Act15:天使と会議
ディオステアの中央に存在する巨大な建物。
それが、このエスパーダを運営する武王会議が開催される場所である武王殿だ。
この国は、王政や帝政とは異なる、議会による政治が行われている。
恐らく、国を切り開いた人物である《剣神》ディオスが魔王と相打って死亡したためだろう。
この国には王と呼ばれる存在はおらず、それに近い存在である《剣武帝》も政には口出しをしない。
本人曰く、長命種が国を統治してもいいことは無いという話だったけれども、果たしてどこまで本気なのか。
ともあれ、この武王殿にはこの日、十二ある武家の当主が一堂に会していた。
これこそが武王会議、この国を守護する最高戦力たちの集い。
その会議の場で――僕は、そんな強大極まりない戦力の集団から一斉に視線を向けられていた。
「……気持ちは分からないでもないが、緊張しすぎだぞ、イリス」
「あ、はは……いや、はい。分かってますけど……」
「そりゃ、恐ろしくもあるでしょう。私から見ても化け物の集いですよ、ここ」
円卓に準備された椅子に腰掛けている僕の後ろから、若干呆れた様子のクレイグさんとエルセリアの声が届く。
この二人は、今回僕の傍について会議における補佐を行ってくれる。
まあ、僕の分からない話とか、質問に関して助言をしてくれる程度だけれども、正直知り合いが傍にいるのは非常に心強い。
クラリッサさんやローディスさんはそれぞれ第三武家、第四武家の当主さんの後ろに控えているし……一人きりにされなかっただけマシだろう。
まあ、若干複雑そうな視線を向けてきている第一武家の人たちは少し気になったけれども。
と――そうして僕が小さく嘆息したところで、奥にある僕たちが入ってきた扉とは違う扉が開く。
豪華な彫刻の成されたその扉から入ってきたのは、この国の頂点たる武人、リーリエルさんだ。
瞬間、集まった武家当主の人達がみんな一斉に立ち上がる。
僕も慌てて、若干遅れつつそれに倣っていたけど、リーリエルさんはそんな僕の無作法を気にした様子もなく自らの席に座り、周囲の人々へと向けて声を上げる。
「では、これより武王会議を開催します。全員、着席しなさい」
その言葉と共に、当主さんたちがまたも一斉に着席する。
今度はそれに遅れないようにしながら腰を下ろし――そしてようやく、武王会議は開始された。
話し始めるのは、まるでリーリエルさんの傍に控えるようにして立つセリエラ姉さんだ。
席はリーリエルさんの座っている場所から、序列の高い順に彼女の近くに座るようになっているらしい。
僕から向かって右側――つまり、リーリエルさんの左隣が第一武家、右隣が第二武家、そして第一武家の隣が第三武家、という順に並んでいるらしい。
武王と称される戦闘能力者の並ぶ、凄まじい威圧感の漂う場所だ。
第一武家、剣の一族。当主は《剣武王》セルディ・アイン・ガーランド。息を飲むほどに張り詰めた気配を放つ茶髪の男性。
第二武家、術の一族。当主は《術武王》ブランシュ・ツヴァイ・オルディール。並んだ当主さんの中では少し小柄な眼鏡の男性。
第三武家、拳の一族。当主は《拳武王》ディフセン・ドライ・オークス。椅子が窮屈に見えてしまうほどの大柄な男性。
第四武家、槍の一族。当主は《槍武王》ロディウス・フィーア・エステイル。涼やかな美貌と爽やかな笑みを持つ金髪の男性。
第五武家、弓の一族。当主は《弓武王》ネイ・フュンフ・フォルレイン。どこか着物を思わせる服装の、おっとりとした印象の女性。
第六武家、斧の一族。当主は《斧武王》ギリアス・ゼクス・ブライアド。ディフセンさんに似て大柄だが、どこか悪戯小僧のような笑みの似合う男性。
第七武家、槌の一族。当主は《槌武王》ユーエル・ズィーベン・スミスティス。幼い少女にしか見えない、金髪に浅黒い肌のドワーフの女性。
第八武家、鞭の一族。当主は《鞭武王》エレミリア・アハト・シェイレス。ウェーブのかかった金髪の、不敵な笑みの女性。
武王の称号を持っているのは、ここまでの八家だ。
