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短編集<そこから物語は生まれる>文学編

取扱注意!

作者: papiko

 情報室から社内メールが来た。

『各社サーバーに重大欠陥の可能性ありだって』

 あたしは、そんなことニュースになってたかなと思いながら返信する。

『それ公式?アンダー?』

『アンダー。まだ、噂の状態』

 あたしはとりあえず、専務と社長には詳細つけて報告よろしくと返して業務に集中した。


 それから一週間もしないうちにサーバーの重大な欠陥についてネットでニュースになった。ハッキングが容易になっている状態で至急修復、対応するという話だった。あたしの会社でも、どうやらその作業に入るらしく、バックアップ作業などでどこの課もバタバタした。ただ、欠陥についての公式発表までに会社側は顧客情報をネットから切り離し、各部署に必要な情報を部長管理としてROMで配布していたため、大きな混乱にはならなかった。


『死ぬ。残業で死ぬ』と情報室からの愚痴メールが届くことしばしばだったが、ニュース後のトラブルは特になかったようで無事にすぎ、欠陥の修復も完了した週明け。あたしは、ようやく喫煙室で息抜きの日常を取り戻していた。


「お、いたいた」

「あーお久しぶりです。部長。何事もなくてよかったですよね。今回のアレ」

 あたしは、ぷかぷか煙草をふかしながら適当なあいさつをする。部長には以前、娘さんとのことで相談を受けたことがある。ここであたしを偶然発見したとばかりに近寄ってくるということは、また、何やら娘がらみの相談事かとあたしは警戒した。

「なんか、いやそうだな」

「他人様の家族の問題に巻き込まれたくないんですよねぇ」

 部長は苦笑いする。

「察しがいい君に相談なんだがね」


(やっぱりか!)


「娘が友達のことで悩んでるんだ。なんとかしてくれないか?」

「そういうことは父親の仕事ですよ」

「そう、冷たくするなよ。今回は俺もどうしていいのかわからんのだ」

「ほっとけばいいじゃないですか。もう、彼女だって二十歳なんだし」

「いやいや、ただの喧嘩とかそういうんだったら、俺もほっとくんだけどさ」

 対応に苦慮するほどの問題ということかとあたしは、二本目の煙草に火をつけた。

「いったい、何が問題なんです?」

 部長は答えにくそうに、毒親って知ってるかとつぶやいた。

「知ってますよ。子供に依存しすぎた親たちの話でしょ。親のために子供の精神が(むしば)まれ、心を病むっていうやつですよ」

「あー……そうなの?」

「簡単に言えばです。最近、書籍でもネットでも結構広がってる話題みたいですよ。とりあえず、本屋にでも行ってみたらどうですか?」

「いや、俺も貴美子(きみこ)もいくつか本を読んだり、調べたりはしたんだがな……」

 歯切れの悪い部長に、あたしはますます警戒する。

「難しすぎてわからん。それに貴美子の友達の親がその毒親とかなのかもよくわからなくてな」

「部長……完全部外者のあたしに相談されてもなんもできませんよ」

部長はすがるようにそういうなよという。

「とりあえず、今週末、うちに来てくれよ。貴美子の友達もくるから、話を聞いてやってほしいんだ」

 あたしは深くため息をついて、わかりましたと答えた。

「いやぁ。悪いねぇ。今度、酒おごるからさ」

「酒は当分いいりません。ここのところ、呑みすぎなので……」

 部長はじゃあ娘にチョコレートケーキつくってもらうから、よろしくなと喫煙室を出て行った。


 そして、約束の日曜日。あたしは眠い目をこすりながら、部長のお宅へ訪れた。チャイムを鳴らすと、部長が出てきた。ちょい悪親父風の姿は、あまり似合っているとはいえない。あたしは努力は認めようと思いながら、おじゃましますと家に上がった。

「あ、お姉ちゃん。いらっしゃい」

 元気な声で貴美子ちゃんが迎えてくれた。その隣で、こんにちはとにこやかに笑っているのは、毒親に育てられたと言っている友達だろう。わりと整った顔立ちだし、服装もうまく流行りを取り入れて嫌みのないラインで整っている。ただ、気が強そうな雰囲気があるのをあたしは感じていた。

「こんにちは、おじゃまします」

 あたしは、できるだけ眠さを隠してにこやかにあいさつした。


(毒親に育てられたっていうわりには、暗い雰囲気はない気がするが……)


