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人造天使の歩む道  作者: Allen
2章:キャラバンと共に
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Act07:天使の仕事












 コントラクターのランクは、色で表現される。

 と言うのも、コントラクターは登録するとそれぞれ身分証となるカードを貰えるんだけど、そのカードの色が実績によって変化していくのだ。

 初期の色は白、完全なる駆け出しだ。登録したばかりの僕もこのランクに当たる。

 それに続いて、青、緑、黄色、赤と段々暖色系になってランクが上昇していく。

 クレイグさんやクラリッサさんなんかはこの赤のランクに相当し、一人前と認識をされるランクに当たっている。

 まあ、エメラさん曰く、実力的にはその上のランクでもおかしくはないそうだ。

 その次に続くランクは銅、銀、金。メダルのようだけど、このランクに上がれるのは相当に優れた実力を持つコントラクターだけだ。

 噂ではその上に黒があるらしいけど、クレイグさんですら噂しか聞いたことのない存在のようだ。

 まあとにかく、僕は駆け出しとしてコントラクターの仕事を始めたわけだけど――



「……まあ、この中に混じってたらおかしな視線も向けられるよね」

「ベテランの中に一人だけ新人ですからねぇ。仕方ないのです」



 クラリッサさんをリーダーとして登録し、活動を始めた僕達は、予定通りキャラバンの護衛依頼を受注していた。

 何故クラリッサさんかと言えば、そのネームバリューを当てにしたためである。

 実際――



「おお! かの第三武家の方が護衛について下さるとは! 今回の旅は安泰ですな!」

「ええ。大船に乗ったつもりでいなさい。ドライ・オークスの名に懸けて、貴方達を無事に送り届けてあげるわ」



 クラリッサさんがリーダーとして名乗った瞬間、キャラバンの主は喜色満面でクラリッサさんをヨイショしていた。

 ちなみに、赤ランクのクレイグさん達や黄色ランクのエメラさんもいるので、実際かなり優秀なパーティであると言えるだろう。



「けど、本当に喜ばれてますね。僕みたいな不安因子がいるのに」

「ドライ・オークスってのは、武に傾倒した家系だ。この国、エスパーダには十二の武家があるが。純粋な武だけを見れば頂点に近い家系なんだよ」

「第三なのに、頂点ですか?」



 僕の疑問の言葉を聞きつけたクレイグさんは、キャラバンへの挨拶もそこそこに、僕達の方へと戻ってきてくれた。

 確認の際に全員のカードを提示し、何であいつだけ白なんだと言うような視線に晒されていた僕を、一応気遣ってくれたらしい。

 ともあれ、気になったことに関して僕は改めて問いかけていた。

 第三武家と言うぐらいだから、序列は三番目なんだろう。それなのに、実力はトップなんだろうか?



「純粋な武力だけなら、な。とにもかくにも戦闘に特化しているせいか、殆ど国政には関わってこない。武家の序列は、あくまでも国に対する貢献度だからな。逆に言えば、武だけで第三位に置かれているドライ・オークスが異常なんだが」

