Act09:天使と襲撃
慌しい内に過ぎていった二日目も、それ以上の襲撃が起こることは無く、次の日を迎えることになった。
僕とフェリエルさんはそれ以降見張りを行うことはなく、気にせずに眠っていたのだけれども……その間に、『鬼熊団』の方は色々と騒ぎになっていたらしい。
まあ、結局未遂だし、あのあとの騒ぎもあったから、正直あまり気にしてはいないのだけど。
彼らは期せずして、強烈なしっぺ返しを喰らうことになったわけだし。
――まあ、僕以外のパーティメンバーの女性陣は憤慨していたのだけれども。
「イリスちゃんは自分に頓着しなさすぎなのです! 女の敵は許すまじ、なのです!」
「そこの妖精と意見が合うのは珍しいですが、私も同意見ですよ。弾除けにでも使ってしまえばよかったものを」
「一応、正式に抗議は入れておいたわよ。あそこのリーダーは一応まともな人だったし、謝礼もしてくれるみたいね」
とまあ、こんな感じで随分とセメントな対応を取っていた。
元が男なだけに、あまりそちら方面には無頓着と言うか、アイリスの体が美少女であるのは確かだから惹かれるのも無理はないと思ってしまうのだけれども。
まあ、だからといって体を許す気なんてさらさら無いし、もしも触られたりしていたら意見も正反対だっただろう。
ともあれ、特に何かされたわけでもなく、向こうにも制裁は入っているので、僕からは特に何か思うところがあるわけではない。
そんな感じで、びくびくした様子のあの二人を尻目に、僕は今日も上空での偵察を続行していた。
とは言え、元々一日で通り抜けるはずだった場所を二日かけているのだ。
残る距離はそれほどあるわけではない。
僕たちは、昼に差し掛かる頃には、昨日到着する予定だった中継地点へと辿り着いていた。
ここは、前回の中継地点となった村よりも遥かに大きい、街と呼べる規模の場所だ。
流石にフリオールなんかと比べればずっと小さいけれど、周囲はしっかりと外壁に囲まれており、街の中央には高い塔のようなものが見えた。
中に鐘が見えているし、時間を知らせたり警報に使われたりするものだろうか。
そんなことを考えつつ、入場処理をしているキャラバンの傍へと降り立てば、僕に対して声をかけてくる人の姿があった。
「お疲れ様です、イリスさん」
「あ……ローディスさん。そちらも、地上での警戒お疲れ様です」
「貴方ほどではありませんよ。僕がやったことなど、軽い警戒程度です」
風の魔法を扱えるローディスさんは、その魔法によって周囲の警戒を行っていた。
僕の目視範囲より狭いのは確かだけど、索敵の精度は非常に高い。
正直な所、彼の魔法があれば僕の警戒はそれほど必要なかっただろう。
そんなことを考えながら頷いていた所、彼は少しだけ体を寄せ、僕に囁きかけるように声を上げてきた。
「さて、しばらくは自由行動ですが……イリスさん、少々お付き合いいただけませんか?」
「……デートのお誘いですか」
「ははは、そう思って頂けるのは光栄ですが……生憎、もう少し堅苦しい話です。現在の貴方の立場について、クラリッサから話を聞いたもので」
その言葉に、僕は思わず目を見開いていた。
ネームレスのことは、確かに隠しているわけではなかったけれど、あまり広めたい話でもないはずだったのに。
けれど、ローディスさんは第四武家。決して無関係な人間と言うわけではない。
一昨日の夜辺りにでも、話をしていたのだろうか。
「まあ、軽いお節介のようなものではありますが……どうでしょう。お時間、いただけますか?」
「ええと――」
>1.そういうことなら、話を聞いておこう。
2.まずは休みたいかな。
まあ、真面目な話だって言うのなら、聞かない理由は特に無い。
軟派な人ではあるけれど、この人も武家の一員だ。
ネームレスの事に関しては、この人も無関係とは行かないのだろう。
「……分かりました。そういうことなら、お付き合いします」
「ありがとうございます、イリスさん。では、ご案内しましょう」
そう言うと、ローディスさんは僕をエスコートするかのように街中へと案内していった。
一応クラリッサさんには断りを入れて、宿の位置も確認してから、彼に続いて街の中へと足を踏み入れる。
この街はディーオンと言う場所で、キャラバンなどが中継地点としてよく活用する場所らしい。
コントラクターの仕事もそれなりに多く、彼も時折訪れては仕事を行っているらしい。
「武家の方々って、政治にも参加しているんですよね? なのに、そんな風に色々と渡り歩いていていいんですか?」
「ええ。我々武家にとって、何よりも重要視されるのは武力です。我等にとっての義務は、何よりも強くなること。コントラクターの仕事と言うのは、見聞を深める意味でも、そして強さを求める意味でも非常に有用なんです」
成程、と――僕は納得して頷いていた。
一応、政治には政治専門の貴族も存在しているのだろう。
武家はそれよりも、直接的な戦力であることを求められているようだ。
「武家に生まれたものは、ほぼ大半がコントラクターの資格を有しています。仕事をこなす量に差はあれど、我ら武家の名は、ある種信頼の名としても通っているのですよ」
「へぇ……だからクラリッサさんとかは、ああいう風に受けがいいんですね」
「ドライ・オークスは特に武力に傾倒した一族ですからね。戦闘能力としての信頼度は非常に高いでしょう。尤も、その武家の名の恩恵にあやかろうとしない者もいる訳ですが」
苦笑交じりにローディスさんはそう呟く。
その言葉の意味が分からず首を傾げていると、彼は意外そうな表情で目を見開いていた。
「おや、話を聞いていないんですか?」
「えっと……何がですか?」
「……ふむ。そうですね、これは少し落ち着いてから話をしましょう。こちらです」
そう言ってローディスさんが案内してくれたのは、表通りからは少し外れた場所にある、落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。
彼はもうちょっと華やかな場所に案内すると思っていたから、少々意外ではある。
けれど、人目も少なく、それでいて雰囲気のいいこの場所は、腰を落ち着けるには最適な場所であるとも言えた。
とりあえず軽く飲み物を注文し、彼の前に腰を落ち着ける。
ローディスさんは――僕が落ち着き、そして程なくして飲み物が来るのを確認すると、軽く息を吐き出してゆっくりと話を始めていた。
「さて、例の話の件ですが……まず始めに、僕は貴方の生い立ちについても聞いていることを伝えておきましょう」
「そ、その話まで聞いていたんですか」
「むぅ、何か企んでいるのですか!」
「いえいえ、そんなことはありませんよ……と言いたい所ですが、今のイリスさんの立場は、生憎と武王会議も見逃せるものではなくなってしまっています」
「武王会議、ですか?」