ここから下は、武力はそれほど高くはなく――といっても、当主クラスは僕を余裕で相手取れるほどの実力者だけれども――国に対する貢献度が高い貴族が集っているらしい。
要するに、ここから下は変動が多いので、一年単位で序列や家系そのものが変化したりするらしい。
その辺は、中々にシビアな世界のようだ。
「では、ここからは私が進行する。議題については、既に周知のことと思うが――武家より盗み出された遺物に関してだ」
リーリエルさんの隣に控えるセリエラ姉さんが、円卓の全員へ向かって声を上げる。
その瞬間、空気をゆがませるような強烈な殺気が円卓を押し潰さんばかりにあふれ出していた。
思わず息を飲む――と言うより、呼吸すらままならないような強烈な圧迫感に、僕は思わず頬を引きつらせる。
そんな僕の様子に気づいていたのか、助け舟を出すようにセリエラ姉さんは続けた。
「気持ちは分からんではないが、落ち着け。話が進まん」
そういってセリエラ姉さんが手を叩くと、円卓を充満していた殺気が一瞬で霧散する。
何とか呼吸が出来るようになった現状に、僕は思わず大きく息を吐き出していた。
落ち着かせるようにクレイグさんが肩を叩いてくれる中、会議は僕たちの様子を他所に進行していく。
「武家より遺物を盗み出した男――ネームレスと名乗る仮面の男は、その遺物を使ってそこの人造天使……我が妹であるイリスへの試練とすると宣言した」
澄ました顔をしているが、何故だか僕が妹であることを強調している。
まあ、会議出席者に対する牽制なのかもしれないけど、僕に対してやたら視線が飛んでくるため、正直止めて欲しいところだ。
「わざわざその言葉に従う必要があるのか? 俺らが出りゃ、その試練とやらもさっさと終わらせられるだろ」
「頭を使って欲しいものですね、ギリアス殿」
セリエラ姉さんへ得意げな表情で言い放った第六武家のギリアスさん。
その言葉に対し、メガネの位置を直しながら嘆息して声を上げたのは、第二武家のブランシュさんだ。
どことなく馬鹿にしたような色の混じる彼の声に、ギリアスさんは子供のような笑みを消して唸るような声を上げる。
「オイ、どういう意味だよ陰険メガネ」
「どうもこうも、貴方は現状が分かっていないご様子だ。ネームレスなる男からすれば、奪い取った遺物をわざわざ返す理由もないのですよ? 試練にならないと判断すれば、早々に引き上げることでしょう」
「そうねぇ。過剰戦力を出そうものなら、取り返す機会をふいにしてしまうわ」
やれやれと肩を竦めるブランシュさんに、頬に手を当てた第五武家のネイさんが同調する。
まあ、それは確かにその通りだろう。ネームレスの目的は、あくまで僕を強くすることだ。
もしも試練にならないと判断すれば、ネームレスはすぐさま撤退してしまうかもしれない。
それに、もしもそうなれば、僕を拉致しようと動いてくる可能性もあるのだ。
正直、洒落にならない。しかし、そんな僕の内心など知らないギリアスさんは、どこか苛立った様子で机を叩きながら声を上げる。
「じゃどーしろってんだ? そこの頼りないお嬢ちゃんに全部任せろってのか!?」
「まさか、そこまでは言いませんよ。貴方はどうせ頭が悪いのだから、もっと簡単に考えればいいんです。要は、試練を通じて彼女が強くなれればいい。そうすれば、仮面の男は満足するでしょう」
「ブランシュ。それはつまり、イリスをサポートできる人員が付いて行くということだな?」
「ええ。主体となって戦うべきなのは彼女ですが、未だ未熟な彼女では厳しい部分が多いのも事実でしょう。そんな彼女の未熟な部分を補ってやれる程度の戦力を同行させればいい……幸い、ここに来るまで幾人かの武家と行動を共にしていたようですしね」
さわやかな笑みを浮かべた第二武家の当主様は、セリエラ姉さんの問いに答えつつ、メガネの位置を直しながら僕の方へと視線を向ける。
その瞳の奥に宿る冷たい光に、僕は思わず背筋が粟立つのを感じていた。
