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人造天使の歩む道  作者: Allen
3章:武の都にて
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Act13:天使と剣












 武国エスパーダが首都、ディオステア。

 周辺各国と比較しても、強大極まりない軍事力を有しているのがこの国だ。

 しかし、その力が他国へと向けられることは滅多に無い。そもそも建国以来、一度も侵略戦争など起こしたことはないのだから。

 それは偏に、この国の広い地域に凶暴な魔物が多く住み着いているためだ。

 かつて魔王に支配されていたこの地は、未だにその影響を受けており、強大な魔物の住まう土地となっていたのだ。

 僕からすると、何でそんな場所で建国したのかとツッコミたくなるけれども、それは当時の人々に聞かなければ分からないだろう。


 ともあれ、このエスパーダに生息する魔物は、他の国と比べると強力なものが多い。

 弱い魔物がいない訳ではないけれども、それを追いかけていくと強い魔物に遭遇することが多々あるのである。

 つまりその分、この国は高い武力を必要としているのだ。

 そんな国の首都にある、コントラクターのギルド。その規模は、僕が今まで見てきたものとは比べ物にならないほどの大きさだった。



「大きいですねぇ……」

「ですです……」

「この辺、魔物は狩っても狩ってもいなくならないからね。コントラクターは大繁盛よ。ここを目指して修行するコントラクターも多いぐらいだから」



 何と言うか、本当に修羅の国だなぁ、エスパーダって。

 アイと共に巨大な建物をぽかんと眺めていた僕は、クラリッサさんに背中を押されながらその中へと足を踏み入れていた。

 中も外に見合うだけの広さと豪華さを有しており、そしてそれだけの広さにもかかわらず、中は沢山のコントラクターでひしめき合っていた。



「凄い人の量ですね」

「これだけ多いと依頼の奪い合いが……あれ、結構大人しいのですよ?」

「このギルドで馬鹿をやらかすような連中は長生きできないからよ。武家に属する人間はほぼ大半がコントラクターとしても活動してるんだから。この国での迷惑行為は騎士団と武家によって瞬時に鎮圧されるだけよ」

「そして、それらに抑えられないほどの実力を有しているものは、総じて場をわきまえていますから。そうでなければ、実力をつける前に死ぬだけですので」



 何だか当然のような口調で物騒な言葉が飛び出してきていたけど、まあ気にしないようにしておこう。

 クラリッサさんに背中を押されるまま、正面にある受付から横に逸れて、奥のほうにあるスペースへと足を踏み入れていく。

 どうやら、他のギルドと同じように、食事が出来るスペースになっているようだ。

 後は、臨時でパーティを組もうとしている人々だろうか――とにかく、ここにも人は多かった。

 そして、そんなスペースの一角に見える、目立つ銀髪と黒い三角帽。



「いたわね。おはよう、貴方たち」

「もうすぐ昼前なんだがな……まあ、時間を指定してた訳でもないが」

「女性は準備に時間が掛かるものですよ、あまり目くじらを立てないほうがいい」



 半眼を向けるクレイグさんと、それを笑顔でたしなめるローディスさん。

 椅子に座って足をぶらぶらとさせているエルセリアは、やっと来たかと言わんばかりに不機嫌そうな視線を向けてきていた。

 どうやら、ちょっと遅れてしまったらしい。彼らに並ぶように席に付くと、頬杖を着いたクラリッサさんがまず声を上げた。



「ま、とりあえず合流できたし、軽く報告と行こうじゃない。と言っても、おおよその情報は共有できてるでしょうけど」

「どちらかと言えば、我々が情報を持ち帰った側ですからね。まだ吟味されている途中でしょう。イリスさんは、いろいろ時にしているかもしれませんが」

「えっと……まあ、その、はい。武王会議で何を聞かれるのか……」

「悪いようにはならんだろう。少なくとも、第一武家はお前を使い潰すようには動かんだろうし――」

「第三武家もそれは同様ね。後被害にあっていたのは第二武家だったかしら」



 頂点の三家がネームレスの被害にあっていたらしい。

 正直、わざわざそんな危険なところを狙った理由が分からないのだけれども。

 そんな僕の疑問はさておき、第二武家と聞いたクレイグさんは嘆息と共に声を上げていた。



「あそこはまぁ、色々と腹黒い連中が多いが……少なくとも、第一と第三を敵に回してまで行動はしないはずだ」

「となれば、ほぼ問題はないでしょうね。武王会議は二日後……それまでは時間が空くわね。何か予定はあるの?」

「せっかく首都に来てるんだ、俺は剣武帝閣下の元へ向かう。エルセリアが武王殿に入る許可も貰ったからな」

「僕は家の方で仕事がありますので、戻ることになるでしょうね。お客様がいまして」

「私はおおよそ自由かしらね……さてイリス」

「は、はい?」



 唐突に声をかけられ、僕はびくりと体を震わせる。

 その勢いで頭の上のアイが転がり落ち、クラリッサさんはくすくすと笑みを零していた。



「そう緊張する必要はないわよ、第一と第三が味方している以上、殆ど問題はないわ。ただ、貴方は現在注目される立場にあるから、私たち三人の内の誰かと一緒にいなくてはならないのよ」

