Act10:二人の天使
ドラゴンが息絶えたのを確認して、僕はゆっくりと地上に降りる。
このドラゴンに負われていたと思われる魔物達も、散り散りになってこの場から去ってゆく。
逃げ惑っていた原因も無くなったわけだし、このまま戦っていたら殲滅されるだけだと言うことも理解していたのだろう。
逃げていく魔物達の背をちらりと見送り、僕はようやく安堵して深々と息を吐き出していた。
突然のことで一杯一杯だったけれど、何とか収めることが出来たようだ。
「お疲れ様、イリス。大戦果じゃない」
「クラリッサさん……ありがとうございます。でも、僕は殆ど砲台やってただけですし」
「自分の仕事をこなしたんだから、ちゃんと誇りなさい。貴方のおかげで、殆ど被害も出ずに済ますことが出来たんだから」
クラリッサさんの言葉に、僕はこくりと頷く。
実際、誰かがウィンドドラゴンを抑えなければ、被害は拡大していたことだろう。
ローディスさんがいればどうにかなったかもしれないけれど、一人では倒すのに時間がかかってしまうはずだ。
僕は結局、大火力で叩き落しただけに過ぎないけれど、それでも結果を残すことは出来たはずだ。
僕も、少しは進歩していると思っていいのだろうか。
「魔法も中々板についてきたんじゃないの?」
「エルセリアに助言を貰って、結構練習しましたから。もう少し頑張れば、回復魔法も使えるようになると思います」
「ふふ、その時は頼らせて貰うわね」
「あんまり怪我はしないで下さいよ。クラリッサさんが手傷を負うような相手なんて、僕は遠くから爆撃するぐらいしか出来ないんですから」
「使える手札が出来ただけ、進歩してるってことよ。さて、素材はどうしようかしらね――」
僕の肩を叩いたクラリッサさんは、そのまま上機嫌な様子でドラゴンの死骸のほうへと歩いてゆく。
一応、倒したのは殆ど僕たちだけど、戦闘に参加していたコントラクターは何人もいるのだ。
その辺りで、色々と話し合いになる可能性もあるだろう。
一応その辺りのことも聞いておいた方が――
「……あれ?」
ふと、気付く。いつも頭の上や肩の上にいるはずの気配が無い。
アイは、クレイグさん達に状況を伝えるため、離れて行動をしていたはずだ。
今、彼らはここにいる。それならば、アイもこの場にいなければおかしいはずなのに。
けれど、今ここにあの子の気配は無い。一体どこにいるのだろうか。
【――《共鳴》――】
「――――ッ!? アイ!?」
瞬間、アイの気配を探った僕は、思わず悲鳴じみた声を上げていた。
アイの意識が感じられない。魔力は感じられるし、死んだわけではない。
ただ意識が無い。まるで眠っているように、アイの思考が伝わってこないのだ。
そしてそうだと言うのに、あの子の位置は、急速にこの街から離れようとしていた。
この場からは、ちょうど反対方向。街を突っ切った向こう側の方角だ。
僕は――
>1.全速力でこの場から飛び出していた。
2.翼を見られるのは拙い。
3.とりあえず走りだす。
翼に全力で魔力を込める。
反動で全ての翼が展開されてしまったけど、構っている暇なんて無い!
周囲の人々が驚いた表情で視線をこちらに向ける中、僕は全速力でこの場から飛び出していた。
一瞬で上空へと駆け上がり、街の上空を突っ切る形でアイの気配がする方角へと飛翔する。
飛び出す一瞬前、後ろで僕を呼び止めようとする声が聞こえた気がするけれど、それを聞くだけの余裕は僕には無かった。
「速く、速く……っ!」
幸い、アイが離れていく速度はそれほどでもない。
街からはある程度はなれているけれど、僕の進むスピードのほうが圧倒的に速いだろう。
街の上空をほんの数秒で通り過ぎ、その先に広がる丘陵の方へと飛び進む。
恐らく、アイは気絶させられて運ばれているんだろう。
僕の認識が甘かった。契約妖精は希少な存在だから、狙われたっておかしくないのに。
ともあれ、今は後悔している場合じゃない。一刻も早くアイに追いつかなければ!