腹黒だの何だのと聞いていたけれど、正直この中で一番怖い相手かもしれない。
そんな人物であるブランシュさんは――唐突に、僕へと水を向けてきた。
「さて、イリスさん? 貴方も、馴染みのある面々と行動するほうがよろしいでしょう」
「え、あ、あの……」
どう答えたものか悩み、ちらりとクレイグさんを見上げる。
そんな僕の反応に対し、彼は僅かに嘆息し、僕の視線に対して首肯を返してくれていた。
どうやら、普通に答えても問題はないらしい。
若干断定系で言われた気はするけれども、これに関しては問題ないはずだ。
「……は、はい。これまで一緒に行動してくれた方々と一緒のほうが、戦いやすいと思います」
「よろしい。では、そのパーティで行動することを許可したいのですが……よろしいですかね、閣下」
「必要に応じて戦力を加えたり、彼女自身の判断で変える必要はあるでしょうが……とりあえず、問題はないでしょう」
リーリエルさんからの返答を貰ったブランシュさんは、どこか満足げに頷く。
正直、今のやり取りにどのような意味があるのかは分からないのだけれども、とりあえず気心の知れた相手と一緒に行動できるのは気が楽だ。
周囲の当主さん方が若干苦い表情をしていたのが気になったけれども、とりあえずは安堵の息を吐き出しておく。
「責任問題云々に関しては存分に話し合いましたし、お客さんの前です。無様な話し合いはここまでにするとして――具体的な、今後の話をするとしましょう」
場の流れを支配し、話を続けるブランシュさん。
それに異存はないのか、第一、第三武家のお二人も口を挟まないため、彼の話は遮られることなく続いている。
「奪い去られた遺物は三つ。第一武家からは魔剣を、第二武家からは魔導書を、第三武家からは封印具を。どれも悪用されれば危険極まりないものでありますが……試練として使うと明言している以上、何もないところで暴発させるようなことはないでしょう。まず、どれから回収しますか、イリスさん?」
「う……あの、それぞれがどんなものなのかを聞いておきたいのですが」
「危険度はどれも変わりませんが、機密がありますからね。それぞれの武家で直接話したほうが良いでしょう」
ブランシュさんは、再び僕の方へと視線を向ける。
実際のところ、彼はどれから回収してもいいと考えているのだろうか。
彼のポーカーフェイスは完璧で、何を考えているのかはさっぱり読み取れない。
だが――何にしろ、彼はこの場で僕に答えさせるつもりのようだった。
「――さて、イリスさん。貴方は、どれから回収しますか?」
「ぼ、僕は――」
>1.第一武家:魔剣
2.第二武家:魔導書
3.第三武家:封印具
「……第一武家の魔剣から、回収したいと思います」
ちらりと、当主さんの後ろに控えるセレスさんに視線を向ける。
彼女と知り合いになって、そして第一武家の事情を知った。
正直なところ、彼女の力になってあげたいと思うし、クレイグさんの現状も何とかしたほうがいいと思う。
その辺りに踏み込むためには、やっぱりまずは第一武家の遺物を回収しに行くべきだろう。
その場合、恐らくセレスさんも同行することになるだろうし。
「なるほど……ディフセン殿、何か異存は?」
「無い。順番など些細な問題だ」
腕を組み、瞳を閉じたままの第三武家の当主様は、ただ淡々とそう断言する。
その力強い言葉は、僕を気遣ったためというものではなく、純粋にそう思っているからこその言葉だと思えた。
言葉を聞く限り、ブランシュさんも同じような意見らしく、僕が第一武家を選んだことに異存は無い様子だ。
「では、まず第一武家の遺物の回収から当たってもらうということで……戦力の調整については、セルディ殿にお任せするとしましょう」
「……よかろう。それはこちらで手配しておく」
今の言葉のやり取りに、何か引っかかるものを感じて僅かに眉根を寄せる。
何と言うか……第一、第二、第三武家だけで話をしている感じだ。
他の武家が介入する余地を削いでいるというか、自分たちだけで動こうとしている?
