Act14:天使と休日
ぱちりと、目が覚める。
エスパーダの首都ディオステアに着いて三日目の朝。
眠気が後を引かず、すっきりと目覚めることができるこの体は、いつも決まった時間に目を覚ます。
惰眠を貪れないのは、少し残念かもしれないけれど。
二日目も第三武家に部屋を借りた僕は、変わらぬ好待遇の中で生活することができていた。
正直、若干ながら気が引けるレベルではある。けど、彼らの保護は僕にも必要なものであるし、面倒な相手に目をつけられないようにするには必要不可欠だ。
枕元で寝ていたアイを起こさぬように体を起こし、着替え始める。
と言っても、着替える服もそう多いわけじゃない。正直、インナーと鎧をつけたらそれで終わりだ。
「お洒落とかしてみても……いやいやいや、違う違う。僕はそんなのに興味ない、うん」
時折飛び出してくる少女っぽい思考に、僕は思わずほほを引きつらせながら頭を振る。
何なんだろうか、この思考は。僕は男だと言う自意識は確かにあるけれど、意識は若干中性的な部分を彷徨っている自覚がある。
僕自身の趣味……ということは無いだろう、流石に。
となると、この体特有の何かなのだろうか。アイリスを目覚めさせるためのこの体だ、何かしら仕掛けがあったとしても不思議ではない。
「はぁ……まあ、気をつけよう。変に意識を引っ張られないように」
鎧を装着し、翼を出すのに邪魔をされないかどうかを確認して、僕は小さく頷く。
さて、武王会議は明日……今日一日は自由に行動していいと伝えられている。
とはいえ、武家の誰かと一緒にいなきゃいけないことに変わりは無いのだけど。
「さて、どうしようかな」
恐らく、クレイグさんは今日も訓練漬けだろう。リーリエルさんから修行をつけてもらえる機会を、あの人が逃すとは思えない。
クラリッサさんは……恐らく、クレイグさんと似たり寄ったり。けれど、当主様の都合しだいではもうちょっと融通を利かせてくれるのではないだろうか。
ローディスさんは、きっとこちらの願いを優先してくれるだろう。ちょっと悪い気もするけれど、自由に行動できるならば気も楽だ。
他の武家は……ありなんだろうか? まあ、申し出は何かしら来てるかも知れないけど。
さて、今日はどうしてみようか。
>1.クレイグ
2.クラリッサ
3.ローディス
……まあ、自分の力にできるとすれば、間違いなくクレイグさんの所だろう。
僕自身が体験することはできないけれど、あれ以上の武術を見れる機会なんて早々あるとは思えない。
それに、エルセリアとも魔法の話をすることもできるし――後は、第一武家の話も気になる。
今日も、あの二人と一緒に行ってみるとしようか。
小さく頷いて、僕は眠るアイを拾い上げつつ朝食へ向かったのだった。
* * * * *
さて、昨日と同じ流れで訪れた武王殿。
明日もここに来ることになると考えると、雰囲気に慣れることも出来て一石二鳥と言うべきだろうか。
まあ、僕の緊張はともかく、クレイグさんは僕の判断を手放しで歓迎してくれた。
僕の回復魔法があるのとないのでは、修行の効率はかなり違ってくるのだと言う。
エルセリアの方からは、ポーションの消費量が減るので経費的にも美味しいと言うお言葉をいただいた。
薬箱扱いされている気はしないでもないけれど、僕にもメリットはある訳だし、気にしないようにしておこう。
しかしまあ――
「何だか、レベルの高い人たちばっかり見てるからクレイグさんが普通に見えてくるけど……」
「生まれてから二十年ちょっとでこれだけの技量を有しているのは、無茶苦茶と言っていいはずですよ……剣武帝の方は、何だかんだで長命種ですから、クレイグの何倍も経験を積んでいますが……」
「イリスちゃん、あれは例外のレベルです。真似しちゃ駄目なのです」
「ああ、うん。まあ真似できるとは思ってないけど……」
確かに、強くなりたいと言う思いはあるけれど、自分自身を死の間際に置き続けることは流石に無理だ。
あれはクレイグさんならではの感覚だろう。正直、あの領域で集中力を保ち続けられる気がしない。
その圧力に負けて、すぐにでも距離を開けたくなるだろう。
けれど、クレイグさんはそこでさらに踏み込んでいく。
あの人に遠距離攻撃は無いから、攻撃が届く距離にいなければならないのは当然だけれども――
「……あれ、相手にとっても嫌だろうなぁ」
「相手のペースを崩すのは得意ですね。まあ、彼女には通じませんが」
危険域に積極的に踏み込み、その上で攻撃を重ねていくスタイルは、相手のストレスもかなりのものだろう。
クレイグさんは守りが苦手と言うわけではないけれど、恐らくは攻めの方が得意なのだ。
相手の攻撃を見切り、相手にペースを握らせず、攻撃を重ねていくスタイル。
ぴたりと填まれば、格上であろうと打倒できる攻撃方法だろう。
無論、それで倒せるほどリーリエルさんは甘くないが。
けど、参考になることは確かだ。相変わらずどこにフェイントが含まれているのかは分からないけれど、どのタイミングで踏み込めばいいのか、遠くから見ている分には良く分かる。
実際にあそこにたったら、何もできずにやられてしまうだろうけれど。
感心しつつ、そろそろ回復魔法の出番だろうかと腰を上げ――唐突に、後ろから声がかかった。
「相変わらず、命知らずな剣だな……腕を上げているから文句は言えんが」
「……貴方ですか。昨日はいなかったので、どこかに遠征しているのかと思いましたよ」
「流石にそうは行かんさ。このタイミングだからな」
女性の声――けれど若干低い、凛々しい印象の強い声音。
気配もなく背中に届いた声に驚いて、アイと一緒に振り返り――僕はもう一度驚愕していた。
まず目に入るものは、腰の辺りにまで伸ばされた長い銀色の髪。
背はかなり高いだろう。僕よりもずっと上……下手をすればクレイグさんよりも高いかもしれない。
部分的な鎧と、腰に佩いたサーベルのような剣――どれをとっても印象的だけれど、僕が驚いていたのはそのどれでもない。
彼女は――
「……うそ、ですよね?」
「う、うん、まさかそんな筈――」
「ふふ、その顔が見られただけでも、こうして出てきた甲斐があったというものだ」
僕とアイの言葉を聞き、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
そして、同時に理解していた。彼女は、僕が思ったものと同じ存在であると。
「第三、天使……セリエラ?」
「ああ、その通りだ。第十七天使……確か、イリスと名乗っているのだったな」
第三天使、魔剣使いの人造天使。
セリエラは、機能停止した第一、第二天使を除けば最も長い稼動暦を持つ人造天使であり――僕の、姉ともいえる存在だ。
彼女は驚愕に目を見開く僕の姿を見つめ、どこか寂しげに視線を細めていた。
「やはり、アイリスは目覚めなかったか」
「あ……その、ごめんなさい。僕は――」
「ああいや、謝る必要はない。お前は何も悪いことなどしていないだろう? 元より分の悪い賭けだったのだ。たとえ失敗したとしても、お前を責めるようなことはせんよ」
苦笑し、肩を竦めるセリエラに、僕は小さく安堵の吐息を零す。
その視線の中には、確かに責めるような色は存在しない。
アイリスと再開できなかったことは残念に思っているようだけど、僕を否定するつもりも無いようだ。
「えっと……セリエラさん? で、いいのかな」
「遠慮することは無い。お前は私の妹だ、もっと馴れ馴れしく呼んでも構わんのだぞ」
「……剣武帝の副官たる《剣聖》が何を言ってるんですか」
「《冥星》、貴様の意見は求めていないぞ。さあイリス、呼んでみるがいい、お姉ちゃんと」