丘陵地帯は広く、遮るものの無い場所だ。ここならば――
【――《鷹の目》――】
「っ、見つけた!」
平原の中、街から離れるように進む人影。
その人物の所から感じるアイの気配に、僕は更に加速していた。
全速力でその人物を追い抜き、前方に回りこんで着地する。
風圧で周囲の草花を吹き散らし、その人の前に降り立って――絶句していた。
「……ふむ。なるほど、予想以上のスピードですね。スペックは聞いていましたが、上方修正するべきですか」
「……どう、して。どうして、貴方が……」
青みの強い銀髪、全身をすっぽりと覆うマント。
その間から佩いた剣を覗かせる彼女は、僕を見つめてこくりと頷く。
「とは言え、予定通りの展開ですね。これならば問題は無いでしょう」
「フェリエル、さん……! どうして、貴方が!」
「お父様からの、ご命令ですので。ここ数日、貴方を観察していました」
僕の詰問にも変わらぬ調子で、彼女は……フェリエルさんはそう答える。
僕が追いついてきたことも、まるで気にしていない――いや、それどころか都合がいいとでも言うかのように。
「貴方は面白いです、イリスさん。期待したほどの性能ではないですが。向上心は高く、驚くべきはその成長速度。お父様も満足されるでしょう」
「どういうことですか! お父様って言うの、は……」
――ふと、嫌な予感が脳裏をよぎる。
彼女は、そのお父様とやらが満足すると言っていた。僕の成長への貪欲さや、成長速度を見て。
僕が成長して、強くなって喜ぶ存在。僕はそれに、一人心当たりが無いだろうか?
「まさか……」
「察しもいい。お父様が気に入られるのもわかります。そう、貴方の思っている通りでしょう」
「ネーム、レス……フェリエルさんの、父親が……」
あの白い仮面の奥で、不気味に歪む紅の瞳。
怖気の走るような、絡みつくあの視線を思い出し、僕は思わず身震いする。
そんな、そんなことが――
「正確に言えば、実の父親ではありません。あの方は、私を造り上げたお方」
「作っ、た……」
「ええ、では、改めて名乗りましょう」
言い放ち――フェリエルさんは、身に纏っていたマントを脱ぎ捨てていた。
その下から現れたのは――僕と同じ、そして色違いの『戦天使の鎧』。
赤黒いカラーリングのそれを身に纏い、フェリエルさんはまるで僕に呼応するかのように、二対の翼を背中に展開する。
「私は人造天使・改造型――フェリエル。第一天使フェリシアと、第二天使エルドの残骸より造り上げられた、貴方とは異なる意味で最後の人造天使です」
その言葉に、僕は今度こそ完全に言葉を失っていた。
そして同時に理解する。彼女の顔に、どこか見覚えがあった理由。
それは、彼女の特徴が、第一天使フェリシアと第二天使エルドを掛け合わせたようなものだったからだ。
直接繋がる特徴ではなかったから、気付けなかった――ヒントは、いくつもあったはずなのに!
「この妖精はお返しします。貴方をここに連れ出せた時点で、特に必要はありませんので。危害は加えておりませんので、ご安心を」
「っ、アイ!」
彼女が投げ渡してきたアイを、僕は咄嗟にキャッチする。
気絶しているものの、特に目立った外傷は無い。どうやら、本当に危害を加えるつもりは無かったようだ。
けど、安心なんて出来るはずが無い。あのネームレスの関係者である以上、まともな目的で僕に接触してきたとは思えないのだから。
「安全な所に置いておくことをお勧めします。これから、最後のチェックを始めますので」
「何を、する気だ……!」
「無論、貴方の力を試させていただくだけです」
フェリエルさんは――いや、フェリエルは、言いながらその腰の長剣を抜き放つ。
黒く染まったその剣は、僕の槍と同じく遺物の類だろう。
どのような力があるのかは触れてみないと分からないけれど、危険であることに変わりは無い。
逃げようとすれば、恐らく背後から斬りかかられる。アイを抱えたまま、逃げられるだろうか――いや、無理だろう。
それならば――
「離れた場所に、置いておいても?」
「ええ、どうぞ」
フェリエルの了解を得て、僕は一度この場から跳び離れる。
彼女も上空に飛び上がり、僕が逃げないかどうかを観察しているようだった。
下手に狙い撃ちをされれば、アイの方が危ない。
僕は近くにあった木の根元にアイを横たわらせ、念入りに防御魔法を重ね掛けしてから、フェリエルのほうへと戻っていた。
「さて、準備はよろしいですね」
「……」
無言で、槍を抜き放つ。
逃げられない、ならば時間を稼いで、誰かが来てくれるのを待つしかない。
翼を広げる彼女を前に、僕はひたすら意識を集中させて構えていた。
【――《戦闘用思考》――】
――瞬間、フェリエルは爆ぜるように僕の方へとむけて飛び出す。
上段から振り下ろされる一閃は、以前の戦闘で見た時と変わらぬ鋭さだ。
認識するのが精一杯、翼がある今では完全に躱しきることもまず無理だ。
なら、受け止めるしかない!