武家のパワーバランスの話なのだろうか。正直、僕だけでは判断しきれないし、下手に触れるのも怖い内容だ。
この場で僕に話さなかったということは、僕が知るべき内容ではないと判断されているのかもしれない。
まあ、状況が分からない以上、下手に突っつくべきではないだろう。
内心でそう考えている間に、セルディさん――クレイグさんの父親に当たる第一武家の当主さんが、僕へと向けて声をかけてきた。
「客人よ。この後、このセレスティアを案内につける。第一武家で詳しい話を聞くといい」
「は、はい、分かりました」
「うむ。では、閣下。客人もひどく緊張している様子だが……このままここで話を?」
「ふむ……そうですね。あまり込み入った話を聞かせるわけにも行きませんし、このままここにいても心休まる暇は無いでしょう。第一武家に案内すると良いでしょう」
「御意……セレスティア」
「承知いたしました、お父様。では皆様、失礼いたします……イリスさんと御一行の方々は、どうぞこちらに」
父親と会議の中心であるリーリエルさんに深く礼をし、セレスさんは歩き出す。
またそれに伴い、僕に同行するクラリッサさんやローディスさんも、リーリエルさんに礼をしてから続いていた。
そして、僕とクレイグさんたちもまた、彼女たちに続いて歩き出す。
――背中に感じるいくつもの視線は、僕が会議場から出るまで、ついぞ途切れることは無かった。
* * * * *
「――人魔の双剣。この第一武家アイン・ガーランドより盗み出された品は、そう呼ばれています」
セレスさんに連れられてやってきた第一武家。
第三武家と同じくどこか実直な、けれどどこにも隙の無い気品を漂わせるような家の中、僕たちは広い会議室のような部屋に案内されていた。
嫌々ながらも付いて来たクレイグさんを含め、この場にはこれまで旅をしてきたメンバーが集まっている。
そしてそんな僕たちを前に、セレスさんは盗まれた遺物の説明を始めていた。
「かつてこの地域を支配していた魔王ガイゼリウス、そんな人物が従えていた最強の魔物。《天魔》、《地魔》……そして、《人魔》。人魔の双剣は、その名の通り《人魔》の素材を元に作り上げられた双剣です」
「魔王の従えていたって……たしか、D指定とかいうやつですか?」
「はい、その通りです。特にこの人魔は、高い知能と戦闘能力を有する強大な魔物であったと伝えられています」
そういって、セレスさんは己の背後を示す。
釣られて視線を向ければ、そこには巨大な絵画が飾られていた。
描かれているのは、四人の人物が大柄な甲冑の人物に挑みかかる姿――いや、あれは甲冑なのだろうか?
黒と紫の混じる、やけにトゲトゲとした、けれどどこか生物的な印象を受ける甲冑。
その両腕からは、両腕に沿うようにして弧を描く、巨大な刃が生えている。
まさか、あれが――
「これは、アイン・ガーランドの初代が、他の武家の先祖と共に人魔と戦った際の情景を描いたものです」
「つまり、この大きな甲冑の人物が……」
「はい、これが人魔であると伝えられています。人魔といっても、これは魔人族とは違う、れっきとした魔物です……御存知ですよね、《冥星》さん」
「……ええ。会ったこともあります。まあ、ガイゼリウスに傅いていましたから、直接話したことはありませんが」
相変わらず、エルセリアの交友範囲は凄まじいというか何と言うか。
まあ、仲が良かったのかどうか走らないけれども、話を聞く限りだとエルセリアとはあまり反りが合わなそうな気がする。
「人魔の双剣か……なるほどね」
「クラリッサさん? どうかしましたか?」
「いいえ、何でもないわ。ともあれ、まずはそれの奪還が任務ということね」
なにやら意味深な様子で頷くクラリッサさんと、そんな彼女を無表情に眺めるローディスさん。
二人の奇妙な様子に、僕とアイは思わず顔を見合わせていた。
よく分からない反応だけど、話す気が無いなら無理に聞いても脱線するだけだろう。
とりあえずそれは脇に置いておくとして、僕はセレスさんに対して声を上げる。
「それで、ええと……僕たちは、どこへ向かえばいいんですか?」
「遺物に縁のある地、ということでしたね。それでしたら、恐らくこの絵に描かれている場所でしょう」
セレスさんの言葉に、僕たちは再び視線を絵画へと向ける。
