蟲娘 5
僕が蟲娘と話すようになって何週間が経ち、二学期も終えようとしていた。世間ではクリスマスで盛り上がり、クラスでもその日の予定を友達同士で聞き合っていた。当然僕にはまるで関係の無い日だったのだが。
最後にクリスマスを楽しんだのは中学受験の勉強をしようと決める前の年のクリスマスまでだったはずだ。その時までは毎年寝ている時にサンタクロース、という名の両親がプレゼントを持ってくるのがただただ楽しみで仕方がなかった。だから重くなっていく瞼で瞳が覆われることを拒否し続けて、サンタクロースの姿を見ようと奮闘し、結局は寝てしまい来年こそは、と毎年思っていたことを覚えている。
しかしもうサンタクロースはおろかクリスマスの予感すら家では感じられなかった。イブの日、いつものように母は僕が帰ってきても、サンタクロースが来るのが待ち遠しくて早めに寝ていた過去のクリスマスの日の僕のようにぐっすりと眠っていた。
僕はいつもと同じように夕食を済ませる。昔は国産和牛を焼いたものやコーンスープ、シャンメリーで彩られたイブの食卓はコンビニで買ってきた冷たい弁当に変わっていた。僕はそそくさと食べ、自室に入り、サンタクロースが待ち遠しいから寝るのではなく、一日を早く終えてしまいたい一心で瞼を下ろしたのだ。サンタクロース、あの優しそうな瞳をした老人はもう家に来ることはない。
十二時頃玄関のドアが閉じる音で目が覚める。帰宅した者は兄と、そしてサンタクロースの片割れだ。僕と同じようにその音によって母は起き、嬉しそうに「お帰り」と言った。サンタクロースを待っている子供みたいに寝ていたのはそういう理由だったのだろう。
「イブ、もう少し過ぎちゃったか」と父が言った。
兄も「これでも何とか無理して早めに帰ってきたつもりだったんだけどな。やはりどうしても遅くなっちゃうなぁ」と笑いながら言う。
そして母は「そうなの。でも気にしないわ」と言った。そして「メリークリスマス」と声をあげた。
「おいおい、もうそんな年じゃないだろ。みんな」と苦笑しつつもきっと父は頬を緩めているだろう。
「すぐ食事の準備するから。今日はゆっくり食べましょう。せっかくのクリスマスなんだから」母は台所へ向かったはずだ。
僕のいない間に、クリスマスパーティが行われたのだ。かつての主役は脇役どころか登場すらしない。だからといって参加する必要性も感じられなかったので何も知らないふりをしてそのまま布団へ潜った。
「もう僕は本当にこの家族とって招かざる客みたいな存在になってしまったのだな」
そう暗闇の部屋の中で思った時、何故かは知らないけど蟲娘の顔が浮かんでいた。
再び夜中に起きてしまい尿意を催した便所に向かうと兄が便所にいた。充実感が顔に現れていて半笑いの兄。
その様子を見ると「楽しそうだったね、クリスマスパーティー。結構飲んだみたいだね」と皮肉を言わざるを得なかった。
そうすると兄は、僕よりも頭二個分背丈の大きい背で僕を見下ろし、たちまち不快感から赤い顔して「今日も仕事でそれどころじゃなかったんだ。そんなことできるわけないだろ、さっさと寝ろ」と咎めた。
怒っているように見せかけているのが分かった。酒をたくさん飲んで笑い声をあげ楽しそうに過ごした僕のいないクリスマスパーティーの存在を隠したかったからだ。顔の筋肉が酒で緩みだらしない半笑いを浮かべているのが何よりの証拠である。
これ以上深く追求しても仕方がないし、何より布団の中で全てを忘れ、死んでいくように眠っている方が気持ち的にも楽だったのでそうした。クリスマス?そんなものは最初から無かったのだと言わんばかりに。
外では雪が降っている。もう日付を超えたのでホワイトクリスマスということになるのだろうか、そんなことは関係ないけどとにかく僕以外の大半の家庭ではきっとその雪を幻想的な夜を彩るものとして悦に浸っているだろう。