「いや、他にも姉はいるじゃないですか……えっと、じゃあ、セリエラ姉さんでどうでしょう」
「む……少し残念だがまあ、よしとするか。ああ、敬語は不要だ」
凄く凛々しい、ぴんと背筋の伸びた立ち姿なのだが、発せられる言葉はかなりフランクだ。
まあ、僕としてもその方が気が楽だし、助かるのだけど。
若干困惑の残る僕の様子を気にしているのかいないのか、セリエラさん……じゃなくて、セリエラ姉さんは上機嫌な様子で頷いている。
「やれやれ、手の早いエステイルの子息に付いて来るかと思っていたが、まさかこちらとはな。《冥星》、貴様の契約者は私の妹に手を出していないだろうな?」
「それなら負担が減っていいんですけどねぇ……」
「心にもないことを言ってるのですよこの褐色幼女」
アイの遠慮の無いツッコミにエルセリアは頬を引きつらせるが、ここで喧嘩するのは危険だと判断したのか、特に言及せず視線を背けていた。
まあ、ローディスさんはともかく、クレイグさんは僕に興味なんて無いだろう。
あれだけエルセリアのこと好き好きオーラ出してるわけだし。
と――そんな僕たちの声が聞こえていたのかいないのか、若干体勢の崩れたクレイグさんが、リーリエルさんに斬られて倒れこんでいた。
「が……ッ!」
「おっと、回復しないと」
その様子を声で判断し、僕は慌ててクレイグさんに駆け寄る。
幸い、寸前で身をよじっていたのか、傷自体は浅い。
これならすぐに塞がるだろうと判断し、僕は回復の魔法を発動させていた。
【――《魔法・天:癒しの陽光》――】
回復魔法と言えど、癒えるまでには若干時間がかかる。
この間は、流石のクレイグさんも大人しく行動を停止していた。
そんな彼の様子を見下ろしていたリーリエルさんは、ふと視線をずらして僕たちがいたほう――そこに立つ、セリエラ姉さんに視線を向ける。
「戻ってきましたか、セリエラ。今度はすれ違いにならずに済んだようですね」
「ああ、今日は運が良かったようだ。尤も、明日にはどちらにしろ会えていたがな」
「そうですね……ああ、イリス。一応ですが、セリエラと一緒にいても構いませんよ。貴方の護衛には十分すぎる実力を持った人材です」
「え? でも、あの、クレイグさんの回復が……」
「昨日使わなかったポーションもありますし、今日の訓練はまだまだ続けられますよ。無論、どちらでも構いませんが」
その言葉を聴き、回復の手は緩めないまま、僕は思考する。
確かに、セリエラ姉さんとは話したいことが色々とある。同じ人造天使――フェリエルを除けば、初めての同胞であり同じ場所で生まれた姉妹だ。
けど、クレイグさんのことを途中で放り出してしまうのもちょっと気が引ける。
どうしようか――
1.セリエラと一緒に行動する。
>2.このままクレイグの訓練を見ている。
うん、流石に、引き受けたことを途中で放っぽり出すのも決まりが悪い。
クレイグさんは本気で頑張っているんだし、この人が強くなるのは僕としても歓迎すべきことだ。
なら、協力すべきだろう。そう判断して、僕は頷く。
「……大丈夫です。今日は、クレイグさんの手伝いをするって決めてましたから」
「おや……隅に置けませんね、クレイグ。随分、好かれているようじゃないですか」
「……《剣聖》殿が怖いので止めてください、閣下。彼女も、俺にそっちの興味なんてありませんよ」
「照れずともいいのですが……イリス、貴方はどうですか?」
「え、僕ですか? いやいやいや、クレイグさんにはエルセリアがいますし」
「ちょっ、何で私が……!」
何やら今更の抗議を上げているエルセリアと、その横でちょっと怖い目線を浮かべながらクレイグさんのことを睨んでいるセリエラ姉さん。
リーリエルさんは、そんな雰囲気などまるで意に介した様子も無く、軽く笑みを浮かべて声を上げる。
「まあ、貴方がそう言ってくれるのがありがたいのは事実です。クレイグ、もう少しで掴めそうなのでしょう」
「……はい、その通りです」
「彼女も、もうしばらく付き合ってくれるそうですよ。ならば、遠慮なく踏み越えなさい」
「っ、はい!」
クレイグさんは力強く返事をして立ち上がる。
傷は完全に癒えている。魔力の巨大なクレイグさんは、治癒魔法を掛けるのが難しい相手だということもあって、僕もいい練習になっていた。
とりあえず動くのに支障がなさそうなことを確認すると、軽くクレイグさんの背中を叩いて笑みを浮かべる。
「頑張ってください、クレイグさん」
「イリス……ああ、見ていてくれ。もう少しで掴めそうなんだ。まだまだこの人の領域には遠いが……それでも」
微笑むクレイグさんはそう告げると、再び剣を構えてリーリエルさんに向き直る。
瞬間、空気はまるでぴんと張った糸のように張り詰め、息をすることすら困難なほどに硬質化していく。
無論、それはただのイメージでしかないけれど――それだけ、クレイグさんの強い意思が伝わってきていた。
何よりもこの鋭い気配に安堵して、僕はエルセリアたちの傍へと戻る。
そしてそれとほぼ同時――クレイグさんは再び、リーリエルさんに打ちかかっていた。
* * * * *
――クレイグには、自覚がある。
己は才のない人間であり、故に第一武家に裏切られたのだと。
大量の魔力は魔法として扱う術を持たず、その大量の魔力に阻害されて生命力の操作も苦手としている。
剣の才能も無才とは言わないが人並み程度。大成するはずが無い、見限られて当然。
だが――目の前にいる己の師は、その剣を認めてくれた。
(分かっている。俺の剣だから認めたわけじゃない。ただ偶然、俺が《剣神》と同じような立場だったからこそだ)
《剣神》ディオスは、クレイグと似たような立場の人間だ。
魔法を操る才を持たず、生命力の操作もあまり得意ではなく、ただ愚直に剣を振ることしかできなかった男。
そんな男が、たった一振りの魔剣を手に古龍を斬り、果ては魔王までも斬って見せたのだ。
リーリエルはその男の背を、ずっと見続けている。己を真っ直ぐと見つめられている訳ではない――クレイグは、そう自覚している。
――構わないと、そう考えていた。
己の進むべき道が、失われないなら。剣を振り、前に進むことができるなら。
だが――
「変わりましたね、クレイグ」
「俺が、ですか?」
「ええ、前にも言ったことですが。前よりもより、生きることへの執念が見えます。以前よりもずっと死に辛くなった身だと言うのに、ね」
「……そうか、そうかもしれません」
己を見つめる者など無く、己を必要とする者など無く、ただ剣神の轍に果てるだけだと思っていた。
だが違う。少なくとも、今は。
何よりも護らねばならない者が――己を必要と言ってくれた、愛しき契約者がいるのだから。
誰にも必要とされなかったから、命を投げ出すことに躊躇いは無かった。
誰かに必要とされたからこそ、より強い力を求めた。
「私の剣と貴方の剣は違う。故に、貴方が辿り着く場所は、貴方自身の答えの先にある。それを忘れないことです、クレイグ」
「俺の、答え」
「来なさい。そして、踏み越えてみなさい」
「……はいッ!」
【――《剣術》――《剣神剣技:剣身一体》――《山積修練》――《練氣》――《剣の轍》――】
強く、強く踏み込む。果てしなく遠い背中へ、手を伸ばそうとするかのように。
その剣は鋭く、そして相手を確実に斬り捨てるつもりで放たれている。
それはある種の信頼だ。《剣武帝》リーリエルならば、この程度の剣で果てるはずが無い。
【――《剣術》――】
そしてその予感は、瞬時に現実のものとなった。
一切の手加減無く放たれた、最高速度の一閃。きっちりと構えながらであったため、その精度もクレイグが頷けるだけのものとなっていた。
だが、その程度のものは児戯でしかないと、リーリエルはクレイグの一閃を完全に受け流す。
