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人造天使の歩む道  作者: Allen
1章:始まりの古都
4/17

Act04:天使と古都の暗雲












 この街の宿には、あまりお風呂は付いていない。

 まあ、大体それが普通らしい。温泉地でもない限り、お風呂は維持や清掃が大変らしいのだ。

 高級な宿屋とかにはついているけれど、流石に『湖面の三日月亭』には付いていなかった。

 汗とか排泄とかとは殆ど無縁な人造天使エンジェドールの体だけど、それでも埃やら汚れは付いてしまうものである。

 一日半もお風呂に入っていないと、ちょっと汚れた気がして微妙な気分だったのだ。

 お風呂が無いと聞いた時は、どうしたものかとしばし悩んだけれど――



「へぇ、こういう施設もあるんだね」

「ま、それなりに大きい都市ですからね。維持は大変ですが、人はすぐに集まりますし、始めた者勝ちの商売ですよ」



 ここは公衆浴場。イメージとしては、日本の銭湯にも近いものだ。

 どうやら、この世界でのお風呂は、日本風に湯船につかるものもあるらしい。

 個人的にはその方が良かったので、これは思わぬ僥倖だっただろう。

 ……ただまあ、女性のほうに入らなきゃいけないのは、個人的にちょっと微妙な気分だったけど。



「何してるんですか、行きますよ? あ、貴重品はその防水袋に入れて持って行くといいです」

「あ、成程……ありがとう、エルセリア」

「いえいえ、どういたしまして。やはりどこぞの妖精と違って主人は人が出来ていますね」

「ほほう、良く言いましたねロリビッチ。湯船に沈めてやるから覚悟するのですよ」

「聞こえませんねぇ。羽が濡れたとかで飛べなくなったら、丁寧に湯船に浮かべておいてあげますよ」



 相変わらず、アイとエルセリアは仲が悪い。

 まあでも、お互い実力行使に出るようなことは無く、口論だけで済ませてはいるので、そこまで致命的に仲が悪いというわけではないのだろう。

 いずれは友達同士にでもなってくれたらなー、とは思うけど。


 今僕がここにいるのは、先ほども言ったように体を綺麗にしたかったから。

 あの戦いの後、落ち着いて話をするために一度戻るとのことでクラリッサさんが出て行き、彼女を待つ間暇になったので、お風呂が無いかどうかを聞いてみたのだ。

 結果的に宿には無かったけど、こうして入ることが出来たので善しとする。

 お金に関しても、クラリッサさんに貰ったお金があるので、公衆浴場の利用も余裕だ。

 まあ、周りに裸の女の人がたくさんいる状況が余裕であるかと聞かれれば、正直微妙な気分なんだけど。

 何というか、いけないことをしている気分なんだけど、興奮は全く覚えない。

 男性としての機能がないからだろう、全くと言っていいほど思考は冷静だった。



「……はぁ」

「イリスちゃん? どうしました?」

「ぬぁっ!? 言うに事欠いてちゃん付けですか!? アイが最初に呼ぼうと思っていたのに!」

「あっはっは、別にいいんじゃないですか、他人行儀なさん付けでも? それも個性ですし」



 二人がじゃれあってる姿に溜息を押し流されつつ、僕は思わず苦笑する。

 こうして服を脱いでしまえば、自分が男ではなくなってしまった事実をまざまざと突きつけられてしまうけど、二人の様子に憂鬱を吹き飛ばされてしまった。

 まあ、気にならないと言えば嘘になるだろう。仮にも二十年ぐらい男として生きてきたのだし。

 ここに来るまでは色々とありすぎて、特に気にしているような暇は無かった。

 そして今、こうして自分の裸身を直視して、ようやく実感を持ったのだ。



「……まあ、今更嘆いてもどうしようもないか」

「いつまでボーっとしてますか、イリスちゃん? 早く行きましょう」

「あ、アイもちゃん付けで呼ぶのですよ! むしろアイをちゃん付けで呼んで下さい!」

「いや、それって親密度後退してるような気分だから、アイは呼び捨てで」

「はっ、それもそうなのです」



 まあ、エルセリアも呼び捨てなんだけど。何となく、小さい子供とは距離感が掴みづらい。

 入院してたとき、時々小さな子供の相手をしていたからだろうか。

 まあ、どっちかというとお爺さんお婆さんの方が多かったんだけど。


 とりあえず、あまり気にしないようにしながら、二人を連れて浴室の方へ足を運ぶ。

 中のイメージは大体銭湯と同じだろう。広い洗い場と湯船があるだけだ。

 今は昼過ぎてからそれほど時間が経っていないから、あまり入っている人もいない。



「さてイリスちゃん、まずは体を洗いますよ」

「む、流石に湯気で飛びづらい……乗りますよー」

「ああ、そこに乗っていてください。一緒に洗い流してあげるので」

「にゅわーっ!?」



 椅子に座らせた僕の頭の上から、エルセリアが思い切りお湯を流す。

 お湯が出る機構は、どうやら魔道具によるものらしい。

 いわば魔導器の劣化品、単純な魔法機能を有しているだけの道具。

 でも、お湯を流すぐらいなら、水を温めるだけなので大したものではないだろう。



「おのれ褐色ロリ、体についてるキスマークの数を数えてやるのです!」

「なっ、やめなさい変態妖精!」

「はいはい、落ち着いて落ち着いて。アイも、お風呂は落ち着いて入るものだよ」

「はーい」

「ちっ、イリスちゃんには素直ですねこの不良妖精」



 舌打ちするエルセリアの様子に、思わず苦笑しながら手拭いを取り出す。

