戻した。
それを待っていたかのように、父、崇仁がにやりと悪戯っぽい笑みを向けてくる。
「藤堂から粗方聞いているが、環はもしかすると僕以上の策士かもしれないね?」
「あら、あなた。娘が腹黒で喜ぶなんて、父親としてどうなのかしら?」
は、母上…腹黒ってヒドイです…。
がっくり落ち込む私を他所に、可愛らしく唇を尖らせた母を、父が笑って宥めている。
「いいじゃないか、環がそれだけ賢いってことだよ。それに僕は何が在っても君たちを愛しているからね」
「っ!!も、もう!あなたったら!!」
…我が母はややツンデレ属性である。かれこれよんじゅ…げふげふ、XX歳になろうかという中年女性なのに、ツンデレが似合うってどういうことだ。
「父上」ラブラブのところを申し訳ないが、とりあえず私は言わねばならない事を父に告げる。「天童のご当主よりご挨拶があるでしょうが、総眞さまと私の婚約を破棄させてもらいたいとのお言葉でございました。…私が不甲斐ないばかりに、申し訳ございません」
実はあまり申し訳ないとは思っていないが、しおらしく頭を下げておく。
「仔細は藤堂より伝わっておりますでしょうから申しませんが、此度の件で例のプロジェクトに影響はありませんでしょうか?」
重ねて気になっていた事を尋ねてみれば、父は笑みを崩さないまま鷹揚に頷いてみせた。
「環が心配することではないよ。実のところ、総眞くんとの婚約は天童がうちに強く希望してきたからでね。
おまえも知っての通り、あそこは戦後急激に成り上がった家で、日本の財界ではどうしても歴史ある有力者には強く出られないんだ。だから、嵯峨の娘を一族に入れることで、天童は箔をつけたかったんだよ」
ほほう、なるほど。そんな裏事情があったのか。
「プロジェクトの方はどっちみち、もうお互いに後戻り出来ないところまで進んでるんだ。今更両家の婚姻が破談になったところでやめられないし、僕も天童も経営者として利益より私情を優先したりしない。だから、安心しなさい」
よ、よかった…。
安堵のあまり、身体から力が抜けた。そんな私に、父は茶目っけたっぷりに片目を瞑ってみせる。
「それに、こんなこともあろうかと、次はもう見つけてあるしね」
「は?…父上、それはどういう…」
私が言いかけたところで、食堂の襖がすっと開いた。現れたのは、身長こそまだ170cm程度だが、平均的な中学生男子よりも遥かに逞しい筋肉を持つ、父によく似た面差しのイケメン少年である。
既に品も質も良い私服をばっちり身に纏っているが、黒髪がやや湿っているからシャワーを浴びてきたのだろう。
この少年こそ、私の弟で嵯峨の次期当主、嵯峨樹である。
樹は、父、母、そして私の順に顔を見回すと、廊下の板張りの上でまず正座の一礼をしてから、膝をずらして畳にあがってきた。古武術を嗜む彼は、全ての動作が張り詰めた弦のようでとにかく美しい。姿勢も綺麗だし、何よりね、私服の上からでも惚れ惚れするような逆三角形の上半身!私の理想には及ばないが、我々"漫画顔"人の中ではダントツのイイ身体であろう。
「おはようございます、父上、母上、そして姉上。遅れまして申し訳ありません」
朝の挨拶を済ませてから、彼は私の隣の座布団にもう一度正座する。そして、隣の私に向かって軽く会釈した後、頬を上気させながらにっこりと王子スマイルをくれた。
「姉上、今日もお美しいお顔を拝見出来て、嬉しゅうございます。お着物は加賀友禅でしょうか?姉上の美しい御髪によくお似合いですよ」
くわっ!おのれキサマ、朝っぱらから姉を萌え殺す気か!