「簡単に言えば、武家当主達の集まりですね。今回の事件、例のネームレスと名乗る男は、どうやら武家が保有する遺物を狙ったようです。武王会議としても、無視は出来ない状況です」
まあ、それはそうだろう。
国を護る象徴的な武家から、遺物を盗み出されてしまったのだ。
面子もあるし、それに危険な遺物であれば放置する訳にも行かない。
「しかし、ネームレスは貴方を狙い、その試練として盗み出された異物を利用すると宣言した。貴方は、武王会議にとって重要人物となっているのです。それはご理解いただきたい」
「……はい。まあ、そうなっても仕方ないとは思います」
「で、でもですよ! 逆に言えば、取り戻すまではイリスちゃんの立場は保証してくれるのですよね!?」
「ええ、それは勿論です。奴の目的は、貴方を強くすること。使い潰してしまっては意味が無い……実際に会議が行われなければ断言はできませんが、奴の言う試練を攻略することが遺物を取り戻すための最短経路である以上、貴方を支援する方向で固まるでしょう」
とりあえず、その言葉にほっと息を吐く。
国から立場が保証してもらえるのであれば、多少は安心できるかもしれない。
支援となれば、僕が強くなるのにも手を貸してくれるかもしれない。
そう考えながら顔を上げて――ふと、僕の視界には真面目に表情を引き締めたローディスさんの顔が映っていた。
「……イリスさん。武を志す者として、一つ忠告させていただきます」
「は、はい?」
「貴方は今、焦りすぎている。強大な力を持つ男に狙われ、焦る気持ちは理解できますが……自らを省みない武は、自らを殺してしまう」
「僕が、焦っている?」
きょとんと目を見開き、けれど彼の様子に冗談の色が一切無いことも理解して、僕はその言葉を飲み込もうと必死に頭を回転させていた。
確かに、ネームレスの狙いを何とかしなければと考えていることは事実だ。
けれど、焦っていると言われるほど、僕は余裕が無かっただろうか。
正直な話、全く分からない。けれど、ローディスさんは変わらぬ様子で続けてきた。
「貴方はここに来るまでの間、幾度も『自分が強くなること』を意識して行動していた。休むことを良しとせず、経験を積むために様々な行動を取っていました。貴方の体が強靭であることは聞いていますが……それでも、無茶が過ぎればいずれは破綻します」
「……それは」
否定は、出来ないかもしれない。
確かに僕は、何かと理由をつけて経験を積もうとしていた。
魔物相手に一人で挑んだり、ローディスさんがいるのに索敵を行ったり、野営を知り合ったばかりのフェリエルさんとやってみたり。
無茶と言うほど無茶ではないと思うけど、意識的に何かをしようとしていたのは事実だろう。
それも、休み無く。
「……でも、それぐらいやらないと、強くなれないんじゃないかって……クレイグさんなんて、いつも欠かさず訓練してますし」
「ああ……いえ、あれは彼がおかしいだけです。確かに、僕たちは日々鍛錬を積むことを義務付けられていますが、彼のあれは度が過ぎている。彼のあれは、狂気の剣ですよ……彼をそうしてしまったのは、我々武家のシステムかもしれませんが」
「クレイグさんを? どうして、そこに武家のシステムが?」
「……彼の名は、クレイグ・アイン・ガーランド――尤も、それを名乗ることは許されていませんが」
ローディスさんの告げた言葉に、僕は思わず目を見開いていた。
アイン・ガーランド。それは、序列一位の武家、魔剣の一族の名。
「彼は、第一武家の嫡男でありながら、魔法を操る才を一切持たなかった『出来損ない』……しかし、全てに見放されて尚、頂を見上げて剣を振り続け、剣武帝閣下にその求道を認められた唯一の剣士――当代唯一、剣武帝閣下の直弟子となることを許された男です」
「剣武帝って、確かこの国の……ええと、一番偉い人でしたっけ」
「あの方は国政に口出しすることはありませんが……おおよそ、その認識に間違いはないでしょう。この国最強の武の持ち主にして、今尚高みを目指して剣を振るう、最強の剣士です」
僕の感覚で言う所の、天皇陛下といったところだろうか。
国の象徴、武国エスパーダ最強の剣士。
クレイグさんが、その直弟子だというのか。
「アイン・ガーランドは、剣術と魔法両方に秀でた魔剣使いの一族。故に、魔法を操る才を持たなかったクレイグは失望され……彼は一切、省みられることなく育ちました。僕も、あの日まで存在すら知りませんでしたから」
「あの日……?」
「剣武帝閣下が我らを集め、その完成度を確認しに来たことがあったのです。そして、集められた武家の子供達の中でたった一人。たった一合、剣を取り落としこそしたものの、閣下の攻撃を受けることに成功した者がいました」
「……それが、クレイグさん?」
「ええ。当時十歳、まだ完成には程遠い彼が……大人ですら難しいそれを、ただ一振りの剣のみで成し遂げたのです」
それは、果たしてどれほどの修練の果てに得た結果だったのだろうか。
魔法を使えず、ただ剣のみを振るい続けて、この国の頂点に存在を知らしめた。
「彼が見ていたのは、剣武帝閣下ただ一人。頂点を見続け、そこに至ることだけを願い、まるで狂気に駆られたかのように剣を振り続けていた……僕はむしろ、今回彼に再会して驚きました。彼があんな風に笑う姿など、僕は見たことが無かった」
「それは――」
もしかしたらだけれども、エルセリアによるものなのではないだろうか。
クレイグさんが彼女のことを大切にしているのは、傍から見ていても理解できる。
ローディスさんが言うほど剣に傾倒していたクレイグさんが、今のようになったと言うのならば、きっとそれはエルセリアの影響だろう。
一体どんな理由があって、彼女に惹かれたのかは分からないけれど……もしローディスさんの言う通りなのだとしたら、きっとそれはいい影響だったのだろう。
「イリスさん。今の貴方からは、かつてのクレイグのような必死さを感じます。目覚めたばかりで、人との繋がりが薄い貴方がそうなってしまえば、戻れなくなってしまうのではないか……僕は、そう思わずにはいられません」
「それは……」
「貴方が強くなることに否は無い。けれど、無茶は禁物です。貴方一人で、ネームレスと戦うわけではない。どうか、それを忘れないで欲しい」
「……はい」
ローディスさんの言うとおり、未だ人との繋がりが薄いことは否定できない。
事実、僕はクレイグさんのこともさっぱり分かっていなかったのだから。
「……ありがとうございます、ローディスさん」
「いえ、礼には及びません。貴方を案ずる者がいることを、理解して欲しかっただけですから。僕に出来ることがあれば、気軽に相談していただければ幸いですよ」
「相談、ですか」
落ち着いて考えてみれば、僕の環境は非常に恵まれているだろう。