 レンタル品だけど、まあしっかり洗濯はされている様子だからよしとしよう。

 石鹸なんて高級なものは無いけれど、元々垢なんて出る体じゃないから、それほど問題は無い筈だ。



「ふーむ、イリスちゃん、本当に肌きれいですね。真っ白ですよ」

「まあ、エルセリアとは元々の色が違うからね。でも、エルセリアだって綺麗だと思うよ」

「私は目立たないだけですよ。それに、本来の身体って訳でもないですし」



 若干複雑そうな様子で、エルセリアは自分の体を見下ろす。

 本来の彼女が一体どんな姿なのか、それは僕には分からないが――もしも彼女が大人になった姿なのだとしたら、きっと綺麗な女性なのだろう。

 それがどうして今の状態になったのかは、まだ聞いていない。と言うより、無遠慮に聞いていい話ではない。

 ――未だ、少しだけ迷いがあった。



「何やら複雑そうね。まあ、どちらも美しい体を持っているのだから大切にしなければ駄目よ」

「あはは、ありがとうござ……って、クラリッサさん!?」

「あれ、エメラさんの所に行ったという話だったと思ってたのですよ?」

「ええ、一度行って戻ってきたわ。そうしたら、貴方たちが公衆浴場に行っていると言うのだもの……これは裸の付き合いしかないわ!」



 とりあえず、貴族のお嬢さまだったらお風呂が付いてる宿に泊まればいいんじゃないかと思うんだ。

 まあでも、友好を深めようという人にそんなことを言うほど、僕は彼女を嫌ってなどいない。

 開けっ広げで恥じらいの欠片もない様子は若干気になるけど、一緒に入るのは構わないだろう。



「でも、もう洗い始めちゃってるのね……そうだわ、私が貴方の翼を洗ってあげる!」

「え、あー……じゃあ、お願いします」



 わざわざ断るほどのことでもないだろうと、僕は三対目の翼を展開する。

 まあ、お風呂場で出すには若干邪魔だろうけど、今は他のお客さんもいないから問題無い筈だ。

 僕が白い翼を広げながら展開すれば、クラリッサさんは嬉々とした様子でそれを洗い始めていた。



「綺麗な白い翼ね。他の色が混じっていない、いい色だわ」

「あはは、ありがとうございます」

「ふむ、良く水を弾いてますね。あまり洗い過ぎない方がいいでしょう」

「あらそうなの? じゃあ、軽くにしておきましょうか」



 僕の翼を注視しながら行ったエルセリアの言葉に、クラリッサさんは納得した様子で軽く洗い始める。

 翼にはあまり触覚はない。被弾面積が大きいから、鋭い感覚をつけておくと返って危険なのだ。

 精々、何かが当たったときにそれが分かる程度の――



「うひゃっ!?」

「あら? イリス、貴方翼の付け根が弱いのかしら?」

「い、いえ、そんなことは……」

「あー、イリスちゃんは背中全体が弱いのです。なので優しく洗ってあげてください」

「ちょ、ちょっとアイ!? この人にそういうことを言うと――」



 翼を展開する背中は、人造天使エンジェドールにとって命といっていい。

 だからこそ、背後を取られないようにするため、背中には鋭い感覚器官が集中しているのだ。

 おかげで、背中に触られるとその感覚がはっきり理解出来てしまう。

 何か本末転倒な気もするけれど、構造上これだけは仕方ない。



「んっ、ふぁ」

「……ふふふ、何だか調子が出てきたわ」

「ま、待って、やめて、やめてください……ひぁっ!?」



 思わず翼で背中を覆い隠そうとするけど、クラリッサさんは無駄に怪力だ。

 がっしりと羽を押さえつけ、そのくせ強すぎない力で背中を洗ってくる……!

 ヤバイ、このぞわぞわする感覚は我慢できない。

 不快感とも違う、奇妙な違和感――



「ほほー……羽がぴくぴく動いてますね」

「くぉら幼女! イリスちゃんの痴態を観察するなど言語道断なのです!」

「ふふ、女の子同士って言うのは別に興味ないつもりだったけど、イリスは可愛いわね……」

「いや、ガチの人ですか!?」



 何で異世界に来て最初に身の危険を感じた相手が味方の上に女性なのかな!?

 とりあえずこれ以上は拙いと、無理矢理に立ち上がってクラリッサさんを引き剥がす。

 翼で背中を隠しつつ警戒する姿勢で見つめれば、彼女は苦笑を浮かべながら僕へと声をかけてきた。



「あらら、逃げられちゃったわね……ごめんなさい、少し調子に乗りすぎたわ」

「ほ、ホントやめてくださいよ……慣れてないんですから」

「ええ、今度からは断ってからやるわ」

「断ってからもやめてください!」



 出来る限り彼女と一緒にお風呂に入るのはやめておこう。

 まあ、これから先そんな機会があるかは知らないけど。



「ふふ、冗談よ冗談。ああそうそう、聞きたいことがあったのだけど」

「……本当にマイペースですね、クラリッサさん」



 背中を隠したまま一つ開けた椅子に座り、僕は小さく嘆息する。

 まあ、こういう人なのだという認識は既に持っているのだ。

 文句を付けても聞いてくれるとは思えないし、今は考えすぎないようにしよう。

 僕の背中に回り、色々と観察しようとしてくるエルセリアと、それを阻止しようと濡れた羽で何とか飛び回るアイ。

 そんな様子を尻目に、体を洗い始めたクラリッサさんは何でもないことのように声を上げた。



「イリス、貴方はこれからどうするつもり?」

「え……?」

「クレイグと少しだけ話したけど、どうやら彼と私は大まかに同じような境遇らしいわね。だからこそ、共同戦線に否は無い。でも、貴方は? 仮面の男とは因縁の無い貴方を無理矢理巻き込むのは、私としても本意ではないわ」

