夜明けを待ちながら
あけましておめでとうございます。
「じゃん」
効果音とともに見せたハガキを覗き込み、彼は首を傾げた。
「……俺か、これ」
「うん」
「なんで俺を?」
「来年は辰年だから年賀状に描かせてもらっちゃった」
「タツドシ?ネンガジョウ?」
「毎年動物に当て嵌める風習があるの。年賀状は、新年のご挨拶」
へえ、と不思議そうな声を漏らしハガキを眺めていた彼は、空気中を漂う白い霧に顔を上げ、次いで私を見た。
返されたハガキには薄水色の龍が描かれている。彼が体を動かした拍子に、薄氷を鱗を重ねたような彼の衣服がしゃらりと透明な音を立てる。
「アケミ、寒くないか」
「大丈夫よ」
笑ってみせる。ここが冬は雪に埋もれるのは知っていたから、防寒はしっかりしているのだ。
積もった雪が音を吸い取る。目の前の泉は凍っておらず、黒々と夜空を映した水面をさらしている。
応えてそっと笑った彼の口元からは霧は出ない。薄着のままで平気な顔をしている。
「もう今年も終わりかあ」
「そう言われてもよくわからない」
「そうだろうね。年末年始なんて人間が勝手に決めたものだから」
夜空を見上げる。漆黒の地に銀砂が一面に蒔かれている。冬だけあって星空が綺麗だ。
「あなたに会えてよかったなあ」
「……え?」
「あの日にこの山のこの池に、独りで来てよかった。ぼーっとしててよかった。あなたに会えたから」
「……俺もだよ」
慎重に、一言ひとこと噛み締めるように話す彼はことさら大事そうに言い、私に寄り添った。
外見は私と同じくらいなのに、実際は私の何倍も生きていて、言動は少し幼い。そんな彼と出会って半年経つ。
「新年が来なきゃいいのに」
「なんで?」
「アケミが歳をとるから」
淡い金色の瞳を眠たげに細め、彼は呟いた。その簡単な言葉の重みに鼓動が跳ねる。
「ずっと一緒にいたいのに」
……私もだよ。
きっと寂しい思いをしてきたあなたと、ずっと一緒にいてあげたいけど――
そんな本音は胸の中に隠して笑おう。
「それが巫女さんでもなんでもないただの山ガールでもいいの?」
「……アケミがいい」
よく意味がわからなかったらしく一瞬黙った彼が続けた言葉はひどく素朴で、温かかった。
「……私、が?」
「そう」
「…………ありがとう」
きゅ、と心が縮む。
素直で素朴で優しい彼が、私はこんなにも、好きだ。
そんなこと、私はさらりと言えないけど。
代わりに抱きしめることにした。
戸惑ったようにおずおずと私の背に腕を回した彼の仕種に、彼の肩に額を当てたまま声を出さずに笑った。
空の本当の色はどっちだろう。
薄墨色の夜空の向こうに、待ち構える澄んだ青を見た気がした。