「……要するに、政治とかには全く関わってないんですか」

「全くとは言わんが、他の家に比べれば微々たる物だな。武に関して比較すれば、匹敵するのは序列一位のアイン・ガーランドぐらいだろう」

「成程、だからあんな脳筋なのですね」

「まあ、否定は出来んな。ともあれ、その戦闘力を当てにされてるってことだな」



 アイの遠慮のない物言いに苦笑しつつ、クレイグさんはそう締めくくる。

 まあ実際、クラリッサさんも実力は確かだ。護衛するには十分すぎる戦力だろう。

 魔物が相手でも、盗賊が相手でも、防衛するには十分なはずだ。

 と――一人納得して頷いていたその時、話をしていたクラリッサさんが手招きして僕を呼び寄せていた。

 首を傾げつつも近づくと、彼女は得意気な表情で笑みを浮かべ、キャラバンの主に対して声を上げていた。



「この子が、うちの期待の新人よ。挨拶しなさい、イリス」

「いや、うちのって……ええと、イリスです。よろしくお願いします」

「アイなのです。イリスちゃんの妖精なのですよ」

「おお、これはこれは……私はアルベスタと申します。しばしの間、よろしくお願いします」



 意外にも、彼――アルベスタさんは僕に対してもクラリッサさんと同じように丁寧な対応をしてくれた。

 まあ、クラリッサさんの機嫌を損ねたくないからかもしれないけど、猜疑的な視線を向けられるよりはマシだろう。

 とは言え、戦力にならないと思われるのも癪だし、一応言っておこうか。

 そう胸中で頷きつつ、僕は三対目の翼を展開していた。

 唐突に現れた白い翼に、アルベスタさんは驚愕に目を見開く。



「これは……!」

「僕は上位有翼種です。上空からの索敵を担当しようと思っています。危険があったらすぐに知らせますので」

「おお、成程。これは心強いことだ。よろしくお願いいたします、イリスさん」



 目の色を変えた――というより、どこか安心した様子のアルベスタさんは、改めて僕に一礼する。

 白ランクだと戦闘能力に対する不安があったのだろう、そう思われてしまうのは仕方ない。

 でも、翼を使った上空からの索敵なら、戦闘能力は必要不可欠と言うわけじゃない。

 だからこそ、彼も納得してくれたのだろう。

 ……まあ、発見した時の対処はその場で判断するつもりだけど。



「イリスについても納得してくれたところで、準備といきましょうか。他に受注しているコントラクターはいるのかしら」

「ええ。ソロの方が一人、そしてもう一組のパーティがいらっしゃいますが――」

「おう、ちっと遅れちまったか?」



 アルベスタさんが返答したちょうどその時、僕たちの後ろから声がかかった。

 振り返ってみれば、そこに六人ほどの一団が存在していた。

 先頭に立っているのは、僕より五十センチは身長が高いんじゃないかと思えるような大男だ。

 大斧を背負った彼は、その山賊面をガキ大将のような笑みに変えて声を上げた。



「『鬼熊団』のゼンだ。うちの団員ともども、よろしく頼むぜ」

「ええ、よろしくお願いします。お噂はかねがね。ゼン殿、こちらは同じくコントラクターの……」

「クラリッサ・ドライ・オークスよ。短い間だけど、よろしく頼むわね」

「ほう、ドライ・オークスとは……面白い旅になりそうだな、はっはっは!」



 クラリッサさんの言葉にも動じず、ゼンと名乗ったコントラクターは陽気に笑う。

 どうも、邪気を感じない人だ。僕たちを見てくる視線にも、邪なものは感じられない。

 尤も、それは彼自身に限った話であったが。



「……イリスちゃん」

「うん、分かってるよ、アイ」



 ゼンさんの後ろに並ぶ、『鬼熊団』とやらのメンバーたち。

 そのうちの二人ぐらいは、僕に対して絡みつくような視線を向けてきていた。

 最初はクラリッサさんの方にも向いていたけど、ドライ・オークスと名乗ってからは目を逸らしていたみたいだ。

 流石に、第三武家に絡もうとは思わなかったみたいだけど、そのパーティメンバーに色目を使える程度には根性があるのか、命知らずなのか。

 胸元やらおへそが出ている格好である以上視線を向けられるのは仕方ないけど、何かちょっかいをかけてくるようなら対処しないと。

 若干面倒そうな手合いに嘆息して――僕はふと、視線を感じて振り返っていた。



「ん……?」

「イリスちゃん? お、あれが例のソロの人なのですかね?」



 キャラバンの中で準備をしていた内の一人。

 その中で僕に視線を向けていたのは、青みの強い銀髪をショートヘアにした女の子だった。

 すっぽりとマントに身を包んでいるけれども、その腰に剣が佩かれているのだけは分かる。

 他のキャラバンの人達と比べても異質な格好をしているし、恐らくコントラクターの人だろう。

 僕のことをじっと見ているけど――



>1.気になるし、話しかけてみようか。

2.作業の邪魔をしても悪いし、放っておこう。

3.勧誘



 何か、話でもあるんだろうか。

 一応しばらくは行動を共にする人だし、挨拶もしておくべきだろう。

 何かあるなら一緒に聞けばいいし――そう考えつつ、僕は彼女の方へと近寄っていった。

 近づいてくる僕の姿を見て、彼女は込んでいた一抱えもある箱をとりあえず馬車の中に置き、待ち構えるようにじっとこちらを見つめている。



「こんにちは、今回一緒に仕事をする、イリスといいます。よろしくお願いします」

「……同業者の方ですか。私はフェリエルです。よろしくお願いします」



 僕が挨拶をすると、彼女は案外丁寧に挨拶を返してくれた。

 ただし、表情は一切動いていない。口元近くまでマントで覆われていると言うのもあるけど、どうやらあまり表情に出ないタイプのようだ。

 でも、突っぱねられているというイメージでもない。わざわざ僕が近付くのを待ってくれたぐらいだし。



「えっと……さっきからじっと見つめてましたけど、僕に何か用でしょうか」