「僕は……」

「一応、エメラからそれなりに腕が立つことは報告されているし、協力してくれるというのであれば是非とも力を借りたいとは思ってる。でも、無理強いするつもりは無いわ。イリス、貴方はどうしたいの?」



 真剣な、真っ直ぐな視線と言葉。

 これこそが、貴族としてのクラリッサさんなのだろうか。

 そんなことを考えながら、僕は――



1.是非、協力させてください。

2.協力するべきではないけど、気にはなるし、少し独自に動いてみようか。

>3.そんなに見つめられると困ります

4.でこぴん

5.いまさら、そんな他人行儀はなしですよ?ここまで派手に関わっちゃった以上は……ね?

6.僕のデュエリストの魂が叫ぶんです。このまま戦え、と



「……そんなに見つめられると、困っちゃいますよ」

「あら……ふふ、綺麗な体なのだし、見ておかないと損でしょう。まるで天使のようだもの、イリスは」

「あははははは……うん。決めました」



 軽いからかいにも、クラリッサさんは怒ることなく返してくれる。

 僕は、恵まれているだろう。死んだはずがこうして目を覚まして、強い体を手に入れ、頼りになる相棒が傍にいて、そしてこうしていい人に巡り会えた。

 きっと、こんないい人ばかりでは無い筈だ。

 悪人だって、僕の力を利用しようとする人だって、いくらでもいた筈なのだ。

 でも、クレイグさんも、エルセリアも、クラリッサさんも……いい人と巡り会い、こうして縁を結ぶことが出来た。

 一期一会、僕は、この出会いを無駄にしてはいけないと思う。

 彼女達を手伝うことが可能なだけの力があるのも、きっと意味があることだと思うから。



「協力します、クラリッサさん。他でもない貴方達を放っておくのは、寝覚めが悪いですから」

「そう……ふふ、民を護るのが武家の役目とは言え、そう言われてしまったら仕方ないわ」



 どこか嬉しそうに、クラリッサさんは笑う。

 僕のことを、結構気に入ってくれているのだろうか。

 ……そうだったらいいなって、今は思う。

 だから――



「よろしくお願いします、クラリッサさん。それに、エルセリアも」

「ええ、期待しているわ、イリス」

「仕方ないので、そこの妖精も仲間に入れてあげるとしますよ」

「よく言いました変態! 覚悟するがいいです!」



 またじゃれあい始めるアイとエルセリアに、僕とクラリッサさんは思わず笑みを零す。

 ――こうして、僕たちは、一つのパーティとなって仮面の男を追うこととなったのだった。











 * * * * *











 揃っての入浴の後、『湖面の三日月亭』に戻った僕たちは、改めて話し合いの場へと出発していた。

 クレイグさんも含めて辿り着いた場所は、街にあった病院の一つ。

 ――そこは、エメラさんが入院している場所だった。

 使用人とは言え、彼女この国でも序列の高いクラリッサさんの付き人であり、待遇はそれなりにいいらしい。

 というか、治療院から押し出されるのって本当にすぐなんだなぁ。



「エメラ、戻ったわ。体の調子は大丈夫?」

「ええ、問題ありません。あるとすればお嬢様をお守りできないことですが……」

「それに関しては問題ないわ。ちょうどいい護衛を見つけたから」

「護衛とはな。そこまで弱くもないだろう、『鉄拳候女』様?」

「ふふ。貴方ほどの男からそう言って貰えるなら、私も捨てたものではないわね」



 クスクスと笑うクラリッサさんの様子に、エメラさんは僅かに嘆息する。

 けれど、どうやら咎めるつもりもないらしい。彼女は今一度顔を上げると、今度は真剣な声音で声を上げた。



「お嬢様。それでは……この場にいる面々が、あの仮面の男を追う人員と考えてもよろしいのですね?」

「ええ。大半があの男に因縁を持つ存在だそうよ。今の所、詳しい事情は聞かないようにしているけれど」



 その言葉を聞き、エメラさんはちらりとクレイグさんのほうに視線を向ける。

 その反応にどのような意味があったのかは分からないけど、彼女は納得したように頷いていた。



「分かりました。では、今後はそのように……ありがとうございます、皆様」

「こちらにも益があることだ、問題ない。純粋な好意はイリスだけだろう? アイはイリスに付いて来ただけだろうからな」

「当然です! イリスちゃんのある場所にサポートフェアリーありなのです!」

「あはは……お礼は、ちゃんと受け取っておきます。僕も、クレイグさんやクラリッサさんを助けたいですから」



 他に知り合いもいないし、ここで分かれてしまうのが少し心細く感じていたというのもあるけれど。

 ここまで来た以上、覚悟を決めなくては。



