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孤島の檻  作者: 森心安
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芽むしり仔撃ち 4

 朝目覚め起き上がろうとしたのだがその脳内の信号を体はまったく受け付けず、そうすることができなかった。絶望的に深い穴に落ちた上に生きたままあまりに早い埋葬をされ身動きができない状態に陥ったようだ。その証拠に制服のまま寝たのに寝返りをほとんどしなかったようで皺らしい皺がまったく無かった。


 結局あの後泣き叫んだ結果、警備員がそれを聞きつけ、僕を出してくれたのだ。ただ警備員は救助するという意識ではなく、

 

 「たまにいるんだよね。君みたいな子。まぁ、次は気をつけて、災難だったね」とあくまで与えられた職務を淡々とこなしたような態度をとり、無表情で僕を校門まで連れて行ってくれた。


 「よくある」というのが意図せず閉じ込められることを指しているのか、またはその逆なのかは分からなかったが、いずれにせよ具体的に倉庫内にいた理由を説明する体力は微塵も沸かなかったから、

 

 「すいません。気をつけます」と精一杯出した小さな声で警備員に謝罪した、それほど疲労困憊だったのだ。

 

 僕は遅い帰宅となったわけだが、いつものように家は暗闇に包まれ気にも止める家族すらいなかったので、深く追求されず最後の力を振り絞ってベッドへ倒れこみ、そのまま瞼を閉じ朝まで開かれることはなかった。

 

 倉庫内で抱いた赤黒い血の色をした辛酸を舐めるような苦しみは、一過性のものに過ぎないと思っていたが、一晩経つと体の隅々に行き渡り体中を陰惨な状態にした上に弱まることは決してなかった。自分自身から生み出される集中力を全て足に集結させることでようやく起き上がり、何度も転んで体を地面に思い切り叩きつけそのまま意識を喪失し絶命するという夢想を繰り返しながら、登校の準備を整えた。

 

 玄関を出るとようやく登校しようという気になった堅固な意思を氷結させ機能を停止させる冷たい風が吹いた。昨日と変わらぬ風が吹くので学校への第一歩を歩んだだけで、昨日の無機物だけが入るはずの内側から脱出不可能な冷蔵庫を思い出させ、辛酸を舐める苦しみが胸の底から沸きでて体に染みていく。しかしニセモノの、半透明な人間らしく本能のようなものを体に指示するのだ。

 

 ――学校に行け、プログラミング通りに行くのだ!

 

 時計を見るとあと十分以内に教室に行かなければ遅刻しまうということに気づいた。僕は気付かないうちに長い間、その葛藤に苛まれ立ち尽くしていたのだ。いつもより遅れているからか脳からは


 ――行け、行け!という危険信号が発せられている。


 僕はそれに抗えず急いで地面を蹴って学校に向かうことにした。結局その本能の指示に逆らえないのは、仮にその世界が自由を拘束された雁字搦めの檻の中だとしても、確実に同じようにそこにいる囚人が僕を知覚してくれるはずだからだ。本来の人間ならば自殺を試みる程の苦痛かもしれない。しかし僕は檻の中でいることで得られる微細な利点のために感情を殺してまで


 「苦痛などない!」とそこに力の限りしがみついていることに気づいた。


 だからそこを破り外に出る気概など到底あるわけもなかったのだ。ただ知覚してくれるというメリットのためだけに檻の中に閉じ込められている囚人であることに加えて、拷問まで課されているのにも拘らず、必死にその中にしがみついている僕なのだから!

 

 その時僕はふと彼女の笑顔を思い出した。人に笑ってもらったのは最後はいつだっただろう。僕の厚い氷で覆われていた感情をその幼気な日差しのような笑顔で溶かしてくれた笑顔を僕はここ最近はいつだって忘れることができなかった。檻の中とはいえもう拷問の刑を解かれた彼女はきっと僕を見、哀れ気な目で見るかもしれない。

 

 「勘違いしてさらに厳しい拷問を課せられるなんて可哀想な人……おまけに殺していた感情まで蘇らせたから、私だったらとても耐えられない苦痛だよ!」と言って。

 