「いえ。上位有翼種が珍しかっただけなので。お気に触ったらごめんなさい」

「あ、大丈夫ですよ。こんな格好だから、どうしても目立っちゃいますし……」

「そうですね。気をつけた方がいいとは思いますよ」



 淡々とした喋り方で、フェリエルさんはちらりと視線を横に逸らす。

 彼女の視線が向いた先は、先ほどの『鬼熊団』の所――そのうちの二人が、僕が振り返った瞬間に視線を逸らしていた。

 先ほどから視線を感じてはいたけど、まだ見てたのか。

 まあ、僕は飛んでいることになるだろうし、手は出しづらいはずだけどね。



「気をつけます。フェリエルさんも、お一人なら気をつけたほうが……」

「はい、分かっています。お気遣い感謝しますが、私は大丈夫です」

「そう、ですか? でも、何かあったら相談してください」

「……」



 僕がそう言うと、フェリエルさんはじっとこちらを見つめたまま沈黙を返してきた。

 何か変なことを言ってしまっただろうかと首を傾げると、彼女は少しだけ視線を逸らし、小さな声で返してきた。



「いえ、ありがとうございます」

「はい。それでは、僕はこの辺で。少しの間だけど、よろしくお願いします」

「……はい」



 こくりと頷いたフェリエルさんに満足しつつ、僕は踵を返す。

 と、そこで、先ほどまで沈黙を保っていたアイが声を上げた。



「さっきの連中、アイがマークしとくのですよ。あと……今の人、ちょっと不思議な感じだったのです」

「不思議? まあ、ミステリアスな雰囲気の人だけど」

「んー、上手く言葉に出来ないのですが……むむ、よく分からないのです」

「いや、そう言われちゃうと僕もよく分からないんだけど……まあ、問題のある人には見えなかったし、とりあえずは良かったんじゃないかな」

「若干無口っぽい感じでしたけど、衝突は少なそうなのです」

「しばらく一緒だからね。積極的に関わらないまでも、喧嘩しないで行きたいよ」



 共同生活だからね。変な問題は起こらないに越したことはない。

 首都に着くまではしばらくかかるのだし、平穏無事に過ごしたいものだ。



「面倒なことにならなきゃいいけど……」



 願望を込め、僕はそう呟いていた。











 * * * * *











 キャラバンは、直接首都に向かうわけではない。

 途中、いくつかの村や町を経由して、ようやく辿り着くのだ。

 まあ、ルートとしては首都に直進している場合とそれほど変わらないので、普通に旅をしても同じルートを通った可能性は高いけど。

 村や町に立ち寄るのは、補給や休息、そしてキャラバンの人たちは商売をするためである。

 タイミング的に野宿にならざるをえない場所もあるみたいだけど、出来るだけベッドのあるところで休みたいものだ。



「ま、僕は休息も必要ないんだけどね」



 空高く飛行し、周囲の状況を偵察しながら、僕はそう呟いていた。

 僕が飛行のために使っている魔力は非常に少ない。

 高速機動しない限り、魔力の消費量は少なくて済むのだ。

 そしてある程度消費してしまったとしても、《光輪ハイロゥ》の力を使えばあっさりと回復してしまう。

 これだけ高いところを飛んでいれば《光輪ハイロゥ》を使ってる姿も見えないだろうし、僕は半永久的に飛んでいることが出来るのだ。

 まあ、たまには降りて来いと言われてるから、その時は戻るけれども。



「しっかし、アイがいなかったら暇で仕方なかったね」

「飛んでるだけですからねぇ。下に行けば話し相手もいっぱいなんですけど」

「ま、仕事だからね、仕方ないさ。お金貰ってやってるんだもの」



 前世ではアルバイトもやったことがなかったし、少々新鮮ではある。

 自分でお金を稼ぐというのがどんな感覚なのか、ちょっとだけ興味があるのだ。

 買い物もしてみたい、小物とか服とか――



「……って、いや僕、ちょっと待とう」

「む? イリスちゃん、どうかしたのです?」

「う、ううん、何でもないよ、何でも」



 アイにはごまかしの言葉を投げかけつつ、僕は思わず引き攣った笑いを零していた。

 さっき、自然に考えてたけど……買おうと思ったもの、女の子寄りになってないだろうか。

 いや、便利な道具とかは色々あるし、服だって全然持ってないから買う必要があるし……うん、おかしくはない筈だ。

 しっかし、体が女の子だからって、ちょっとずつ意識が引っ張られたりすることはあるのだろうか。

 と言うか、若干怖いのは――



「……ねえ、アイ。ちょっと気になったんだけど」

「何ですか?」

「僕の体って、女の子の機能と言うか……子供作る機能とかあるの?」

「あー……一応、あるにはあるのですよ。ただ、意図的に使おうと思わなかったら機能しないのです」



 まあ、元々は人間の体なのだから、あってもおかしくはないと思うけど。

 ただまぁ、意図して動かさなければ生理もないというのは助かる所だ。

 元々男だったし、生理痛なんてさっぱりイメージできない。



「子供かー……僕の姉達とかも、子供作ってたりするのかな」

「可能性はありますね。どんなのが生まれるのかさっぱりですが」



 会ってみたいような、みたくないような……生きているとすれば僕より遥か年上の人に叔母呼ばわりされるかもしれないのか。

 何と言うか、非常に微妙な気分だ。



「っと……おや」


【――《鷹の目》――】



 複雑な気分で周囲を見渡していた僕の視界に、僅かに蠢くものが入り込む。

 こちらに向かってくる姿は……どうやら、狼型の魔物のようだ。

 それほど強い魔物っていう訳ではないだろう。走るスピードも常識的な範囲内だ。



「襲ってくる気満々、かな」



 時々、こうして魔物は襲撃してくる。

 キャラバンが色々と美味しい獲物を運んでくると、学習している魔物もいるのだろう。

