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0.説明が多い、悪役令嬢の一発逆転

非常に説明箇所が多いです;自分だったら「これ、途中で読むの飽きてまうな」と思いながら書いちまいました。

※男性の体格に関してアンチ描写がございます。ご注意の程、お願い致します。

※乙女ゲと少女漫画の絵柄に関してアンチ描写がございます。ご注意の程(ry


この世界には、二種類の人間がいる。

そう気づいた時、私は以前、別の人間であったことを思い出した。


そうーー、いわゆる【前世】というやつである。彼氏いない歴=年齢だった28歳のしょっぱいOL。それが以前の"私"だったらしい。


…うん。実に荒唐無稽で、妄想と現実の区別がつかないイタイ人と思われるかもしれない。だが、これが妄想だというなら、ものすごくささいなことまで思い出せるのが、どうにも納得出来ない。私、どんだけ想像力逞しいのよ。


…さて、その潤いのないしょっぱい生活を送っていた女の28年だが、ざっとまとめると次の通りである。



前世の私は理想にこだわり過ぎて、現実に妥協出来ないタイプだった。


お陰で彼氏も作れず、妹は『お姉ちゃんが喪女だなんて友達に言えない!!』と蔑んだ目で見るわ、父はなんか腫れものでも触るように顔色を窺ってくるわ。

母に至っては、『アンタ、彼氏くらいいつになったら作るの?知り合いが結婚相談所やってるから、いい人いないか訊いてみてあげるわよ?』とか言って、後日同じ市内にお住まいの48歳のおっさんのプロフィールを見せてきた…。


…あの時はさすがにブチ切れて、実家のキッチンで調理器具使用デスマッチが勃発しかけたな…。父が必死で止めに入ったけど。


28歳ともなりゃ、そろそろ本格的に"結婚"というプレッシャーから逃げ場を失うお年頃だ。

特に敵は身内に有り…てなもんで、毎日毎日家族から"結婚"の二文字を聞かされてりゃ、気にしてなくても気になるようになるし、母なんか『同級生の○○ちゃんは…』とか実例まで挙げてきて、やたらと危機感を煽ろうとする。


…そんなことが連日続いて、そろそろ『ノイローゼになるんじゃね?私』とか思ってたある日。


私は会社からの帰り道で、うっかり赤信号を見落とし車にぶっ飛ばされた。



そして、今世で全く別人になって生きてることに気がついて、現在に至るわけだが、


…前世よりも"理想"を叶えるのが困難になってることに、軽く絶望している。







数十枚にのぼる書類の最後の一枚を捲った時、私はふと卓上の時計見て、目頭を軽く指で揉みほぐす。

21時まであと10分。いつもなら22時には布団に入っているが、今夜はどうやら無理のようだ。


離れの私の部屋までわざわざこの書類を持ってきてくれたのは、私の護衛チームの主任を務める男だった。

勤務時間外であろうに、昼間と変わらず黒いスーツをビシっと着こなしている。


…着こなしている、とは言ったが、肩から肘にかけて、胸部、そして太腿の辺りを見れば、生地の下から逞し過ぎる筋肉がはりつめているのが見てとれる。

これほどの筋肉量でありながら、ギリギリのところで辛うじてスーツが不格好にはなっていないのは幸いであろう。


「お嬢様?」


男が巨体を僅かに前に傾げながら、気遣わしげこちらを見た。

サングラスで目元を隠してはいるが、直線的な鷲鼻、二つに割れた顎、そして角刈り。

正直言って、私の"理想"にかなり近い男である。

しかし、あくまで"近い"、だ。残念ながら、私は『某スイス銀行に報酬を振り込ませるスナイパー』は好みではないのだ。


…いや、彼はサングラスを外せばゴ●ゴとは似ても似つかぬ顔である。ただ、子供が見たらギャン泣きするレベルの強面なのは事実だ。しかも右の目尻から耳の付け根にかけて、うっすらと銃創が残っていたりするものだから、子供だけでなくそのお母さんも思わず悲鳴を上げるかもしれない。


しかし、こんなに顔が怖い男なのに、気遣いは非常に細やかなのである。

きっと、書類を見ながらも心ここに在らずな私を案じてくれたのだろう。…さすが、他人の気配には敏感な男だ。


「…なんでもないわ」慌てて、さっと残りの文章を読み終えてから、私は書類の束を文机の上でトントンと角を揃えた。「御苦労でした、藤堂。調査部門の者達も労をねぎらってあげて下さいな」