優秀な教師に囲まれているわけだし、訓練のペース配分も教えてもらえるかもしれない。
相談することと言えば――
1.槍の使い方を教えて欲しい。
2.何かいい息抜きは無いだろうか。
>3.クレイグさんに稽古をつけてもらう。
4.おい、デュエルしろよ
「……少し、技術方面のことが気になるぐらいだと思います」
「技術と言うと……クレイグの技ですか?」
「クラリッサさんもそうですけど、武術と魔法を組み合わせた技術って、僕にはまだまだ分かりませんから」
「ああ、成程……あれは、ある程度の武術と魔法が操れて、ようやく自分なりに開発が出来るようになるものですよ。まだまだ、イリスさんには早いかと」
「むぅ……」
やっぱり、僕はまだまだってことなんだろう。
クレイグさんも、剣武帝の直弟子と言うぐらいなら、まだまだ見せていない技も沢山あるんだろう。
無茶をする気は無いけれど、見れるものならもっと見てみたいものだ。
そんな僕の考えを読み取ったのか、ローディスさんは軽く苦笑のような表情を浮かべていた。
「やはり、焦りはそう簡単には抜けませんか」
「あ、いや……ちゃんと、気をつけようとは思います。無茶したら危ないですし」
「貴方の場合、その無茶のレベルが高すぎると思いますが……なまじ体が強いだけに、中々休んでいただけないようですし」
「その辺は、アイが何とかするのです。イリスちゃんが無茶しようとしたら、無理矢理にでも止めるのですよ」
「それは頼もしい。是非お願いします」
言外に『お前に言われる筋合いは無い』とでも言いたげな様子だったアイの言葉に、ローディスさんは笑顔でそう返す。
本当に、性癖さえ絡まなければかなりマトモな人だ。
「さて、そろそろ飲み物もなくなりましたし……随分と強さに固執しているイリスさんに、一つご教授しましょう」
「え? でも、無茶はいけないって……」
「加減は心得ていますよ。それに、少しお手本を見せるだけですから……貴方が無茶をしないように、貴方の相棒も見張ってくれているようですしね」
笑顔と共にウィンクするローディスさんは、悔しいが非常に様になっている。
飲み物の料金も僕が払おうとする暇も無く奢ってくれた上、ドアまで開けてくれる鮮やかな動き。
どうやら、女性に囲まれるのは見た目からというだけではないようだ。
店の外まで僕を案内したローディスさんは、再び僕の目の前に回り、そして恭しく礼をしながらその手を差し出してきた。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
「は、はぁ」
他の人がやれば滑稽にしか思えない仕草も、彼がやると自然に思えてしまう。
そんなローディスさんの姿に、僕は思わず反射的に手を伸ばし、その手を握っていた。
手袋越しでも伝わる、とても硬い皮膚の感触。
幾度も肉刺が潰れ、皮膚が硬く変質してしまった、戦士の手だ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……すごく、頑張っている人の手だな、と」
僕は、この肉体の性能だけで、戦うことが出来てしまっている。
それではまるで、彼らの努力を否定しているようではないかと、そう思えてしまったのだ。
しかしローディスさんは、そんな僕の考えなどお見通しだとばかりに苦笑する。
「貴方が負い目を感じる必要などありません。事実、貴方は何も悪くなど無いのだから。むしろ、才ある者がそれを腐らせてしまう方が、よほど冒涜であると言えるでしょう」
「……そう、ですか?」
「ええ。貴方には、高みを目指せる才能がある。だから、焦る必要など無いのです――」
そう言って、ローディスさんは僕の手を強く引っ張る。
いきなりだったため流石の僕も抵抗できず、彼の方へと引き寄せられ――次の瞬間、僕たちの体はふわりと宙に浮かび上がっていた。
屋根ほどの高さまで一息で跳躍したローディスさんは、再び屋根を蹴って跳躍し、周囲の建物よりも高い位置まで到達する。
「これは……」
理解する。
これは、クラリッサさんが使っていた地属性魔法を混合した武術と同じ……魔法と武術を組み合わせた、独自の技術。
「術式武技。一種、一人前のステータスとも言われるものですが……まあ、小手先の技術のようなものです」
「これが、小手先ですか……?」
「ええ、恐らくクレイグも同じことを言うでしょう。無論、そうやって手札を増やすこともまた、強さの一つであることは事実ですが」
ローディスさんの術式武技は、どうやら風の魔法を体に纏わせた移動型の体術のようだ。
単純に風で浮かび上がるような簡単なものではない。体の各所、力を入れるべき部分に重点的に魔法を纏わせ、一つの動作ごとにその出力を変更している。
その結果として、まるで地上と変わらないような機敏な動きを実現しているのだろう。
今の僕では、到底真似できないような高度な技術だ。
「人によって様々ではありますが、一般的には一人前と認められるだけの武術と、戦闘魔法使いとしての魔法技術があればこれを完成させられます。どのようなスタイルを目指すかは、その人次第ですが」
「スタイル……例えばローディスさんの場合は?」
「僕は魔法を優先したタイプですね。細かな制御によって武術を支えるタイプです。逆に、クラリッサなどは魔法はおまけで、自らの体技に頼るタイプであると言えるでしょう」
ローディスさんの言葉に、僕は頷く。
戦いのスタイルは、人によって様々だ。
クレイグさんのように武術に特化している人がいれば、エルセリアのように魔法に特化した人もいる。
クラリッサさんやローディスさんは、どちらも伸ばした上で、どちらを優先するかを決めているようなタイプだろう。
僕の場合は――
1.武術特化
2.魔法特化
3.武術優先
>4.魔法優先
――印象に強く残っているのは、今目の前で披露してくれているローディスさんの技術だ。
エルセリアから魔法の操り方を聞いたからこそ、彼の見せてくれている技術が非常に高度なものであると理解できる。
魔法と言うものは、基本的に長時間維持することが難しいものだ。
簡単な術式ならばまだしも、複雑に変化するものを留めておくことは難しい。
ローディスさんの場合、いくつもの魔法を多重起動し、必要に応じて魔力を注いで出力を変化させているのだろう。
複数の魔法を同時展開することは難しいが、同じ魔法の同時展開は難易度が格段に下がる。
コピーするのと別のものを用意するのでは、手間が大きく異なるのだ。
「……やっぱり、まだまだ遠いですね」
翼を展開してローディスさんから体を離しつつ、僕は苦笑交じりにそう呟く。
僕では、その同一魔法の多重起動すら覚束ないのだ。
真似をしようにも、全く技術が足りていない状態である。
「焦りは禁物ですよ、イリスさん。むしろ、僕は危機感を抱いているぐらいですから」