 そのあたりは、話さないことにはわからない。とりあえず、部長がソファーを指して座れというので、遠慮なく腰を下ろす。

「もう少しでホイップできるから、待っててね。お姉ちゃんもお父さんも紅茶でいい?」

 あたしはうんと頷く。部長は手持無沙汰に煙草を取り出し、空気清浄器のスイッチを入れた。

「吸わないのか?」

「女の子二人いますからね。悪い影響与えちゃいけないでしょ」

「なんだよ。俺、肩身が狭いじゃないか」

 部長はぶつぶつ言いながらも、一本すったきりでそれ以上は吸わなかった。


 ガトーショコラにホイップを乗せて、紅茶でいただく。貴美子ちゃんのお菓子はかなりおいしい。とりあえず、あたしはいただきますと言って、一口食べた。


(うーん、いい感じに甘くておいしい)


 そう思いながらも、これから少しばかり苦い話になる。あたしは貴美子ちゃんとお友達に聞いてみる。

「二人とも仲直りできたの?」

 貴美子ちゃんは素直にうんとうなずき、お友達はちょっとびっくりした顔をした。

「部長がね。娘が悩んでるんだ。助けてくれぇって情けない顔してたので遊びにきました。ついでにあなたが親のことで悩んでるらしいってのも、聞いたんだけど。よかったら、何があったか話してみる?」

 あたしはとことんおどけた口調で言う。お友達はそうなんですよ、聞いてくださいよとあっさり口を開いた。

「ひどいんですよ。うちの親。あたしには厳しいのに、弟には甘いんです。昔から」

「まあ、そういうことはよくあるよね」

 お友達はよくあるなんてなまやさしいもんじゃないですと憤慨(ふんがい)する。


「毒親なんです。うちの親」

「毒親か。それはまた、なんでそう思うの?」

 部長親子は黙って成り行きを見ている。

「実は『毒親に育てられた私』っていう本を読んだんです。知ってます?」

 あたしは、紅茶をすすりながらうなずく。

「読んでて、うちの親があたしにしてきたこととそっくりだったんです!」

 お友達はそこから一気に親の悪口をまくし立てた。そして、ねぇひどいでしょと締めくくる。


(貴美子ちゃんは、これをさんざん聞かされたわけか……)


 あたしは小さくため息をついた。

「確認していい?」

「え?あ、はい……」

 お友達は勢いをいきなりそがれたように、戸惑っていたがあたしはそんなこと構う気にもならない。

「あなたの睡眠時間はだいたいどれくらい?」

「え?えーと7時間くらいかな。徹夜とかすることもありますけど」

「二週間以上、眠れなかったり、食欲がなかったり、買いたくもないものを大量にかったり、人込みで気分がわるくなったりしたことある?」

「……ありませんけど」

 お友達はだんだん不服(ふふく)そうな顔つきになっていく。

「じゃ、もう一つ。これが最後ね。過敏性腸症候群かびんせいちょうしょうこうぐんと診断された、もしくは心療内科・精神科を勧められたことはある?」

「かびん……なんですか?」

「知らない?」

「初めて聞きます……」

「じゃあ、心療内科とかもすすめられたことないよね」

「はあ……ありません」

 お友達は何が言いたいんだこの女というあからさまに不機嫌な表情になった。


「あなたの親は毒親じゃないと思うよ」

「そんなはずないです。あの本に書いてあったもん」

 お友達は完全に怒りをあらわにする。貴美子ちゃんがちょっと落ち着いてとなだめる。

「情報の取り扱いには注意が必要なんだよ」

 お友達は、はあっとあからさまに何言ってんだって声になる。あたしは淡々と言葉をつづけた。

「あの本は著者の病気のことに、ほとんど触れていない。毒親に育てられた子は、なんらかの身体の不快症状を訴えて病院にいって体に異常がないことを医者に告げられる。最近の内科医はね、そういう人には心療内科、もしくは精神科の受診を勧めるの。過敏性腸症候群っていう診断がついた場合は初期の精神疾患を疑うようになってるの」


 あたしは、そこでガトーショコラを一口食べる。お友達も部長親子もポカンとしているので、あたしは紅茶をすすって言葉を続ける。

「つまり、精神疾患があり、かつその根底に親の影響が強くでているときに、はじめて自分の親が毒親だと知ることになるってわけ。あの本の著者の親が毒親だったかどうかはわからないけれど、本の内容はずさんだよ。ほぼ、親の悪口と自分のサクセスストーリーでなりたっているからね。自分のことをサバイバーだなんて言ってるけど怪しいよ。本当に毒親から逃げ切った人は、支えてくれた人への感謝や親への(あわれ)みを感じて、平凡な毎日がとても幸せだって思うんだよ」