そしての防御によって位置の変わったリーリエルの剣は、まるで閃光のようにクレイグへと襲い掛かる。
「っ――」
【――《愚者の狂奔》――《山積修練》――】
だが、目で捉えられない速さではない。
それが可能な程度には、リーリエルも手加減しているのだ。
それを理解しながらも、クレイグは予測できた反撃を見切って躱す。
同じような反撃は、もう何千回と受けてきたのだ。この程度で捉えられることはない。
問題は――
【――《剣術》――】
――それが躱されることは、リーリエルも織り込み済みであるということだ。
クレイグならばこの程度は容易く躱すと理解しているからこそ、彼女は遠慮せず更なる剣戟を重ねる。
その鋭さは、全てがクレイグが最初に放った一閃よりも上。
百年以上の日々を欠かさず鍛錬し続けた、頂点に在る剣士の力。
【――《剣術》――《柔剣術》――《死線舞踏》――《愚者の狂奔》――《山積修練》――《練氣》――】
その剣戟の嵐の中へと、クレイグはあえて踏み込んでいく。
距離を開ければ、それだけ攻撃を受ける回数が増えるだけだ。
ならば、最短距離で相手の手を攻撃を止める――そのために、繰り出される剣の全てを、目で捉えながら先へと進む。
全てに対応できるわけではない。剣速が明らかに違うのだ。クレイグが一撃弾けば、剣を戻す前に新たな攻撃が飛んできているのだ。
弾き、潜り抜け、それすらもできない攻撃は最低限行動に支障が出ない位置へと攻撃を誘導する。
そしてその嵐の先、僅かな隙へと剣を放ち――そこに、リーリエルの姿がないことに気が付いた。
【――《剣術》――《駆け引き:傀儡の空白》――】
【――《死線舞踏》――《愚者の狂奔》――《山積修練》――《練氣》――】
背後から降りかかる剣閃を察知し、咄嗟に回避しようとして――けれど躱し切れずに、肩の後ろに傷を負う。
けれど、それで立ち止まれば更なる攻撃の餌食にされるだけだ。
瞬時に相手の位置を再確認し、クレイグは追撃を受け止めて息を吐く。
(……また、誘われた。この人に隙なんてないことは分かっているのに)
少しずつ、意識の焦点をずらされている。
今は相手の脇腹にばかり意識を集中させられ、そこから攻撃動作を中断しながら動かれただけでこの始末だ。
身体強化をしていないリーリエルが相手なら、身体能力だけならクレイグが上である。
攻撃を受け止めているだけならば簡単だが、この距離で安心できるほどクレイグはおめでたい頭をしていない。
素早く意識と息を整え、剣を弾き返し、さらに駆ける。
(目に――いや、五感に頼るな。意識を向けているだけで、すぐに操られる)
視覚だけではない。聴覚も、触覚も、全てがリーリエルの掌の上なのだ。
それに抗うことが出来るなどと考えるほど、クレイグは楽観的な頭をしていない。
故に必要なのは、それらの感覚に頼らず相手の動きを読みきることだ。
【――《死線舞踏》――《愚者の狂奔》――《山積修練》――《練氣》――】
リーリエルの動きは熟知している。
感覚の中に捉えていれば、対応することは不可能ではない。
そしてリーリエルは、クレイグがそれを成し遂げると信じているのだ。
その期待を理解しているからこそ、クレイグは攻撃を弾き、躱し、受けながらも、確実に彼女へと近づいていく。
(生きることへの執着と、閣下は言った。俺にはそれがあると。それが本当なら、掴める筈だ……ッ!)
常人ならば瞬く間に細切れになるであろう剣戟の嵐の中に、クレイグは再び踏み込んでいく。
リーリエルの放つ剣の一つ一つが、必殺の一撃を放つための布石となっているのだろう。
今のクレイグでは、それを理解することはできない。精々、全体の10%程度といったところだろう。
せめて半分以上を察知できなければ、意識の誘導に気づくことなど不可能だ。
いずれ可能になるかもしれないとしても、今現在の己に不可能なことを求めることはしない。
可能であるとするならば、先ほどリーリエルが告げた言葉にこそヒントがある。
あえて意識の誘導を受け入れ、徐々に徐々に意識を逸らされながら、それでも――
(俺には何が分かる、俺には何が見えている。この、何よりも死に近い場所で――)
一度攻撃を放つ間に返され続ける攻撃に対処する――それは何故か。
(死なないために。敵を打倒し、生きてあいつの元に帰るために。あいつを、死なせないために――)
【――《契約:魂の絆》――】
(――俺は、この死線を踏み越え、生還しなくちゃならない! その為に、強くなり続けてきた!)
攻撃を放ち――そこに、リーリエルの姿がないことに気づく。
最初から誘われていることなど理解していたのだ。今更そこに動揺はない。
だが、致命的な隙であることに変わりは無い。この瞬間、攻撃は放たれようとしているのだから。
――死をもたらそうとする、幾度も見続けてきた刃が、右後方から――
「……ああああああああああああああああッ!」
【――《剣術》――《剣神剣技:絶風》――《死線踏破》――《愚者の狂奔》――《山積修練》――《練氣》――】
刹那、理解する。そして、放たれる攻撃へと、クレイグは最速の横薙ぎを振るっていた。
生命力を纏わせ、刃に触れる空気を弾くことで一切の抵抗を無視する剣神の技。
その一閃は――襲い掛かってきていたリーリエルの刃を、確かに弾き返していた。
「――――っ!」
彼女の目が、驚愕と歓喜に揺れる。
そしてすぐさま放たれた返す刃は同時に放たれ――互いの剣が噛み合った状態で、静止していた。
息を荒げ、それでもじっと前を見据えるクレイグの姿に、リーリエルは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「良くぞ踏み越えました、クレイグ」
「はぁっ、はぁっ……は、はい!」
剣を押し、その勢いでリーリエルは後方へと跳ぶ。
戦意を感じず、それを追わなかったクレイグは、油断無く構えながらもゆっくりと呼吸を整えていた。
血は流れているが、まだ行動に支障があるレベルではない。
確かに、一つの壁は乗り越えたが――まだ終わっていないと、クレイグの直感が告げていた。
「今の貴方なら、対処し切れるでしょう――耐えてみなさい」
「――――っ!?」
膨れ上がる剣気、そして魔力。
彼女が何を成そうとしているのかを瞬時に理解し、クレイグは刃を構える。
これは、剣武帝リーリエルが相対した者に課す最初の試練。
己に挑むだけの力があるかどうかを見極めるための牽制だ。
【――《剣術》――《魔法:風》――《億華繚乱》――《無謬修練》――《無尽無謬無限》――《無音の太刀》――《壱騎倒千》――】
――たとえそれが、一撃で知覚範囲を斬撃で満たすほどの、広範囲殲滅が可能な術式武技であったとしても。
「お、あああああああああああああああああああッ!」
【――《剣術》――《剣神剣技:剣身一体》――《愚者の狂奔》――《死線踏破》――《山積修練》――《練氣》――《生命活賦》――】
クレイグが知覚したものは、己へと同時に襲い掛かる死の群れだ。
斬撃によって押し潰されようとしているかのような圧迫感。そのどれもが、命を奪って余りあるほどの威力と精度を秘めた攻撃。
――その全てを、クレイグは知覚していたのだ。
手が足りない。ならば、それでも構わない。必要なものは生き延びるための最善手であり最短経路。
例え億の斬撃であろうと、風を利用している以上、全てが同時に襲い掛かることなど出来はしない。
故に、クレイグは踏み込む。己を死へと至らしめる斬撃のみを、正確に打ち落としながら。
一つでも失敗すれば死ぬだろう。だが、それを認める訳にはいかない。
己を必要だと言ってくれた彼女を、失うわけにはいかないのだから。