 まあ、こうして襲ってくるのが分かってしまえば対処も簡単なのだけど。

 さて――



1.とりあえずみんなに知らせよう

2.上空から強襲だ

3.ここから魔法で攻撃してみようか

4.ひっ捕らえる

5.遠距離攻撃の的にする

>6.毛皮を剥ぎ取って金の足しにする



 とりあえず、僕も剥ぎ取りの練習とかしたかったし、適当に倒して持ち帰っておこう。

 周囲をぐるりと見渡し、他に接近してくる魔物の姿が無いことを確認して、僕は上空から魔物達へと強襲をかけることにした。



「行くよ、アイ。援護よろしく!」

「了解なのです!」



 頷き合い、アイが僕の肩にしがみついたのを確認して、魔物達へと向けて急降下する。

 流石にこの高さから地面に激突すれば僕も無傷では済まないので、そのまま踏み潰すと言うことはないけど。

 距離を計算し、横合いから攻撃できるルートを確かめて――



「シュートッ!」

「ガ……ッ!?」



 出来るだけ毛皮に傷をつけないために、その胴体を思い切り蹴り上げていた。

 武器は使わなかったけれども、僕の身体能力ならば、この程度の魔物を仕留めるのには十分すぎる。

 骨も内臓も蹴り砕き、血反吐を吐きながら蹴り飛ばされた狼を見送り、更に振るった槍の柄で近くにいた一匹を地面に叩き伏せる。

 真っ二つに折れながら地面に埋まった狼が絶命した頃には、残る三匹も襲撃者である僕に気がついたようだった。

 だが、瞬く間に半数近くがやられたため、怖気付いてしまったのだろう。すぐさま逃げるために反転する。

 けど――既に、逃げ場はない。



「ふははは! このアイとイリスちゃんのコンビネーションから逃げようなど、片腹痛いのです!」



 地面に降り立った際に僕から離れたアイが、《妖精魔法》を使って周囲の草を操り、狼たちの足を絡めとっていたのだ。

 人間を襲うことの旨みを知ってしまった魔物は、逃す訳にはいかない。

 足を取られ逃げようともがく魔物達に、僕は毛皮に傷をつけぬよう気をつけながら順々にトドメを刺して――ふと、後ろから向けられる視線に気付いた。



「ん……?」



 ちらりと見ると、こちらに歩いてくるフェリエルさんの姿が見えた。

 彼女は抜いていた剣を納めると、小さく息を吐いて声を上げる。



「……余計なお世話でしたね。失礼しました」

「あ、いえ。気を使ってくれてありがとうございます。僕、白ランクだけどそれなりに戦えますので」

「……そのようですね。では、先に戻っておきます」



 踵を返して去っていくフェリエルさんの背中を見送り、僕は軽く首を傾げていた。

 僕のことをずっと見ていたのだろうか。上空を飛んでたし、見上げていないと移動したことに気付かないと思うのだけど。

 それに、わざわざ真っ先に駆けつけてくれるとは。



「……結構、気を使ってもらってるのかな」

「イリスちゃーん、そろそろ回収して戻るのですよ」

「あ、そうだね。行こうか」



 確か、剥ぎ取りをするにもまずは血抜きをするのが重要なんだっけ。

 まあ、一箇所に留まって悠長に血抜きしてるわけにも行かないし、キャラバンから少し離れたところを飛びつつ血抜きいっちゃおうか。


 ――その後、とりあえず尻尾を掴んで飛行しつつ血抜きを行い、クレイグさんに剥ぎ取りのやり方を教えてもらうことになったのだった。

 二束三文の魔物だったけど、初めての成果だし、その場でキャラバンに買い取ってもらえたから荷物にもならなかったし、上々といった所だろう。

 少しだけ重くなった財布にほくほくしながら、僕は再び上空の偵察へと戻っていった。











 * * * * *











 昼食を挟み、そのまま行進。ちょくちょく襲ってくる魔物の襲撃を撃退しつつ、僕達は夕方には補給地点となる村に到着していた。

 『鬼熊団』の人々曰く、この地域は魔物の現れる頻度が高いとのことだったけど、どれも特に問題なく、あっさりと撃退できる程度のものでしかなかった。

 やろうと思えば僕ひとりでも十分なレベルのものが多く、クレイグさんやクラリッサさんが戦線に加われば鎧袖一触。

 エルセリアが魔力を消費することもなく、この日の戦闘は終了していた。


 キャラバンの近くにまで戦線が近づいたこともあったけど、印象的だったのはフェリエルさんの戦い方だった。

 かなり長い長剣を片手だけで操り、熊とイノシシを合わせたような巨大な魔物を真っ二つにしてしまったのだ。

 正直、あの細身な女の子の姿からは想像も出来ないような攻撃力である――まあ、僕も人のことは言えないけれど。

 ひょっとしたら、あの大柄なゼンと言う男の人とも正面から殴りあえるのではなかろうか。



「世の中、色んな人がいるものだね」

「イリスちゃんに言われたらお終いなのです」



 まあ、人造天使エンジェドールなんて変わってるものの中でも最たるものであるとは分かってるけど。

 実際、村に到着してから、住民のご老人達に若干拝まれたりしていた。

 このあたりじゃ普通の有翼種も見ないらしく、天使様天使様とありがたがられていたのだ。

 まあ、ある意味正解ではあるのだけど。



「さて、泊まりにしてもしばらく時間あるよね。どうしようか?」

「ぶらぶらするのです?」



 人の少ない小さな村であるとは言え、こうやって正体が中継地点にする場所でもあるのだ。

 きちんと宿屋は存在しているし、今日はきっちりベッドで寝ることが出来る。

 とは言え、夕飯のまでにはまだ若干時間が空いているし、しばらく時間を潰す必要があるだろう。

 キャラバンの人々は、補給と軽い商売に忙しく動き回っているが、勝手を知らない僕では手伝えることも少ない。


 さて、どうしようか――



1.適当に歩き回る。

2.みんなはどうしているかな?

3.そういえばフェリエルさんは何処だろう?