 その時僕は更に重い拷問を課せられることになるだろう。再びニセモノとはいえ感情を殺さなければ最後の救い手だと思った彼女からその刑を処せられたら、さすがにそのまま息絶えてしまうかもしれない。檻の中にはそのような人間の死体があちこちに転がっていると僕は知っている。

 

 しかしどうせこのまま本能の指示の声に従って再び感情を殺し、生死の実感を得ることなしに無機物さながらの人生を送ることに意味はあるのかと僕は自問自答した。それよりも彼女の口から


 「今後もあなたは勘違いを続けてニセモノの人生を送るか、全てを諦めるしか無いの」と言われ、絶望の底なし沼に嵌まり生きることに悲観して自殺をする方がよっぽど人間的ではないだろうか。


 檻の中に潜む監視者に課せられた拷問に耐えかね絶命するなんて、感情を殺して「辛くない!」と思ってまで生きるよりよっぽど生を感じさせるはずだ。だから僕は彼女の判決を聞かなくてはならない!そう思って学校とは逆方向の向きに歩き始めた。あわよくばその判決は拷問に課せられている僕を救う言葉であることを信じて。

 

 植物園はまだ開いていなかったので僕は古びた喫茶店に入った。勢いで来たのでこれからどうするかは考えてはおらず、僕は彼女にどうやって会ったら良いのだろうかと考えあぐねいた。このままここか植物園かのどちらかで待っていてもまったく意味が無いことは分かりきったことである。


 さらに病院に行ってもそれは変わらなかった。ここならば一日待っていればもしかしたら来るかもしれないと思ったのだが、彼女の母親の病室は既に別の患者の名前に変わっていた。また彼女の名前が分からないので何とか受付で彼女の特徴を言い手がかりをつかもうとしたところ、病気が更に重くなったので別の病院に転院したと聞いた。死期がより近づいたのだろうか、守秘義務があるから深くは聞けなかった。そうなるともう彼女をどこでどうやって見つけたら良いのか分からなくなってしまったのだ。


 いよいよ最後の手段としてはやや骨が折れるが、今から彼女の通う学校に待ちぶせるというものだ。どこに通っているかは彼女の着ていた全身真っ黒の制服と便所での一件もあり、大体見当がついていた。後は放課後まで校門から出てくる彼女を見逃すことなく待ち続けるだけである。僕はあの公園付近の学校の校門に、警備員に見られると厄介だから彼らの視線を避けながら待つことにした。


 時刻は十時であった。今頃二時間目が始まろうとしている。これまでどんなに体調不良でも休まなかった僕が学校を休んでしまったのだ。しかし僕がいなかったところで彼らは何の反応せずいつも通りの僕がここ数年決して過ごすことのできなかった日常を過ごしているに違いない。教師としてはこれまでこのような状況にも拘らず皆勤であった僕が休んだことを、どう捉えているのだろうか。変に心配され家にでも電話されたら厄介だと思い、何度も公衆電話をかけようかと思ったのだが、


 「それでは本能に従うのと同じではないだろうか?」と思い、ボックスの中を何度も出入りした。


 だがこの心配も杞憂に終わる気がするし、実際そうだろう。これまでどんなことがあっても誰も気にも止めなかったのだから。

 

 さすがに午前中から彼女を待ち続けるのは暇なので何度も付近の公園に行こうとしたのだが、仮にその間に彼女が早退しそれを見逃してしまったらという不安もあり待ち続けた。この辺りは朝に登校しに学生が通るくらいで公園があるにも拘らずほとんど親子連れも見ない、閑散とした住宅街だったので警備員の目さえ逃れられなければこの時間帯に制服で一箇所に立っていても、不審がられることは一切としてなかったのだ。唯一の問題としては皮膚を叩く冷たい風のみであるが、これが最も堪える。そして何度も


 ――お前はこの場から去って学校に通わなくてならないのではないか。もう教師が家に電話をかけているかもしれないぞ。最悪でも学校に電話だけはしろ!というこれまでの本能じみた習慣に抗ったことにより激しく指示の声が聞こえてきた。しかし僕は彼女の判決を聞かなくてはならないのだ、という思いにより最早その指示に意味などなかった。


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