「ぐ、っ!」
槍を構え、叩きつけられる一閃を何とか受け止める。
もしもそのまま受ければ、僕の体でも真っ二つにされていただろう、それほどの強さと重さを有していた。
けれど――
【――《怪力》――《魔力充填》――】
――ただでやられてやるつもりだって、さらさらない!
「はあああああッ!」
「っ!? ここに来て、まだ上がりますか」
淡々としていたはずの、フェリエルの口調。
その端に、どこか喜びのような感情を感じ取り――僕は、それを黙殺していた。
気にしている余裕なんかない。少しでも、時間を稼がなければ!
攻撃を弾き返したおかげで、彼女の体勢は若干後ろに泳いでいる。
けれど、これを踏み込める隙と見るほど、僕は彼女のことを甘く見てはいない。
第一、彼女は僕と同じ人造天使だ。多少体勢が無理であったとしても、宙に浮かんで対応できてしまうだろう。
なら――この隙に、距離を空ける!
【――《魔力充填》――《飛行》――】
第三の翼に魔力を込め、僕は羽ばたくと共に後方へと向けて跳躍する。
これで逃げられるなどとは思っていない。そもそも、逃げたらアイが危ないのだ。
とにかく、彼女の間合いから放れなくてはならない。武術では、僕は足元にも及ばないのだから。
全力での後方ダッシュに、フェリエルは僅かに遅れて反応する。
けれど、その隙に僅かにでも距離は開いた。彼女ならばすぐさま詰めきれる距離だけど――
1.魔力砲を叩き付ける!
2.誘導弾で足止めを!
3.忍法・空間転移の術!
4.踏み込んで貫く
5.「元の世界」の記憶を思い出せ…「武術」でなくとも「航空近接」はこなせるはずだ!
>6.固定化
使える魔法の中でも、足止めに使えるものはいくつかある。
少しでも、動きを止められれば!
【――《魔法・天:光輪の縛鎖》――《魔力充填》――】
全力で魔力を込め、強度に術式を集中させた鎖を造り上げる。
放たれた光の鎖は、複雑に絡み合うような軌道を描きながらフェリエルへと殺到する。
第一の翼の力も用いた、全力の拘束魔法。先ほどのウィンドドラゴンでも捕縛できる自信があるそれは――フェリエルの持つ黒い剣の一閃により、粉々に打ち砕かれていた。
「ッ……!」
魔法を斬られた? 何か特殊な技術?
いや、違う――あれは、恐らくあの剣の、あの遺物の効果だ。
フェリエルが魔法を使っていた気配はないし、何か特殊な技法があったようにも思えない、ただの横薙ぎの一閃だった。
だとすれば、あの剣の効果だろう。どのような効果かは分からないけど、正面からの魔法に意味はない。
《神槍》が破壊されなかった以上、遺物を破壊するほどの機能や威力はないのだろう。
けれど、手札の多くが潰されてしまったことに変わりはない。
少なくとも、正面からの魔法は殆ど効果がないと見てもいいだろう。
ならば――
「弾幕っ!」
【――《魔法・天:光の弾丸》――《魔力充填》――《戦闘用思考》――】
魔法を複製。放つものは、単純な爆裂する魔弾。
翼の機能、槍の機能、持てるものはフルに活用して放つ弾丸の嵐だ。
少なくとも、さっきは剣で触れていない魔法については破壊されていなかった。
ならば、面での制圧を行えば、少なくとも何発かは通るはず――
「――《破龍》」
――刹那、ぞっとするほどの魔力が、彼女の剣に集う。
咄嗟に僕は魔法をカットし、第二の翼へと全力で魔力を注ぎ込み、その機能を発動させていた。
【――《天翼:絶対防御》――《魔力充填》――】
形成される、最大の防御障壁。
発動中は動けないけれど、あの巨人の一撃を容易く防ぎきった障壁だ。
その防御力を魔力を注いで更に強化した、その瞬間――フェリエルの剣は、一直線に振り下ろされた。
――巻き起こる、灼熱と轟音。
発せられたのは、雷を伴う炎の一撃。絶大なる魔力を込めて放たれたそれは、彼女が口にした通り、龍すらも打ち破るほどの破壊力を秘めていた。
第一天使の持っていた強力な炎の魔法と、第二天使の雷魔法。
それらを重ね合わせ、新たな形とした術式武技。それこそが、《破龍》という技なのだろう。