「前も言ったとおり、デリケートな立場だからな。ま、二日間同じ奴と行動を共にしなきゃならん訳じゃない、気軽に決めればいいさ」

「は、はぁ」



 それならば――



>1.クレイグ

2.クラリッサ

3.ローディス



「……クレイグさんについていきたいです。その、武王殿って言う所に入れるんなら、ですけど」

「ふむ。まあ、剣武帝閣下に興味があるってのも当然と言えば当然か」



 ……何と言うか、クレイグさんって微妙に自己評価が低い気がする。

 確かにクレイグさんの言っていたことも事実だけど、クレイグさんとエルセリアと一緒の方が気楽だったというのが大きいんだけど。

 まあ、クレイグさんはその剣武帝っていう人のことを本当に尊敬してるみたいだし、この反応がデフォルトなのかもしれない。



「やれやれ、振られてしまいましたね」

「あんたも諦めが悪いわね。ま、夜にはうちに送ってきなさいよ、クレイグ。うちで泊めてるんだから」

「了解だ。それじゃあイリス、とっとと行くぞ」

「え、もうですか?」

「諦めたほうがいいですよ。クレイグの剣武帝狂いは今に始まったことじゃないから」



 肩を竦めるエルセリアの頭を、クレイグさんは帽子の上から軽く叩く。

 この人の基準だと、剣武帝さんとエルセリアとではどっちの方が上なのだろうか。

 今の時点だと、流石にどちらと判断することは難しい。



「とにかく、さっさと行くぞ。あまり時間は無駄にしたくない」

「……相変わらずですね、貴方は。あまりイリスさんに無茶をさせないように」

「別に、イリスに無茶をさせる訳じゃないんだ、気にしすぎだろう」



 肩を竦め、クレイグさんは立ち上がる。どうも気がせいている様子で、まるで僕を急かすように視線を向けてから、食事の料金を机の上に置いて入り口へと歩いていく。

 そんな彼の様子に肩を竦め、エルセリアも続いていった。



「えっと……」

「行ってきなさい、イリス。クレイグのあの急ぎようはともかく、武王殿の見学はいい経験になるわよ」

「は、はい。じゃあ、行って来ます」

「ふっ、今日はいい舌戦日和なのですよ」



 僕の肩の上で胸を張るアイの姿に苦笑しつつ、僕はクラリッサさんとローディスさんに礼をする。

 クレイグさんたちはもう入り口近くで僕のことを見つめている。どうやら、結構急いでいるようだ。

 少しだけ苦笑して、僕は彼の後に続いてギルドを後にしたのだった。











 * * * * *











 武王殿は、ディオステアの中心にある、いわゆる宮殿のような建物だった。

 とはいえ、イメージにある宮殿と言うよりも、某ホワイトハウスに近いかもしれない。

 見栄えよりも、機能性を重視したような印象だ。

 周囲を護る外壁は堅牢で、見回る兵士の数も多い――というより、その辺で兵士同士が演習を行っている。

 疎らな組み手などではなく、一糸乱れぬ統率と指示が交わされあう本格的なものだ。

 けどこんな風に、外から来る人たちにも見えてしまうような場所で訓練をしててもいいのだろうか。

 そんな僕の疑問を察したのか、笑みを浮かべたクレイグさんが声を上げる。



「ある種の示威だ。個人の武を磨く類の訓練では、この表側の演習場は使わない」

「あえて見せてる、ってことですか?」

「エスパーダの騎士団の力がどの程度のものなのか、下級兵の力を見てもらうって訳だ。それを見て警戒するか、油断するかは相手次第だな」

「……何でそんなに戦闘思考なのですかね」



 半眼を浮かべながらふわふわと飛行するアイの言葉に、僕は内心で同意する。

 この国、戦うことばかり考えすぎじゃなかろうか。

 魔物を狩るために力をつけてきた節はあるけれども、明らかに対人まで想定してるし。



「ま、それがお国柄ってやつだ。行くぞ、閣下からの許可状がある以上、お前たちも入れる。だが、俺から離れるなよ」

「は、はい」



 とりあえず少し神経を尖らせながらも、僕はクレイグさんの後に続いて武王殿を進む。

 入り口のところでなにやら書類のようなものを見せると、周囲の人々からはぎょっとしたような視線と、敵意にも似た強い視線がクレイグさんに向けられていた。

 どうも、この人は色々なところで恨みを買っているらしい。

 ……まあ、剣武帝様に教えを請える立場というのは、それだけしがらみもあるのだろう。


 武王殿の内装は結構整っているものの、華美な印象を受けるほどではない。

 外国から来る人のことも考えて見栄えはよくしているようだけれども、機能重視な考え方が見て取れる。

 ある意味、この国らしいと言えばこの国らしいのだろう。

 きょろきょろと周囲を見回しながらも道を進んでいけば、建物を抜けて中庭のような場所に辿り着いていた。



「さあ、ここだ」

「え? ここですか?」



 象徴的な存在とはいえ、仮にもこの国のトップ。

 もっときちんとした部屋で、ちゃんとした挨拶でもするのかと思っていたのだけど。

 首を傾げながらも人気の無い周囲を見渡し――僕たちの目の前に、いつの間にか立っている人の姿に気が付いた。



「――――ッ!?」



 総毛立つ様な感覚と共に、体が反射的に戦闘体勢を取る。

 けれども、その人物はそんな僕の姿勢など気にも留めず、澄ました顔にほんの僅かな笑みを浮かべて、クレイグさんに声をかけていた。



「来ましたね、クレイグ。彼女が、昨日言っていた子ですね?」

「はい。武家のものが護衛に着く必要があるため、今回はここに連れてくる形となりました、閣下」