だが僕にはサンタクロースもクリスマスツリーも色とりどりの豪華な食事も無い、まったくいつもと変わらない現実的な日だった。だからその雪も無を感じさせる虚しい色の物体が降っているという感じしかせず、それよりも非現実的な夢の世界へと向かった。
こんなクリスマスイブがもう受験があった年のクリスマス以来何年も続いているのだ。もうクリスマスがどんなに楽しい日だったかを僕は思い出せない。そもそもあれは現実だったのだろうかと疑ってしまうこともある。僕にとってクリスマスという過去の楽しい思い出は、数日前に見た夢との区別がつかない程曖昧なものとなっている。
クリスマスの日であり、終業式の日でもある二十五日の天気は灰色をし、重そうで気怠そうな雲が空を覆っていた。冷たい空気で包まれ、深呼吸をすればそれが肺に入り刺激し咽て咳き込みそうになった。
クリスマスと言えども、僕に休業は許されなかった。教師に今日中に机やロッカーに溜まったプリントやら教科書やらを持って帰るように言われたので片付けようと思った。クラスメートにゴミ箱代わりにされた僕の机やロッカーは、紙くずなどを口一杯に頬張るような醜い姿をしていた。それは育ちの悪い人間の下品な頬張り方をしているみたいだ。それを片付ける苦行だけならまだしも、中にゴキブリの新しい死骸で一杯のゴキブリホイホイやらハエ取り棒がプリント類で隠れ、気づかなかったので思わず手で触れてしまったのだ。いつもなら演技だが、それらの感触は不快感以外残さず、思わず顔中に皺を作って大袈裟に驚愕の声を出した。
するといつものように「キモイ」とこそこそとそれこそ害虫が蠢く音のような声で囁かれ笑われたのだった。
更にようやく全部ゴミ箱に捨てたと思ったら
「ここがゴミ箱だった!どこにあるかと思ったらここだったか。見つからなかったから困ってたんだよな」と僕にゴミ箱を被せたのだ。なるほど、僕がゴミであるからそこに捨てれば良いと思ったのだな、と合点が行った。
これらが僕の今年のクリスマスプレゼントなのだろうか。
もちろんここで何らかの反応を示さなければ新しくまた嬉しくもないプレゼントが追加されるに違いない。もう片付けが終わり次第帰るだけだし、教師も僕の状況を知っているから無理して再び片付けるよりも、嘘泣きでもしながら教室を飛び出すふりをして早急に帰るのが手っ取り早いと思った。だからすぐさま瞳にわざとらしい涙を浮かべ鞄を持ち、
「帰る!」とだけ言い残し教室から抜けだした。
僕がいなくなると教室はみんなの声帯が爆破したみたいに笑い声に包まれていた。それを聴くと今日も虚しい演技の仕事を終えたことを実感した。もう今年は学校に行かないはずだから、これが仕事納めになるだろう。
こうして今年最後の学校を終えたのだ。きっと来年も同じ目に合うのだろう。しかしもう辛さも何も存在はしていなかった。来年我慢すればどうせ卒業だ。ろくすっぽに高校受験の勉強をしていないが、どうせしたって中学受験と同じ結果なのは目に見えているし、家族も僕に何も期待していないのは分かっていた。当然散々嫌味は言われるのだろうけど。
しかしそんなことも気にすることはせずにこのままやり過ごせばいいのだ。この中学生活も、高校受験も、その先の人生も。そんな人生に楽しさは当然無いが辛さもない。そんな人生で良いのだ、もう。
しかし果たしてそれは人生なのだろうかという疑念がまだ微かに残っているのである。人が生きると書いて人生だがこんな生き方、子孫すら残さないのだからそこらの脆弱な生物、それこそ地べたで暮らし暗がりに生える苔を食べて生きるだけの陰獣のようで、人間とは思えなかった。形だけの人間、半透明人間。
きっと蟲娘も同じ事を思っているのかもしれない。もしそうだったら?僕はそんな人生を一日だけ長く生きようと思うかもしれない、何でかは知らないけど。