とてもじゃないけれど、通常の防御魔法で耐え切れるものじゃない。
僕は《絶対防御》を展開したまま吹き荒れる炎と雷の嵐を見据え――それを食い破るように、フェリエルの姿が現れた。
「食い千切りなさい、『龍角剣』」
魔力を切断するその剣が、僕の防御障壁へと食い込む。
いかに絶大な防御能力を誇る《絶対防御》と言えども、それが魔力障壁であることに変わりはない。
僕の槍とも比肩し得る遺物は、障壁を僅かな抵抗のみで斬り裂き、打ち砕く。
けれど、その僅かな隙が、僕に回避の時間を与えていた。
《絶対防御》が機能を失った時点で僕は後ろへと跳躍し、僅かにでも距離を空ける。
しかし、彼女はすぐさま僕に追いすがり、横薙ぎに刃を振るって――
「読んで、いたさッ!」
「――むっ!?」
【――《魔力充填》――《神槍:天閃》――】
彼女の剣が、僕の魔法を破壊する瞬間を目撃していた。
だからこそ、ただの魔力障壁が意味を成さないことも理解していたのだ。
障壁を破られた瞬間に動揺しなかったのも、こうして槍に魔力を込めることが出来たのも、安易に手札を晒してくれたからこそ!
「光よッ!」
僕は僅かな槍の動きのみで、《天閃》を発動させていた。
現状、僕のこの技は、ただやりを振るった軌道に天属性魔力を放つことしか出来ない単純なものだ。
けれど、それ故に、槍を振るいさえすればこの技を発動することができる。
絶大な威力を誇る、この一撃を――
「ッ!」
その光を目の当たりにし、フェリエルは初めて動揺したような声を上げる。
放たれた光は僕の前方を白く染め上げ、未だ炎の熱が残る空間を通常の障壁を張ったまま後方へと通り越し、僕は再び魔力を練り上げていた。
今の一瞬、彼女の動きが加速したのが見えた。
恐らく、不意打ち気味だった今の攻撃にも、しっかりと反応していたのだろう。
白い光は消え去り、焼け焦げた抉れた地面の先――二対の翼の天使が、黒い剣を振りぬいた状態で立っていた。
――その頬から、一筋の赤い液体を零しながら。
「届いた……!」
何よりも自分自身でそのことに驚き、目を見開く。
彼女の動きを止めるには足りない、あまりにも小さな傷。
そこから流れる血を、フェリエルは左手で拭って――
「――――――あは」
――その口元が、まるで三日月を描くように歪んだ。
「あ、はは、あははははははっ! いい、いいよイリス! 最高、最高だよ貴方は! あははっ、あははははははははははははははははははははははははははははは!」
「っ、な……何を!」
狂笑。紅に染まった瞳で、これまで無感動だった顔を笑みに歪めながら、フェリエルはただ壊れたように笑い声を零し続ける。
頬の傷は瞬く間に塞がり、血を流した痕跡は僅かな紅の跡だけになり、それでも。
子供のようにあどけなく、けれど子供にはありえざる妄執を込めて、彼女は心の底から楽しそうに笑みを浮かべていた。
「ふふっ、あはは! 最高、最高だよぉ、イリスぅ……貴方がこんなに素敵だなんて! お父様が気に入るのも納得! だって、こんなに綺麗で、白くて――ドロドロに穢してあげたくなるんだもん!」
「――――ッ!?」
紅の瞳が、僕を射抜く。
その瞬間、彼女は弾けるように僕へと向けて飛び掛っていた。
先ほどとは比べ物にならないほどのその速度――戦いの思考の中ですら、僅かに槍の穂先を上げるのが精一杯なスピード。
僕は彼女の伸ばした手を躱しきれず、そのまま首を捕まれ、後方へと向けて吹き飛ばされていた。
「が……っ!?」
そのまま僕は後方にあった木へと叩き付けられ、肺から強制的に空気を排出させられる。
そんな僕の苦悶を知ってか知らずか、片腕で軽々と僕を拘束したフェリエルは、狂気の笑みのまま顔を寄せ、声を上げる。
「ほらぁ、こんなに白い……髪も、肌も。でも、瞳は琥珀みたいな金色……綺麗だねぇ、いりすぅ……」
「ぐ、ぅ……離、せ……!」
【――《怪力》――】
手を掴み、無理矢理引き剥がそうと力を込める。
けれど、フェリエルの手はびくともしない。力負けしてしまっている状態だった。