>4.情報がありそうな場所に行く

5.温泉でも探すか



 そういえば、ここにも酒場とかはあるんだろうか。

 この間エルセリアがお酒に酔っていたという話を聞いて、あの見た目でも出してもらえるのかと思ったのは軽いカルチャーショックだった。

 実際彼女は長命種だし、この世界には見た目とはかけ離れた年齢になる種族も多い。

 それに関しては、僕も人のことは言えないのだけれども。



「ねえ、アイ。僕ってお酒に酔えるのかな?」

「んー、ある程度の酩酊感はあると思うのです。ただ、前後不覚になるまで酔っ払うことは機能的にありえないと思うのですよ」

「まあ、そりゃそうだよね」



 ある程度の毒なら飲んでもぴんぴんしていられるような人造天使エンジェドールの体だ。

 お酒程度でどうにかなるなんてことはないだろう。

 まあ、ある意味では安心と言えるかもしれないけど。



「イリスちゃん、お酒に興味でも?」

「うん、ちょっとね。飲んだことなかったし」



 前世でお酒なんて飲もうものならあっという間に血反吐を吐くことになっていたかもしれない。

 そういうのもあって、お酒には若干興味があった。

 エルセリアでもお酒を頼めるのなら、僕も頼んでみたい所だ。



「けど、何処にあるのかな」

「村の人に聞いてみればいいのでは?」

「ま、それもそうか。ええと――」



 頷きつつ、僕は周囲をぐるりと見渡す。

 今はキャラバンが来ているし、人はあっちの方に集中している。

 一度戻れば、何処にあるか話も聞けるだろう。

 と――そんな僕の視界に、ふとキャラバン以外の人だかりが映った。

 人だかりと言うには少々少ない、精々数人が集まった程度の集団。

 目を引いたのは、そこに比較的若い女性達が集まっていたためだ。

 小さい村だし、若者の数も少ないと思っていたんだけど――



「……イリスちゃん、見てください。あの女たち」

「え? 何か異常が?」

「ええ……全員、飢えた狼のようなギラついた瞳なのです」



 言われてみれば、何だか鬼気迫る様子で集まっている。

 しかし、何だってあんな集まりになっているのか。

 少し気になって近付いてみれば――女の子たちの中に、一人の男性の姿があることに気がついた。

 周囲の女の子達とは明らかに違う、僕たちと同じような戦闘用の装備を身に纏った人物。

 彼は女の子達に絡まれながら、実に爽やかな笑みを浮かべていた。



「ははは、熱烈な歓迎痛み入ります、お嬢さん方。お美しい皆さんに囲まれては、眩しすぎて目も開けられない」

「そ、そんな……お上手ですね、騎士様」

「ぜ、ぜひうちでお食事など!」

「いえ、ぜひうちで!」



 あー……成程、何となく読めた。

 同業者なのか何なのかは知らないけど、金髪碧眼の甘いマスクで、あれだけ高級そうな装備に身を包んでいれば、玉の輿狙いの女の子にも群がられるというものだろう。

 しかし、本当に装備は優秀なものが多い。遠くからの見立てに過ぎないが、装備している槍に至っては、遺物の類であるようにも感じられる。

 そんじょそこらのコントラクターに用意できる代物ではないだろう。

 そんな風に考えながら様子を観察していたら、ふと、彼女たちの中心にいたその槍使いと、ばちっと視線が重なっていた。

 彼の瞳が、何やらきらりと輝く。



「すみません、お嬢様方。僕の仲間が迎えに来てくれたようです。お話の続きは、また後日にでも」

「お、お仲間ですか……?」



 何やら言い始めた彼の言葉に、女の子達の視線が僕のほうへと集中する。

 一応翼はしまっておいたので、キャラバンについてきた有翼種であるとはバレていないようだけど、視線はあまり好意的なものには思えなかった。

 逃げ遅れてしまったことに頬を引き攣らせ、否定の言葉を上げようと口を開けて――



「――では、失礼致します」



 ――ふわりと飛び上がった男性は、軽やかに僕の目の前に着地すると、優雅に一礼してから僕の腰を抱きつつその場を後にしていた。

 あまりにもナチュラルで鮮やかな手並みと、高度に魔法が織り交ぜられた動作に、僕はぽかんと目を見開いたままされるがままに誘導されていた。

 そして我に返ったころには、先ほどの場所から離れた位置まで歩いてきてしまっていた。

 自分のちょろさにも辟易しつつ、僕は半眼を浮かべて声を上げる。



「……あの」

「おっと、これは申し訳ない。助かりました、美しいお嬢さん」



 僕の腰から手を離した男性は、柔らかく笑みを浮かべて一礼する。

 その動作は実に優雅で、女の子達が引き付けられるのも理解できる姿であった。

 まあ、僕のは客観的目線からの評価でしかなかったけど。



「はぁ……逃げるための口実なら、僕を巻き込まないで欲しかったんですけど」

「あの状況から抜け出すための方法が思いつかず、ご迷惑をおかけしてしまいました。ぜひ、埋め合わせをさせていただきたい……お食事にでもご招待しましょう。生憎、豪華なディナーとはいきませんが」

「随分、手馴れてますね」

「これは手厳しい。しかし、感謝の念があるのは事実です。ぜひ、僕にご馳走させて下さい」

「……あんまり、お世話になる訳にはいきませんから。でも、一杯ぐらいならお付き合いします」



 元々、当初の予定では酒場を探す所だったのだ。

 僕が酔うことはないし、彼がたとえ軽薄な男であれ、お持ち帰りされるのは防ぐことができるだろう。

 それに先ほどの動き……彼も、かなりの実力の持ち主のようだ。

 若干興味を引かれたこともあり、僕は彼の提案に半分乗る形で頷いていた。

 その言葉を聞き、彼は嬉しそうに表情をほころばせる。



「これは光栄なことです。僕の名はローディス、しばしの間よろしくお願いします、お嬢さん」

「……イリスです。こっちの子はアイ」

「言っておきますが、イリスちゃんに手を出したら許さないのですよ!」

「ははは、美しいお嬢さんをお二人もエスコートさせていただけるのです。それだけで、光栄の極みというものですよ」



 アイの威嚇も軽やかに躱し、彼――ローディスさんは、僕たちを連れ立って歩き出す。

 向かった場所は、今日宿泊予定でもある小さな宿屋だった。

 どうやら、ここが酒場を兼ねている場所らしい。

 ローディスさんに案内された僕は、そのまま酒場のスペースまでエスコートされ、互いに向かい合うように席に座っていた。

 しっかり椅子まで引いてくれた辺り、かなり手馴れている様子である。僕からしても惚れ惚れするような華麗な動作だ。

 お酒に関してはローディスさんが頼んだものと同じものを頼み、改めて彼と向き合う。

 ローディスさんは、相も変わらず爽やかな笑みを浮かべていたが、ふと表情を翳らせると心配そうな視線で声をかけてきた。



「しかし、大丈夫ですか? 少し強いお酒を頼みましたが」

「あ、はい。多分……って言うか、ちょっと意外ですね」

「意外とは?」

「お酒に酔わせて部屋まで――って言う魂胆かと思ってましたけど。そういう台詞が出てきたので」

「はは、まあ疑われてしまうのも無理はありませんが……あまり、そういう軽率な行動を取れない身分でして」



 ふむ、何やら訳ありな身の上らしい。

 まあ何にしろ、そういう行動に出ないと言うのなら僕としても安心できる所だ。

 いくら女性の体を持っているとは言え、心まで染まったつもりはないのである。



「とは言え――貴方ほどの美しい女性ならば、それもやぶさかではないと思えてしまいますが」

「飲んでない内から酔ってるんですか? っていうか……」



 何かさっきから少し気になっているんだけど、この人の視線、若干下に向かっていないだろうか。

 まあ、初対面から胸元をチラ見された経験も既に両手で数え切れないほどになってきているし、今更気にするほどのことでもないのだけど――なんだか、普段よりも視線が下に感じられる。