「ローディスさんが、ですか? 正直、全然届く気がしないんですけど」
「流石に、そんなにすぐ届かれてしまっては、僕も立つ瀬が無い。しかし、貴方の成長の速さは目を見張るものがあるのも事実です。肉体のスペックが高いのは事実ですが、常人が長い時間をかけて辿り着く領域を瞬く間に踏破しようとしている」
恐らくそれは、僕の中に基礎的な技術が叩き込まれていたためだろう。
肉体のスペック自体は鍛え上げた人間のそれよりも高く、技術も基礎自体は十分に出来ている。
今の成長が早いのは、それを活かすための技術を有していないからこそだ。
少しの心構えの違い、考え方の変化だけで、僕の動きは大きく改良することが出来る。
けれど――
「……今のままだと、きっとすぐに壁にぶち当たります。ちょっとずるしてるだけですから、先は見えてしまっているんです」
多少考え方を変えた程度では、どうしても限界がある。
今は基礎があって、それを活かす方法が分かっていない段階。
そしてこれを活かせるようになれば、ある程度のレベルまでは上達することが出来るだろう。
けれど、そこから上は応用分野だ。積み重ねと経験、その果てに見える領域に他ならない。
「だから、今のうちに壁の向こう側にいる人たちの姿を、目に焼き付けておきたい。もっと沢山、知りたいんです」
「それを理解しているからこそ、貴方は大成すると考えているんですがね……しかし、頑固な人だ。だからこそ、素敵な人だとも思えてしまいますが」
苦笑交じりに笑うローディスさんは、果たして何処まで冗談で言っているのか。
いや、本気で言われても困るんだけど。
さっきから、肩の上に乗ったアイが威嚇のような唸り声を上げてるし。
「さて、僕がお伝えすべきことは既に話しましたし……どうしますか、イリスさん? 他の皆と合流しますか?」
「……てっきり、デートにでも誘われるかと思いましたけど」
「僕としては、そうして頂けるのなら実に嬉しいのですが」
さて、どうしようか。
下心を感じないわけでもないけど、この人は本当に気にならない限度を把握している。
おかげで、彼と共に行動することに、それほど抵抗感があるわけではない。
まあ、アイは完全に警戒してるけど。
果たして何を考えているのやら――
>1.どうせだから、案内してもらおうかな。
2.他のみんなはどうしているだろう。
3.カードが呼んでいる……?
……まあ、色々と見て回りたい気持ちがあるのも確かだし、付き合っても構わないか。
実際、ネームレスに狙われるようになってからはあんまり意識していなかったけど、色々と食べ歩いたりしてみたいのも事実だ。
何と言うか、あの男のせいで新鮮な喜びが失われてしまったかと思うと、ふつふつと怒りの感情が湧いてくる。
折角健康な体で動き回れるようになったと言うのに、どうしてあんなのに狙われなければならないのか。
「……イリスさん? 何やら、思い悩んでいるようですが」
「あ、ごめんなさい。えっと、それでは少しお付き合いします」
「おや、それは嬉しいことだ。それでは、誠心誠意エスコートさせて頂くとしましょう」
どうやら、断られると思っていたようだ。
けど、僕としては彼のことを嫌っている訳ではない。
彼の性癖に関してとか、若干気にならないわけではないけれど、それでも距離感は弁えているし、どこぞの連中のように手を出してこようとするわけでもないのだ。
それもきちんと理由があってのことだし、ある意味変態さでは上を行くクレイグさんのほうが危なく感じるぐらいである。
「それでは参りましょう、イリスさん。どのような場所がお望みですか?」
「じゃあ、色々と食べ歩けるような感じでお願いします」
「おや、即答ですね。では、ご案内します」
僕を促しつつ歩き出したローディスさんに連れられて、街の大通りのほうへと連れ出されていた。
大きな街には流石に及ばないけれど、表通りにはそれなりに多くの店が並んでいる。
それだけの規模となれば、やっぱり屋台の類も結構発見することが出来た。
「わぁ……色々ありますね」
「人の出入りが多い街ですからね。こういった場所で食事を取る人間は多いんですよ。よろしければ、少し買って行きますか」
「ちゃ、ちゃんと自分で払いますよ?」
「こういう所は、男に格好付けさせていただきたいのですが……では、二人で購入しましょう。割り勘と言うことで」
クスクスと笑いながらそう言うローディスさんに、僕は思わず渋面を作っていた。
嫌なのではない。何と言うか、僕が許せる絶妙な落とし所を見極めてくるのだ。
それが、まるで心を読まれているかのようで、落ち着かないのである。
実際、二人で買った方がお徳だし、いろいろな種類を食べれるし……食べ過ぎて夜に響くということもないだろう。
その辺、この人はしっかりと管理してくれそうだし。
「では、買ってきますので少々お待ちください」
「あ、はい……」
うーむ……本当に、元男性としては複雑な心境だ。
有料物件とかそういうレベルではない、まるで作られたかのような理想の男性である。
元々の性格と言うのもあるだろうけど、それだけでは収まらない何かを感じる。
何か、理由でもあるのだろうか。
「――っと、あれ?」
ふと、視界の端に入ったものに反応して、僕はそちらへと視線を向ける。
どこか見覚えのある色の、厚手のマント。すっぽりと全身を覆うようにしているその姿は、ここ数日で幾度も見かけているものであった。
人通りの多い道の中、人ごみに紛れて歩いていくフェリエルさんは、どうやら僕のことには気付かなかったらしい。
街の中心方向へと向かっていく彼女に声をかけようかとも思ったけど、今この場を離れる訳には行かない。
そうやってしばし逡巡している間に、フェリエルさんの姿は見えなくなっていた。
「イリスちゃん、どうしたのです?」
「ああ、いや。今フェリエルさんがいたんだけど……こっちには気付かなかったみたいだね」
「いるだけで目立ちまくるイリスちゃんにですか?」
身も蓋も無い言われようだったけど、事実だから反論はできない。
まあ、背中丸出しお腹丸出しのこの格好だし、仕方ないのだけれども。
と言うか、マントぐらいは羽織った方がいいのだろうか。飛ぶ時に脱げばいいんだし。
「マントかー……視線を避ける意味ではいいかな」
「おや、それは勿体無い。重大な損失となってしまいますよ」
「……へそがですか?」
「ええ、勿論です」
……何と言うか、この残念さに安心してしまうのはなぜだろうか。
あんまり完璧すぎても息が詰まるから、助かると言えば助かるのだけど。
若干複雑な思いを抱きつつも、僕はローディスさんが差し出してきた紙袋を受け取っていた。
どうやら、小さな焼き菓子が入っているらしい。
二人でも分けやすい、ちょうどいいチョイスであると言えるだろう。
ちなみに、彼が持っているのは揚げたポテトのようだ。