メインとして描かれているのは登場人物たちであるため、背景はあまり見ていなかったけれども、どうやら山々に囲まれた峡谷のような場所らしい。
流石に、これだけでどこなのかは分からないけれども、恐らく場所は判明しているのだろう。
そんな僕の想像を肯定するかのように、セレスさんは説明を続けた。
「『戦刃渓谷』……そう呼ばれている場所です。場所としては、このディオステアよりも南……そちらに五日ほど進んだ場所でしょうか」
「ちょっと遠いですが、それほどという訳でもない、と。近くに補給地点は?」
「山の手前に町があります。あまり大きくはありませんが、休憩するには十分でしょう」
「戦闘準備には困らなさそうね、安心したわ」
流石に補給無しで戦うとかは考えたくなかったのだけれども、クラリッサさんはその辺も考慮していたのだろうか。
あと、他に聞いておきたいことは――
1.人魔に関する伝承について。
>2.戦刃渓谷の環境について。
3.セレスの同行について。
「あ、そうだ。目的地になる戦刃渓谷って、一体どんなところなんですか?」
「はい。戦刃渓谷は、少々危険な区域として認識されている場所です。このエスパーダの中でも、比較的強力な魔物の跋扈する場所であると言えるでしょう」
「うぇ、面倒そうなのです」
セレスさんの言葉を聞いて、アイは嫌そうに顔を顰める。
かく言う僕も同じ気持ちだ。わざわざ強い魔物のいる地域に行きたいなどとは思えない。
とはいえ、そうも言っていられないのが現状なのだけれども。
とにかく、もう少し情報を仕入れておくべきだろう。
「そんなに強い魔物が多いんですか?」
「と言っても、D指定などと比べたら天と地の差ですけどね。魔王ガイゼリウスが討たれたこの地が強力な魔物を呼び込みやすいように、人魔が斃れた戦刃渓谷も魔物が集まりやすい土地なんです」
「けど、そんな場所の中ってことになるのね……周囲の警戒もしておかないといけない訳か」
「お前さんなら、何も無くても普段から周りを気にしてるだろうに」
クラリッサさんの呟きに、部屋の隅で壁にもたれて腕を組んでいたクレイグさんが半眼で声を上げる。
これまで一度も口を開かなかっただけでなく、死角を消すように壁に背を預けながらの立ち姿。
どうも座る気はないらしいクレイグさんの様子に、セレスさんは複雑そうな表情を浮かべていた。
だが、変に口を挟んでもこじれるだけだと判断したのか、一度目を閉じて心を落ち着け、再び話し始める。
「そうですね。例の仮面の男……ネームレスと言うのでしたか。それがどのような試練を用意しているにしても、回りに対する警戒を怠るわけには行かないでしょう」
「なるほど……参考になりました」
まあ、試練の内容にもよるけれど、周りを警戒できる人に頑張ってもらわないといけないかな。
ともあれ、気をつけるべきことは分かった。
細かい予定なんかはまだ決まってないのだろうけれども、それも近い内に決定することになるだろう。
恐らく、第一武家の当主であるセルディさんが戻ってくる頃には、詳しい話が決定しているはずだ。
僕は、思わず溜息を吐き出す。この胸の中にあるのは若干の不安と――どこか沈んだ表情を見せる、セレスさんを気にする感情ばかりだった。
* * * * *
この日、僕たちは第一武家に宿泊することになった。
外部からの接触を避ける意図があるとのことだったけど、どこまで本当なのかはよく分からない。
当主様もまだ帰ってきておらず、詳しい予定も聞けていない状態。
果たしてこれからどうなるのか、どうにも不安が残っているような状況だ。
アイも色々と気になっているのか、ちょっと悩ましげなうなり声を上げながら、ふわふわと部屋の中を浮遊している。
……どうにも、落ち着かない。
「はぁ……どうなるのかな」
「イリスちゃん、その台詞もう五回目なのですよ」
「おっと……うん、でも、やっぱり気になっちゃうしね」
この世界で目覚めて、あれよあれよと言う間に巻き込まれて、気づけばこんな状況に。
生きていて良かったとは思うし、こうして自由に動き回れるのは幸せなことだと思う。
だけど、こんな状況になるとは露ほども思っていなかった。
本当に、何がどうしてこんなことになってしまったのか。
「……まあ、今更気にしていても仕方ないか」