 おつまみに運ばれてきたナッツをアイに分け与えつつ、僕は彼の視線を目で追って、その先に見つけたものに対して半眼を浮かべていた。



「……あの」

「はい、何でしょう?」

「……おへそ、好きなんですか?」

「ええ。愛していると言っても過言ではありません」



 うん、いや……人の嗜好にどうこう言うつもりは無いけど、こうも堂々とカミングアウトされると反応に困る。

 って言うか、僕に対する対応がやたら丁寧だと思ったら、そういうことだったのか。

 兵装の関係上、どうしてもお腹は隠せない身の上としては、視線が気になって思わず身をよじらざるを得ない。

 しかし、そんな微妙の位置の変化も、彼はしっかりとその視線で追っていた。



「ふむ……お見事です」

「いい声で言わないで欲しいんですけど」



 身をよじったことで形を変えたおへそに、ローディスさんはご満悦な様子だった。

 普段ならばここでアイが罵声を上げる所だけど、どうやらナッツが気に入った様子で、お皿の端にぶつけて小さく砕きながら一生懸命食べている。

 まあ、減るものでもないし、視線から逃れようとするだけ喜ばせてしまうのなら堂々としていた方がいいか。

 嘆息交じりに逃げることを諦め、姿勢を正し――それとほぼ同時に、注文していたお酒が運ばれてきた。



「では、素晴らしき出会いに」

「……乾杯」



 何か、『出会いに』の前に『へそとの』とか言う言葉が付きそうな気配にげんなりしながら、僕は運ばれてきたグラスを口に運んでいた。

 強いアルコールの匂いと、これは樽の匂いだろうか。あまり詳しくは知らないけど、蒸留酒の類らしい。

 少し口に含むだけでも、強い苦味と、かっと熱くなるようなアルコールの感覚が喉を刺激する。

 だけど、僕の強靭な肉体には、その程度の刺激はむしろスパイスにしかならないようだ。

 まあ、味で美味しいかと聞かれれば僕にはまだ理解出来ない程度のものだけど、何となく雰囲気を楽しむことは出来た。



「ふぅ……所で、イリスさんはどうしてここに?」

「キャラバンの護衛です。仲間と一緒に……ローディスさんは? 同業者の方ですか?」

「ええ、そうですね。僕は、軽い討伐依頼といった所です。キャラバンはどちらから?」

「フリオールです」

「……となると、行き先は首都の方ですか」



 ふむふむと頷く彼に、余計な情報を与えてしまったかと眉根を寄せる。

 まあ、それほど問題はないとは思うけれども。

 ちびちびとお酒を飲みつつ彼のほうを見つめ――僕は、思わず首を傾げていた。

 ローディスさんが僕の方を――いや、僕の更に後ろ側を見つめて、驚愕に目を見開いていたからだ。

 首を傾げつつ後ろを振り返ってみれば、そこには宿の中に入ってくるクラリッサさん達の姿があった。

 何だろう、知り合いなんだろうか?