「組み合わせとしては微妙ですね」
「僕としたことが、今イリスさんがどちらの気分なのかを聞き逃してしまいましたので」
「まあ、別に一緒に食べたからどうだって訳でもないですけど。買い食いですし、あんまり気にしませんよ」
「それもそうですね。食べたいものを食べる、あまり悩まないのが吉でしょう」
この言葉には同意だ。買い食いは雰囲気を楽しむものであり、食べ物自体が重要という訳じゃない。
まあ、美味しいに越したことは無いのだけれども。
袋の中から取り出した焼き菓子をアイと一緒に食べながら、僕はふと街の中心の方向へと視線を向けていた。
その先にあるのは、ひときわ目立つ大きな塔。頂点に大きな鐘が見えるあの建物は、この街のシンボルだろうか。
「イリスさん? ああ、あの建物は中々に目立ちますね。時報、警報の金に加え地下には強い魔除けの効果を持つ結界発生装置があると聞きます」
「へぇ、そういうものもあるんですね」
「大きな街にはそれなりにあるものですよ。尤も、今の技術では生産は難しく、整備が限界ですが……はい、あーん」
「あー……んむっ!?」
差し出されたポテトを反射的に口に運び、僕は思わず目を見開いていた。
とは言え、一度口に入れてしまったものを吐き出すわけにも行かず、咀嚼しながら恨めしげな視線をローディスさんへと向ける。
僕のそんな視線に対し、彼はからからと笑みを零していたが。
「……僕で遊んで楽しいですか?」
「ははは、滅相も無い。元々分けて食べるつもりの物でしたしね」
「何を爽やかに笑って誤魔化しているのですか! イリスちゃんのあーんを、初あーんを!」
僕の肩の上で憤慨するアイの声も軽やかに躱し、ローディスさんは楽しそうに笑う。
まあ、今更間接キスだのなんだの気にするつもりは無いけれども、この人もナチュラルに同じ楊枝使ってるなぁ。
彼に対して半眼を向けたまま、新たに焼き菓子を取り出し、彼の顔へ向けて投げつけてやろうかと悩んだ――その瞬間だった。
――街の中心にある巨大な鐘が、突如として鳴り響き始めたのは。
「――っ!?」
「おおっと!?」
思わず焼き菓子を取り落とし、咄嗟に飛んだアイがそれをキャッチする。
しかし僕はそんな様子を気にする余裕もなく、巨大な音を響かせる塔を見上げていた。
時報ではない。決まった回数ならされるはずのそれより多く、そして激しく鳴らされている。
これは――
「警報……! 馬鹿な、結界は……イリスさん、僕は外の様子を見てきます!」
突然の状況に、しかしローディスさんはすぐさま行動に移ろうとしていた。
武家としての行動なのか、或いは彼自身の感情なのか。
それは分からないけれど、少なくとも僕も暢気に買い食いなんかしている場合ではないだろう。
ここは――
>1.ローディスさんと一緒に行こう。
2.皆と合流しなければ。
「待ってください、僕も一緒に行きます!」
「な……しかし!」
僕を危険な目にあわせたくないのか、ローディスさんは珍しく否定的な言葉を僕に向ける。
けれど、僕もここで譲る気は無かった。
例え彼が強いとしても、一人きりで戦場に行かせてしまうのはいけないと思うから。
「大丈夫です。アイ、クラリッサさん達に僕たちのことを伝えておいてくれる?」
「ぬ……い、いや、イリスちゃんをその変態と二人きりにするなんて……」
「大丈夫。この人、その辺は一応紳士的だから……そこは信用しても大丈夫なこと、アイも分かってるでしょう?」
「むむむむぅ……分かった、分かったのです! ですけど、無茶しちゃだめなのですよ!」
「さっき言われたばっかりだからね、了解だよ」
僕より強い人がいるのだし、無理をするような理由はないだろう。
まあ、台風の日に田んぼの様子を見に行くような感じに見えてしまうかもしれないが、無理なら無理と判断するつもりだ。
そんな僕の様子に、納得し切れてはいない様子だったものの、アイは一応頷いて宿の方向へと向けて飛んでいった。
それを見送り、手に持っていた焼き菓子とポテトを近くの子供に押し付ける。
「行きましょう、ローディスさん」
「……全く。勇敢なお嬢さんだ」
「大層なもんじゃありませんよ。ただ、仲間を一人で行かせてしまうのが嫌なだけです」
「……仲間、ですか。まだ付き合いも浅いでしょうに」
「付き合いの長さより、信頼できるかどうかですよ。さあ、行きましょう」
「ええ、そうするとしましょうか」
僕たちは頷き合い、そして同時に地を蹴っていた。
僕は第三の翼で、ローディスさんはその術式武技で、上空へと向けて駆け上がる。
流石に翼に魔力を込めれば僕の方が速いだろうけど、それでも普段の僕と変わらぬ速さでローディスさんは飛行していた。
そんな彼への感心もそこそこに、僕はぐるりと周囲を見渡す。
【――《鷹の目》――】
眼を凝らし、遠くへと視線を向けて――僕は、気付いた。
街の外、確か北西の方角だろう。そちらの方角から、無数の魔物が接近してきているのが見えた。
「ローディスさん、向こうです! たくさんの魔物が!」
「何故、結界は動いていないのか……? とりあえず、向かいましょう」
そう告げて、ローディスさんは北西の方角へと飛び出していく。
僕もそれに続き、目的地の様子をじっと観察していた。
押し寄せてきているのは、様々な種の小型、中型の魔物達だ。
魔物の生態なんてまだ全然知らないけれども、その光景には違和感を覚えざるを得ない。
「ローディスさん! あんないろんな種類の魔物、一度に襲いかかってきたりするものなんですか!?」
「いえ、有り得ません。少なくとも協力することなんてあるわけがない。大発生なら無秩序に発生することもありますが、まだそんな時期ではない筈です」
大発生とやらがなんなのかは知らないけれど、恐らくあんな風な光景が繰り広げられる時があるのだろう。
逆に言えば、その大発生でも起こらない限り、あんな風にはならないのだと言うことだ。
少なくとも、普通ならば。
「何らかの影響により、魔物がこちらに向かってきている。それも、結界が弱まったか動作していないタイミングで……」
「……偶然とは、思えないんですけど」
「ええ、同感です。何らかの意図が働いている可能性は十分にあるでしょう」
どう考えても、タイミングが良すぎるのだ。
しかも、僕たちが到着してすぐのタイミングで――と、流石にここまでは考えすぎかもしれないけど。
けれど、あのネームレスのことを考えると、あながち馬鹿にも出来ないから困る。
「……ともあれ、今はあれらを片付けましょう」
「分かりました。個体だけ見れば、あのぐらいの魔物なら十分勝てる相手なんですけども……」
「ええ、数が多いですね……出来れば見ていて欲しかった所ですが」
「この状況で、見ているなんて言いませんからね」
時間をかければ、それだけ魔物達を街に近づけさせてしまうだろう。