「ええ、その可能性は最初から考えていましたから。それに……会議の前に、一度姿を見ておきたいと思っていましたから」



 ゆっくりと、その視線が僕に向けられる。

 夏の新緑のような、鮮やかな翠の瞳。金色の髪を緩く三つ編みにして背中に流し、特徴的な尖った耳を露出させている。

 そんな、涼やかな美貌の女性・・。しかし、その身には動きやすそうな服装と部分鎧が纏われており、腰には一振りの剣が佩かれている。

 予想外では、あるけれど――



「あ、貴方が、剣武帝閣下、ですか」

「じょ、女性なのですよ……しかも、森人族エルフです」

「ええ、その通り。貴方がイリスですね……成程、確かに聞いていた通りの姿です。私の名は、リーリエル。よろしくお願いします、イリス」

「は、はい、よろしくお願いします」



 何もかもが予想外で、僕は機械のように刻々と頷きながら反射的な返答を返す。

 このエスパーダ最強の武人と聞いていたから、もっとこう、第三武家のディフセンさんのような姿を想像していたのだけど。

 まさか女性だったとは露ほども考えていなかった。



「さて、時間も惜しいですから、手ほどきと行きましょう。今回は見物客も多いようですし、基本をなぞるように行きましょうか」

「はっ! よろしくお願いします!」



 物凄くきびきびと敬礼をしているクレイグさんが印象的だったけど、僕はそれよりも、今リーリエルさんが少し視線を動かしていたことが気になっていた。

 僕の方でも、クレイグさんの方でもなく、どこか明後日の方向に向けられていた視線。

 見物人というと、今この場の様子を誰かが見ているのだろうか。

 リーリエルさんのことなのか、あるいは僕の様子を見ているのか――



1.気配を探る。

>2.訓練の様子に集中する。



 ……まあ、リーリエルさんがいる以上、滅多なことは無いだろう。

 彼女に対処できないようなことを、僕が何とかできるとも思えないし。

 小さく嘆息して、僕はエルセリアと並ぶように芝生の地面に腰掛けていた。

 視線の先、クレイグさんたちが訓練している場所は踏み固められていて草の一本も生えていないけれど、この辺りは柔らかい地面のままのようだ。



「クレイグさんのあんな様子って、僕は初めて見たんだけど……いつもあんな風なの?」

「そうですね。クレイグは、あの剣士のことはとんでもなく尊敬しているようですから。まあ、正直私としても信じられないレベルですよ。人間の癖に、あそこまで力を高めた存在がいるなんて」

「……貴方がそれを言うのですか、《冥星》」

「私だからこそですよ。私は魔人族ですし、種族として強い魔力も肉体も有しています。けれど……剣士には向かないはずの森人族が、あそこまで剣を高めているのですから。正面から戦えば、間違いなく負けます……《冥星》と呼ばれていた、あの頃でさえ」



 若干つまらなそうにそう告げるエルセリアの言葉に、僕は思わず息を呑んでいた。

 《冥星》のエルセリアは、魔法に限って言えば魔王にも匹敵する力を持った大魔法使いである。

 そんな彼女が、絶対に勝てないと宣言したのだ。

 目の前にいる剣武帝閣下――リーリエルさんには、正面からでは絶対に勝てないと。



「イリスちゃんも、しっかり見ておいたほうがいいですよ。後、戦闘用の感覚を起動させておいたほうがいいです。じゃないと、間違いなく見逃すので」

「は、はぁ……」


【――《戦闘用思考》――《鋭敏感覚》――】



 言われるままに感覚を研ぎ澄ませて、僕はクレイグさんたちの方へと視線を向ける。

 そして、改めて目を剥いていた。クレイグさんとリーリエルさん――二人が向け合っていたのは、互いに真剣だったからだ。

 クレイグさんはいつも使っている魔剣であり、リーリエルさんは先ほど腰に佩いていた剣だ。

 あちらは普通の剣のようだけど、刃が潰されている様子も無い、ちゃんと実戦でも使える品のようであった。

 視線は外さぬようにしながら、僕はエルセリアに問いかける。



「あの、エルセリア? 二人とも真剣使ってるんだけど……」

「ええ、そうですね。まあ、クレイグの性質を理解しているからこそと言う感じですが」

「クレイグさんの性質?」

「ええ、まあ――」



 歯切れ悪くエルセリアが頷き――クレイグさんが動き始めたのは、それとほぼ同時であった。

 早く、無駄の無い。鮮やかな動きで叩き込まれるクレイグさんの剣閃。

 凄まじい速度で繰り出されたその一撃は、間違いなく相手を殺すための攻撃だ。

 リーリエルさんに対してそんな攻撃をしていいのか――なんて僕が考えられたのは、ほんの一瞬だけだった。

 鈴の鳴るような音と共に、クレイグさんの刃が逸らされる。そしてその一瞬後には、肩口から斬り裂かんとリーリエルさんの剣が襲い掛かっていたのだ。

 こちらも、当たれば間違いなく大怪我をする一撃。しかも、リーリエルさんの攻撃は、初動が全くと言っていいほど読み取れなかったのだ。

 いつの間にか攻撃を反らされ、いつの間にか攻撃されていた――そうとしか見えないにもかかわらず、クレイグさんは瞬時に反応して半身を逸らす。

 攻撃を本当に紙一重で回避したクレイグさんは、剣を振り切ったにもかかわらず既に攻撃動作に入っているリーリエルさんへと、それでも飛び込んでいくかのように刃を向ける――



「……百度の訓練は、一度の実戦に劣ると言います」

「え? あ、はい、それは知ってるけど……」



 百聞は一見にしかず、と言うやつだろう。

 だからこその実戦形式の訓練、と言うことだろうか?