ただその意思だけを胸に、血で地面を濡らしながら――
「――見事です、クレイグ」
斬撃の海を潜り抜けたクレイグは、己の師へと向けて剣を突きつけていた。
答える余裕も無く――それでもただ、生へとしがみ付こうとする執念だけがクレイグを突き動かしている。
血で染まった顔に、意思で燃え上がる瞳を輝かせながら。
「貴方は、成し遂げたのですよ」
「俺、は……」
「ええ……十分な成長です。クレイグ、よく頑張りましたね」
その言葉を聞いて――クレイグは、剣を取り落としてその場に崩れ落ちていた。
意識が薄れる。誰かが駆け寄る気配を感じる。
その希薄な意識の中で――どこか、懐かしい声を聞いたような気がした。
* * * * *
目の前で繰り広げられた光景は、僕が反射的に《絶対防御》を展開してしまうほどのものだった。
吹き荒れる斬撃の嵐は、一撃でも受けてしまえば死が確定していると言えるほどの攻撃力だ。
とはいえ、そんな乱雑に放たれたように思われる攻撃も、リーリエルさんは完璧に制御していたんだろう。
僕がアイとエルセリア、セリエラ姉さんを庇うように展開した《絶対防御》には、一発の攻撃も命中していなかった。
「……うわぁ」
「え、これ人類ですか? これ人類なのですか?」
「驚いただろう、イリスよ。伊達に私が上官と認めた相手ではないぞ。しかし……まさか、あの若さで《億花繚乱》に挑める人間が現れるとはな」
「《億花繚乱》……それが、この術式武技?」
「うむ。やっていることは単純だ。風の刃を知覚範囲内の好きな場所に発生させているだけだな。だが、風刃の切れ味は己の斬撃を参考にしているし、その名の通り億の斬撃を一度に放つことができる。本人曰く、小手先の技と言うことらしいがな」
「これが小手先って……」
信じがたいとか言う領域を通り越して意味が分からない。
一体どうしたら、これほどの力を手に入れることが出来ると言うのか。
そして――どうしたら、剣一本でこの攻撃の嵐を潜り抜けることが出来ると言うのか。
「クレイグ……!」
小さく、エルセリアの声が聞こえる。
憎まれ口は叩くけど、やっぱりクレイグさんのことが心配だったのだろう。
刃の雨を潜り抜けてリーリエルさんへと剣を突きつけたクレイグさんの姿に、エルセリアは安堵とも心配とも取れるような声を上げていた。
と――流石に感心している場合じゃない。昨日から続けている訓練の中でも、間違いなく一番の重傷だ。
僕はすぐさま《絶対防御》を解除して、血まみれになっているクレイグさんのほうへと向かう。
そして、その直後に、クレイグさんはその場に崩れ落ちていた。
これは流石に、急いで治療しないと――
「――お兄様っ!?」
「うん?」
その瞬間、響いた声に僕は目を見開いていた。
この中庭じゃなく、外のバルコニーのようなところだろうか。
若干上から聞こえた声は、中庭を見下ろせる窓の辺りから響いたようだった。
少し気になったけど、今はそれを気にしている場合じゃない。すぐにクレイグさんの治療に取り掛からないと。
「けど、これは流石に……」
クレイグさんの状態を確認して、僕は思わず顔をしかめていた。
ちょっと、ダメージが大きすぎる気がする。
死なない程度に手加減していたのかもしれないけど、放っておけば死ぬレベルの怪我だ。
僕はすぐに治療を開始しながら、エルセリアに向けて声を上げていた。
【――《魔法・天:癒しの陽光》――《魔力同調》――】
「エルセリア、ポーションも用意して! 僕だけだと治すのに時間がかかる!」
「分かりました、すぐ持って行きます!」
少し慌てて荷物をあさり始めるエルセリアの様子に満足して、僕はクレイグさんの治療を続ける。
治癒魔法は、とにかく魔力を注ぎ込めばいいってものじゃない。
必要なのは、相手の魔力に同調することだ。それが出来なければ、治癒魔法は適切な効果を発揮しない。
幸い、昨日から何度も続けていたおかげで、魔力への同調はすっかり習熟したけれども。
集中は絶やさないようにしながら、僕は視線を先ほど聞こえた声の方向へと向ける。
生憎、その場には既に人の姿は無かったけれども。
「けど、さっきの声は……」
「イリスちゃん、持って来ましたよ。かければいいですか?」
「あ、うん。お願い」
ポーションを持ってきたエルセリアに治療への参加をお願いして、僕はもう一度クレイグさんのほうに集中する。
下手をすれば死んでもおかしくなかった、先ほどの攻撃。
クレイグさんは、それを全て捌ききり、リーリエルさんのところまで辿り着いていた。
訓練のときと同じように、自分が死なない攻撃は全て無視しながら。
「……ホント、無茶するね、この人は」
「全くです。こっちの身にもなって欲しいですよ」
「あはは、やっぱり心配なんだね」
「むぐ……ち、違いますよ。契約を交わしてますから、こいつが死んだら私まで巻き込まれるからってだけです」
褐色の肌なのに分かってしまうほど顔を赤くして、エルセリアはそっぽを向く。
そんな様子に小さく笑いながら顔を上げ――僕はふと、セリエラ姉さんが背中を向けていることに気が付いた。
そのまま建物のほうへと歩いていく姉さんの様子に、僕は首を傾げる。
あの人が、僕に何も言わずにどこかへ行ってしまうとは思えなかったのだ。
一応、クレイグさんの治療は一通り済んでいるけれど――
>1.追いかけてみる。
2.起きるまで待つ。
幸い、クレイグさんの治療自体はほぼ済んでいる。
後は増血剤を飲ませたいところだけど、気絶している現状ではちょっと難しい。
口移しとかは流石に勘弁して欲しいところだ……エルセリアに頼めばやってくれるかもしれないけど。
ともあれ、この状態ならもう処置の必要はないだろう。
まだ見えているセリエラ姉さんの背中から視線を外し、僕はリーリエルさんの方へと向き直っていた。
「あ、あの!」
「気になるのでしたら、構いませんよ。先ほども言いましたが、セリエラと一緒なら問題はありません」
「は、はい。ありがとうございます!」
「ええ。ほら、急がないと見失ってしまいますよ」
「あっと……エルセリア、後はお願い!」
「あ、ちょっと、イリスちゃん!?」
エルセリアに一言断って、僕はアイを引きつれ急いでセリエラ姉さんの背中を追う。
幸い、それほど時間は経っていなかったおかげで、僕はすぐに追いつくことが出来た。
姉さんも僕の気配は感じていたのか、軽く笑みを浮かべながら振り返る。
「やはりこちらに来たか、イリス」
「ちょっと、気になったから……セリエラ姉さんも、気付いていたの?」
「あの声が聞こえずとも気付いていたさ。元より、何度か見に来ていたことがあったからな」
先ほど聞こえた、聞き覚えのあるあの声。
つい最近聞いたばかりだ。印象的な出会いでもあったし、忘れるわけがない。
あれは間違いなく、あのときの女の子の声だろう。
「咄嗟に声を出してしまったのだろうな。全く、あの程度の怪我などしょっちゅうしているだろうに……ほら、そこの階段だ。ちょうど降りてくるぞ」
「その気配察知、便利なのです」
指で天井から階段へと指し示すセリエラ姉さん。
その指の動きに従うかのように、響く足音はどんどん近くなっていった。
そして――姉さんの指が階段の手前にまで来た瞬間、そこから一人の女の子が飛び出してくる。
昨日見たのと同じ、赤いリボンが印象的な黒髪の少女――確か、名前は。
「セレス。冷静さを心がけろと私は言ったはずだがな」
「っ!? け、剣聖様……申し訳ありません、お見苦しいところを」
「ああ、構わん。お前が取り乱すところなど、あの男絡み以外には見ないからな。ある種新鮮ではあるさ」
どうやら、彼女――セレスティアさんと、セリエラ姉さんは知り合い同士であるらしい。