ここは――
1.出来るだけ目立って囮になる。
>2.魔法の砲台になる。
3.気付かれないように兵装の力を使う。
「僕が魔法で援護します。出来る限り、数を減らしますから」
「助かります。巻き込まないようにお願いしますよ?」
「あはは、気をつけます」
実際、経験の浅い僕だとその危険もあるだろう。
ローディスさんの周りに撃ち込むときには、爆発したりしない穏便な奴にしよう。
「とりあえず、僕は外壁の上から狙います。ローディスさんは――」
「僕は降りて、直接戦います。そちらには行かないと思いますが、お気をつけて」
「ローディスさんも!」
頷き、僕は一瞬だけ翼を展開して槍を取り出し、外壁の上へと降り立っていた。
接近戦ではないから使う機会は無いかもしれないけど、これは一応魔力の制御能力もあるし、万が一接近されたときには使わないといけない。
まあ、ローディスさんがいる以上、使うことはないと思うけれども。
「さてと、それじゃあ……」
接近してくる魔物の群れ。
無秩序に動いているけれど、向かってくる異状は危険な相手だ。
そんな魔物達の群れへと、ローディスさんは飛び込むようにしながら、大きく広がる風の魔法をたたきつけていた。
強いものではなく広く広がるように展開された魔法。
彼の放ったそれは魔物達の視線を自分へ向けさせるためのものだったのだろう。
着弾地点はまだしも、他の魔物達には大したダメージは入っていない。
――しかし、魔物達の動きを一時的に止めるだけでも十分すぎる効果を発揮したと言えるだろう。
「動きも止まったし、練習台にさせて貰うとしようか!」
【――《魔法・天:光の弾丸》――《魔力充填》――《鷹の目》――】
エルセリアに教わった魔法の知識、それを思い起こしながら魔法を発動する。
僕の手に現れるのは光の弾丸。けれど、それにはいくつかの情報を付与している。
具体的に言えば、『真っ直ぐ飛ぶ』、『当たったら爆発する』とまあそんな程度のものだ。
まだあまり慣れていないから、とりあえず簡単なものから。
とりあえず魔力を多めに注ぎ込み、爆発の威力を高めた上で、僕は魔法を魔物の群れへと叩き込んでいた。
魔力を注ぎ込まれた魔法は、どうやら一つ目の『真っ直ぐ飛ぶ』という効果も強化していたらしい。
空気を割くような音を発して駆け抜けた弾丸は、一瞬の内に魔物の一体へと命中し――派手な爆発を巻き起こしていた。
「……おお」
予想以上の威力に、僕は思わず目を見開く。
敵も多いし、とりあえず減らせるだけ減らしておこうと言うことで、出来るだけ多めに魔力を注ぎ込んでおいたのだけど、どうやらその効果はあったようだ。
とりあえず、あんまり爆発力が強くてもローディスさんを巻き込んでしまいそうだし、少し手加減はしておくべきだろうけど。
「よし、どんどん行こうか」
爆発力は少し抑え、更に魔法を変化させる。
今度は、空中で魔法を爆発させる。そして爆ぜて飛んだ光の粒が、それぞれ別に爆発するというものだ。
クラスター弾をイメージしたのだけれども、これは一度失敗してしまった。
爆ぜて飛んだ光の粒が、爆発せずに魔物を貫いただけで終わってしまったのだ。
これはこれで、ショットガン的な効果があったかもしれないけど、狙ったものではない。
どうやら、同じ術式は二つ与えても二度効果を発揮するわけではないらしい。
その為アプローチを変え、分裂後に爆発するという方式へと変化させた。
その場合、『下方向に分裂する』という情報も与えるため、若干難易度は上がったけれども、制御できないほどではなかったようだ。
広範囲に爆発を撒き散らした弾丸の効果に、僕は満足して頷く。
「中々いい感じかな。ローディスさんの方も……」
彼に関しては、心配するだけ無駄と言うものだろう。
魔物の群れの中に飛び込んだローディスさんは、まるで踊るように槍を振るい、触れたものを纏う風で斬り裂いている。
術式武技を発現したローディスさんは、全身に風の魔法を纏っている状態だ。
空中では移動にのみそれを使っているが、もしも攻撃へと転用した場合、彼はまるでミキサーを体の周囲に纏っているような状態となってしまう。
下手な攻撃では、攻撃した方が切り刻まれる。あの状態なら、魔物の群れの中でも問題なく戦い続けることが出来るだろう。
「けど、強すぎるかな。戦意を失ってる魔物もいる」
魔法を次々と撃ち込みながら、僕は僅かに眉根を寄せていた。
ローディスさんは、あの程度の魔物を相手にするには強すぎるのだ。
暴走していた魔物達ではあるけれども、力の差を悟り、逃げ出すものも現れてしまうだろう。
やってきた方に戻ってくるならまだしも、彼を避けて街のほうへ向かってきてしまったら本末転倒だ。
「流石に、全部を仕留めきるのは無理……向かってくる奴がいたら迎撃しないと」
視線を細め、集中する。
撃ち出すのは、最初に放ったものと同じ、爆発する光弾だ。
けど、先ほどとは違う。今度は、これを複製するのだ。
種別の異なる魔法を同時に発動するには、非常に高い魔法の技術が必要だ。
けれど、同じ魔法の場合はその限りではない。
単純に、同じ術式を連続して与えるだけだから、集中が非常に簡単なのである。
コピー&ペーストしているようなイメージだろうか。術式も使い回せるし、無駄なく魔法を準備することが出来る。
「――行けっ!」
準備し、僕の周囲に浮かんでいた弾丸は、僕の命令と共に連続して撃ち出されていた。
手前から奥に向かって絨毯爆撃するように、近付いて来たらどうなるかを示すように、魔物へと魔法を撃ち込んでいく。
次々に爆発し、魔物を吹き飛ばして行く僕の魔法。
《光輪》を使っていないにしても、僕の魔力にはまだまだ余裕がある。
魔物達に成す術はなく、向かってくれば倒されるだけであることも理解できたはずだ。
けれど――
「……おかしい」
僕は、思わずそう呟く。
魔物達は、未だにこちらに向かってこようとしていたのだ。
これだけやられて尚、どうして逃げようとしないのか。近付いてくればやられるだけだと言うのに――
「何か、戻れない理由がある?」
不自然な街への襲撃。何かに操られている様子も無く、ひたすらにこっちへ向かってくる魔物達。
まるで、何かに追われているかのように――
「ッ……!?」
【――《鋭敏感覚》――】
はっと目を見開き、僕は上空を見上げていた。
まだ遠い、けれど確かに感じ取れる強力な魔力の気配。
距離があるため、意識を集中させないと感じ取ることは出来ないけれど……それは確かに、魔物達が向かってきた方角の向こう側に存在していた。
理解する。魔物達は、この気配の主から逃げてきたんだ。
アイの気配を探れば、どうやらこっちに向かってきている様子。
クレイグさん達も一緒ならば、もう間もなくこの場に到着するはずだ。
ならば――