 しかし、そんな僕の内心を読んだかのように、エルセリアは苦笑と共に声を上げた。



「そしてクレイグの場合は……百度の実戦は、一度の死線に満たないと言うべきでしょう」

「し、死線? 死にかけるほどの戦いのことなのですか?」

「はい、その通り。あのエルフも、それを理解しているからこそ、常にクレイグ以上の力を以って訓練に当たっています……そのくせ剣術しか使っていないのだから、どれだけの技量なのかと言いたいところですが」



 リーリエルさんの剣は、間違いなくクレイグさんよりも上だ。

 僕では認識しきれないほどの速さと正確さを持って、クレイグさんに襲い掛かっている。

 クレイグさんはそれに対して何とか対処し――時折、対処しきれずに細かな傷を負っていた。

 いや、違う。あれは――致命打に対処するために、他の細かなダメージを無視しているんだ。

 まるで機械的に、自らの限界を見極めているかのように。



「……クレイグは、死地に飛び込むことに躊躇いがありません。そして己が死に近づけば近づくほど、意識は精鋭化し、相手の攻撃を見極めるようになります。トランス状態とも言えるその領域こそ、クレイグが最も成長できるタイミングなんです」

「だから、訓練の中でもその領域に入るようなメニューをこなしている?」

「ええ。死地にあって危険を見極める能力、躊躇わず踏み込める能力、そしてその先にある生を掴み取れる能力。魔法を使えず、有り余る魔力で生命力の制御も得意ではないクレイグの、唯一の才能とも呼べるべきものです」