槍を持つ右手は彼女の左手に押さえつけられ、股の間には膝を差し込まれている。
首を掴む手の力は幸い強くなく、それほど首が絞まっている訳ではないけれど、全く身動きが取れない状態だった。
「ぅふ、あははっ、いい匂い……肌もすべすべして気持ちいいよぉ……」
「……ッ!」
フェリエルは首筋に顔を寄せ、猫のように頬を擦り付けてくる。
美少女にされているとなれば嬉しいはずなのに、背筋に走るのは壮絶な寒気だけだ。
上気した頬と潤んだ瞳からは、身の危険しか感じ取ることが出来ない。
「イリスが教えてくれた。私の意味、私の価値……こんな素敵な感覚、初めてだよぉ」
「うるさ、い……んっ!?」
もがき、悪態を吐こうとして――僕はふと、太腿に感じる奇妙な感触に気がついていた。
密着することで擦り付けられている彼女の体。その股の辺りに、何か奇妙な物体があったのだ。
妙に熱い、高い体温。何か棒状の、って――
「な、何、それ……男……いや、でも」
「んー? ああ、これぇ?」
視線を下に降ろし、フェリエルは歪んだ笑みを深める。
分からない。確かに胸はある。体のつくりは女性のそれのはずだ。
なのに何で、男性器が付いている……!?
「忘れたのぉ、イリス? 私は、第一天使と第二天使の体を使って造られたんだよぉ?」
「な……だからって、両方つける馬鹿が……!」
「天使に性別なんて無い、ってお父様は言ってたもの! あははははははっ!」
僕たち人造天使の長女である第一天使フェリシア、同じく長男である第二天使エルド。
彼女がその残骸から生み出されたと言うのなら、確かにあったとしても不思議ではない。
けど、本当に付ける馬鹿がいるか、あの変態仮面……!
「気になる? これが気になるの? うふふっ、私もねぇ、イリスをどろどろにしてあげたいんだよぉ……お父様と一緒に、全部全部、穢してあげるの! 気持ちいいよ? そうすれば、お父様も、私も、イリスも幸せだよね? ね、ね?」
「ふざ、ける、な……ッ!」
冗談じゃない、色んな意味で!
やっぱりあの男、何をするにも碌なことをしない!
このままフェリエルに掴まっていれば、本当に冗談でもなんでもなく貞操の危機だ。
僕の成長を楽しみにしているとか言っていたけど、あの変態仮面が据え膳同然に準備された僕を放置するとも考えづらいし……!
想定もしていなかった身の危険に僕は悲鳴を上げかけ――ふと、風が吹くのを感じた。
フェリエルの肩越し、僅かに閃いた影は――
「――――っ!?」
瞬間、フェリエルは瞬時に反応し、僕から飛び離れつつ剣を拾い体勢を整えていた。
そんな彼女のいた場所を薙いでいたのは、上から振り下ろされた鋭い槍の一撃。
――ローディスさんにより、上空からの奇襲だった。
「――げほっ、はぁ、はぁ……っ」
「大丈夫ですか、イリスさん! お怪我は!?」
「な、何とか……」
奇襲に失敗し、けれど動揺を見せることなく一瞬たりともフェリエルから視線を離さないローディスさんは、その体勢のまま僕に声をかけてきた。
首を押さえつけられていたため若干咳き込んでしまったけれど、僕自身にはほとんどダメージは入っていない。
行動は十分に可能だ。けれど――
「なぁんで邪魔するのぉ……? せっかく、イリスと愉しんでいたのに……ねぇ、何でぇ?」
「状況は掴み切れていませんが……どうやら、相当厄介な相手に目をつけられたようですね」
「自覚してます……ローディスさん、彼女はかなり強いです。魔法も、剣も……手加減されてようやくって感じでした」
「ええ、分かります。ふざけてはいるが、尋常ならざる武だ……」
油断無く構え、けれどその声の中からは、普段の余裕ぶった態度の中には無い硬い響きが含まれている。
武術に関する知識はまだまだ薄いけれど、フェリエルはおそらく彼よりも……クレイグさんやクラリッサさんよりも強い。
戦闘状態の僕が反応すらできなかったのだ。ふざけた相手だけど、実力は遥か格上であると判断したほうがいいだろう。
歯を食いしばり、呼吸を整えながら立ち上がって、ローディスさんに倣うように槍を構えつつじっと相手を見据える。