小さく嘆息して、僕は寝転がっていたベッドから起き上がる。
そのまま立ち上がると、浮遊していたアイが僕の肩に舞い降りる。
「どこか行くのですか?」
「うん、ちょっと話でもしようかと思って」
「話ですか。一体誰と?」
「うん、それは――」
1.セレスティア
2.クレイグ&エルセリア
>3.クラリッサ&エメラ
4.ローディス
* * * * *
「……クラリッサさん、いますか?」
『あら? 珍しいわね、入ってきていいわよ』
ノックして扉越しに呼びかければ、いつも通りの気軽な返事が返ってくる。
けれど、何故だろうか。妙に強い気配が今の瞬間に霧散した気がしたのだけれども。
ちょっと首を傾げつつも扉を開けば、中にはベッドの上で座禅を組んでいるクラリッサさんの姿があった。
そんな彼女から、普段とは異なる強い気配を感じ取り、僕はクラリッサさんへと向けて問いかけていた。
「何だか、いつもとちょっと様子が違いますけど、何してたんですか?」
「ああ、修行よ、修行。ちょっと、私もうかうかしていられないなと思って」
話しながらも、クラリッサさんの気配は再び膨れ上がる。
これは……もしかして、生命力操作の類だろうか。
魔法とは異なる戦闘技術であり、自分自身の身体能力を強化する類の技術。
主に接近戦等をこなす戦士には必須の技術と言われているけど――
「クラリッサさんって、もうその技は得意だと思ってたんですけど」
「んー……まあ、苦手ではないけれど、誇れるほどに習熟していたわけではないわね。私の《練氣》は未だ初歩。私が今訓練していたのは、《闘氣法》と呼ばれる技術よ」
「《闘氣法》、ですか?」
聞きなれない名前に首を傾げつつアイを見れば、彼女は僕の肩の上で胸を張りながら答えてくれた。
ちょっと、説明しようとしていたエメラさんが手持ち無沙汰な様子になってしまったのは内緒だ。
「《闘氣法》はさっき言ってたとおり、《練氣》を更に高めた技法なのですよ。純粋な身体強化、武器強化だけでなく、その純度を高めた上に遠当てとして放つことも可能なのです」
「よく知ってるわね。補足すると、《闘氣法》はある種の通過点でもあるわ。そこから更に己自身にあった形に高め、変化させていく……その果てに、究極の生命力操作に辿り着くと言われているわ」
「なるほど……リーリエルさんなら使えそうですね」
あの人は色々とレベルが違うし、そういった技法も習得しているだろう。
彼女に教えを請うことが出来たら最高だけれども……まあ、流石に無理だろう。
そんなにあっさり許可して貰えるんだったら、この国にはもっとあの人の弟子がいなくちゃおかしい。
まあ、教えを請うのであればセリエラ姉さんに頼めば色々と教えてくれそうだけれども。
あの人、僕には色々と甘いし。
と、そんなことを考えながら沈黙していたのを、クラリッサさんはどうやら別の形に捉えていたようだ。
「ふーん……イリス、貴方もちょっと練習してみる?」
「え? でも、お邪魔じゃないですか?」
「構わないわ。人に教えることで自分を見直す機会になるとも言うしね」
言いつつ、クラリッサさんは僕を招き寄せる。
その言葉に従って近づけば、彼女は自分の隣をぽんぽんと手で叩き、座るように示してきた。
僕がクラリッサさんの隣に並ぶように座ると、彼女はベッドの上をはって移動し、僕を抱え込むような形で腰を下ろす。
お腹に回された手が若干気になるけれど、まあ背中を触られるよりはマシだろう。
「いい、イリス。魔力と生命力は全く異なる力よ。魔力を使う感覚と、生命力を使う感覚は全く異なる。故に、二つを同時に扱うことは非常に難しいわ。魔力と生命力は反発し合う性質があるから、なおさらね」
「でも、クラリッサさんは魔法も使いますよね? 大丈夫なんですか?」
「だからこその修行よ。合一して操ることが出来ないまでも、同時に効率よく使えるようにならないといけないからね……ほら、集中して。私が手を当てた辺りよ」
言われて、僕はクラリッサさんに手を当てられたお腹に意識を集中する。
抱きしめられているようで少し気恥ずかしいけれど、そうも言っていられない。
「感じるかしら? 私が手を当てているところ、徐々に暖かくなってきてると思うのだけど」
「えっと……あ、はい、分かります」