「ローディスさん! 何か、強い気配が近付いてきます! この魔物達は、そいつから逃げてきたんじゃないでしょうか!」
返答は期待していないけれど、とにかく伝わるように大声でそう告げる。
周りにわらわらと姿を現し始めていた兵士やコントラクターが、その言葉にぎょっとした表情を浮かべていたけれど、構っている暇は無い。
「向こうから飛んできます! 援護を!」
「……全く、積極的な人だ!」
笑っているような、そんな声。
僕が地を蹴り空中へと駆け上がるのとほぼ同時、ローディスさんもまた僕を追って空中へと飛び上がっていた。
魔物達が野放しになってしまうだろうけど、既に他のコントラクターたちも集まってきている。
恐らく、既に問題ない状況にはなっているだろう。
今はそれよりも、向かってくる相手に対処しなくては。
「やれやれ、砲台ぐらいなら安心できたんですがね」
「ごめんなさい。でも、これは流石に野放しにするのは危険だと思って」
飛行する魔物は、それだけで厄介な相手であるといえる。
結界が上手く働いていない今の状況では、外壁を軽く飛び越え街の中に被害を与える可能性だってあるのだ。
――あの、飛来してくる大型の魔物が相手となってしまえば。
「……ウィンドドラゴン。翼竜よりも上位の魔物です」
「亜竜じゃなくて、純粋な竜種ですか……」
水色の光沢を持った鱗を纏う、巨大な翼の竜。
流石に上位竜とは違い、普通に討伐されるレベルの魔物ではあるけれど、そこそこ姿を現す翼竜よりは強力な存在だ。
「あまり大きな個体ではありませんが、厄介ですね」
「何とか、食い止めないと」
空中で戦うのは危険だろう。この場所は相手のフィールドだ。
尤も、兵装を使えば有利に戦えるだろう。高度はあるし、地上から気取られる可能性は低い。
逆に、相手を地面に叩き落してしまえば、クレイグさんやクラリッサさんも参戦することが出来る。
ただしその場合、例え地面に落ちたとしても強力な竜種だ、怪我人が出ることは避けられないだろう。
ここは――
1.空中戦を挑む。
>2.地上へと叩き落してしまおう。
やはり、地上戦に持ち込むべきだろう。
空中は、ウィンドドラゴンにとってのホームステージ。いかに僕やローディスさんが飛べるといっても、向こうの有利は否めない。
だからこそ、地上へ叩き落としての戦闘へ持ち込むのだ。
地上ならば、クレイグさんやクラリッサさんといった強力な戦力が存在している。
ここで僕たちだけで戦うよりも、遥かに有利に戦うことが出来るだろう。
「翼を狙う……で、いいですよね?」
「ええ、その方が確実です。ただし、長期戦になればこちらが不利。やるならば、初弾の不意討ちで翼を攻撃した方がいいでしょう。問題は、奴の翼を一撃で破壊できるだけの火力があるかどうかですが……イリスさん、お任せできますか?」
「僕が、ですか?」
「ただ単純な火力のみで言えば、貴方は僕よりも上でしょう。僕が足止めをしますので、その隙に」
「……僕に無茶するなって言いますけど、ローディスさんも結構無茶してますよね?」
「女性の前では、男は格好付けたいものなのですよ。では、お願いします、イリスさん」
まあ、その気持ちは分からないでもないけれど。
実際の所、流石に空中戦が得意な中位竜とドッグファイトをする自信は無い。
真正面からぶつかり合ったら、流石に無事では済まないだろう。
ローディスさんに危険な役割をさせてしまうのは心苦しいが、実際の所適材適所であると言える。
「……分かりました、ご武運を」
「ええ、お任せください」
力強く頷くローディスさんに僕も首肯を返し、そのまま真上へと高度を上げていた。
それと共に、僕は右手に持つ《神槍》へと魔力を通す。
外へと魔力をもらさぬよう、慎重にだ。
今の僕では、それだけの魔力制御はなかなか難しい。けれど、この槍ならば――僕の魔力を制御するためのこの兵装ならば、それも不可能ではない。
槍に魔力を溜め込みながら、僕は向かってくる魔物の姿を睥睨する。
【――《鷹の目》――】
水色の光沢を持つ鱗、巨大な翼。伝わってくる気配は、今まで見てきた魔物の中でも群を抜いて強力だ。
あれで中位だと言うのだから、本当に強い大龍や老龍、そして頂点に立つ古龍とは一体どんな存在になってしまうのか。
正直、悪夢以外の何物でもないと思う。
「僕がやることは、不意討ちでの翼破壊……それ以外は、必要ない」
だからこそ、正確に、精密に魔力を制御する。
魔力の波動で僕の存在を気取られないように。ローディスさんが、ウィンドドラゴンの視線を釘付けに出来るように。
僕がひたすらに集中する中、ウィンドドラゴンは一直線に飛翔し、ローディスさんへと突撃していく。
恐らく、ローディスさんの存在にはとっくに気付いていたのだろう。
そしてその上で、まるで油断しないとでも言うかのように、巨体を生かした突進を叩き込もうとしている。
受け止めることは不可能だ。僕が《絶対防御》でも使わない限り、あれだけの速さで突っ込んでくる質量を受け止めることは出来ない。
風を纏う竜は、その巨体でローディスさんを打ち砕こうと突撃し――
「グガァッ!?」
翼の付け根に、まるで滑り込むかのような一撃を突き込まれていた。
その光景に、僕は思わず目を見開く。ローディスさんは、虚空を蹴って跳躍し、宙返りしながら槍を叩き込んでいたのだ。
しっかりと見ていなかったから気付かなかったけれど、ローディスさんの靴、あれは僕と同じ『天馬の靴』だ。
ローディスさんはその機能で空中ジャンプし、ウィンドドラゴンに攻撃を当てていたのだ。
しかも、あの一瞬にもかかわらず、鱗の隙間を狙った精密な攻撃。
僕のような力任せではない、技によって成された高度な一撃だ。
攻撃を受けたウィンドドラゴンは、道を阻まれた怒りに燃えながら停止し、ローディスさんへと襲い掛かる。
けれど、当たらない。ローディスさんが全身に纏っている風が、ウィンドドラゴンの巻き起こすそれと同化して、まるで風に乗る木の葉のようにひらひらと攻撃を回避する。
同じ風属性では相性が悪いのでは、と思っていたけれど、逆だ。
――ローディスさんが、風属性を相手に負けることがないのだ。
「凄い、これが術式武技……」
僕はまだ、入り口にも立っていないであろうその技術。
確かに、僕は純粋な火力ならローディスさんに勝てるかもしれないけれど、本気で戦っても勝てるかどうか。
怒り狂うドラゴンは、ローディスさんに襲い掛かっては攻撃を回避されている。
最早、その視線はローディスさんにしか向いていない。
「……やっぱり、凄いな。でも、仕事はきちんと果たさないと」
槍を振り上げる。魔力を完全に制御し、一切外へと漏らすことなく、その一撃を完成させる。
まだまだ、完全とは言いがたいけれども――僕にとっては、切り札の一つだ。
狙うのは、攻撃を外して反転する、その瞬間!