僕のそんな視線を受けて、フェリエルは嬉しそうにへらへらと笑みを浮かべていた。
「あははっ! まだまだ元気だね、イリス! もっと、もっと遊ぼうよぉ!」
「断る! 第一、ネームレスは僕を強くするのが目的じゃなかったのか! 君がやってることは、あの男の目的に反しているだろ!?」
「えー? だってぇ、最終的にはイリスはお父様のものになるんでしょぉ? じゃあ、どっちにしても同じだもん。イリスはぁ、お父様と私のものになるんだから!」
笑いながらそう告げて、フェリエルの姿が瞬時に霞む。
速すぎる、目で追えない――けれど、その動きにローディスさんは即座に反応していた。
風を使って加速しながら、黒い長剣の軌道へ槍を割り込ませる。
力では勝てないと最初から分かっていたのだろう。その動きは、攻撃を受け流すための構えだった。
槍の穂先で攻撃は僅かに反らされ――それと共に、ローディスさんの槍も弾かれる。
「ぐ……っ!」
膂力が違いすぎたのと、あの剣でローディスさんの風の魔法が切り裂かれてしまったためだろう。
攻撃をギリギリで反らすことに成功したものの、ローディスさんの体は衝撃に泳いでしまっていた。
それを感じ取った瞬間、僕は咄嗟に魔法を発動させながら槍を振るっていた。
「はぁっ!」
【――《戦闘用思考》――《並列思考》――《槍術》――《魔法・天:光の弾丸》――】
難しい術式など付与している余裕は無い。とにかく相手の動きを阻害することを考え、僕は光の散弾を発しながら攻撃を反らされたフェリエルへと攻撃を放つ。
ローディスさんと同様、体が泳いでいる状態の彼女――けれど、彼女は僕と同じ人造天使だ。
空中を滑るように後方へと移動した彼女は、笑みと共に雷をその手に纏う。
「ほらほらほらぁ!」
「イリスさんっ!」
放たれる雷の弾丸。避ける間もなく僕へと直進してきた弾丸に、僕は咄嗟に防御を固めようとして――腰を抱かれるような形で、横へと押し倒されていた。
咄嗟に僕は状況を察知し、倒れる寸前で翼を動かして、僕を押し倒したローディスさんを掴んだまま横へと飛行する。
翼の動きが阻害されていて飛び辛いが、止まればそのまま攻撃が命中してしまう。
魔法を放ちながら相手を牽制しつつ移動して――僕は、ふと体が軽くなるのを感じた。
「ありがとうございます、もう離しても大丈夫ですよ」
「はい、けど……」
「大丈夫です、当たりはしません。それより、無理な体勢で飛んでいる現状のほうが拙い」
「りょ、了解です」
ローディスさんが体勢を立て直したことを理解し、僕は一度上空へと駆け上がって、そこで彼の体を離していた。
飛行のための術式武技を再構成したローディスさんは、僕から離れた瞬間にフェリエルへと向かって飛翔する。
彼の援護をするための魔法を準備して――けれど、このままでは駄目だということも理解していた。
フェリエルは本気になったわけではないけど、それでも先ほどのように手を抜いているわけでもない。
僕は足手まといにしかならず、ローディスさんが十全に戦えたとしても勝ち目は薄い。
時間が経てばクレイグさんたちも追いついてくるかもしれないけれど、空を飛べるローディスさんがこれだけかかったのだ。
クレイグさんたちが追いつくのにはもうしばらくかかるだろう。
何とか、しないと――
1.もっと、もっとこの体の性能を引き出す。
>2.息を合わせ、互いの隙を消すように戦う。
3.闘争本能に身を任せ、暴力的にかつ静的に戦う
【――《戦闘用思考:戦闘調律》――】
――かちりと、何かが填まったような感覚。
僕一人では勝てない。ローディスさんでも勝ち目が薄い。
二人同時に戦っても、おそらく勝てはしないだろう。
けれど――
「……時間を稼ぐ、ただそれだけでいい」
勝つ必要なんてない。いくらフェリエルでも、クレイグさんとクラリッサさん、そしてエルセリアまで加わった状態なら分はこちらにある。
だから――今はひたすら、彼女の妨害をすればいいのだ。
ローディスさんの隙を、埋めるような形で!