寒々とした風が目に染みる。僕は今年の暮れに一度くらい、いつもの植物園に行こうかと思いバスに乗った。すぐにでも到着したい気持ちもあったが、いざバスに乗ると気持ちは急変した。というのもバスは今日過ごした他のどの場所よりも暖かく、心地良かったのでそのまま眠りについてしまったのである。最初は寝過ごしたらどうしようかと思ったのだが別に明日からお金を使う用事も無かったし、学校自体も無かったしまだ時間も早いのでこの安寧の地に身を寄せて行き先も考えず、ただぼんやりとこの町を漂っていたかったから瞼を閉じて現実の世界から逃げ出すように意識をどこか遠くへ飛ばした。暖房の温度調節がほど良いのもあるが、ここなら誰もクラスメートはやって来ないから、気持ちも安らぎ、体も暖かったので、一度閉じられた瞳はともかく開くことを嫌がるのかのようにピクリとも動かずにじっとしていて、時の流れはただその様子を見守っていた。死んだものに対してそうするように。
僕はバスの停車ボタンを押した時に発する音で目覚めた。窓に目をやると、もうT中学校前に着いたので、別に寝過ごしても良かったがせっかく起きれたのでとりあえず降りることにした。
このまま目の前にある植物園に行こうかとも思ったがまだ十一時半頃だった。この時間帯になればそろそろ飲食店も開くし、今行けば混雑もしてないから空腹を満たそうと植物園の建物の方を向き右手の方へ歩いていった。
この辺りは寂れた商店街の一つも無く、まだここの中学校すら終わっていないのか学生の一人もいないので、道路を通る車の音を除いては無音で枯れた土地で不気味な印象を与えた。飲食店一つ探すのもやっとのことだったので何分も、何十分も歩きとうとう違う町に着いてしまったのだった。普段あの植物園以外にはどこにも出かけないのであの町より飲食店やらスーパーやらがあるので栄えてはいるが見慣れないこの町を歩くのはさっきよりも心細かった。だから僕の地元にあるような牛丼屋を見るだけで安心し、とりあえずもう混み始めてしまったがここで食べようと思った。
いくら感情を殺したつもりでも安心する場所へと向かおうとしているのはきっと人間だからなのだろうか。いや、きっと虫けらでも巣を探すし、犬だって捨てられても主人の所へ帰ろうとする。それは本能的にそういう場所を求めているからなのだろうか。家に帰りたがらないのも、学校に行きたくないのも、きっと同じことなのだろう。濃いタレで安い肉の味を誤魔化している牛丼を食べながらそんなことを考えていた。
このまま、左手に歩いて植物園方面へ戻ろうか、と思ったのだがせっかくだからこの辺りを歩こうと思った。付近に学校があり、終業式も終わり浮かれて歩いている学生がいて一瞬身を隠そうとしたがいつも通っている学校ではないのでそんなことを考える必要はないと気付き、堂々と歩いたのだった。
当分通学しなくて済むし、クリスマスということもありみんな浮かれて歩いていた。しかししばらく集団でバカ騒ぎしなくなることを寂しそうにもしていた。笑顔にも郷愁を感じられる。楽しい学生生活を送っているのだろう。そんな環境で過ごす三年間はきっと忘れたくても忘れられない、自分の心にまるで石に文字を刻むようにずっと覚えているのだろう。僕は忘れたくて仕方がないが彼らと同じようにいつまでもこの学校生活の記憶は僕の心に根を下ろし時折思い出しては苦しむに違いない。
この風景を見ているとまったく平和な学校だ。しかし、いるのだろう。僕と同じような人が。学校に行けば殴られ笑われまるで見世物のような時間を過ごし、地元を歩くのも妖怪が闇に隠れ行動するように人目を避けて、人ではない学生生活を過ごしている者が。日々を謳歌する者もいれば、常に教室の隅っこでそれを恨めしそうに睨んでいる者もいる。それは毒が塗られた針が生えた鉄球を飲み込むような肉体的または精神的な痛覚を伴う日々であることも僕は知っている。そんな人が僕以外にも同じ学校に、いやそうじゃなくてもその存在を知ることができたら僕は独りじゃないと思えるはずだ。裸になった木々で囲まれている今日の灰色の雲と同じ色をした校舎を見つめてそんなことを思った。