藤堂、というその男は、黙って角刈りの頭を垂れた。


…うん、存在がもう劇画だよなー。輪郭も髪の毛も身体の線も顔の影も、「全てGペンで描きました」ってカンジなんだよ。下着は是非ともブリーフを履いていてほしい。…ボクサーパンツでもいいが、トランクスだけは辞めてくれ。主にイメージの問題で。



「では、私はこれで…」


妄想に耽っている私をよそに、もう一度頭を下げた男は巨体に似合わぬ機敏さで、正座の姿勢から音もなく立ち上がった。そのままくるりと広い背を此方に向けると、静かに、気配さえも希薄にして襖の向こうへ消えた。



私は暫し、藤堂が消えた先を見ていたが、やがてそこから視線を横に流すと、壁にぴたりとくっついて置かれた鏡台と目が合った。


映し出された私の顔は、つい今しがたまで見ていた藤堂のものとは全てにおいて(・・・・・・)違っていた。


日本人形のようにまっすぐで真っ黒い、長い髪。切り揃えられた前髪の下の小さな顔。これまでこれを見た人はみな、"傾城とはこのように美しい容姿を言うのであろう"と絶賛をくれた。


だが、私の中の"絶世の美女"とは、こんな顔ではないのだ。


もっと彫りが深く、鼻は高い。輪郭だって子供のようにふっくらしたりしてない(私は17歳であるから、実際子供であるが)。


そして、唇はぽってりとして、目は綺麗なアーモンド型。


…それが、私の思う絶世の美女像である。


しかし、今の私の顔は、鼻は低くはないがそもそも小さく、逆につり気味の目はやたら黒目勝ちで異様に大きい。睫毛はありえないくらいばっさばさ。唇も好きだったハリウッド女優のものとは比べ物にならないほど小さくてぽってりなんて言葉とはどこまでも無縁である。


いわゆる『アニメ』や『少女漫画』でよく見るような造形なのだ、私の顔は。



「…康太、いるかしら?」


少なからずがっかりしながら傍に控えているはずの従者を呼ぶ。するとすぐさま、先程藤堂が出ていった襖が再び横にスライドした。


板張りの廊下の上で、ほっそりした身体の少年が両手両膝をついて、頭を下げている。


その色素の薄いサラサラショートヘアが、一呼吸おいてからゆっくりと面を上げた。


(うん…、こいつも思いっきり『少女漫画顔』だよな…)


私の顔と同じ系統の顔は、私よりも目が大きくて鼻は私よりも小さい。唇は薄くちょこんと輪郭の下側に乗っかっている程度だ。


菅谷康太(すがたにこうた)というこの少年、私の家に連なる分家の生まれで、小学2年生に進級したと同時に私の従僕としてつけられた人物である。


だが、少年(・・)であるというのに、これまで康太はただの一度も、初対面の相手に正しく"男"と認識されたことがない。


何故なら、こいつの持って生まれた容姿が悪いのだ。

萌系美少女にしか見えない顔、幾ら鍛えてもまったく筋肉がつかない身体、更に男としては低めの身長…これだけ揃ってて初対面で男と見抜けと言われても、「それなんて無理ゲ?」である。

私だって出逢った時から一年程は、彼が本当に男なのか本気で疑っていた。…本人や周りからなんと説明されようとも、ようじょにしか見えなかったのだから仕方ないだろうが。


…しかし、そんな康太を身近で見ているうちに、私は別に疑問も覚えたのである。


いくら『体質』だといっても、康太が紛れもなく男であるならば、ここまで徹底して筋肉がつかないなど、あり得るだろうか?

従僕というのは、いざという時の護衛も兼ねる。故に康太は幼少期より私を守る為に厳しい訓練を受けて来たのだ。

しかし体を鍛えているにもかかわらず、彼は少女のようにほっそりとして、ぱっと見筋肉らしきものを見つけることが出来ない。…いや、服を脱いだら案外細マッチョなのかもしれないが、少なくとも目に見える部分は細さばかりが目立つのだ。


男としては”もやし”である。だが、信じられないことに、一旦戦わせてみれば康太は人並み以上に戦える


そんなデタラメな話があるか。





…というわけで、この世界には二種類の人間がいる。


一つは、私の前世と同じ、人体工学に基づき肉体を形成している、所謂"リアル"…藤堂のようなタイプの人。こちらは私が知る限り圧倒的に少数(マイノリティ)