【――《魔法・天:光の弾丸》――《魔力充填》――】
魔法を発動する。意識を集中させ、作り上げる術式はさらに複雑なものへ。
一度作り上げてしまえば、後は第一の翼で魔法を複製し続ければいい話だ。
けれど、まだ撃たない。放つべきは、ローディスさんの隙を埋めるタイミングだ。
フェリエルは、ローディスさんを迎撃するため、僕たちと同じように飛行を開始する。
最高速度はどうだか分からないけれど、少なくとも初速は彼女の方が上だ。
けれど、ローディスさんはそれに対して即座に反応していた。
恐らく、初動を見て動きを予測しているんだろう。体のスペックならば僕のほうが上のはずだけど、彼にはそれを凌駕するだけの技術がある。
その技術を持って、ローディスさんはフェリエルの攻撃を余裕を持って躱していた。
ギリギリで避けた場合、彼女の剣の効力が、ローディスさんの術式武技に影響を与えてしまう。
だからこそ大きく回避せざるを得ないのだが――今は、僕にとってはそのほうが都合がいい。
「行けっ」
命じ、魔法を放つ。
高速で飛翔した光の弾丸は、一直線にフェリエルの顔面へと直進する。
無論、それをまともに食らうような相手ではないことは理解している。
この魔法に与えた術式は――
「そして、爆ぜろッ!」
「っ、ぅあ!?」
――鋭い、風船の割れるような音を立てながら、強烈な光を発して破裂するというものだ。
僕たち人造天使の有する感覚は、非常に鋭い。
けれど、それは同時に弱点にもなり得るものだ。
あまりにも音や臭いが強すぎる時に、意識的に感覚を弱めることは可能だけれども、こうした突発的なものには対処することが難しい。
簡易的なフラッシュバン。さすがに、巨大な音を付加することはできなかったけれども、一瞬怯ませるならばこれだけでも十分だ。
閃光と炸裂音を間近で食らったフェリエルは、思わず目を閉じて体を硬直させていた。
その瞬間――
「――感謝します」
ローディスさんが、果敢に飛び込む。
既に動きは察していたのだろう、フェリエルもそれに反応して動こうとする――けれど、一手遅い。
彼女はローディスさんの放った突きを躱そうと身をよじり――その脇腹を、削り取るように抉られていた。
僅かな舌打ちと共に、彼女は自らの前方に炎を爆裂させる。
が、攻撃を欲張らなかったローディスさんは、一撃加えた瞬間に離脱しており、その炎に捕まることはなかった。
そして――そんなローディスさんの背後に隠していた僕の魔法が、炎の残滓を乗り越えて再びフェリエルへと襲い掛かる。
「そう何度もッ!」
「食らう訳には行かないから、反応せざるを得ないと言うわけです」
フェリエルは即座に反応して剣を振るい、僕の魔法を打ち消す。
けれど、それで構わない。その間に回り込んでいたローディスさんが、攻撃を加えることができるのだから。
既に避けられない状況、方向的に防御も間に合わない。
そんな位置を正確に把握しながら、ローディスさんは一撃を放ち――フェリエルはそれを、剣を手放した右掌で受け止めていた。
「な……ッ!?」
「邪魔だね、あなた」
掌を貫かれ、けれど痛みに耐えるような様子もなく、フェリエルは無表情に言い放つ。
そんな彼女の翼に紅のラインが走るのを目視し、僕は思わず目を剥いていた。
ローディスさんは咄嗟に槍を放し、フェリエルから距離をとる。
けれど、それだけじゃ間に合わない!