クラリッサさんが手を当てた部分は、その触れている表面だけでなく、体の奥のほうから暖かい何かがゆっくりと込み上げて来るように感じる。
じわじわと、けれど確かな存在感を持つその気配。
それは引っ張り出されるようにゆっくりと、僕のお腹の奥で揺れていた。
「これが生命力。あなた自身の持つ命の力。その名の通り、使いすぎると危ないから注意しなさい」
「はい。えっと……これを動かせればいいんですか?」
「そうね。一度意識すれば、動かすことは難しくないと思うわ。重要なのは、満遍なく全身に行き渡らせること、他の動作をしながらでもそれを自然に行えること、そして――」
「魔法を使いながらでも維持できること、ですね」
「その通りよ。とりあえず動かしてみて、それが出来たら全身に巡らせる練習をしてみなさい」
頷き、今感じた暖かさに意識を集中させる。
アイが僕の様子を確かめるように飛び回る中、僕が意識した生命力は――ゆっくりとだけど、僕の意志どおりに動き始めていた。
とはいえ、まだ自由自在とは言えない。動かそうと意識すると、その場所へと向かってゆっくり移動するというか……ちょっとタイムラグがある感じだ。
まあ、この辺は要練習ということなのだろう。そして、それだけではなく、魔法と反発させないように操らなくてはならない。
流石に、すぐさま習得というわけにはいかないだろう。
「うーん……もうちょっと、練習が要りますね」
「むしろ、その程度で習得できそうな辺りが流石よ。ま、頑張りなさい。使えるようになれば、きっと貴方の力になってくれると思うわ」
クラリッサさんの言葉に、こくりと頷く。
セレスさんの話も少ししたかったけれど、出来ればエメラさんがいない状況で話をしたいし、今回はこれを教われただけでも十分だろう。
僕は満足しつつ、再び生命力の操作へと集中していったのだった。
【Act15:天使と会議――End】
NAME:イリス
種族:人造天使(古代兵器)
クラス:「遺物使い(レリックユーザー)」
属性:天
STR:8(固定)
CON:8(固定)
AGI:6(固定)
INT:7(固定)
LUK:4(固定)
装備
『天翼』
背中に展開される三対の翼。上から順に攻撃、防御、移動を司る。
普段は三対目の翼のみを展開するが、戦闘時には全ての翼を解放する。
『光輪』
頭部に展開される光のラインで形作られた輪。
周囲の魔力素を収集し、翼に溜め込む性質を有している。
『神槍』
普段は翼に収納されている槍。溜め込んだ魔力を解放し、操るための制御棒。
投げ放つと、直進した後に翼の中に転送される。
特徴
《人造天使》
古の時代に兵器として作られた人造天使の体を有している。
【遺物兵装に干渉、制御することが可能。】
《異界転生者》
異なる世界にて命を落とし、生まれ変わった存在。
【兵器としての思想に囚われない。】
使用可能スキル
《槍術》Lv.3/10
槍を扱える。一般的な兵士と同程度。
《魔法:天》Lv.5/10
天属性の魔法を扱える。一流の魔法使いレベル。
《飛行》
三枚目の翼の力によって飛行することが可能。
時間制限などは特にない。
《魔力充填》
物体に魔力を込める。魔導器なら動作させることが可能。
魔力を込めると言う動作を習熟しており、特に意識せずに使用することが可能。
《共鳴》
契約しているサポートフェアリー『アイ』と、一部の意識を共有することが可能。
互いがどこにいるのかを把握でき、ある程度の魔力を共有する。
《戦闘用思考》
人造天使としての戦術的な思考パターンを有している。
緊急時でも冷静に状況を判断することが可能。
《鷹の目》
遥か彼方を見通すことが出来る視力を有している。
高い高度を飛行中でも、距離次第で地上の様子を把握することが可能。
《鋭敏感覚》
非常に鋭敏な感覚を有している。
ある程度の距離までは、近づいてくる気配などを察知することが可能。
《怪力》
強大なる膂力を有している。攻撃ダメージが増幅する。
《並列思考》
同時に複数の思考を行うことができる。
現在のところ、最大二つまで。
《魔力同調》
自分以外の人物の魔力に己の魔力を同調させる。
治癒魔法の効果が向上する。
称号
《上位有翼種》
翼を隠せる存在は希少な有翼種であるとされており、とりあえずそう誤魔化している。