そしてもう一つは、私や康太のように、デタラメな人体構造を持つ人。…少女漫画やアニメのように二次元にしか存在し得ない姿形の持ち主だ。…便宜上"漫画顔"とでもしておくか。


この二つを比べた時、…例えば、私が藤堂を見た直後に康太を見てみると、激しく違和感を覚えるのだが、康太と藤堂に訊いてみるとお互いを見比べても特に何も感じないのだという。


…この感覚の齟齬も、私を悩ませる一つだ。私にはこれだけはっきり分かる違いが、何故康太や藤堂には分からないのか。


私が"前世"を覚えているから違って見えるのか。


それとも、私が前世で発売されていた、この世界と同じ世界観(・・・・・)を持つ乙女ゲーム(・・・・・)、【ディレクトリ/ローカダートゥ】の存在を知っているから、そう見えるのだろうか…。




…というか、よりにもよって、乙女ゲーの世界で第二の人生だなんて、私にとっては拷問にも等しいのだが…。


…だってさぁ、



「今までに拝めた理想の筋肉(マッチョ)が、藤堂と護衛チームのメンバーだけってどういうことよ…。なんで私の周りには"細マッチョ"とかマッチョカテゴリーに入れるのもおこがましいガリの派生型とか、真性のガリしかいないのよー…。

…これ以上ガリばっか見てたらお腹下すっつーの。頼むから誰か私に筋肉を撫でさせt…」


「お嬢様、こんな遅くに呼びつけといて、いきなり俺のことディスってんすかガリで悪うございましたねというか俺の方が筋肉ほしいってんだよこの野郎」



泣き崩れながら日頃思ってる事をうっかり口にした途端、私の周囲でガリ(キング)の名を欲しいままにしている我が従者は、思いっきり不機嫌な顔でノンブレス毒吐きをやってのけたのである。


(あるじ)に向かって"この野郎"ってなんだこの野郎。





不貞腐れた康太を宥めてすかしてヨイショして、なんとかお茶を淹れに行かせることに成功した私は、もう一度姿見に今も見慣れない自分の顔を見つけつつ、再度沈思黙考の体勢に入った。


くどいようだが、この世界は【ディレクトリ/ローカダートゥ】と酷似している。


その証拠に私は、メイン攻略対象の婚約者として登場していた、【嵯峨環】という悪役令嬢と同じ名前、同じ容姿、そして同じ背景を背負っている。


婚約者についても同様。【天童総眞】という名前で、私と同じ年、同じ学院に通っている俺様イケメン。容姿もゲームで見た姿とほぼ同じであった。巨大企業グループ・天童グループ総帥の息子で次男というところまで合致している。


他にも私を取り巻く環境のほとんどがゲームの設定やシナリオと同じとくれば、最早認めざるを得まい。…どういうからくりかは知らんが、この世界は【ディレクトリ/ローカダートゥ】に準拠した世界であるのだと。


だが100%そうなのか?というと、これまたYESとは言い難い。何故なら、藤堂ら護衛チーム達の存在が、私から見て明らかに異質であるせいだ。


彼らはゲームには影も形も出てきていない人達である。その所為かどうか分からんが、姿形は写実的(リアル)で羨ましいことこの上ない。


…あ、いや、だからって藤堂みたく劇画描写な顔になりたいってワケではないぞ?ただもうちょっとセクシーさが欲しいと思っているだけであってだな…。


…こほん。


まぁそんなワケで、もし藤堂達が私が考えるようにこの世界の異分子であるならば、もしかしたらこの先の未来をゲームのシナリオ通りにしない為の抜け道も存在しているのではないだろうか?…と思ったワケだ。


なにせ【天童総眞】ルートでの嵯峨環ったら、嫉妬に狂った挙句ヒロインを罠にハメようとして、最後は実家と自社グループ巻きこんで没落してしまうんだもんよ…。

更に環は天童総眞の怒りをとことん買っちまったもんで、お風呂屋さんに沈められてクスリ漬にされた後、お隣の半島経由で人身売買組織に性奴隷として売り飛ばされるというダブルコンボを食らう。


…うん、確かこのゲームのメーカーって、開発スタッフも他の社員も全員女性だっつー話だったよな?