「さて、状況ですが……正直なところ、手がかりらしい手がかりがないのが現状です」

「あの男のことだ、そうそう尻尾を掴ませるようなことはないだろうが……果たして、何のためにここに現れたのか、だ。アンタらの目的は、この街に関連するものなのか?」

「そうだったら、元からある程度の指針は立っているわよ。エメラたちを襲い、私を引き出そうとしたのは、純粋に邪魔だったからじゃないのかしら」

「そして同じく邪魔するであろう俺たちを犯人に仕立て上げようとした? 流石にそれは出来すぎじゃないかね?」

「クレイグさん達に関しては偶然だと思いますけど……」



 少なくとも、エメラさんを人質にしてクラリッサさんを呼び出そうとしていたのは事実。

 そこに仮面の男が関係していることも、確認は取れている。



「となると、現状手がかりとなるのはあの連中か……だが、もう消されてるだろうな」

「そうですね。ただ、森の中には何か残されているかもしれませんし、調べてみるのもいいかもしれません」



 あの時、エメラさんが捕らえられていた森の中。

 あいつらはそれほど腕が立つという感じでもなかったし、ただの使い捨ての可能性が高いだろう。

 けど、僕はあの時小屋で二人の男を押し潰した。あそこなら、何かが残っている可能性がある。



「……私は、この街を調べるべきだと思います」

「エルセリア?」

「この街でなければならない理由が何かあるはず。そうでなければ、一箇所に留まって私達に嗅ぎ付けられるようなことはなかったはずです」

「……俺たちを始末するための罠を準備している可能性は?」

「可能性は高いでしょう。だからこそ、放置しておくことは危険だと思います。探せば、何かしらの異常は出ているはずです」



 エルセリアは、この街にこそ何かがあると考えているようだ。

 この街か、或いはこの近辺か。不確定な推測でしかないけれど、否定しきれるものではない。

 ならば、僕は――



>1.森の方が気になる。

2.街の方が気になる。

3.時間が許す限りの範囲を探索すべきか…



「僕は、森の方が気になります」

「イリス? その理由は何かあるのか?」

「まず、調べやすいって言うのがあります。アイがいる限り、森の中に逃げ場はありません。それに、現状はっきりと、手がかりがある可能性が高いですから」



 僕の言葉に、クレイグさんとエメラさんが視線を細める。

 アイの能力に関しては、恐らく思考の外だったのだろう。

 《妖精魔法》は、自然物に囲まれた森の中では非常に強力な力を発揮する。

 人の目では見えないようなものも、アイならば見つけられるだろう。



「成程……無作為に森の中を探索するのは無謀と言わざるを得ませんが、妖精がいるのであれば話は別ですね」

「確かに、それならば何かしら発見できる可能性は高いか」



 広い森を当てもなく彷徨うなんて、僕も御免被る。

 まあ、泉や小屋といった、ある程度の目標は存在しているけれども、アイのレーダーが役に立つことは間違いないだろう。



「よし、ならその提案にしましょう。と、言いたい所だけど」

「何か、問題でもあるのか?」

「ええ。エメラの護衛よ」



 クラリッサさんは、クレイグさんの疑問の声に対してそう返す。

 確かに、エメラさんはクラリッサさんの急所となりうる存在だ。

 それなりに腕は立つみたいだけど、怪我をして動けない現状ではどうしようもない。

 襲われてしまえば、抵抗は出来ないだろう。



「一応、本家から増員を呼んでいるけど、緊急用の転送便を使ったとしてもしばらく掛かるわ。それまで、最低でも誰か一人にエメラの護衛をお願いしたいのよ」

「申し訳ありません……私としても、お嬢さまの足枷となる訳には行きませんので、捕らえられることだけは避けなければなりません。最悪の場合は自害いたしますが、それもお嬢様の望むところではないでしょう」

「当たり前よ。貴方ほどの優秀な部下は、探したって見つかりはしないのだから」



 前に襲われている以上、もう一度襲われる可能性が皆無というわけではない。

 かといって、護衛がシルフィさん一人だけというのも不安だろう。

 彼女もそれなりに心得はあるようだけど、ここにいる面々とは比べられるレベルではない。

 となれば、最低でもアイ以外の誰か一人は残らないといけないのだけど――



1.イリス

2.クレイグ

3.エルセリア

>4.クラリッサ



「それだったら、あんたが残っていた方がいいんじゃないのか?」

「あら、私?」

「誰とも知らん奴に病室に押し掛けられているよりは、いくらか安心できるだろう。森の探索自体は、アイがいれば何とかなる。戦力としても、俺とエルセリアがいれば過剰なぐらいだろう」