まあ、姉さんは剣武帝の副官で、セレスティアさんは第一武家の跡取り。さらには二人とも剣使いなのだ。
多少交流があったとしても不思議ではないだろう。
「さてセレス、あの男のところに行くつもりか」
「それは……その」
「顔を合わせても話せることなどないだろうに。気にするのも分からなくはないが、突発的に会うのは止めた方がいいだろう。どうせ、後々嫌でも行動を共にするんだ」
「え? 姉さん、それって?」
後で、と言うとあまり遠い話には聞こえないけど……正直、行動を共に出来るような仲の状態にも思えない。
そんな僕の疑問の声に、セリエラ姉さんは肩を竦めつつ答えてくれた。
「第一武家から盗み出された《人魔の双剣》。それを取り戻すのに、第一武家が動かん訳にもいかんだろう。あれの回収には、セレスもお前たちに同行することになる」
「……それ、大丈夫?」
「さてな、本人たち次第だろう。尤も、この小娘が気にし過ぎているだけにも思えるがな」
僕とセリエラ姉さんの距離の近い会話に疑問符を浮かべていたセレスティアさんだけど、その言葉には反応せざるを得なかったようだ。
ばっと顔を上げ、目を見開きながら強く問いかけの声を上げる。
「私が、気にしすぎている? どういうことですか?」
「どうもこうも、奴の剣を見て分からなかったか。奴は既に、第一武家と言うしがらみを捨てて己の道を歩き始めている。良い感情があるわけでもないだろうが、取り立てて恨みを抱いているわけでもないだろう」
その言葉に、僕は納得して小さく頷く。
恐らくそれは、エルセリアの影響だろう。ローディスさんも、今のクレイグさんは丸くなったと言っていたし。
恨みがないのなら、ある程度接しやすくはあるのかもしれない。
――けれど、と僕は思う。それは、好きや嫌いの領域ではなく、『無関心』というある種最悪の領域に入ってしまっているのではないか、と。
エルセリアに出会って、それまでの感情に折り合いをつけて、第一武家のことを気にしなくなったのだとしたら。
「……アイ、これ結構根深そうだね」
「関わるだけ面倒くさそうなのですよ?」
「でも、もし同行するんだったら、ギスギスされても困るし……」
「まあ、それは……確かにそうなのです」
もしも一緒に旅をすることになったとして、クレイグさんと顔を合わせるたびに気まずくなられるのはちょっと困る。
小さく嘆息し、僕はセレスティアさんへと向けて声を上げる。
「あの、セレスティアさん? 僕のことは、知ってますか?」
「……ええ。貴方にもご迷惑をおかけしています、イリスさん。貴方の立場については、既に父から伝え聞いております」
「いえ、迷惑なんて……悪いのはあの仮面ですから」
僕が巻き込まれているのは間違いなくあの変態仮面のせいだから、彼女に謝られる理由はない。
クレイグさんのことでちょっとナーバスになっているのだろうか。
「えっと、それで……ちょっと込み入った話になってますけど、結局セレスティアさんはクレイグさんと仲直りしたいと言うことでいいんですか?」
「仲直り、と言いますか……昔のように戻りたいと言うのがそれに当てはまるのならば、私は仲直りをしたいのでしょうね」
まあ要するに、クレイグさんと仲良くしたいのだろう。
この人は、決してクレイグさんを嫌っていない。と言うより、好いているのだろう。
聞いていた第一武家の印象とは違うけれど、それに関しては悪いことじゃないと思う。
それに、この人が付いてくるというのであれば、出来ればギスギスした関係は止めておいて欲しいところだ。
正直、そんな環境のまま戦いに行くのは危険だろうし。
さて、これを解決するために少し話をしておきたいけれど、セリエラ姉さんを含めて何か情報を交換できないだろうか――
>1.第一武家の立場について。
2.旅への同行について。
3.クレイグの感情について。
「ちょっと気になったんですけど、第一武家としての立場としても仲直りはしたいんですか? クレイグさんとエルセリアは、第一武家が裏切ったっていう認識みたいですし、そこのところを何とかしないと難しいと思うんですけど」
「それは……その、少し難しいと言いますか、複雑と言いますか」
僕の疑問の言葉に対し、セレスティアさんは眉根を寄せてはっきりとしない言葉を口にしていた。
その様子に僕が首を傾げると、彼女は観念したように嘆息し、ゆっくりと続けてきた。
「……私やお父様は、個人として仲違いを解消したいと思っています。ですが、第一武家は謝罪できない……と言うより、感謝されるべき立場である、と言わなくてはならないのです」
「あんなに無茶苦茶な感じに人格を歪めておいて、感謝しろって……どういうことなのですか?」
「アイ、遠慮なさ過ぎ」
たしなめるも、実際のところ僕も同意見ではある。
第一武家として、仕方のない選択であったということは理解しているけれど、クレイグさんがああなってしまった原因は間違いなく彼らだ。
それなのに、感謝しろと言ってしまうのはどうなのだろうか。
若干視線に非難の色が混じってしまったのか、セレスティアさんは少し沈んだ表情で声を上げる。
「第一武家は、確かにお兄様を後継者候補、および第一武家から除名しました。しかし完全に縁を切ることはなく、お兄様が成人されるまでは住居、使用人の手配といった生活の支援も行っていたのです」
「気づいた時にはああなっていたそうだがな。きっちりと使用人を厳選しすぎたのも仇になったか」
「ええと……つまり、後継者に出来ない相手にもかかわらず温情をかけて世話をして、稼げるようになるまで支援をしてあげた立場上、自分たちから謝罪をすることはできないと?」
「第一武家は、それだけ大きな面子があります。この国を支える武家の頂点として、崩してはならない立場が……これ以上お兄様相手に下手に出た立場を取ったら、どれだけ非難の的になるか」
凄まじく面倒な立場だと思えてしまうけれど、彼らは彼らで背負っているものが違うのだろう。
僕の感覚ではあまり理解はできないけれども、軽はずみな発言をしていい重みではない。
けれど、それだけに難しい……仲直りはして欲しいところだけれども、あのクレイグさん相手に、簡単にその意思が伝わるとも思えない。
二人きりで話をしたとして、果たして会話がきちんとできるのかどうか。
かといって、正式な場――他の武家の人がいるような場所では、そういった話をすること自体が難しい。
「うーん……」
「ごめんなさい、こんな話をしてしまって。貴方は、もっと気にしなければならないことがあるというのに」
「あ、いえ……僕も、仲直り出来るならして欲しいと思ってますから。一緒に旅をするんですし、その時になったら出来るだけ協力しますよ。僕に武家の立場なんてないですし」
「あ……ほ、本当ですか!?」
「はい。クレイグさんも恩人ですし、あんまりギスギスした状態で旅をして貰いたくないですから」
僕がそう告げると、セレスティアさんはクールなかんばせに綻んだ表情を浮かべ、僕に対して大きく頭を下げてきた。
「あ、ありがとうございます! 私のことはセレスと呼んでください!」
「あはは……よろしくお願いします、セレスさん」
苦笑する僕の隣では、セリエラ姉さんがうんうんと頷いている。
もしかして、僕にこれをさせたかったのだろうか。
セレスティアさん……もとい、セレスさんとはちょっと仲がいいみたいだし、気にしていたのかもしれない。
さて、セレスさんをクレイグさんと仲直りさせることに協力するのはいいとして……まず、どうするべきだろうか。
1.クレイグの意思を確認する。
>2.協力者を探す。
3.とりあえず会わせてみる。
「とりあえず……セリエラ姉さんは、セレスさんの願いに賛成ってことでも?」