スタッフよ…、どんだけ嵯峨環が嫌いだったのよ。こんなもん、同じ女が考えたとは思えねー程ヒドイ末路じゃねーかよー!!

しかも、彼女らが知っていたかどうかは分からんが、大陸で性奴隷って、前世の噂じゃ臓器売買で殺されるより悲惨だって話だぞ?


…私だって我が身はかわいいのだ!折角新たな人生を貰ったのに、裏社会の都市伝説を我が身を以て実体験★なんて、開発にどんだけ嫌われてようが絶対ご免である。


そんなわけで、私は自分の五体満足と明るい未来のために、悪役令嬢としての仕事を一切放棄した。


その結果が、文机の上に纏めた報告書である。


「ふふふ…」


いかん、思わず顔がニヤけちった。


うちの調査部はホントに優秀であった…。父上には明日にでも、下半期のボーナスをはずんであげるよう、進言してやるからな!!期待してろよ!!



「お嬢様ー、お茶っすよー」


スッと襖が開いて、仏頂面の康太が再びその顔を見せた。…おいコラてめぇ、私が許可を出す前に勝手に(あるじ)の私室の襖を開けるんじゃない。


礼儀作法も何もかもさらっと無視しやがったうえ、盆を片手に持ったまま、しかも立ったまま入室してくる傍若無人っぷり。康太さん?さっきこの部屋に呼んだ時とえらい態度が違うんじゃないか?…しかも主の前で胡坐ってアンタ、それが従者のやることか!!


…恐らくまだ機嫌は直ってないぞっていう、康太渾身のアピールのつもりなんだろうが。…しかし、だからといって主に対してこの暴挙は許されるもんではない。


無礼な従者がお盆ごと文机の上に茶を置くまでを見届けてから、私はニッコリと彼に微笑んだ。


「そういえば康太、あなたにお作法を教えたのって…、確か桂木の大刀自様だったかしら。……後で絶対チクってやるから覚えてなさいよ」


桂木の大刀自様は、御年90歳ながらいまだ腰も曲がっていない矍鑠としたお婆さまである。武器は50cmの竹製ものさし。



「…どうもすいまえんでした」



途端に正座で深々と頭を下げたところを見ると、件の婆様は噂通りの鬼軍曹だったようだ…。良かった、私の先生じゃなくて。



「ところでお嬢様、こんな時間にわざわざお茶を淹れさせる為だけに、俺を呼びつけたワケじゃないっすよね?」


無礼な従者を言い負かして気分良く玉露を口に含んだ私に、康太は胡乱な眼を向けて来た。


「…勿論。ちょっと頼みたい事があるのよ」


湯飲みを盆の上に戻してから、私は文机の報告書とポラロイド写真の束を康太に手渡した。


「まずは、それを見てくれる?」


「は?」受け取りながらも、康太は意味が分からない、と眉間に皺を寄せた。「これ、あの人の素行調査書でしょ?やですよー、俺あの人のお陰で軽く女性不審なんすからー」


お嬢様よりも性格に難ありな女なんて、初めてでしたもん、とかぬかしやがる従者の両こめかみを、とりあえず拳の中指の第2関節で力いっぱいぐりぐりしておいた。…情けない悲鳴を上げて逃げようとする姿に、幾らか溜飲が下がる。


「とりあえず観ろっつーのよ。話が進まないでしょ」


そう言うと、康太は渋々と言った体でA4判の書類の束を一枚一枚捲り始めた。


やがて、半分程捲ったところで、彼の表情が険しくなっていく。時々ポラロイド写真と照らし合わせながら読み進めていた彼は、10分程経った辺りで漸く全てに目を通し終えたようだった。


「…お嬢様」


「何かしら?」


正座の膝上に書類を乗せつつ、康太はじっと私の顔を見つめた。


「つまりあの人、お嬢様をハメる為に自作自演な事件を起こそうとしてるってことでFA(ファイナルアンサー)っす?」


「それ以外にも『しかし、そこには新たな陰謀の影が…』的な展開があったりするんだけど…、今のところはそれでFAね」


おうふ……、と唸りながら、康太は頭を抱え込んでしまった。


藤堂から渡された報告書のうち、たった今康太に無理やり見せた書類と写真は、【松本みらい】という女子生徒に関する素行調査書である。


彼女は【ディレクトリ/ローカダートゥ】のメイン舞台となる【皇天学院高等部】に、今年の新学期に転入してきたばかりなのだが、


…うむ。御察しの通り、この【松本みらい】こそ、ゲームの主人公(ヒロイン)である。


私が悪役令嬢という役どころである以上、敵となる可能性が最も高い。かの孫子先生も「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と仰っていたので、私は彼女が天童総眞とのイベントを5つ程進めた辺りで、うちのグループ会社の一つ、調査部門に依頼をかけて彼女の身辺を調べさせることにしたのだ。