「だ、大丈夫なのですか?」

「無論、大丈夫なわけがありませんよ。私と契約して、命を共有していなければ、とっくの昔に死んでいます」



 訓練を始めてまだ数分も経っていない中、既にそこらじゅうに切り傷をつけながら、それでもリーリエルさんへと立ち向かうクレイグさん。

 対するリーリエルさんは、驚くことに剣以外の何も使っていない。

 身体強化をしている様子も無く、魔力を発現している様子すらない。

 術式武技も、特殊な技も何も無く――ただ純粋に剣術のみで、クレイグさんのことを圧倒していたのだ。

 ただ斬り、突き、払う、単純な動作の組み合わせ。

 しかし、リーリエルさんのそれはどこまでも回避が難しいものばかりだ。

 攻撃の速さもあるけれど、何よりも彼女は『回避しづらい状況』を作ることに長けていると言えるだろう。

 まるで相手を支配しているかのように、思い通りの位置へと相手を誘導していく。

 クレイグさんが致命打以外を無視しているのは、そうしなければ攻撃に転じることができないからだろう。



「……最近使えるようになった回復魔法、練習台になるかも」

「倒れたらやってあげて下さい。ポーションの出費もかさみますから」



 どこか疲れたような声音で、エルセリアはそう呟いていたのだった。











 * * * * *











「さて、休憩にしましょうか。もうお昼ですしね」



 クレイグさんが傷を負って倒れ、その度に僕が回復魔法を使い、立ち上がると共に造血薬を補給して立ち向かう。

 そんな光景がしばらく続いた後、ついに体力が尽きて倒れたクレイグさんに対し、リーリエルさんはそう告げていた。

 汗の一筋もかかず、服も髪も全く乱すことも無いまま、彼女は最後まで無傷で今の実戦に近い訓練を終了させていたのだ。

 一方、血と汗でドロドロになったクレイグさんは、殆ど死人と見間違うような姿である。

 尤も、深い傷は負っていないし、既に全て塞がっているのだが。



「体を清めてきなさい、クレイグ。そうしたらお昼にしますので」

「は、はい……ありがとう、ございました……」

「クレイグ、着替えを持っていってください、その服は捨てておいていいですよ」



 息も絶え絶えな様子で地面に横たわっていたクレイグさんは、その言葉を受けて何とか起き上がり、エルセリアから服を受け取って建物の方に歩いていく。

 シャワー室的な何かがあるのだろうか。そんなことを考えながら彼の背中を見送っていた僕に、ふとリーリエルさんの言葉がかかった。



「イリス、ありがとうございます」

「は、はい!? 何かしましたでしょうか?」

「クレイグの傷を治してくれたことですよ。貴方がいたから、今回は彼にとってもいい訓練になったと思います。普段は、体力が尽きる前にポーションが尽きて終わりますから」

「……凄い訓練ですね、本当に」

「不器用なもので。言葉で剣を伝えることなど出来ませんから……その身を以って伝えるのが、私の限界です」



 肩を竦め、リーリエルさんは僕たちを促し歩き出す。

 行き先は、どうやら中庭の片隅に設置されている休憩スペースらしい。

 既に待っていた使用人の人々が、お昼の食事を準備しているようであった。



「……ふむ」



 と――ふと、リーリエルさんが呟き、後方へと視線を向ける。

 その方向は、先ほどクレイグさんが歩いていった方向だけど――少し気になり、僕は問いかけていた。



「閣下、どうかしましたか?」

「ああ、いえ……今日の見物人は、どうやら私ではなく彼のほうが目的のようだったので、少し気になっただけです」

「クレイグさんを監視していたんですか?」



 リーリエルさんの言葉に、僕は僅かに目を見開く。

 この場において、監視の対象になる存在は、僕かリーリエルさんのどちらかだと思っていたのだ。

 情報が伝わっていれば、武家にとって僕は気になる相手であるだろうし、剣武帝であるリーリエルさんは言わずもがなだ。

 しかし、そんな中で、今回の人物はクレイグさんを監視していた。

 あの人は、武王殿でもあまりいい感情を向けられていないようだし……大丈夫だろうか。



>1.様子を見てこよう。

2.あの人だから、たぶん大丈夫だろう。



 流石に、そう言われると少し気になる。

 普段のクレイグさんなら心配なんて一切要らないだろうけれども、今は疲れきっているはずだ。

 この建物内で滅多なことは起こらないにしても、少し気になる。



「あの……ちょっと気になるので、様子を見てきても……」

「イリスちゃん、貴方一応、監視が無いといけない立場なんですからね? 分かってますか?」

「でも、エルセリアだって気になってるんじゃないの?」

「そ、そんなことはありませんよ?」



 何故か疑問系というか、声が裏返っているエルセリアの様子に、苦笑を零したのはリーリエルさんだった。

 彼女は一度ぐるりと周囲を見渡すと、小さく頷き、柔らかい表情を浮かべたまま声を上げる。



「貴方が彼女の護衛として付いて行くなら、特に問題はありませんよ。特に危険も無いでしょう」

「……まあ、そう言うなら。行きますよ、イリスちゃん」

「何だかんだでノリノリなのですよこの幼女」

「五月蝿い、撃ち落しますよ」



 若干赤くなった顔で吐き捨てると、エルセリアはずんずん先へと進んでいく。

 その様子に苦笑して、僕は一度リーリエルさんに礼をしてから、エルセリアの小さな背中を追っていった。

 この建物の道は分からないけれども、エルセリアは迷い無く建物の中へと入っていく。

 クレイグさんがここに来るたびにこんな修行をしているのであれば、流石に覚えちゃうものか。


 中庭からその行水所への道はそう遠くはなかった。

 あの中庭は、結構訓練に使われている場所でもあるのだろう。

 まあ、割と奥の方だったし、誰でも気軽に使える物ではないのかもしれないけれども。

 ともあれ、程なくしてそこへ到着し――その部屋の前で、一人の女の子がうろうろしているのを発見した。



「……先ほどの気配と同じ、ですね。しかし、あれは」

「エルセリア、気づいてたの?」

「まあ、これでも経験だけは豊富ですからね。視線を向けられれば気づきますよ……それなりに、気配を紛らわせるのは得意な様子でしたが」



 肩を竦めるエルセリアの言葉――それが聞こえていたのか、部屋の前にいた女の子はぴたりと動きを止めていた。

 くるりと振り返った彼女は、切れ長の視線を僕とエルセリア、ついでにアイへと転々と向ける。

 少し鋭い、感情と視線。自然と引き締まる空気の中、それを特に気にした様子も無いエルセリアは、嘆息交じりに声を上げていた。



「それで、聞こえていたのなら用件は分かると思いますが……何者ですか? うちのクレイグに用事があるみたいですが」

「うちの……? 失礼ですが、貴方は?」

「名乗るなら、貴方のほうが先でしょう。明らかに貴方のほうが不審者なのですから」



 誰何の言葉に女の子は僅かにのけぞり、渋面を作る。

 が、それが至極当然の問いであると判断したのか、僅かに溜息を吐いて声を上げた。



「私の名はセレスティア……セレスティア・アイン・ガーランドです」

「……アイン・ガーランド、第一武家の」

「姓を名乗るってことは、正当後継者なのですよね?」

「ふむ……それで、クレイグを裏切った魔剣の一族が、一体何の用事ですか?」

「ッ、裏切ってなど! ……いえ、そう取られても仕方がないのは、自覚しています。私は……」



 一度声を荒げたセレスティアさんは、しかし次の瞬間には消沈したように言葉を詰まらせる。

 自分の中でも、明確な答えが無いのだろうか。もごもごと小さく言葉にならない言葉を呟くばかりで、彼女はその先を続けることが出来ない。

 そんな彼女の様子に、エルセリアは隠すことなく嘆息を零していた。



「……はぁ。まあ、一応名を名乗ってはくれましたし、こちらも答えましょう。私はエルセリア。クレイグの契約者です」

「契約? 契約とは、一体何を?」

「私たちにとっては大切なものですから、それを明かす気はありません」

「……そう、ですか」



 それだけ呟き、セレスティアさんは俯く。

 どうも、要領を得ない。けど、何となく想像することはできた。

 クレイグさんは家族に疎まれていると言われていたけれど、この人からはクレイグさんに対する敵意は感じない。

 少なくとも、悪い感情があるようには思えなかった。