「僕は戦力としては微妙ということでしたか……」

「未熟なのは自覚しているんだろう? それで、どうなんだ、お嬢様?」



 クレイグさんの言葉に、クラリッサさんは口元に手を当てて黙考する。

 エメラさんは特に口を挟む様子はなく、どうやらクラリッサさんの選択に従う様子だった。

 それからしばし、クラリッサさんは沈黙を保ち――



「……分かったわ、クレイグ。私のことはクラリッサでいい、呼び捨てでも構わないわ」

「なら、決まりだな、クラリッサ。こっちのことは任せておけ」

「ええ、頼むわね」



 軽く拳を合わせ、クレイグさんとクラリッサさんは笑い合う。

 ぶっちゃけ、仕草としては男同士にも見えるんだけど、あれだろうか。

 一度戦ったから理解し合えたということなんだろうか。

 クラリッサさんが僕より男らしいのは何とも言いがたい感覚だ。



「さて、そういうことならさっさと行くとしよう」

「はい。了解です、クレイグさん」



 僕はアイを、クレイグさんはエルセリアを。

 それぞれ引き連れながら、昨日の森へと出発する。

 果たして、鬼が出るか蛇が出るか――











 * * * * *











 鬱蒼と茂る森は、奥に進むごとにその深さを増していく。

 まだ日が暮れるには若干時間があるとは言え、すぐに辺りは完全な闇に包まれてしまうだろう。

 もしもアイがいなかったら、森の探索なんて不可能になるところだった。



「アイ、どうかな?」

「今の所、特に反応は感じないのです」



 僕の肩の上に座ったアイは、《妖精魔法》を駆使しながら周囲の状況を探索していく。

 植物に囲まれた森の中で、この力から逃れる方法なんてありはしない。

 僕たちだけならば直接飛んで泉のあたりに降りていただろうけど、今は流石にそれは無理である。

 まあ――



「頑張れば二人ぐらい抱えて飛べると思いますけど」

「勘弁してくれ、女に抱えられるなんて洒落にもならん」

「って言うかイリスちゃん、クレイグを抱えるなら私はどうすればいいんでしょうか?」

「ええと……背中は、ちょっと嫌だし、クレイグさんの足に掴まってもらうとか」

「却下です」



 うん、まあ自分でも無理だとは思うけど。

 でも、あそこまで敏感な背中を自由に触らせてしまうような状態で飛行するのは、僕としても避けたいところだし。

 中々に難しいものというべきか。



「緊張感がないな。流石は妖精の固有魔法か」

「ふっふーん、もっと褒め称えるがいいのです」

「妖精なら誰でも使える魔法ですけどね。今のちんちくりんの魔力では、これよりも強い影響力を持つ妖精も多いでしょう」

「森の中でアイに喧嘩を売ろうとは、今日はクレイグさんに足腰立たなくされるのがお望みのようなのです!」

「はい、落ち着いて。もうすぐ泉だし、気を抜かないで行こう」



 もうすぐ、僕が事件に出会った場所まで辿り着く。

 少し、気になってはいたのだ。あの遺体、名前はミリーさんだったか……彼女をずっと、あの場に放置していいものなのかと。

 ここまでは忙しくてそれどころではなかったけど、できることならクラリッサさんのところまで連れ帰って、しっかり弔ってあげたい。



「まあ、遺体の回収は調べ終わった後かな」

「ああ、あの人の遺体ですか。遺体、回収――ん? あれ?」

「……アイ、どうかしたのか」



 ぴくりと反応して顔を上げたアイの様子に、クレイグさんは視線を細めながらそう問いかける。

 その言葉に、アイは首を傾げながら、この場にいる全員に返すように答えていた。



「……あの遺体、なくなってます」

「何……?」

「昼にはあったのに、魔物に食べられた?」

「魔除けを使った後、昼までは効果が残っていた。水に沈んでいたのであれば、陸の魔物が察知した可能性は低いですが……妖精、水中に痕跡は?」

「もうちょっと近付かないと全てはカバーできませんが、今の所見当たらないのですよ」



 エルセリアの言葉に、アイは横に首を振りながらそう返す。

 遺体がなくなっている――森の中なのだから、魔物に食われてしまったと考えるのが自然な所だ。

 しかし、陸にも水中にも、その痕跡は残っていない。

 泉まで出て、水中を全て探ってみても、結果は同じだった。



「アンデッド化したか……? いや、それなら遠くまでは移動しないはず」

「ここから察知できる場所に、反応はないのです」

「どういうことだ……エルセリア、魔法的な痕跡は?」

「無いですね。あるとすれば、何らかの目的で運び出された可能性ぐらいです」



 その言葉に、僕もクレイグさんも、思わず眉根を寄せていた。

 運び出したというのなら、一体誰が、何の目的でそんなことをしたというのか。

 現状では、判断することは出来ないけれど――



「少なくとも何かがあった……仮面の男に関係するかは、まだ分からないですけど」

「この場所だからな……可能性は否定できん」

「急ぎましょう。例の小屋を調べてみるべきです」



 エルセリアの提案に、その場の全員が首肯する。

 そして、若干小走りで、あの小さな小屋があった場所まで進む。

 途中も、周囲に人の気配は一切存在しなかった。

 あの時の男達の気配も、今は存在しない。アイが範囲外まで移動すれば《妖精魔法》の効果は切れるから、あの蔓の呪縛からも逃れることは出来ただろうけど――



「……痕跡が、無い。全然ないのに――」

「こりゃまた、随分と分かりやすく異常な状況だな」



 僕が柱を斬り裂き、押し潰した小屋。

 やねに押し潰されるように瓦礫の山と化していたそこは――上に被さっていたやねだけがひっくり返ったような状態となって、放置されていた。

 その瓦礫の中に二人分の死体は無く、ただ血の跡だけが生々しく残っている。



「ここも、死体が無くなってる……」

「周りに血の続いている跡はない。屋根を何とかどかしたとしても、ここから移動させた痕跡が無いってのはどういうことだ」



 これだけの出血量だというのに、小屋の周囲には血が滴ったような痕跡は残っていない。

 誰かが彼らの死体を運んだとしても、アンデッド化して彷徨っていたとしても、痕跡は必ず残るはずなのだ。

 でも、それなら一体どうして、ここにあった筈の二人分の死体はなくなっているのか。



「……クレイグ、これを見てください」

「どうした、エルセリア?」

「ここの血の跡、不自然に途切れています」



 エルセリアが示した指の先には、瓦礫が無く床が見えている場所があり――そこに飛び散った血痕は、一直線に線が入ったように、不自然な途切れ方をしていた。

 そしてその周囲には不自然に血が飛び散ったような跡があり、何かを引きずったような後も残っていた。



「こりゃあ……思った以上に、妙な事態だな」



 クレイグさんはそう呟きながら、剣を抜き放って走っている線へと切っ先を突き立てていた。

 そして、梃子の原理で床板を引き剥がすように持ち上げれば――その先に、ぽっかりと開いた穴を確認することが出来た。

 梯子の付いているそれを全員で覗き込み、思わず顔を見合わせる。



「一体、何ですかこれ? どうしてこんな所に穴が……」

「……恐らく、昔ここに国があった時代に作られた、脱出路の一つだろう。これが繋がっているとすれば……恐らく、行き先は領主の館だ」



 その言葉に、僕とアイは反射的に顔を上げ、街の方へと視線を向ける。

 フリオールは地方都市であり、領主が治めている街だと聞いている。

 今の所、その評判なんかは特に聞いてはいなかったけど――



「今回の件に、この街の領主が関係している……?」

「確定じゃないがな。ここが本当に館に繋がっているかどうかも分からんし、仮面野郎が関係しているかどうかも不明だ。だが――」

「死体を集めている何者かは、ここに死体を運び込んだ……それだけは、間違いないと思います」



 エルセリアの言葉を聞き、僕はごくりと喉を鳴らす。

 不明瞭な事態、不可解な謎。僕たちは未だ、事件の全貌を掴めていない。

 けれど――



「……イリス、明かりを中に投げ込めるか?」

「やってみます」


【――《魔法・天:照らす光》――】



 穴の中を指差し、僕は魔法を発動させる。

 使うものは単純な、魔力の明かりを生み出す術だ。

 僕の作り出した白い光の弾は、僕の誘導に従い穴の中へと降りて行き――数メートルほどの所で、地面を照らし出した。



「そんなに深くは無いですね」

「よし、俺が先行する。合図が見えたら追って来い」



 クレイグさんはそう告げると、一息に穴の中へと飛び込んでいった。

 見えているとは言えそれなりの高さがある穴を、殆ど着地音も無く飛び降りると、クレイグさんは警戒した様子で周囲に視線を走らせ――そのまま、僕たちのほうに指で合図を送ってきた。