私が悪役令嬢として全く動かなければどうするのか、…てのを確かめたかったのもある。


そしたらまぁ、予想通りというかなんというか。立たないフラグを無理やり立たせるべく、さも自分が私に虐められていると思わせるよう、しょーもないねつ造をやり始めたではないか。


自分で自分の私物をゴミ箱や焼却炉に放り込んだり、自分の体操服を鋏で切り刻んだり、一人でトイレに入って水道の水を持参したホースで全身にぶっかけたり…、思わず「おつかれさま;;」と言いたくなる程の勤勉さである。


その後、攻略対象たちにイジメの件(自演)を泣きついたのだろう。天童総眞以下、攻略対象たちの私に対する態度は、冷え込みまくって今や絶対零度である。


こちとら攻略対象なぞどいつもこいつも恋愛対象外だし、どうでもいい男にどう思われようが痛くも痒くもない。だけど、一つだけ懸念はあった。


それは、攻略対象たち(ヤツら)に"裏の顔"があるってこと。



【ディレクトリ/ローカダートゥ】には『ちょっとアブナイ"最強暴走族たち"に、キケンに愛されて』という意味分からんキャッチコピーがついていた。


攻略対象たちは、一人除いて全員【ローカダートゥ】という名前の暴走族の幹部をやっていて、天童総眞はその中でも総長の地位にある。

メンチ切られたり暴言吐かれたりくらいなら無視してりゃ済むのだが、流石に大勢の暴走族構成員たちを使って実力行使に出られると、か弱い(・・・)深窓の令嬢では太刀打ち出来ない。


尤も、登下校の時は藤堂ら護衛チームに護られているし、藤堂たちが入れない学院の敷地内では奴らは何故か手出しをして来ない。

経済界というお山の大将に過ぎない天童家と違い、我が嵯峨家はやんごとない至高の御方とプライベートでお目通りが適う程の名家中の名家である。事業の規模も資産についても天童家に劣りはすれども実際には大して差はない。


…恐らくあの重度の厨二病患者…もとい天童総眞も、その辺りは親御さんに口酸っぱく教えられているのだろう。ケンカ最強だの暴走族だの夜の繁華街では偉そうにふんぞり返っているそうだが、他の良家の子女たちの目がどこにあるか分からない場所ではせいぜい嫌味と罵倒が精いっぱいなんだろうな。


…ならばこちらもいろいろ手を打つのも面倒くさいことだし、とりあえずは静観しましょうか、と判断したのが六月の初旬。


で、今日は八月三十日。ゲームでは二学期の始業式が断罪イベントの舞台である。

ヒロインと攻略対象達の恋愛イベントもいよいよ佳境に入ったみたいだし、これはそろそろ来るかなー…、と予測していたら案の定であった。


ヒロインは最終章の山場である"嵯峨環断罪イベント"を起こす為に、最後の大がかりな捏造を行ったのだ。



「よりによって、暴走族と裏取引っすか…。確か【悪死頭】って、この地区で違法ドラッグをさばいてるチームっすよね?後、夜繁華街に遊びに来た女の子たちを拉致って輪姦(マワ)してるとか、聞いたことあるっすけど…」



ゲームでは、婚約者と松本みらいの仲に嫉妬した嵯峨環が、【ローカダートゥ】の敵対チームである【悪死頭】の副総長と裏取引し、松本みらいを拉致させ女性としての尊厳を汚すよう依頼するのだ。


だが、ここで副総長よりも頭の回らない総長が、勝手に【ローカダートゥ】に「お前たちの大事な女を拉致ってやったぜヒャッハー」と犯行声明の電話を入れてしまい、怒り狂った総眞以下【ローカダートゥ】のメンバー達は、総力を挙げて【悪死頭】の本拠地、クラブ【Hills】を強襲、派手な抗争の末総眞はみらいをぎりっぎりのところで助け出すのである。