やや不整脈を発しながらも、「私は嵯峨のお姫様~」と自己暗示をかけながら平静を装う。
「ありがとう。あなたも早朝よりの鍛錬、御苦労でした。上原老師より随分励んでいると聞いてますよ?あなたの頑張りが姉として誇らしく思いますわ」
「姉上…!」
感極まってブルブル震える我が弟。ゲームと違って、今の樹は姉の目から見ても、ちょっぴり重度のシスコンである。
実は、この樹が松本みらいの最後の攻略対象だったんだよ…。ゲームでは一人年下枠だったんだけど、幼い頃から優秀過ぎる姉(=環)と比較され続け、姉とはいえ女に劣るとは何事か、と男には厳しい父にプレッシャーをかけられまくった挙句姉を憎むようになっちゃった…という設定だった。
現実でも、父は母と私には優しいのだが男である樹には厳しいので、私は彼がゲームみたくならないようにと、幼い頃から何かにつけて褒めて褒めて自信をつけさせたのである。うむ、嵯峨樹はわしが育てた…げふんげふん。
ついでに何か誇れるものがあればと思い、丁度私が筋肉フェチだったのもあって古武術を勧めたところ、これがなかなか筋が良かったらしい。師匠である古武術の人間国宝、上原老人にも期待されているようだし、何よりゲームで線の細い美少年だったのが、こっちでは私くらいなら軽くお姫様抱っこ出来そうな偉丈夫である。
…同じ"漫画顔"なのに、康太と樹でここまで筋肉に差が出るとは。…やはり康太の場合は体質的なもんもあったんだな…すまんな。
「樹、それに環も、せっかくの朝食が冷めてしまう。早く食べなさい」
樹が来たことでさっと表情を改めた父に促され、私と樹は揃って箸を取り「いただきます」と一礼した。
我が嵯峨家の朝の団欒は、一度食事に手をつけ始めると私語は許されない。勿論テレビも厳禁である。
また、食ってる音を立てるのも品がないと叱られるので、嵯峨家の食事風景はひたすら無言、これに尽きる。
そして、出されたものを全て平らげ、「ごちそうさま」と箸を置いたところで、漸く会話や中座が許されるのだ。1000年の歴史を持つ嵯峨家は、かくも礼儀作法に厳しい。
家族全員が食事を終え、お手伝いさんから貰った玉露を飲んで一息つく。
はー、とりあえず、明日の始業式を穏やかに迎えられそうで良かったわー。夏休みの最後は、藤堂や樹の筋肉を愛でて過ごしたい…けれど、忙し過ぎて無理か…。
私は肩を落としながら卓の上に湯呑を戻し、上座側の父と母に正座のまま頭を下げた。そろそろ家を出なければならない時間である。
「それでは父上、母上、藤間先生のお稽古がございますので、お先に中座させて頂きます。戻りはお昼を過ぎるかと思います」
日●新聞を読んでいた父とお茶を飲んでいた母が、揃って笑顔くれた。
「わかった。しっかり励みなさい」
「先生によろしくお伝えしてね?」
はい、ともう一度頭を垂れると、「姉上!」と私を呼びとめる樹。
「今日は俺も上原老師の道場へ稽古に行くのです。もし宜しければ、外で昼食をご一緒致しませんか?」
お、期せずしてイケメン筋肉とランチデートだと…!?いかん、テンションが上がるじゃないか。
興奮を押し隠しつつ、私はおしとやかに、儚げにを合言葉に上品に微笑んで見せる。スマイル0円(但しナイス筋肉に限る)。
「まぁ、素敵ね。それでは父上、母上、本日の昼食は、樹と外で摂って参りますわ。厨房にもそのように伝えて参ります」
「環は本当に樹と仲がいいね。…樹、姉に迷惑をかけぬよう、また共に外に在る時は、おまえが第一に環を護るのだぞ?」
「は…、承知しました、父上」
武士の如く静かに頭を垂れる弟をうっとり見つめながら、そういやさっき父が言いかけたことって、どういう意味だったんだろう?…という疑問が浮かび、そして消えていった。
まだ続きます。