 とりあえず、大丈夫ということだろう。



「よし、行こう」

「あっ? あー、まあ、抱えられた方が楽だからこれでいいですけど」



 僕はエルセリアを抱え上げ、翼をなるべく縮めるようにしながら穴の中へと飛び込んだ。

 僕の翼は、別に動かさなくても飛ぶことは可能だ。

 まあ、しっかり伸ばしているときに比べれば機動力は格段に落ちるけれど、浮遊しながら落ちる程度なら問題は無い。

 そうして降り立った穴のそこには、横に続く長い通路が続いていた。



「……良く残ってるもんだな」

「当時の、しかもこの国の技術力はかなりのものでしたからね。別に不思議ではないですが……どうやら、ここを利用しているのは間違いないようですね」



 エルセリアが指差した地面の先には、引きずった後のような血痕が続いている。

 あの男達の死体を何者かがここに運び込んだのは、恐らく間違いないだろう。



「イリス、照明を絶やすな。行くぞ」

「了解です」



 魔法を保つように集中しながら、クレイグさんを先頭に歩き出す。

 魔法使いであるエルセリアは中衛に、僕は後方の警戒に当たることになる。

 まあ、感覚の鋭い背中に近付いてこられれば、即座に反応できるだろうけど。


 道は、良く分からない材質の物質によりコーティングされており、非常に滑らかな印象を受ける。

 形としては四角く……正直、地下に作るとしたら中々面倒な形状をしているように思えた。

 それだけ、当時の技術力が優れていたってことなんだろうけど。



「……止まれ」

「どうかしたんですか?」

「気付かれた」

「ッ……!」


【――《戦闘用思考》――】



 その言葉にはっとして、僕は即座に戦闘体勢を取る。

 鋭敏に変化した感覚は、周囲の状況を五感全てを使って探り始め――僕の感覚は、前方より接近してくる足音を掴み取っていた。



「クレイグさん、明かりは……」

「いや、いい。どのみち気付かれてるんだ、今更姿を隠しても仕方ない」



 そう答えて、クレイグさんは剣を構える。

 今は光を発生させているが故に、奥の暗闇を見通すことは出来ないが――その範囲を抜け出すように、一人の人物が姿を現した。

 青い髪の、女性。手に両手剣を持った彼女は、茫洋とした瞳で僕たちのことを見つめてくる。

 そんな彼女に向け、クレイグさんが誰何の声を上げた。



「何者だ。何故この場所に死体を運び込んでいる?」

「……」



 女性は答えず、ゆらりと剣を構え――その刹那、彼女の姿が霞んだ。

 爆発的な勢いで地を蹴った彼女は、先頭に立つクレイグさんへとその刃を叩き込み――



「――悪いが、そう来るなら容赦はしない」



 ――それに対して瞬時に反応したクレイグさんは、手に構えた剣で振り下ろされた両手剣を滑らかに受け流していた。

 そしてその直後、遺物『巨人の燐寸』に刻まれたファイアパターンが、オレンジ色に輝き始める。



「――《炎陣:断熱斬》」



 炎を纏う剣が赤熱し、凄まじい熱量と共に揺らめく大気を纏って振るわれる。

 彼が振り下ろした剣は、両手剣を振り下ろした女性の腕を、一瞬の抵抗も無く斬り裂き――いや、焼き斬っていた。

 剣をつかんでいた彼女の左腕と、重量を支えきれなくなった両手剣が吹き飛び、女性は――痛みにもがく様子すらなく、クレイグさんへと向かって掴みかかって来た。



「ッ、だが――甘いッ!」



 返す刃が、逆袈裟に女性を斬り裂く。

 一度目は手加減していた攻撃も、二度目はないということなのだろう。

 胴を斜めに切断された女性は、今度こそ地面に倒れ、動かなくなっていた。

 完全に動きを止めたことを確認し、クレイグさんは遺物の動作を停止させる。



「……何だ、一体。今のは普通じゃないぞ」

「見せてください……っ、これは」

「な、なんなのです?」



 二つに断たれた女性の体を調べ始めたエルセリアが、その端正な顔を瞬時に歪める。

 この不気味な状況に、アイが普段の調子も忘れて恐る恐る声をかければ、エルセリアは硬い声音のまま言葉を返していた。



「……フレッシュゴーレム」

「え……?」

「人間の肉体を素材として作成するゴーレムです。大戦期、胸糞悪い同輩が好んで使っていたので、良く知っていますが……最低の代物ですよ、これは」

「つまり、死体の使い道はこれってことか……本当に、最悪だな」



 呻くように呟くと、クレイグさんは即座に踵を返す。

 その声音の中には、これまでに無いほどに苦い色が含まれていた。



「一時退却だ、この状況で踏み込むのは危険すぎる」

「同感ですね、どれだけの数を用意されているか分かりません」

「下手をすれば、街から失踪者が出ているかも知れんぞ……依頼板を確認しておくべきか……っと、その前に」



 ぶつぶつと呟くクレイグさんは、硬い表情のまま剣をフレッシュゴーレムの死体へと突き刺す。