 あたしは、そこで言葉を切った。お友達は当然のように反論してきた。

「だったら、あたしはまだ発病してないだけだし、逃げきれてないだけだと思います!」

 あたしはにこりと笑ってもちろんその可能性は否定できないよと言ったら、お友達は(ひる)んだ。

「とりあえず、親にさっき言ってたあなたの気持ちをぶつけてみたら」

 お友達は不安そうな、それでも肯定されないことに怒りをおぼえているようにそれでそんなことして何になるのかと聞き返してきた。

「親の反応を見るの。親の態度や口調や表情に十分注意してよく見る。そしたら、はっきりするよ」

「どうはっきりするんですか?」

「あなたが親に対して本当はどういう気持ちをもっているかってこと。そして、本当の問題はなんなのかってこと」

 あたしがそういうと、お友達はわけわかんないと立ち上がった。

「貴美子、あたし帰る」

「ちょっと待って」

「この人、なんか偉そうで嫌」

 お友達はあたしにたたきつけるようにそう言って、貴美子ちゃんの静止を振り切って出て行った。


 戻ってきた貴美子ちゃんは落ち込んでいた。

「どうしよう、おねえちゃん……亜里沙ちゃん完全に怒ってる」

「貴美子ちゃんが気にすることないよ。あたしが意図的に怒らせたんだから」

「意図的にって……お前、どういうことだ?」

 あたしは、説明する前に煙草を吸ってもいいか貴美子ちゃんに聞いた。了解を得たので、一服する。


(あー眠い……)


 説明する気力も失せてきたけれど、ここで放置するとこの親子、特に貴美子ちゃんは悩むだろうから、あたしは気力を振り絞る。


「つまり、人間は弱いとあたしは思ってます。だから、彼女は今何らかの問題を抱えていて、それで誰かのせいにしたかっただけだろうと考えたんですよ。ねぇ、貴美子ちゃん。彼女に最近ショッキングな出来事ってなかった?特にあの本を読む前に」

 貴美子ちゃんは一生懸命に思い出して、答えてくれた。

「彼氏さんにフラれたってすごく泣いてたことがありました。確か彼氏さんにお前みたいな子供とはつきあいきれないって、大学生にもなっていつまでも甘えてるなって言われたって……」

「そっか。それが今の彼女の本当の問題なんだわ」

「そうなのかな?あたしも毒親に関連する本を読んでみたんだけど、亜里沙ちゃんの言ってることも間違ってない気がするし……」

「それはね。貴美子ちゃんが優しいからだし、彼女の友達だから彼女の言っていることを信じたいっていう気持ちがあるからだよ。あたしは、彼女がどうであろうとどうなろうと関係ないからね。いくらでも、思っていることがいえるわけ。それにね。彼女はちゃんと愛されて育ってるよ。あれだけはっきり自分の意見がいえるんだもの。毒親に育てられた子供はね、自分の意見をはっきりと言えないし、自己評価が低いから彼氏に甘えるなっていわれたら、自分を傷つける行為に走っちゃうの。たとえば、リストカットや自殺とかね。泣いて喚いて怒って、それで普通の生活してるってことは、普通に育ったってことだとあたしは思うの。だから、心配いらないよ」


 貴美子ちゃんは、あたしはどうしてあげたらいいのかなって言った。本当に優しい子だなぁとあたしは思った。

「待っててあげて。彼女が彼女の問題を解決するまで」

 あたしはそういって、残りのガトーショコラを食べつくし、帰ることにした。玄関で靴を履いていると、部長がちょっと聞いていいかと言ってきた。

「なんですか?」

「情報の取り扱いには注意がいるっていったよな。あれ、どういう意味だ?」

 あたしは一気に力が抜ける。

「情報って言うのは、道具と同じなんです。使い方間違えたら、怪我するってことですよ。まったく、ついこの間そういうことがあったでしょ」

 部長はあっとつぶやく。

「サーバーのアレか」

「そうですよ。情報室が早めに気がついたから、上が念のための処置をとったでしょ。幸い、トラブルはおきませんでしたけど。放置してて、顧客情報漏えいしてたらえらいことですよ」

 部長はそうか、そういうことかと何か納得したらしい。あたしは、それじゃあお邪魔しましたと言って部長のお宅を後にした。


 それから、一週間後。貴美子ちゃんからメールが届いた。


『亜里沙ちゃんのご両親は毒親じゃなかったそうです。すごく大事に育ててもらったことが分かったっていってました。それで、亜里沙ちゃんがお礼がしたいっていうので、お姉ちゃんの都合のいい日にランチしませんか?』


あたしは丁寧にお断りのメールをした。そして一言付け加えておく。『情報とは上手に付き合ってください』と……。



【終わり】

※毒親についての内容は完全に適切であるとはいえません。ネット内の情報と過去に読んだ本などを混ぜ合わせてあります。ご了承ください。

参照:Twitterサバイバーズスター|児童虐待防止月間

   『「家族」はこわい』斎藤学

   『社会的ひきこもり』斉藤環

   『あなたを気づつける人の心理』加藤諦三 など

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