「ふむ。まあ、私は中立といった所だが……協力するのは構わんぞ。お前も気にしているようだしな」
「うん、ありがとう。出来れば、仲間のメンバーで協力してくれる人が欲しいところだけど」
さて、僕だけでは手に余る内容であることは確かだし、誰かの助けが欲しいところだ。
けど、先ほどの話を聞いた感じでは、あまり武家には伝わって欲しい話ではないみたいだし。
しかし、そうなると――
「……殆ど武家なのですよね、イリスちゃんたちのパーティ」
「クレイグさんを除くとエルセリアぐらいなんだよね……協力得られるかな」
「正直、難しいと思うのです」
エルセリアが協力してくれるのであれば、かなり心強い仲間となるだろう。
クレイグさんに最も距離が近く、あの人のことを熟知している。
クレイグさんとの仲を修復するなら、的確な助言をしてくれるだろう。
問題なのは、エルセリア自身も第一武家に対していい印象を持っていないことと、殆どクレイグさんと一緒にいて離れるタイミングがないことだろう。
内緒話をするにしても、タイミングを選ばなくては不審がられてしまうだろう。
そんな風に頭を悩ませる僕とアイの様子に、セリエラ姉さんは苦笑した様子で言葉を投げかけてきた。
「例え武家だとしても、外に話を漏らさないなら問題はないだろう。セレス、そうだな?」
「は、はい。これを問題として槍玉に挙げないのならば……」
「となると……クラリッサさんかな」
「なのですね」
今回の問題は、第一武家の立場に関わる内容となってしまっている点だ。
下手に突かれれば国まで混乱しかねないからこそ、セレスさんは足踏みしてしまっているのだろう。
他の武家に知れれば、序列の上昇を狙いそれを利用してくるかもしれない。
けれどその点、第三武家ならそれほど問題はないだろう。
第三武家にはお邪魔してるし、あの人たちが武家の序列になど執着していないことはよくわかっている。
そもそも、序列を上げたいなら文官を雇えばいい話なのだし、その辺りは全く気にしていないのだろう。
まあ、仮に協力してくれたとして、果たして複雑な問題に頭を悩ませてくれるかどうかと言う不安もあるのだけれども。
そしてローディスさんは……正直、よく分からない。
あの人の本音が見えないと言うか、どこまで本気で話しているのか良く分からないのだ。
僕の話は確かに良く聞いてくれるのだけれども、第四武家としての立場も良く分からない。
今回は彼について行くことはなかったし、正直不透明すぎて不安なのは否めないだろう。
他の協力者は――正直分からないとしか言えない。セリエラ姉さんは誰か知らないだろうか。
とりあえず、協力を求めるとしたら――
1.エルセリア
>2.クラリッサ(+エメラ)
3.ローディス
まあ、最初に意見を求めやすい相手といえば、やっぱりクラリッサさんか。
エメラさんもいるし、恐らく冷静な判断もしてくれることだろう。
どの程度深く首を突っ込んでくれるかという不安もあるけれど、少し協力してくれるだけでも十分だ。
「……じゃあ、少しクラリッサさんにも協力を要請しようと思います」
「クラリッサ……ドライ・オークスの、ですか。確かに第三武家ならば、エスパーダを混乱させるような選択肢は取らないでしょうね」
「はい。出来ればエルセリアに協力してもらいたい所ですけど……やっぱり、難しいですしね」
「エルセリア、というと……あの、魔人族の少女ですか。随分とお兄様と親しい様子でしたが……彼女は、一体?」
「あ、ええと……」
どうしようか。二人の関係について今更突っ込むつもりも無いけれど、どうしようもなく人聞きが悪い。
かと言って、説明せずに付いて来てしまったら、それはそれで大変なことになりそうだし……とりあえずアイが下手なことを口走らないように注意しつつ言い訳を考えていたところで、セリエラ姉さんが助け舟を出してくれた。
「《冥星》か……あいつは、そうだな。クレイグを救った女だろう」
「お兄様を救った? どういうことでしょうか?」
「そのままの意味だ。狂気の剣に斃れようとしていたあの男を、辛うじてではあるが正気に戻したのは、紛れも無くあ奴だろう。一体何が、あの男に響いたのかは知らんがな」
確かに、それはその通りだろう。
クレイグさんの過去の話を聞いたとき、僕はとてもその内容を信じることができなかった。
今のクレイグさんを見ているだけでは、そんな様子なんて想像もできなかったからだ。
一体何が、クレイグさんを正気に戻したというのだろうか。
二人の仲を修復するなら、それを知ることも重要かもしれない。
「ともあれ、《冥星》がいなければあの男も生きてはいないだろう。感謝しておいたほうがいいぞ、セレス」
「は、はい……分かりました」
目を見開いて首肯するセレスさんに、僕は小さく安堵の吐息を零す。
流石に、今以上に険悪になるのは勘弁して欲しかったし。
エルセリアから話を聞くのは……今は、少し難しいか。エルセリアも、セレスさんの気配には気づいてたみたいだし。
今から出て行くのは少し危ないかもしれない。
「さてと……それじゃあ、機会があればクレイグさんやエルセリアから話を少しでも聞いておきます。一緒に旅するときになったら、よろしくお願いしますね」
「ええ、よろしくお願いします、イリスさん……本当に、お世話になります。このご恩は必ず」
「あはは、気にしすぎですってば」
とはいえ、ネームレスのことも考えなければならないし、仕事は多い。
セレスさんには気づかれぬように嘆息しながら、僕は明日の武王会議へと思いを馳せていた。
* * * * *
さて、午後ではあるが――クレイグさんはどうやら死力を振り絞ったらしく、傷は癒えたもののまだ動けるような状態ではなかった。
正直、一歩どころか半歩間違えただけでも死にかねないような訓練をしていたのだから、それで済んでいるだけでも凄まじいと思えてしまう。
一応、多少動く程度ならば問題ないみたいだけど、訓練はもう無理なようだ。
「……ホント、ギャップが凄いなぁ」
「ですです」
エルセリアに膝枕して貰いながら寝転んでいるクレイグさんの様子に、僕はアイと頷きあう。
あの凄まじい剣術を見た後だと、何とも言えない感想しか出てこない。
例の件は気になるけれど、あの様子だと声をかけるのもちょっと憚られる。
まあ、午後の行動は――
1.このままクレイグたちと。
2.クラリッサと合流する。
>3.ローディスが来る予定。
4.セリエラと一緒に行く。
一応、ローディスさんと行動することになっている。
彼曰く、クレイグさんではどうせ訓練漬けで、僕の案内だとかは全くやらないつもりだろうということらしい。
正直、完全に当たっているのでどこにも否定できる要素がないのだけれども。
まあ、あの人は僕の希望に合わせて行動してくれるらしいし、多少自由に動き回ることができるだろう。
そんなことをぼんやりと考えながらクレイグさんたちの様子を眺めていたちょうどその時、背後の方向から誰かが近づいてくる気配を感じ取っていた。
「お、到着みたいだね」
「あんまり待たされなくて良かったのですよ」
僕の頭上をひらひらと飛び回るアイの言葉に苦笑しながら、僕は勢いをつけて立ち上がる。
お尻に付いた砂埃を叩き落としつつ、ぐっと伸びをしてから背後へと。
そこには、周囲の様子をぐるりと眺めてから僕のほうへと視線を向けるローディスさんの姿があった。
彼は僕の顔を見て嬉しそうな笑みを浮かべると、綺麗な動作で一礼してみせる。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません、イリスさん。ただいま到着しました」