 そのまま、先ほどと同じように遺物を起動させれば、その死体は瞬時に焼き尽くされ、灰となって消滅していた。



「……気付かれた可能性は高いが、致し方ない。行くぞ」

「わ、分かりました」



 思った以上の大事となりつつある事態に、僕は圧倒されながらも頷く。

 一体、何がどうしてこのような状況となっているのか。

 不気味に続く暗い通路の先を、一度だけ見つめて――僕は、クレイグさんに続いて元の道を戻っていた。











 * * * * *











「……大丈夫かしらね」

「お嬢様、先ほどからそればかりですよ」



 病室で壁に背中を預けたクラリッサは、エメラの嘆息交じりの言葉に思わず眉根を寄せる。

 確かに、否定をすることは出来なかったのだ。

 エメラの護衛として残ることはクラリッサ自身も納得していたとは言え、それでも離れて行動する仲間を案じないわけではない。

 まあ、相手があのクレイグのみであれば、それほど心配はしなかったかもしれないが――



「イリスは、まだまだ未熟な素人よ。非常識な身体能力こそ持っていたようだけど、武に関してはまだまだ」

「そうですね……確かに、動きは素人そのものでしたが。しかし、彼が付いている以上、心配は要らないでしょう」

「……エメラ、貴方。もしかしてクレイグのことを知っているの?」

「いえ、直接お会いしたのは今回が初めてです。私が彼を一方的に知っているだけですよ」



 肩を竦めるエメラに、クラリッサは更に問いかけようと口を開き――


【――《常在戦場》――】

【――《気配察知》――】


 ――エメラと共に、その気配に気がついていた。



「……お嬢様」

「ええ。シルフィ、周囲の警戒をお願い。逃げるわよ」

「え、お、お嬢様? 先輩も――」

「問答は後、行くわよ!」



 宣言したクラリッサは即座にエメラの体を抱え上げると、一瞬の躊躇いも無く窓の外へと飛び出していた。



「え、えええええっ!? ちょっ、風よ!」



 泡を食って、後から飛び出したシルフィは、風の魔法を操りクラリッサたちと自分の体を風の防壁によって包み込む。

 その力によって緩やかに着地したクラリッサは、すぐさま大通りへと向けて駆け出していた。

 逃走の選択肢を選んだことに対して躊躇いは一切無く、己の体を強化しながら彼女は走る。

 その後ろを風の魔法によって加速しながら続くシルフィは、前を走るクラリッサへと叫びにも近い声を上げていた。



「お、お嬢様!? いいんですか、もしかしたらあの敵が――」

「この状況で戦闘を選ぶのは悪手でしかないわ!」

「それより、後ろから来ますよ。迎撃しなさい、シルフィ」

「は、はいっ!」



 接近してくる複数の気配。エメラはクラリッサの肩越しにその姿を確認するが、彼らはフードつきのローブにその身を包み、完全に顔を隠している状態だった。

 彼らの動きは速く、強化しているクラリッサたちに追いつかんばかりの勢いで駆け抜けてくる。

 近づいてくる者たちをシルフィが迎撃することで何とか距離を保てているが、追いつかれるのは時間の問題だ。



「お嬢様――」

「っ、分かったわ」



 ぼそりとエメラが囁き、その言葉にクラリッサは頷く。

 彼女は更に身体能力を強化し、人通りの多い通りを跳ね回るようにしながら駆け抜けて――


【――《常在戦場》――】



「――――ッ、シルフィッ!」

「は、はいっ!」



 ――前方へと向けてエメラを思い切り放り投げながら、その場で瞬時に反転していた。


【――《練氣》――《剛体》――《格闘術:流し受け》――】


 そして――襲い掛かってきた一撃を受け流そうとして、受け流しきれずに弾き飛ばされていた。



「ぐっ、ああああああ!?」



 通りにあった店先へと突っ込み、屋台を潰しながらも体勢を立て直す。

 咄嗟に防御したおかげでダメージはそれほどでもなかったが、己の防御を完全に貫かれたことに、クラリッサは思わず戦慄していた。

 けれど、それ以上に。身を震わせるような怒りと熱量が、彼女の体を突き動かす。



「ッ……やはり、現れたわね! 仮面の男!」

「いやはや……やはり、武家は油断ならぬ相手だね。仕留め切れるとは思っていなかったが、ほぼ無傷とは」



 黒い、カソックにも似た服装。顔を覆い隠すのは、歪んだ笑みを浮かべた白い仮面。

 間違いなく、己が倒さねばならない目標――それを目の前にして、クラリッサは瞬時に飛び出していた。


【――《練氣》――《剛体》――《格闘術:無尽連打》――《重闘術:剛撃鉄槌》――】


 放たれるものは、前にクレイグにも使った連続攻撃。

 しかも、そこには地属性の魔法による重量増加が付加されている。

 一撃の重さは比べ物にならず、拳が叩き付けられれば小さな小屋も一撃で吹き飛ぶだろう。

 だが――


【――《見切り》――《回避術》――《虚ろな影》――】



「ふむ、実に見事だ。君達の世代も、実に楽しみな人材が揃っているな」