「ローディスさんッ!」
全速力で、空を翔る。
フェリエルの翼に集うのは、凄まじいほどの炎の魔力。
魔法に秀でた第一天使フェリシアの魔法――それは、あのエルセリアの冥属性魔法に匹敵する破壊力を有しているのだ。
この距離からでは逃げられない。そしてそれを防ぎきれるとすれば――
「《絶対防御》ッ!!」
放たれる魔法は、フェリエルを中心とした灼熱の大爆発。
彼女自身に影響を及ぼさず、なおかつ極大の破壊力を周囲に撒き散らす強烈な魔法。
その一撃とローディスさんの間に滑り込んだ僕は、咄嗟に第二の翼の力を解放していた。
ただの防御では防ぎきれない。遺物の力を使った防御でなければ。
ローディスさんを背中に庇い、《光輪》の力も使って全力で防御へと力を割り振り、この防御術式を維持する。
灼熱の炎はフェリエルの周囲半径10m以上を瞬時に燃やしつくし、やがて僅かな余韻を残して収まっていた。
右手を貫いていた槍を引き抜き、左手に剣を持ったまま槍を投げ捨て、彼女は凄惨に嗤う。
「凄いねぇ、イリス……今度はちゃんと、本気で戦ってあげるから――」
――瞬間。
湧き上がった強大な魔力に、僕とフェリエルの視線がそちらの方角へと釘付けにされる。
まだ距離はある、けれど遠いと言うほどではない場所。
そこに集う、強大なまでの冥属性魔力――
「魔を食らう龍よッ!」
フェリエルは、そちらへと向けて宣言し――その刹那、彼女を漆黒の魔力砲が撃ち抜いていた。
全身を包み込むほどの巨大な砲撃は、剣を盾にして防御するフェリエルを徐々に押して行き、そして吹き飛ばす。
爆裂する魔力が吹き荒れ、後に残されたのは、全身に切り傷を負った彼女の姿だった。
「――魔力刃と、魔力砲の組み合わせなんて……相変わらず、無茶苦茶ですね」
「っ、フェリエル!」
「……どうやら、これ以上の戦闘は無意味のようです」
戦い始めた頃と同じ、冷静な口調に戻ったフェリエルは、無表情に戻った視線を僕の方へと向ける。
けれど、その奥に宿る情欲の炎は、いまだ消えてはいなかった。
「ここは預けましょう。惜しいですが、またいずれ」
「ま、待――」
不利を悟ったのだろう。翼を羽ばたかせ、フェリエルは一気に上昇する。
槍を持っていないローディスさんと、実力不足の僕ではそれを止めることはできなかった。
瞬く間に点になって行く彼女の姿を見送り――僕は、深々と息を吐き出して脱力していた。
「……大丈夫ですか、イリスさん」
「はい、何とか……助かりました、ローディスさん」
「いえ、それはこちらの台詞です。僕では、あの攻撃には対処し切れませんでしたから……ありがとうございます。このご恩は、必ず」
「僕も助けてもらったんですし、それでチャラだと思いますけど……」
僕の体を支えてくれるローディスさんに、思わず苦笑をこぼす。
始めてあったときは嫌悪感もあったけれど、こうしてお互いに協力して戦った後では、奇妙な親近感があるばかりだ。
近づいてくるクレイグさんたちの気配を感じ取りながら、僕たちはゆっくりと地上へ戻っていったのだった。
【Act10:二人の天使――End】
NAME:イリス
種族:人造天使(古代兵器)
クラス:「遺物使い(レリックユーザー)」
属性:天
STR:8(固定)
CON:8(固定)
AGI:6(固定)
INT:7(固定)
LUK:4(固定)
装備
『天翼』
背中に展開される三対の翼。上から順に攻撃、防御、移動を司る。
普段は三対目の翼のみを展開するが、戦闘時には全ての翼を解放する。
『光輪』
頭部に展開される光のラインで形作られた輪。
周囲の魔力素を収集し、翼に溜め込む性質を有している。
『神槍』
普段は翼に収納されている槍。溜め込んだ魔力を解放し、操るための制御棒。
投げ放つと、直進した後に翼の中に転送される。
特徴
《人造天使》
古の時代に兵器として作られた人造天使の体を有している。
【遺物兵装に干渉、制御することが可能。】
《異界転生者》
異なる世界にて命を落とし、生まれ変わった存在。
【兵器としての思想に囚われない。】
使用可能スキル
《槍術》Lv.2/10
槍を扱える。戦いの中で基本動作を活かすことができる。
《魔法:天》Lv.3/10 up!
天属性の魔法を扱える。一般的な戦闘魔法使いのレベル。
《飛行》
三枚目の翼の力によって飛行することが可能。
時間制限などは特にない。
《魔力充填》
物体に魔力を込める。魔導器なら動作させることが可能。
魔力を込めると言う動作を習熟しており、特に意識せずに使用することが可能。
《共鳴》
契約しているサポートフェアリー『アイ』と、一部の意識を共有することが可能。
互いがどこにいるのかを把握でき、ある程度の魔力を共有する。
《戦闘用思考》
人造天使としての戦術的な思考パターンを有している。
緊急時でも冷静に状況を判断することが可能。
《鷹の目》
遥か彼方を見通すことが出来る視力を有している。
高い高度を飛行中でも、距離次第で地上の様子を把握することが可能。
《鋭敏感覚》
非常に鋭敏な感覚を有している。
ある程度の距離までは、近づいてくる気配などを察知することが可能。
《怪力》new!
強大なる膂力を有している。攻撃ダメージが増幅する。
《並列思考》new!
同時に複数の思考を行うことができる。
現在のところ、最大二つまで。
称号
《上位有翼種》
翼を隠せる存在は希少な有翼種であるとされており、とりあえずそう誤魔化している。