「ああいえ、僕の方が付き合って貰ってる側ですし……ローディスさんも忙しいところ、ありがとうございます」
「いえ、僕はそれほど忙しいわけではありませんから。お気になさらず」
にっこりと笑って告げるローディスさんに、僕も頷く。
やっぱり気を使われている様子でちょっと申し訳ないけれども、動きやすい状況というのはありがたい。
ずっとクレイグさんの訓練を見ているのは色々と為になったけれども、やっぱり少し退屈だったし。
まあ、おかげでかなり色々と見ることができたし、不満があるわけではないけれど。
「しかし……彼はまた、どうしてあのような状況に? 随分と消耗しているようですが」
「あれは、リ……剣武帝閣下の術式武技を受けてあんな感じに」
「……閣下の、術式武技?」
僕の言葉を聞き、ローディスさんの声のトーンが一段下がる。
そんな彼の様子に首を傾げつつも、僕は首肯していた。
まあ、色々と信じがたいことは事実だけれども、本当にやったんだから何もおかしいことは言っていない。
「はい。何だかもう良く分からないレベルでしたけど……あの攻撃の群れをギリギリで凌ぎ切って、剣武帝閣下に接近しました」
「しかも、凌ぎ切ったんですか!? 何と言う……」
「まあ、そんな理由でお疲れみたいです。今日はもう訓練もしないみたいですね」
「いえ、それどころの話では……ああいえ、問題ありません。そうですね、今は気にすることではないでしょう……」
ちょっと引きつった表情でぶつぶつ呟いていたが、まあ信じられない話だし、無理もないだろう。
軽く苦笑する僕の表情に、ローディスさんは一度深く息を吐き出して――顔を上げた時には、普段どおりの表情に戻っていた。
「見苦しいところをお見せしました。さて、イリスさん、今日はどちらに?」
「あ、はい。そうですね――」
>1.街を見物。
2.第四武家を見てみたい。
「やっぱり、街を見てみたいです。まだ見物できてないので」
「……クレイグ。貴方は、ずっとここにイリスさんを拘束していたんですか」
「悪かったとは思ってるよ」
エルセリアの膝枕の上でひらひらと手を振りながら、クレイグさんは苦笑交じりの声を返す。
どうやら、まだ動き回れるほどではないものの、普通に喋れる程度には回復したらしい。
そんなクレイグさんは、ローディスさんの言葉に対して笑みつつ声を上げる。
「けど、イリスだって分かっていてここに来ていたんだろう? 俺としても助かったし、付き合わせちまって申し訳ないとは思ってるが、イリスなりに求めるものがあったことも事実なんだろうさ」
「まあ……それは、確かに」
クレイグさんとリーリエルさんの戦いや、エルセリアからの魔法の教唆は中々に有意義なものだった。
結構色々と学ぶことができたし、実戦でも使えるようになっているだろう。
そう考えれば、この二日間は非常に為になったと言えるはずだ。
しかし、そんな僕とクレイグさんの様子に、ローディスさんは嘆息を零す。
「全く……どうして貴方はそう……」
「説教なら後にしてくれ、今は膝枕を堪能してるんでな」
「何を言ってるんですかこのバカは」
「冷たいねぇ……まあとにかく、俺はこの様だ。イリスの案内はそっちに任せる」
「分かっていますよ、全く……イリスさん、行きましょう。このディオステアをご案内します」
呆れた様子で嘆息したローディスさんに促され、僕は一度クレイグさんの方に礼をしてから中庭を後にしていた。
武王殿の中では相変わらず注目されてしまうけれど、流石に二日目だし多少は慣れたかな。
それでも、周囲から注目されている状態を感じながらもそれを受け流していた僕に対し、ローディスさんが声を上げる。
「さて、イリスさん。今日は僕がご案内しますが……街を見るにも、貴族街と外周区の一般街があります。流石に、午後だけでは両方と言うわけにはいきませんから……どちらを見てみますか?」
「それって、どう違うんですか?」
「そうですね……まあ大まかに言えば、店の高級さでしょうか。おおよそ、貴族街の店が高く、一般街の店が安いと思っていただければ」
ふむ、まあ大体イメージ通りということだろうか。
僕自身はお金を持っていないわけではないけれども、それほど多く持っているというわけでもない。
でも、別に何か買わなきゃいけないという訳でもないし、何かしら参考になるようなものもあるかもしれないかな。
さて、どちらかといえば――
>1.一般街
2.貴族街
あんまりこの辺のいるのも落ち着かないし、どちらかといえば活気があるほうが好みだ。
僕の情報を持っている武家の人がいるかもしれないし、どちらかといえば一般街の方がリラックスして過ごせるだろう。
「一般街にしたいです。お金も、そう沢山ある訳じゃないですし」
「多少なら僕が奢りますがね」
「あはは、お世話になるのも悪いですから」
奢ったり奢られたりの感覚は、正直よく分からない。
正直、あんまり高いものを奢られても申し訳なく思ってしまうし、何か装備とかになったら尚更だろう。
借りを作りたくない、と言うべきか。
まあともかく、ここは僕でも手の届く一般街がいいだろう。そんな僕の考えを読み取ったのか、ローディスさんはいつも通りのさわやかな笑みで続けた。
「分かりました、ではお連れしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げれば、ローディスさんはどこか、嬉しそうな笑みを浮かべたような気がした。
* * * * *
ディオステアは、やはり僕がこれまで足を運んできた街の中では破格の大きさを持っている。
それだけ多くの物も集まり、そして多くの人も集まっている。
一ついえることは、この街に集まってきている人の多くは、戦闘能力を持った人が多いということだ。
僕はまだまだ未熟であり、その辺りのことを察知する能力も低いけれども、それでもある程度気配は感じ取れる。
遺物を使わない僕程度なら簡単に倒せるであろう人々が、この街には沢山いるのだ。
「やっぱり人が多いですね、こっちは」
「ええ。この土地は、危険であるだけに多くの人間が集まりやすい場所であると言えますから。何故だか分かりますか」
「え、理由ですか?」
どこかからかうような口調で問題を出してくるローディスさん。
彼の言葉に若干眉根を寄せ、僕は虚空を見上げて黙考を始める。
やっぱり、この街の特徴と言えば、先ほどと同じく強い人間が多いこと。
そしてその理由は、この地域には強い魔物が多く生息していて――
「えっと……強い魔物の素材を求めて、コントラクターの人達がやってくる、とか」
「ふむ。そうですね、半分は正解と言えるでしょう」
「半分ですか?」
「はい。正確に言えば、その素材を取り扱いたい商人や鍛冶師もこの街を訪れます。必然的に、この街には強い素材と装備の製造環境が整えられ――」
「それがまた、コントラクターの人達を呼び込む元になる、と」
無論、危険はあるだろう。
魔物が強い地方であるだけに、行商は難しいだろうし、仕入れだって大変になるはずだ。
ランクの低いコントラクターでは、街にたどり着くことすらできないかもしれない。
つまり、この街はある種の登竜門――コントラクターたちにとっては、憧れの地であるとも言えるのかも知れない。
「強者はエスパーダを、真の強者はディオステアを目指す。他の国からすれば頭の痛い循環であるかもしれませんが、この国はそうして発展しているんです」
「成程……」
街に集まる人が強ければ、当然それを取り締まる騎士団も強くなくてはならない。
まるで競い合うように強くなる国――他の国にとっては悪夢のような存在かもしれない。
まあ、自国の制御で精一杯で、戦争なんかしている余裕はないらしいけれども。