「舐めるなっ!」



 叫び、クラリッサは神速の足払いと共に体を回転させ、宙返りをしながら前方の敵へと踵を叩き付ける。

 空中にいる相手には躱せるはずもない、二段構えの攻撃。


【――《万象疾駆》――】


 ――しかし、仮面の男は空中を蹴り、その攻撃をあっさりと回避すると共に、弧を描いた回し蹴りをクラリッサへと叩きつけていた。

 身体強化も、強度上昇も貫き、体の側面を蹴り抜かれてクラリッサは吹き飛ぶ。

 地面に叩きつけられ、骨の一部を砕かれたことに舌打ちしながらも即座に立ち上がり――



「良いのかね、私にかまけていて」

「何……?」



 そんなクラリッサに対し、追撃を加えるでもない男は、両腕を広げながら告げていた。



「追いかけていたのは私だけではなかった。さて、君の使用人はどうなったかな?」

「ッ……!」



 追ってきていたのは、確かに仮面の男だけではない。

 幾人もの気配がクラリッサたちを追いすがり、攻撃しようとしていたのだ。

 しかし、今この場にいるのは仮面の男ただ一人。

 ならば、他の者達はどうしたのか――それを、クラリッサは理解して。



「……貴方、舐めすぎよ」

「ほう?」



 ――彼女の不敵な笑みと共に、通りの向こうで爆音が響き渡っていた。

 続く怒号や、荒っぽい叫び声。それは、この街のギルドに所属するコントラクターたちの声だ。



「私の使用人たちはギルドに駆け込んだわ。あそこに手を出すことがどういうことか、分からないほど馬鹿じゃあないでしょう?」

「ふむ、成程。自爆したということは、いいようにやられてしまったという訳だ……いやはや、驚いたよ。思ったほど馬鹿ではなかったようだ」



 楽しそうに、仮面の男は笑う。

 己の目論見を外されたというのに、一切気にしたような様子も無く。

 そのことにクラリッサが眉根を寄せる中、仮面の男は再び声を上げる。



「今回は君達の勝利だ。次を楽しみにするとしよう」

「な、逃げる気!?」

「足掻くことは私の美学に反するものでね。では、次の機会に」



 ――そう言い残し、飛び込もうとするクラリッサの視線の先で、仮面の男は完全に姿を消していた。

 その気配すらも消え去っていることを確認し、クラリッサは深々と息を吐き出す。



「いたた……くっ、いい様にやられたわね。次は、こうは行かないわ」



 静かに闘志を燃やしつつ――クラリッサは、己の傷の修復に集中し始めたのだった。











 【Act04:天使と古都の暗雲――End】











NAME:イリス

種族:人造天使(古代兵器)

クラス:「遺物使いレリックユーザー

属性:天


STR:8(固定)

CON:8(固定)

AGI:6(固定)

INT:7(固定)

LUK:4(固定)


装備

天翼セラフ

 背中に展開される三対の翼。上から順に攻撃、防御、移動を司る。

 普段は三対目の翼のみを展開するが、戦闘時には全ての翼を解放する。


光輪ハイロゥ

 頭部に展開される光のラインで形作られた輪。

 周囲の魔力素を収集し、翼に溜め込む性質を有している。


神槍ヴォータン

 普段は翼に収納されている槍。溜め込んだ魔力を解放し、操るための制御棒。

 投げ放つと、直進した後に翼の中に転送される。



特徴

人造天使エンジェドール

 古の時代に兵器として作られた人造天使の体を有している。

 【遺物兵装に干渉、制御することが可能。】


《異界転生者》

 異なる世界にて命を落とし、生まれ変わった存在。

 【兵器としての思想に囚われない。】



使用可能スキル

《槍術》Lv.1/10

 槍を扱える。とりあえず基本的な動作は習得している。


《魔法:天》Lv.1/10

 天属性の魔法を扱える。とりあえず基本的な魔法を使用可能。


《飛行》

 三枚目の翼の力によって飛行することが可能。

 時間制限などは特にない。


《魔力充填》

 物体に魔力を込める。魔導器なら動作させることが可能。

 魔力を込めると言う動作を習熟しており、特に意識せずに使用することが可能。


《共鳴》

 契約しているサポートフェアリー『アイ』と、一部の意識を共有することが可能。

 互いがどこにいるのかを把握でき、ある程度の魔力を共有する。


《戦闘用思考》

 人造天使エンジェドールとしての戦術的な思考パターンを有している。

 緊急時でも冷静に状況を判断することが可能。


《鷹の目》

 遥か彼方を見通すことが出来る視力を有している。

 高い高度を飛行中でも、距離次第で地上の様子を把握することが可能。



称号

《上位有翼種》

 翼を隠せる存在は希少な有翼種であるとされており、とりあえずそう誤魔化している。


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