 が――エルセリアからしてみれば、クレイグさんを傷つけた第一武家と言うだけで信頼できない相手なのだろう。

 何と言うか――



「あの男も大概ロリコンですけど、この幼女も……」

「……クレイグさんのこと大好きだよねぇ、本当に」



 クレイグさんの嫌っている第一武家を相手にここまで啖呵を切っているエルセリアに、僕とアイは思わずそう呟き――瞬間、セレスティアさんが反応していた。

 信じられないとでも言うように僕たちのほうを見つめ、それからエルセリアのほうへと視線を戻す。

 正直、全く聞かれるとは思っていなかった。小声だし、殆ど耳元で話し合っていたようなものだったのに。



「……お兄様が、貴方のことを……?」

「ぅ、ええと……イリスちゃん!」

「あ、いや、今のは流石に僕も予想外と言うか、この距離で聞かれるなんて」

「私が勝手に唇を読んだだけなので……しかし、お兄様が貴方のような子供を?」

「子ども扱いされるのは心外ですが、まあ見た目が見た目なので仕方ないと言ってきましょう。ですが――」



 エルセリアは一度溜息を吐き出し――そして、視線を上げる。

 その目の中に込められた気迫は、確かに力ある魔人族にふさわしいものだった。



「彼は私を必要としている。私は彼を必要としている。この結びつきは、この契約は否定させません――他でもない、彼を狂わせた貴方たちには」

「ッ……!」

「……行った方がいいんじゃないですか? クレイグと顔を合わせればどうなるか、分からない訳ではないでしょう?」

「……失礼、します」



 悔しげに唇を噛み、セレスティアさんは踵を返す。

 そんな彼女に掛ける言葉は見つからず、その姿は廊下の角を曲がって消えてしまっていた。

 若干の罪悪感に眉根を寄せながら、僕はエルセリアへと視線を向ける。



「いいの? 悪い人ではない感じだったけど」

「まあ、ある意味では私と彼を引き合わせてくれた存在とも言えますが……いい感情は無いですね。それに、彼女の為でもあります」

「クレイグさんとは会わないほうがいいってこと?」

「ええ。彼にとっても、彼女にとっても。今は、会わない方がいいでしょうね」



 確かに、話を聞く限りだと凄まじくこじれている。

 面と向かってもまともな会話にはならないだろう。

 少し申し訳ない思いを抱きながら、僕は視線を前へと向ける。


 クレイグさんが行水所から出てきたのは、それからすぐのことだった。











 * * * * *











 クレイグさんと共に中庭に戻り、この国の頂点とも言える方との昼食。

 正直、無茶苦茶なことをしている気はしないでもないけれど、今更と言えば今更か。

 出されている料理も特別豪華と言うわけではなく、ごく普通のサンドイッチである。

 まあ、あんまり凝ったものを出されても反応に困るし、別にいいんだけど。

 何だかんだでかなり美味しい……というより、この世界に来てからではトップクラスの味の料理に舌鼓を打っていると――ふと、リーリエルさんが僕に向かって声を上げた。



「それで、イリス。午後の予定はどうするつもりですか」

「え? ぼ、僕ですか?」

「クレイグは貴方に合わせて行動する必要がありますからね。今は彼の我侭でこの修行に付いて来て貰いましたが、午後ぐらいは貴方の希望に沿った行動にしてもいいでしょう……いいですね、クレイグ」

「……正直、午後も修行をしたいのは事実ですが……俺の我侭なのは事実だし、イリスには傷の治療もして貰いましたから。俺も異存はありません」

「よろしい。では、イリス。午後はどうしたいですか?」

「は、はい、えっと……」



 突然言われても困るけれども、まあここまではクレイグさんの予定に合わせていたのも事実だろう。

 出るとしたら街に行くか、ここにいるならクレイグさんの修行を見ているか、あるいはエルセリアに剣針の術式を見て貰うか――



1.街に出る。

>2.クレイグの修行を手伝う。

3.エルセリアと魔法の相談。

4.あれ、あのコックさんは…… 



「いえ、大丈夫ですよ。昨日の時点で結構いいものも変えましたし、普段からクレイグさんにはお世話になってますから。修行に付き合います」



 特別、これと言った用事があるわけじゃない。

 観光したくないと言うわけでもないけれど、特に必要性があると言うわけじゃないし、それにクレイグさんの修行にだって興味はある。

 剣武帝リーリエルさんの剣なんて、見ようと思って見れるものじゃないだろうし。

 午前中はずっと見ていて、ようやく目も慣れてきたところだ。

 これなら、自分の力にもしていくことができるだろう。



「ふむ……そうですか。後できちんと礼をしておきなさい、クレイグ」

「ええ、分かってます。ありがとう、イリス。この埋め合わせは後日、必ずさせて貰う」

「あはは、そこまで気にしなくてもいいですよ」



 僕にとっても益が無い話という訳じゃないし、魔法の練習だってできる。

 無駄な時間を過ごすわけじゃないのだ。



「さて、それならば……少し休んだら再開と行きましょう。クレイグ、食べ過ぎてはいませんね?」

「動ける程度に留めてますよ、吐かされますし」



 まあ、あれだけ激しい修行をしていればそうもなるだろう。

 小さく苦笑し、一言断ってから、僕はクレイグさんが残したサンドイッチへと手を伸ばすのだった。

 いや、本当に美味しいんだ、これ。誰が作ってるんだろうか。











 * * * * *











 さて、午後の訓練になったわけだけど、基本的には変わらない。

 クレイグさんとリーリエルさんが真剣で戦闘を行い、クレイグさんが倒れたら僕が治療する……この繰り返しだ。

 まあ、ただクレイグさんが倒れるのを待つだけなのも芸が無いので、エルセリアには色々と教えてもらっていたけれども。



「私は専門ではないのでそこまで詳しくは無いですが、一般的に遠距離の治癒魔法は難易度が高いものとなります。使い手であるイリスちゃんは理由も分かっているでしょう?」

「相手に対する同調が必要だから、かな。遠距離だと、相手の体に魔力を合わせるのも一苦労だし」

「正解です。治癒魔法がある程度魔法に習熟しなければ使えないのもそれが原因ですね。魔力の制御を習熟しなければ、治癒魔法は使えません」



 実際に使っているからこそ実感できる。治癒魔法、そして自分以外の誰かに掛ける付与魔法は、魔力の波長を制御しなければ効果を表さない。

 相手の魔力を感知し、魔力の波長を制御して、その上で魔法を発現しなくてはならないのだ。

 離れたい力の場合、魔力の制御難易度は飛躍的に上昇する。今の僕では、まだまだ技術の足らない分野だ。



「クレイグの場合、魔力だけは膨大ですからね。波長も読み取りやすいでしょうし、いい練習台だと思いますよ」

「あはは……うん、今日だけでも結構練習になってるよ」

「どっちにもお得なのですよ、感謝するといいのです」

「何で貴方がふんぞり返っているんですか、駄妖精。貴方も勉強して少しはイリスちゃんの役に立ちなさい」

「むぐ……っ」



 フェリエルに攫われたことを気にしているのか、アイは悔しげな表情で押し黙る。

 その様子に僕は苦笑しつつ、視線ではしっかりとクレイグさんを追いかけていた。

 早く、無駄の無い動き。でも、流石に訓練で繰り返し剣を振っているときよりはぶれている……そんな感じがする。

 対するリーリエルさんは、完全なる理想系だ。あまりにも美しく、無駄が無い。あらゆる一撃一撃が、最短の経路を辿って相手へと届いている。

 無駄が無いからこそ彼女の剣戟は一切の音が無く、ただ剣同士が噛み合った時にだけ甲高い音を発していた。



(最短経路、か……)



 普段の訓練も含め、クレイグさんの目指しているものはこれなのだと、僕は内心で頷く。

 全ての剣を理想系へと持っていくこと。頭の中で思い描く動きに、自らの剣を近づけること。

 素振りで動きを修正し、実戦の中で取り入れて、ぶれた動きをさらに修正する。

 ただひたすら、それを繰り返しているだけだ。



(僕の武器は槍だし、細かい動きを参考に出来る訳じゃないけれど……)



 技術、考え方と言う面では、勉強になる部分も多い。

 一応、無駄の無い動きを体に叩き込むと言うことについては、以前言われたこともあって体に叩き込んでいるんだけど――



(……何て言うか、それだけじゃない?)