しかし――
「……あの仮面の男は、その強い国の中に入り込んで、貴重な遺物を盗んだんですよね」
「それは……否定は、出来ませんね。武王の方々が不在だったとはいえ、ああも容易く盗み出されるとは」
「え? 不在だったんですか?」
「はい、その通りです。D指定の魔物の出現したとの報告が入り、剣、術、拳の三武王が対処に当たったと聞いています」
……D指定って、確か一匹で街一つあっさり壊滅させるような化け物じゃ。
いや、この国でも頂点に近い武力を持っている三人なんだから、それぐらいは出来るのか。
戦っている姿は一度見ただけだけれども、本当に人間なのかと問いたくなるような人達だ。
「剣武帝閣下もご公務があったらしいですから……タイミングを狙ったのか、或いは――」
「……D指定の魔物を操れるなんて、考えたくも無いんですけど」
「同感です。まあ、決め付けるには証拠も足りませんし、とりあえず可能性程度に考えておくべきでしょう」
苦笑するローディスさんの言葉に、こくりと頷く。
そして、肩の上で買ったお菓子を食べているアイと視線を合わせて、僕はローディスさんに聞こえないように小さく呟いていた。
「どう思う、アイ?」
「若干きな臭いのは確かですが、素で強大な魔物を操れるのは魔王級の魔人族――即ち、あの剣武帝と同等レベルの存在ぐらいです」
「……あんまり、考えたくは無いね、本当に」
あの仮面の男がリーリエルさんと同レベルの実力者だなんて言われたら、正直絶望的としか言いようがない。
僕は思わず溜息を吐いて――それを聞き取ったローディスさんに、声をかけられていた。
「やはり、明日のことが気になりますか?」
「え?」
「レディに溜息を吐かせるなど、エスコート役として失格ですが……時折、気にされているようでしたからね」
「それは、まぁ……」
今考えていたのは違うことだけれども、明日の武王会議がプレッシャーなのは事実だ。
ひとまず味方であるとは言われているけれども、果たしてどれほどの実力者に囲まれることになるのか。
と――そこでふと思いついて、僕はローディスさんに対して問いかけていた。
「そういえば、ローディスさんって結構今回の件の情報に詳しいみたいですけど……」
「ええ、まあ……個人的に多少調べはしましたし、僕の家はその手の情報が集まりやすくもありますから」
「へぇ……」
多少、気になることは気になるかな。
何か知っていることは無いだろうか?
>1.第一武家に関して。
2.第二武家に関して。
3.第三武家に関して。
「第一武家の事情とかって、何か分かりますか?」
「第一武家、ですか。ふむ……」
虚空を見上げ、ローディスさんは沈黙する。
さて、その仕草は僕に伝えてもいい情報を吟味しているのか、それとも情報が少ないということなのか。
僕が沈黙しつつ見守る中――ローディスさんは、小さく頷いてから声を上げた。
「第一武家は、秘密主義とは言いませんが……かなり規律の重い傾向がありますから、必要以上の情報は殆ど外に出ていませんね」
「必要以上、というと?」
「武家のある一定レベル以上の間では、きちんと盗まれたことを公開しています。対象となったのは――」
ローディスさんは周囲に視線を走らせ、その上で僕の耳元へと口を寄せ、ささやくように声を上げる。
正直、耳に息がかかってこそばゆいというか何と言うか。
「――人魔の双剣。《黒牙》のガイゼリウスが操っていたD指定の魔物、《人魔》の素材から作り上げられた強大なる魔剣です。持ち主だったのは、次期当主であるセレスティア・アイン・ガーランド」
「あの人が……けど、持ち歩いていたわけじゃないんですか? セレスさんは特に怪我をしたような様子はありませんでしたけど」
「ええ。あの魔剣は、今の彼女でも完全には操りきれていないために、普段は別の武器を使う傾向にありましたから。間が良かったのか悪かったのかは、正直何とも言えない所ですが」
もしも持っているところを襲われたら、セレスさんもただでは済まなかっただろう。
仮面の男、ネームレスはそれだけ危険な相手だし、もしかしたらフェリエルも行動を共にしていたかもしれないのだから。
「伝わっている情報は、ほぼここまでです。どう処理するつもりなのかは分かりませんが……どうやら、クレイグに仕事を依頼していたようですね」
「クレイグさんに、かぁ」
セレスさん曰く、当主である父親もクレイグさんとは関係を修復したいらしいけれども……クレイグさんへの依頼はどういう意図があってのことなのか。
しかし今の情報から鑑みると、例えクレイグさんでもネームレスの相手は荷が勝ちすぎていたと思う。
直接その人と話したことがあるわけじゃないし、正直どう考えているのかはさっぱりだけれども。
「……とりあえず、参考になりました。ありがとうございます、ローディスさん」
「いえいえ、お気になさらず。さあ、あまりこういった話ばかりをしていても気が滅入ってしまうでしょうから……今日ぐらいは、気軽に遊び歩くとしましょう」
「あはは……お願いします」
ローディスさんに促され、再び歩き出す。
けれど、そんな中でもまだ――僕は、背中からプレッシャーのように、武王殿の気配を感じ取っていたのだった。
【Act14:天使と休日――End】
NAME:イリス
種族:人造天使(古代兵器)
クラス:「遺物使い(レリックユーザー)」
属性:天
STR:8(固定)
CON:8(固定)
AGI:6(固定)
INT:7(固定)
LUK:4(固定)
装備
『天翼』
背中に展開される三対の翼。上から順に攻撃、防御、移動を司る。
普段は三対目の翼のみを展開するが、戦闘時には全ての翼を解放する。
『光輪』
頭部に展開される光のラインで形作られた輪。
周囲の魔力素を収集し、翼に溜め込む性質を有している。
『神槍』
普段は翼に収納されている槍。溜め込んだ魔力を解放し、操るための制御棒。
投げ放つと、直進した後に翼の中に転送される。
特徴
《人造天使》
古の時代に兵器として作られた人造天使の体を有している。
【遺物兵装に干渉、制御することが可能。】
《異界転生者》
異なる世界にて命を落とし、生まれ変わった存在。
【兵器としての思想に囚われない。】
使用可能スキル
《槍術》Lv.3/10
槍を扱える。一般的な兵士と同程度。
《魔法:天》Lv.5/10 up!
天属性の魔法を扱える。一流の魔法使いレベル。
《飛行》
三枚目の翼の力によって飛行することが可能。
時間制限などは特にない。
《魔力充填》
物体に魔力を込める。魔導器なら動作させることが可能。
魔力を込めると言う動作を習熟しており、特に意識せずに使用することが可能。
《共鳴》
契約しているサポートフェアリー『アイ』と、一部の意識を共有することが可能。
互いがどこにいるのかを把握でき、ある程度の魔力を共有する。
《戦闘用思考》
人造天使としての戦術的な思考パターンを有している。
緊急時でも冷静に状況を判断することが可能。
《鷹の目》
遥か彼方を見通すことが出来る視力を有している。
高い高度を飛行中でも、距離次第で地上の様子を把握することが可能。
《鋭敏感覚》
非常に鋭敏な感覚を有している。
ある程度の距離までは、近づいてくる気配などを察知することが可能。
《怪力》
強大なる膂力を有している。攻撃ダメージが増幅する。
《並列思考》
同時に複数の思考を行うことができる。
現在のところ、最大二つまで。
《魔力同調》 new!
自分以外の人物の魔力に己の魔力を同調させる。
治癒魔法の効果が向上する。
称号
《上位有翼種》
翼を隠せる存在は希少な有翼種であるとされており、とりあえずそう誤魔化している。