1.クラリッサさんに声をかける。

2.ローディスさんにどうかしたのかと尋ねる。

>3.\アリだー!!/

4.然り気無く近付いて聞き耳を立てる

5.酔い潰れたふりをする

6.ここはおとなしく席を譲ろう。そしてなんかあった時のフォローに回れる位置を取っておくか



 どうしようか、とりあえず話を聞いてみたいところだけど――と、そんなことを考えた瞬間だった。



「むわーっ!? おのれ蟻んこめ、アイのナッツにたかるななのです! この店の衛生管理はどうなっているのですか!」

「……って、アイ。まだやってたの?」



 テーブルの上で蟻を蹴飛ばしているアイの姿に、僕は思わず苦笑する。

 アイのサイズからすれば、普通の蟻でも結構な大きさだ。

 足ぐらいのサイズがある蟻とか、正直想像するだけでも背筋が寒くなりそうである。

 とまあ、そんな下らないやり取りであったが――どうやら、アイの声はクラリッサさんにも聞こえていたようであった。

 すぐさまこちらを捕捉した彼女は、僕たちの姿を見つけて笑顔で声を上げる。



「あら、イリス。こんな所にいたの――って」

「……まさかとは思ったが、君か。ドライ・オークス」

「……そういう貴方こそ、何でこんな所にいるのかしら? フィーア・エステイル」

「え? フィーア? ……第四武家?」



 思わず二人の顔を見比べて、僕はそう呟いていた。

 フィーア・エステイル。その名前を聞いたのは初めてだけど、聞けばあらかた分かってしまう。

 序列四位、この国を守護する武家の一角。その家名を呼ばれたということは、彼もその名を名乗ることを許された人物と言うことなのか。



「全く、こんな優男に引っかかるなんて……気をつけなきゃ駄目じゃない、イリス」

「僕は至って紳士的にエスコートしただけだ、あまり失礼なことを言わないで貰いたい」

「おへそはガン見してましたけどね」

「はん、相変わらずの変態ね。うちの可愛いイリスに近付かないでもらえないかしら」

「脳筋の君には言われたくない所だな。それに僕から誘った以上、最後までお世話をするのが筋と言うものさ」



 クラリッサさんとローディスさんは互いに沈黙して睨み合う。

 こ、これはどうしたものだろうか。正直、武家同士の話には口が挟みづらい。

 結局、僕はおろおろと二人の顔を見比べ――その次の瞬間、二人は同時に相好を崩していた。



「……久しぶりね、ローディス。前の戦場以来かしら? 貴方、風来坊だもの」

「ああ、そうだな。以前の防衛戦では、君にも世話になったよ、クラリッサ」



 突如として緊迫した表情を崩し、二人は軽く拳をぶつけ合う。

 その様子をぽかんとして眺め――僕はようやく、二人にからかわれたのだと言うことに気がついていた。

 思わず憮然として口を引き結び、僕は半眼を浮かべて二人を睨む。

 そんな僕の様子に、クラリッサさんはクスクスと笑みを零していた。



「ふふ、ごめんなさいね、イリス。でも、前まであんな関係だったのも事実なのよ」

「反りは合わなかったのも事実ですが、戦場を共にしてまで反目するような人間は、武家にはそうそういませんよ」

「はぁ……まあ、喧嘩されるよりはいいですけど」



 こんな所で戦われたら、今日の宿が吹っ飛びかねない。

 第四だし、戦闘力特化の第三武家であるクラリッサさんよりはある程度劣るのかもしれないけど、それでもそう極端に差があるようには思えない。

 武家の槍使い――ある意味では、僕が模範とするべき相手なのかもしれなかった。



「さて、ナンパしていた所悪いけれど、少し武家同士の話があるわ。用があるから、あとで付き合いなさい」

「……やれやれ、手厳しいな。しかし、どうやら訳ありのようだね」

「まあ、ね……貴方まで同じ状況だったら、正直洒落になっていないと思うけど」



 そう呟いて、クラリッサさんは嘆息する。

 恐らく、ネームレスのことだろう。第四武家も同様の被害にあっているのであれば、本当に冗談では済まされない状況だ。

 あの男の目的は、とりあえず僕を強くすることだと言っていたけれど、盗み出されたのはそれよりも前の話。

 盗み出した際の理由については、いまだ謎のままだ。



「……ほんと、何なんだろうね、あの男」



 そして何故、僕の周囲にいる男の人は皆一癖も二癖もある人物ばかりなのか。

 あの仮面の姿を思い返し、僕は小さく嘆息を零していた。











 * * * * *











 割り当てられた部屋は、比較的質素なものだった。

 無論、大きな街であったフリオールと比べてしまうことそのものが間違いなのは理解している。

 あそこは領主のお膝元だったのだし、泊まっていた宿も高級では無いとは言え、安宿と言うほど小さなものでもなかった。

 対し、ここは中継地点とは言え小さな村でしかない。

 宿に豪華さを求めるほうが間違っているのだ。屋根が合ってベッドで寝られるだけマシと言うものだろう。



「んー……今日は色んな光景が見れたね、アイ」

「イリスちゃんは観光好きなのですね」

「うん。上空から見た光景も、段々と変化していくからね。飛んでて飽きないよ」



 流石に、あの一面ジャングルしかなかったときは飽きてしまったけど、刻々と変化する光景はそれだけでも楽しむことが出来る。

 自由に動きまわれるようになって本当によかったと、僕は転生した幸運とアイリスに対する感謝の念を胸中で繰り返していた。



「あはは、まだ少し興奮してる。しばらく寝れないかも」

「お酒もちょっと入ってますしねー。ちょっと出歩きます?」

「うん、そうだね。誰かと話して来ようか」



 まだ眠るには少し早いし、少しぐらい歩いてくるのも悪くないだろう。

 それに、皆と話をしてくるのも悪くない。

 どうせ話すなら――



1.クレイグ

2.クラリッサ

>3.エルセリア

4.エメラ

5.ローディス

6.あ、コックさん!



 そういえば、何だかんだ忙しくて、あまりエルセリアから話を聞いていなかった。

 人造天使エンジェドールのこととか、魔法のこととか、色々と聞いてみたいことがあったのに。

 思い立ったが吉日とも言うし、彼女を探してみることにしよう。

 でもまぁ、基本的に出不精な彼女だし、恐らく部屋にいることだろう。

 先ほどクレイグさんが外に行くのも見かけているし、エルセリアも今日は魔法を使っていない。

 恐らく、補給はしていないハズだ……たぶん。



「……まあ、必要もないのに同じ部屋で泊まる辺り、結構ラブラブだよねあの二人」

「口では色々言ってますが、しっかりと調教されてるのです」



 その辺も否定できないのが何と言うか、あの二人らしいのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、僕は部屋を出て、二人が泊まっている部屋へと向かっていた。

 元々それほど広い宿じゃないし、二人の部屋もすぐ近くにある。

 程なくして辿り着いた僕は、扉をノックして呼びかけていた。



「こんばんは、エルセリア。いる?」

『む、イリスちゃんですか? 珍しいですね……どうぞ、開いてますよ』



 許可を得て、部屋の中へと入る。

 先ほど見た通り、クレイグさんは外に出ていたらしい。部屋の中にいたのは、他の部屋よりも大きいベッドに寝転がって本を開いているエルセリアのみだった。

 僕の姿を確認した彼女はパタンと音を立てて本を閉じると、体を起こして声を上げる。



「どうしました? わざわざ尋ねて来るなんて」

「うん、少し話をしようと思って。人造天使エンジェドールのことも、色々と知ってるみたいだし」

「……成程。まあ正直、あの連中のことはあまり思い出したくないですけど」



 肩を竦めるエルセリアは、ぽすぽすと自分の横を叩く。

 どうやら、座れと言う合図らしい。何だかんだで面倒見のいい彼女に礼を言いつつ、僕は彼女の横に並ぶように腰掛けていた。



「さて、あの連中の話といっても、何を話せばいいのか。一応、ある程度は知っているのでしょう?」

「うん、まあ……兄や姉達の記録には目を通したよ。ただ、どんな人達だったのかっていうのは、いまいちイメージできなかったから」

「どんな、ですか。まあ、連中も十人十色だったと思いますよ。あと、私はあの連中が現れ初めてそれほど経たずに戦線を離脱しましたから、あまり詳しい訳でもないです」



 そう告げるエルセリアは、過去を思い返すように虚空を見上げる。

 果たして、それはどれほど昔の話なのだろうか。



「戦線を離脱したと言うと?」

「私は……第一天使フェリシアと戦い、ほぼ相討ちの状態となったんです」



 その言葉を聞いて、僕は思わず目を見開いていた。

 エルセリアは、どこか自嘲するような表情で僕を見上げる。



「……怒りましたか?」

「いや……戦争だったんだし、驚きはしたけど、怒りはしないよ。第一、まだ他の天使と会ったこともないしね」

「……そうですか」



 どこか安堵した様子で、エルセリアはそう呟く。

 僕が怒るかもしれないと不安に思っていたのに、彼女はきちんと話してくれた。

 きっとそれは、エルセリアなりの誠意だったのだろう。



「まあ、私がトドメを刺したわけではないですけどね。お互い深手を負って戦線離脱しましたから……」

「なら、あんなふうに言わなくてもいいのに」

「事実は事実ですから。まあ、そのあと療養と言うか休眠しているうちに戦いが終わりまして、私は後の天使はそれほど知らないんです」

「へぇ……第一天使は強かった?」

「ええ、強かったですよ。強力な炎の魔法を操り、私と互角に戦いを繰り広げていましたから。第二天使エルドは武器戦闘に重きを置いていましたが、雷の魔法も強力でした……第三、第四は……私は担当しませんでしたね、ええ。近付きたくありませんでした」