 時折、クレイグさんが見当違いな方向に踏み出して、攻撃を食らっている。

 あれは恐らくフェイントなのだろう。恐ろしいのは、そのフェイントとなっているはずのリーリエルさんの動きが全く分からないことだ。

 普通に戦っているはずなのに、いつの間にかクレイグさんの攻撃が外されている。

 フェイントと言う技術は非常に参考になるんだけど、どこでフェイントを入れているんだろうか。



「うーん……」

「……あの技術は、イリスちゃんにはまだ無理だと思いますよ?」

「あれ、エルセリアには何か分かるの?」

「理論は、まあ……」



 若干歯切れの悪いエルセリアに、僕は首を傾げる。

 何か、特殊な技術なのだろうか。



「……視線や錯覚、体捌き、それによる視線の誘導と位置の誤認識を利用した意識操作法らしいです」

「えーと……意味が分からないのです」

「ええ、いや本当に。武王ですら中々身につけられないような超高等技術ですから……私でも、見たのは彼女が初めてです」



 うん、何と言うか……聞いただけだとさっぱり分からない。

 聞く限りだと相手の意識を逸らす技術なんだろうけど、どこで利用されているのかもさっぱりだ。

 流石にこれは参考にしようがない、今の僕には完全に無理だ。

 大人しくクレイグさんの動きに集中し、視線を細める。

 正直、クレイグさんのそれさえ、僕には理解不能な部分も多いのだけど。


 血を飛び散らせ、訓練であるはずなのに命を削るような領域へと足を踏み入れ、その冷静な表情の奥に歓喜の色を滲ませている。

 ローディスさんの言っていた、クレイグさんの狂気。それも、これを見ていれば理解できる。



「……クレイグさんは、どうしてそこまで」



 ポツリと、口をついて出た言葉。

 それは僕が意識していたものではなかったけれど、隣のエルセリアには聞こえてしまっていたらしい。



「裏切られた、からですよ」

「え……裏切り?」

「大まかなところは知っているのでしょう? だとしたら、大体想像通りです。クレイグは家族に裏切られ、剣を己の信じるものとした」



 クレイグさんは、才を持たなかったが故に家族から見放されて、そしてリーリエルさんの弟子になったと聞いている。

 それなら――



>1.裏切りとはどんなことがあったのだろうか。

2.そんな状態のクレイグさんと、エルセリアはどうやって仲良くなったのだろうか。

3.あまり、踏み込んで聞かないほうがいいだろう。

4.実力を認めさせるのみ



「……どんなことがあったか、聞いてもいい?」

「まあ、別にいいですが……クレイグも思い出すことが嫌なのか、殆ど喋ったことはありませんよ」



 軽く溜息を吐いて、エルセリアは視線をクレイグさんへと戻す。

 血と汗を流し、それでも嬉しそうに剣を振るう彼へと。

 その視線に込められた想いがどのようなものなのか、僕には想像も出来ないけれど。



「クレイグは、知ってのとおり、第一武家アイン・ガーランドの生まれです。あそこは特に厳しい……というより、力に対する固執の強い家系であると聞いています」

「それは、うん。ローディスさんから話を聞いてるよ」

「その辺の具体的なところを詳しく、なのですよ」

「偉そうですね妖精の分際で……まあいいですが。イリスちゃんも知っている通り、クレイグはかなり強大な魔力を持っていますが、それを操る術を持ちません」



 エルセリアの言葉に、僕は頷く。

 クレイグさんの魔力要領は、恐らく僕以上。僕は『光輪ハイロゥ』があるから実質無尽蔵であるけれども、クレイグさんは素でかなり大量の魔力を保有しているのだ。

 しかし、そうであるにもかかわらず、クレイグさんはそれを魔法として発現することができない。

 できることは精々、魔剣に魔力を流し込んでその機能を発動させることだけだ。



「その魔力から、クレイグは幼い時分に非常に強い期待を背負って育ちました。魔力の強大さゆえに生命力の操作には梃子摺りそうでしたが、それでもそれを補って余りある魔力がありましたからね」

「……けど、クレイグさんはそれを操れなかった」

「ええ。宝の持ち腐れと言ってしまうのは極端ですが……クレイグには、背負わされた期待に応えるための才がありませんでした」



 本当に珍しい、数万人に一人程度の割合である、術構成を阻害される体質。

 大量の魔力を持ち、第一武家の長男として期待を背負っていたクレイグさんがそれに当てはまってしまったのは、何と言う皮肉だろうか。



「それが判明したとき、クレイグの世界は完全に反転しました。期待は失望に、憧憬は侮蔑に、好意的な感情は全て消え去った」

「それが……裏切り?」

「いえ、これは違います。そのとき、クレイグはそれでも諦めていませんでしたから。魔法は無理でも、剣を振ることは出来る……生来の性質か、根性と努力の才はありましたから。尤も、師らしい師も付かず、ほぼ独学で剣を振っていたようですが」



