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孤島の檻  作者: 森心安
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孤島の檻からの脱獄(上)

 夕日が沈んでいく、それに対し昼間は血の通っていないような白い色をしていた次が徐々に顔色を良くし優しい光を発していく。過去の話をするにしたがって徐々に闇夜みたいに表情を暗くしていた彼女は今この月みたいだった。

 

 そんな少女の隣に座っている、それだけじゃない。互いに支え合うことを願った二人なのだ。これから二人で一つになって生きていくのだ、その第一歩のような記録みたいなものが欲しかった。

その時「そうだ」と僕は閃いた。

 

 僕はベンチに置いていた画材を取り出し、階段の方へ歩き出した。


 「何を描くつもりなの?」


 「あぁ……うん、その……君を描こうと思ったんだ、どうしても、ね」と少し照れてしまいながら答えた。

 

 「えっどうして?少し恥ずかしいよ」と彼女も頬を少し染めた。

 

 「すぐ終わるし誰かに見せるわけじゃないから、大丈夫だよ」

 

 そう言うと、彼女をベンチに座らせたまま準備を整え、描き始めた。現実と描いている者の想像力が入り交じる、フィクションに与えられた特権ともいうべきものを最大限に活用しつつ、筆を紙に舐め回させていく。


 充実感を持って役割を終えた夕日

 それに照らされた黄金色の雪

 そして優しい光を発する月みたいな彼女自身


 それらの輝きを少しずつ誇張して描けば、現実の異なった魅力をもった彼女の姿が生まれるのだ。何故そのように描くのかというと、絵ではどうしても彼女の肌の質感、暖かさ、具体的な性格など現実の彼女を描き出すことはできない。それならば目に見えるものを誇張して描くことで、現実の彼女と異質ではあるが、本質的な魅力は同じである彼女を描くことができるのだ。そうすればその夕日と雪の輝きを受けている月みたいな彼女の姿がより現実とは異なった魅力を放つのである。それは着実に年齢の階段を登っていても、決して独りで全てを克服できる強靭な精神を(年齢を重ね習得するであろう精神)をまだ備えていない少女の姿、顔つきである。きっと僕も同じ容姿は別にして、同じ種類の顔つきをしているに違いない。だから僕達は二人で一つになったんだ。

 

 ここ最近は自室で描いた自画像を除いて、人物画は描いていなかった。最後に他人の顔を描くのはいつだったか……これまで掘り返す意思も無かった記憶を辿ると、それが自分の家族の絵だったことを思い出す。中学受験を始める前のこと――今思うと僕の明るい思い出はその辺りの時期で終わっていることに気づかされる。再びそのような思い出が刻まれる日は恐らく無い気がしていた。

 

 しかし、今日刻まれたのだ。これまでの以上に強い輝きを放った、体にいつまでも深く刻み込まれる思い出が。それは今日限りのことではないはずだ。この思い出は僕と彼女が刻む思い出の第一歩になりうるはずだ。その記録みたいなものが現実とは異なったしかし同質の魅力を持った彼女の絵である。

 

 「初めの一歩なら、ちゃんとやらないとな」

 

 そう思って辺りがすっかり暗くなるまで描いていた。既に夕日が沈んでいても元々虚構の入り混じったものであるから問題は無かった。そしてずっと同じ姿勢をさせられて

 

 「もう少しかかりそう?もう疲れちゃったんだけど……ごめんね」とほんの少しだけ表情を曇らせたところでようやく完成に至った。

 

 「待たせてごめん、完成したよ」

 

 あまり絵が上手い方ではないと自覚しているが、今回は当初意図した通りに描くことができ、何の後ろめたさも感じずに絵を渡すことができた。夕日と雪に照らされた月のような彼女は今眼の前にいる彼女そのままではないが、本質的な魅力は同じだ。絵の中の笑顔を見ると、やはり体中に熱い何かが滾るのである。

 

 「……ありがとう、すごい嬉しいよ。自分を描かれるのは少し恥ずかしかったけど、誰かに絵を描いてもらうなんて授業以外では初めてだよ、それもあなたに描いてもらうなんて」と笑顔で絵を見た。

 

 「もし良かったら……受け取ってくれる?」

 

 「えっ、何で?自分でせっかく描いたのに……」

 

 「家族に見られたら……捨てられるはずだからね。気にしてないだろうけど、どんどん勉強の方面から離れて偏差値の低い高校でも行ったら世間体が悪いからと勉強に関係の無いことをしてたら何を言い出すか分からないし。……これは僕と君の最初の思い出品だから……良かったらでいいけど、受け取ってくれるかな」

 

 「それなら良いよ、本当にありがとう」と語気を強め口からありったけの白い息を吐いて答えた。


 その気力に溢れた返事を聞き、安堵した。最初の記録は彼女自身が持つ、それはもっとも望んでいたことだから。


 「もうすっかり暗くなったから帰ろうか」

絵を描き終えると真っ白な雪を除いてほとんどのものは真っ黒に染まっていた。それだけではなく、夜が更けるにつれて寒風が容赦なく僕らに襲い体温を奪うので、さすがにこれ以上長居せず帰ることにした。


 「うん」


 僕はここを去る時再び雪の花が咲き乱れるこの高原を見渡した。高原のそこら中に僕らの足跡が刻まれている、それはこの雪の高原を去り例え足跡自体は視覚できなくとも、意識上ではこれからもこれらのような足跡は刻まれていくだろう。人間として彼女と一つになって刻まれていく足跡。僕達は再び人間として生きる気力を得てこの公園を後にした。


 最後に声を発せず口の形だけで「ありがとう」とだけ言い残して。


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