勿論、私は【悪死頭】などというゴロツキどもとは全く縁なぞ結ばなかった。だがヒロインにとっては、この拉致イベントが進行しなければ最後の断罪イベントは発生しないのだから、何が何でも拉致されねばならない。


報告書には、松本みらいが【Hills】の前で直接【悪死頭】の副総長に金を渡し、自分を拉致して人質にしたら【ローカダートゥ】をボコボコに出来ると唆した、…と書かれてあった。写真や音声データもしっかり付いている。


「…これで思惑通り拉致されたとして、【悪死頭】の連中の口から裏取引の事がバラされるとは思わなかったっすかねぇ?暴走族はヤ●ザじゃないし、抗争っつっても高校生同士ならせいぜい『傷害事件』止まりっしょ?『死人に口なし』は狙えないと思うんすけど…」


私は康太に同意しながら、玉露を啜りつつため息を零した。


「…私をハメるためと言っても、計画に穴が開きまくっているのが笑えるわよね…。ま、彼女が思ったより策謀に長けてない(バカである)ことが分かったのは収穫だったわ」


ついでに、ヒロインが十中八九、私と同じように前世にこのゲームをプレイした人間であることもこれで確証が持てた。

尤も、それならそれで『私がシナリオ通りに動かないことに』少しは頭を働かせて欲しかったが、こんな失敗する可能性が高過ぎる計画を立てるあたり、おつむの出来には期待できないか…。


「…色ボケゲーム脳って怖いわね…。お陰でこっちはやり易くていいけど」


「…何か言いました?お嬢様」


「なんでもないわ」私は頭を振って、先程藤堂から渡されたもう一つのもの、黒のスティックメモリを手渡すと、「なんすか?これ」ととぼける従者に向けて唇を弧の形に刻んだ。


「報告書にあったでしょ?会話の録音データ」


「録音データ…って、要するに盗聴っすよね?…犯罪臭が余計臭い立つからやめてくださいっすよー…」


康太はげんなりとしながらも素直に受け取り、報告書の上に写真と共に置いた。


「何言ってんのよ、それだって立派な証拠だわ。それより、今晩中にその書類と写真、それから音声データも付けて、私の名前で天童のご当主の第一秘書宛てにメール送信して頂戴。ちゃんと【至急】ってつけるのよ」


「はあああ?!今晩中って…、ちょ、今からっすかぁ!?」


「当たり前じゃない。それから最寄りの警察署でいいから連絡して。S町D坂のクラブ【Hills】で、【悪死頭】って名前の暴走族が今晩違法ドラッグのパーティをやってるらしいって。更にその噂を聞き付けた反メの暴走族が、ラリってるスキをついて襲撃する計画を立ててるらしいから、もし踏み込むなら数を揃えて行くようにって。…こっちは天童への連絡よりも先にやって頂戴。それと、絶対に匿名でよ?バカ正直に私の名前なんか出すんじゃないわよ!」


「何で嵯峨家のお嬢様が"反メ"とか"ラリる"とか知ってんですかぁ…」


そりゃ、前世ではにっ●つやVシネが大好物だったからだ。だが、今世は残念なことにVシネというものが存在しない。…私は正直言って、ハードボイルドとバイオレンスに餓えている。ぶっちゃけこれから行われるだろう警察vs暴走族だって、こっそり見に行きたいくらいなのだ。



結局何時に寝られるか分からなくなって涙目の康太を強引に部屋から蹴り出した後、私は藤堂にちょっとしたフォローのお願いを携帯で入れてからベッドに入った。


これで打つべき手は全て打った。私と嵯峨家の没落を回避出来て、尚且つ、こちらに不利がないよう、天童総眞との婚約を解消するための、会心の策である。


ヒロインちゃんには申し訳ないが、私は君の色ボケゲーム脳を満足させる為に、みすみす自滅してあげたりするつもりはないのだよ。ふははははは。

…まぁ、君が天童総眞のどこが良いのか、それは最後に訊いてみたい気がするがね。


ちなみに、私は成熟した精神と格闘家の如きマッチョ逆三角形な肉体でない時点で、天童総眞はアウトオブ眼中である。思えば、初めて顔合わせした時からヤツには暴言を吐かれまくってきたが、わけ分からん言いがかりをつけられる度にどんだけはっ倒そうと思ったことか…。


かくして私は、明日の勝利を確信しつつ、眠りについたのであった。





続きます。

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