 第三天使セリエラは、確か初の兵装装備の人造天使エンジェドールだったっけ。

 強力な魔力も遺物制御に用いられていたから性能に偏りがあるけど、強力な魔剣使いだったはずだ。

 そして第四天使は……ああ、あのコックっぽい天使だったか。

 エルセリアもあれには近付きたくないだろう、うん。



「しかしあれに比べると、イリスちゃんはまだまだマイルドですね。いえ、兵装は比べ物にならないぐらい強力ですが」

「あはは……成長途中と言ってくれるとありがたいかな」

「ふむ。ならば少し手ほどきしてあげるとしましょう」



 ぐいと体を起こしたエルセリアは、その勢いでベッドから飛び降りていた。

 そしてくるりと僕のほうへ反転し、腰に手を当てて声を上げる。



「よく聞きなさい、そこの妖精も。魔法だけなら魔王級といわれたこのエルセリアが魔法を教えてあげましょう」

「むぅ……無駄に偉そうなのです」

「まあまあ、そう言わずに。それでエルセリア、こんな所でいいの?」

「別に、今回は理論を軽く説明するだけですからね。実際には明日自分で試してみるといいですよ」



 まあ、流石に部屋の中で魔法を試すわけにはいかない。

 軽いものなら何とかなるかもしれないけど、ちょっとでも暴発したら部屋に穴が開いてしまう。

 それに、彼女からすれば、僕らはまだまだ理論すら出来ていないということなのだろう。

 未熟であることは自覚してるし、それならそれで構わない、これからもっと精進すればいい話なのだから。



「いいですか。魔法はイメージ、などと言う輩が結構いますが、あれは実際の所そこまで正確ではありません」

「あれ、そうなの? イメージが術式となって、そこに魔力を与えると魔法になるって、僕はそんな感じに基礎知識を与えられているけど」

「間違いと言う訳ではありませんよ。ただ、正確に言うならば、魔法術式を構成しているのは『情報』だということです」

「『情報』、なのですか?」



 ふわりと、エルセリアの周囲で魔力が舞う。

 それは光を放ち、虚空に流れ星の如く軌跡を描いていく。

 良く見れば、それが数式のようなものであると、僕には感じられた。



「『何を対象にするのか』、『どれだけの威力で放つのか』、『どれだけの速度で放つのか』、『どれだけの範囲で放つのか』、『着弾後の動作は』、『付随効果は何か』――欲張ればキリはありませんが、とどのつまりは、どれだけ具体的に設定するかと言うことです」

「……そうか、イメージっていうのは、具体的であればあるほど効果があるってことなのか」

「その通りです。そうした具体的な『情報』こそが魔法術式であり、これを詳しく構成できる者が強い魔法使いとなるんです」



 恐らく、魔法陣とかはそれを外に書き出したものなのだろう。

 準備に時間は掛かるものの、より強力で規模の大きな魔法を使えるのはその為だ。



「まあ、今はまだループ処理だとか術式の合成なんてしなくてもいいですから、きちんと具体的に式を作るようにしなさい。今のイリスちゃんの魔法は、単純な式に無理矢理魔力を込めて増強しているだけですから」

「う……は、反省します」

「ええ。きちんと出来るようになったら、また私のところに来なさい。あの男に目を付けられてしまった以上、強くなって貰わねば困りますから」



 切羽詰ってるとまではいわないけど、厄介な状況になってしまっているのは事実だ。

 どれだけの時間が僕に与えられているのか分からないけど、強くなるに越したことはない。

 僕は未熟だ。けど、だからこそまだまだ強くなれる。

 今は振り回されてばかりの力だって、いずれは制御できるようになるはずだ。

 その時まで――



「よろしくお願いします、かな。エルセリア」

「ええ。そこの妖精ともども、お世話をしてあげましょう。その代わり、私の力を取り戻すための手伝いもしてもらいますからね」

「ふふん、いつか魔法で上回って吠え面かかせてやるのです」

「ええ、ええ。期待していますよ。ふっふっふ」

「余裕ですねちんちくりん! おのれ、見ているのですよ!」



 盛り上がり始める二人の様子に、僕は小さく苦笑を零す。

 それでも、頭の中では魔法のことについていくつも思い描きながら、護衛一日目の夜は更けていったのだった。











 【Act07:天使の仕事――End】













NAME:イリス

種族:人造天使(古代兵器)

クラス:「遺物使い(レリックユーザー)」

属性:天


STR:8(固定)

CON:8(固定)

AGI:6(固定)

INT:7(固定)

LUK:4(固定)


装備

天翼セラフ

 背中に展開される三対の翼。上から順に攻撃、防御、移動を司る。

 普段は三対目の翼のみを展開するが、戦闘時には全ての翼を解放する。


光輪ハイロゥ

 頭部に展開される光のラインで形作られた輪。

 周囲の魔力素を収集し、翼に溜め込む性質を有している。


神槍ヴォータン

 普段は翼に収納されている槍。溜め込んだ魔力を解放し、操るための制御棒。

 投げ放つと、直進した後に翼の中に転送される。



特徴

人造天使エンジェドール

 古の時代に兵器として作られた人造天使の体を有している。

 【遺物兵装に干渉、制御することが可能。】


《異界転生者》

 異なる世界にて命を落とし、生まれ変わった存在。

 【兵器としての思想に囚われない。】



使用可能スキル

《槍術》Lv.2/10

 槍を扱える。戦いの中で基本動作を活かすことができる。


《魔法:天》Lv.2/10

 天属性の魔法を扱える。攻撃魔法を使用可能。


《飛行》

 三枚目の翼の力によって飛行することが可能。

 時間制限などは特にない。


《魔力充填》

 物体に魔力を込める。魔導器なら動作させることが可能。

 魔力を込めると言う動作を習熟しており、特に意識せずに使用することが可能。


《共鳴》

 契約しているサポートフェアリー『アイ』と、一部の意識を共有することが可能。

 互いがどこにいるのかを把握でき、ある程度の魔力を共有する。


《戦闘用思考》

 人造天使エンジェドールとしての戦術的な思考パターンを有している。

 緊急時でも冷静に状況を判断することが可能。


《鷹の目》

 遥か彼方を見通すことが出来る視力を有している。

 高い高度を飛行中でも、距離次第で地上の様子を把握することが可能。


《鋭敏感覚》

 非常に鋭敏な感覚を有している。

 ある程度の距離までは、近づいてくる気配などを察知することが可能。



称号

《上位有翼種》

 翼を隠せる存在は希少な有翼種であるとされており、とりあえずそう誤魔化している。


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