 僕とアイは、思わず眉根を寄せる。

 それは、どれほど孤独な時間だっただろうか。

 幼い子供が、負の感情のみを向けられる時間の中で、ひたすら努力を続けていたなんて。



「……けれど、その時に一つ、問題が起きた」

「も、問題なのですか?」

「ええ……クレイグは、分家筋の者たちから攻撃を受けたのです。『出来損ない』の分際で、と言われてね」

「そんな……!」

「かなりの修練を積んでいたクレイグは、怪我を負いつつも撃退したようですが……しかし、本家の者が分家から下に見られて攻撃を受けたこと自体が問題でした」



 どういうことだろう、と僕は首を傾げる。

 第三武家の様子なんかを見てると、本家も分家も入り乱れて修行を行っていると言うイメージだったんだけど。

 そんな僕の疑問を察したのか、まるで嘲笑するかのように薄い笑みを浮かべたエルセリアは、子供らしからぬ感情を交えた声で続けた。



「第一武家は、武家の頂点に立つ家系。その本家の力が疑われることは、即ちこのエスパーダの武を疑われることに他ならない……故に、アイン・ガーランドはクレイグを庇うことは出来なかった」

「庇わなかった、って……まさか」

「力無き者を、道無き者を連ねる訳には行かない――故に、アイン・ガーランドはクレイグを本家の家系から除名した。最低限の保護はしていたようですが、実質勘当したのと同じです……クレイグはアイン・ガーランドとは関係ないと、そう宣言したのですから」



 理解する。それこそが、第一武家がクレイグさんに対して行った『裏切り』。

 期待を背負わされ、必死に努力した果ての結果。

 それが子供心にどれほどの衝撃を与えるのか――僕では、想像することすらできない。



「客観的に、論理的に考えた意見を述べれば、第一武家の選択は正しいと言わざるを得ません。クレイグが芽を出す可能性は限りなく低く、放置すれば国を揺るがす事態にもなりかねなかったのですから」

「でも、クレイグさんは……」

「ええ、大変ショックを受けたでしょう。けれど、クレイグにあったのは剣だけでした。武を志す以外の道を知らなかったが故に、誰にも省みられることが無かったとしても、ただ愚直に剣を振り続けていたのです。その剣が、剣武帝に認められる日まで……ただひたすら、たった一人で」



 エルセリアは、第一武家の行動を認めるように言いながらも、どこか苛立ちを隠せぬ様子でそう告げていた。

 確かに、第一武家としてそれ以外の選択は取れなかったのだろう。

 でも、もう少し彼のことを省みることも出来たのではないだろうか。

 話を聞く限りで、浅い部分しか読み取れていないけれど――僕は、そう思わずにはいられない。



「クレイグさんは……第一武家を、憎んでる?」

「そうだったでしょうね。でも、今は違うと聞きました」

「恨んではいないのです?」

「その辺りの感情は、完全に昇華してしまったと言っていました。もういいと、欲しい物は手に入ったのだから、と。第一武家に対して何も思わない訳ではないでしょうが、今のクレイグはただ己の理想を追い求めているのみです」



 剣を振るうクレイグさんを見つめ、エルセリアは呟く。

 その視線の中に込められている感情は非常に複雑で、けれどどこか柔らかくて暖かい。

 彼女の様子をしばし眺めた後、僕は再びクレイグさんへと視線を戻していた。

 今のクレイグさんは、笑っている。リーリエルさんに稽古をつけてもらって、傍らにエルセリアがいるこの状況に満足しているかのように。

 けれど、それは過去に決着をつけていると言えるのだろうか。

 僕が口を出す資格なんて、無いのかもしれないけれど。



「……やっぱり、少し気になるな」



 僕の呟いたその言葉は、誰にも聞かれること無く、激しい剣戟の音の中にかき消されていったのだった。











 【Act13:天使と剣――End】




















NAME:イリス

種族:人造天使(古代兵器)

クラス:「遺物使い(レリックユーザー)」

属性:天


STR:8(固定)

CON:8(固定)

AGI:6(固定)

INT:7(固定)

LUK:4(固定)


装備

天翼セラフ

 背中に展開される三対の翼。上から順に攻撃、防御、移動を司る。

 普段は三対目の翼のみを展開するが、戦闘時には全ての翼を解放する。


光輪ハイロゥ

 頭部に展開される光のラインで形作られた輪。

 周囲の魔力素を収集し、翼に溜め込む性質を有している。


神槍ヴォータン

 普段は翼に収納されている槍。溜め込んだ魔力を解放し、操るための制御棒。

 投げ放つと、直進した後に翼の中に転送される。



特徴

人造天使エンジェドール

 古の時代に兵器として作られた人造天使の体を有している。

 【遺物兵装に干渉、制御することが可能。】


《異界転生者》

 異なる世界にて命を落とし、生まれ変わった存在。

 【兵器としての思想に囚われない。】



使用可能スキル

《槍術》Lv.3/10 up!

 槍を扱える。一般的な兵士と同程度。


《魔法:天》Lv.4/10

 天属性の魔法を扱える。腕利きの魔法使いである。


《飛行》

 三枚目の翼の力によって飛行することが可能。

 時間制限などは特にない。


《魔力充填》

 物体に魔力を込める。魔導器なら動作させることが可能。

 魔力を込めると言う動作を習熟しており、特に意識せずに使用することが可能。


《共鳴》

 契約しているサポートフェアリー『アイ』と、一部の意識を共有することが可能。

 互いがどこにいるのかを把握でき、ある程度の魔力を共有する。


《戦闘用思考》

 人造天使エンジェドールとしての戦術的な思考パターンを有している。

 緊急時でも冷静に状況を判断することが可能。


《鷹の目》

 遥か彼方を見通すことが出来る視力を有している。

 高い高度を飛行中でも、距離次第で地上の様子を把握することが可能。


《鋭敏感覚》

 非常に鋭敏な感覚を有している。

 ある程度の距離までは、近づいてくる気配などを察知することが可能。


《怪力》

 強大なる膂力を有している。攻撃ダメージが増幅する。


《並列思考》

 同時に複数の思考を行うことができる。

 現在のところ、最大二つまで。




称号

《上位有翼種》

 翼を隠せる存在は希少な有翼種であるとされており、とりあえずそう誤魔化している。







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