「――落ちろ」
【――《戦闘用思考》――《魔力充填》――《神槍:天閃》――】
僕は、ウィンドドラゴンの翼へと向けて、魔力を解放しながら槍を薙ぎ払っていた。
放たれる光の一撃は、かつて巨人の腕を消し飛ばしたものと同じ。
駆け抜ける速度も瞬きの間であり、放ってからの回避はほぼ不可能だ。
ウィンドドラゴンも、発動の瞬間に魔力の高まりに気付いたようだったけれども、もう遅い。
僕のはなった光の一撃は、瞬時に虚空を貫き、ウィンドドラゴンの右の翼を半ばから消し飛ばしていた。
「グギャアアアアアッ!?」
悲鳴を揚げ、バランスを保つことも出来ず、ウィンドドラゴンは墜落していく。
けれど、その纏う風によって、落下のスピードは軽減されている様子であった。
恐らく、地面に叩きつけられただけでは死にはしないだろう。
まだ、戦いは終わっていない。
1.地上へ降りて追撃戦へ。
>2.上空から魔法で攻撃。
抵抗の暇は与えない。ここから、魔法による連打で動きを止める!
地上の戦いはある程度安定している状態にあるものの、墜落したドラゴンの姿で一部が混乱に陥ってしまったようだ。
幸い下敷きにされた者はいなかったようだけど、このままだと危険であることに変わりは無い。
「そのまま地面でもがいてろ!」
【――《戦闘用思考》――《魔法・天:斜陽の飛刃》――《魔力充填》――】
放つ魔法は、先ほどよりも威力は高めているものの、爆発の性質は持たないものだ。
地上では、墜落したウィンドドラゴンを仕留めようと、何人かのコントラクターが近寄ってきている。
そこに爆発する性質の魔法を投げ込んでは、味方まで巻き込んでしまいかねない。
できるだけ魔法を鋭く尖らせ、そして他の人を巻き込まぬようドラゴンの体の中心を狙って魔法を放つ。
雨のように降り注ぐ光の刃は竜の鱗に命中して次々と砕け散るが、それでも少しずつ鱗を傷つけ、その表面を削り取っていく。
「やっぱり、威力が足りないか……!」
全力の魔法を放てば、十分ダメージは与えられるだろう。
けれど、この状況では仕方ない。大人しく援護に回るしかないだろう。
そんな間にもウィンドドラゴンはもがき、周囲のコントラクターを薙ぎ払おうと尻尾を振るう。
鋭くしなった一撃は周囲の人々を強く打ち付け、逃げそびれたものたちを弾き飛ばす。
防御した人たちはまだしも、直撃した人たちは拙いかもしれない。
そして難を逃れたとしても、体勢を崩した彼らへと大口を開けたドラゴンの噛みつきが――
「はあっ!」
「ガッ!?」
――その瞬間、飛び込んできたクラリッサさんの痛烈な蹴りが、ドラゴンの頭を跳ね上げていた。
爆弾が爆発したのではないかと思えるような重い音が響き渡り、ドラゴンの頭の鱗が何枚も砕け散る様子が視界に入る。
けど、攻撃はそれだけでは終わらなかった。
「ブレスは封じますよ」
「――――ッ!!?」
仰け反ったドラゴンの首に飛び込んできたのは、上空から急降下したローディスさんの一撃。
彼の突き出した槍は、大口を開けていたドラゴンの喉へと正確に突きこまれていた。
流石に鱗の無い口腔内では鋭い刃を防ぐこともできず、血を溢れさせながらドラゴンは暴れようとし――
「これで終わりだ」
――赤熱するクレイグさんの一閃により、その首を斬り飛ばされていた。
【Act09:天使と襲撃――End】
NAME:イリス
種族:人造天使(古代兵器)
クラス:「遺物使い(レリックユーザー)」
属性:天
STR:8(固定)
CON:8(固定)
AGI:6(固定)
INT:7(固定)
LUK:4(固定)
装備
『天翼』
背中に展開される三対の翼。上から順に攻撃、防御、移動を司る。
普段は三対目の翼のみを展開するが、戦闘時には全ての翼を解放する。
『光輪』
頭部に展開される光のラインで形作られた輪。
周囲の魔力素を収集し、翼に溜め込む性質を有している。
『神槍』
普段は翼に収納されている槍。溜め込んだ魔力を解放し、操るための制御棒。
投げ放つと、直進した後に翼の中に転送される。
特徴
《人造天使》
古の時代に兵器として作られた人造天使の体を有している。
【遺物兵装に干渉、制御することが可能。】
《異界転生者》
異なる世界にて命を落とし、生まれ変わった存在。
【兵器としての思想に囚われない。】
使用可能スキル
《槍術》Lv.2/10
槍を扱える。戦いの中で基本動作を活かすことができる。
《魔法:天》Lv.3/10
天属性の魔法を扱える。一般的な戦闘魔法使いのレベル。
《飛行》
三枚目の翼の力によって飛行することが可能。
時間制限などは特にない。
《魔力充填》
物体に魔力を込める。魔導器なら動作させることが可能。
魔力を込めると言う動作を習熟しており、特に意識せずに使用することが可能。
《共鳴》
契約しているサポートフェアリー『アイ』と、一部の意識を共有することが可能。
互いがどこにいるのかを把握でき、ある程度の魔力を共有する。
《戦闘用思考》
人造天使としての戦術的な思考パターンを有している。
緊急時でも冷静に状況を判断することが可能。
《鷹の目》
遥か彼方を見通すことが出来る視力を有している。
高い高度を飛行中でも、距離次第で地上の様子を把握することが可能。
《鋭敏感覚》
非常に鋭敏な感覚を有している。
ある程度の距離までは、近づいてくる気配などを察知することが可能。
称号
《上位有翼種》
翼を隠せる存在は希少な有翼種であるとされており、とりあえずそう誤魔化している。




