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第三部

 髭の男は窓のほうに顔を向け、険しげに外の状況を伺っている様子でいた。


「おい、なんだ今の明かり?」


「明かり?」


 ケンタッキーフライドチキンを、骨まで食べかねない勢いでむさぼっている痩せた男。


「なに言ってんだ?」ギトギトの口周りを袖で拭い、ワインでそれを一気に流し込んだ。「酔


っ払ってんだろ?」


「・・ラジオ消せ!」


 強いその言葉に、男の身体は金縛りのように硬直し、それからゆっくりとラジオのボリュー


ムつまみを〈down〉のほうへ回した。


「・・なんだよ?」


「聞えるか?」


「・・・」


 かすかに聞えているプロペラの音は、確実にこちらに近付いているように感じた。それも何


機も。


「ヘリ?」


「とりあえず荷物まとめろ。食料と金があればいい」


「なんだってこの場所が」


「早くしろ!」赤ら顔で怒鳴った髭の男の表情は鬼のように鋭かった。


「ああ」


 椅子から転げ落ちるように下りると、壁にかかっている麻の袋を手に取り、床の硬貨を砂ご


と掻き入れていった。その光景を見届けた髭の男は、ゆっくりとした足取りで奥の棚の方へ歩


いていき、棚と壁の隙間から、ほこりを被った散弾銃を取り出して戻ってきた。


「とりあえず、お前はあの子を連れて下水から逃げろ」


「あの子って、あいつ連れて行くのかよ? 兄貴は?」


「オレはしばらくここで様子を見て、後から追う」


「そりゃいいけど、あいつは必要ないだろ? もう死んでるはずの子なんだから?」


「だから余計にだ。もし万が一のことになれば、間違いなく彼女も仲間だと思われるだろ。も


うこの世にはいないはずの人間なんだからな」


 そう言うと、男はうっすらと笑みを浮かべた。


「ああ、まぁそうだな」


「支度が済んだら早く行け」


「ああ」


 麻袋にワインとパンを数切れ詰め込むと、男は隣の部屋へと入っていった。


 少女はベッドの上でパンを頬張っている最中だった。隣の様子は感じていたが、それよりも


今は少しでも胃を満たすことが大切と考え、少しづつそれをちぎっては小さな口に運んでい


た。長い間身体を動かせなかった後遺症か、ベッドの上はパン屑があちらこちらに散らばって


いる。


「おい、お譲ちゃん。お出かけの時間だぜ」    


 男が声をかけると、少女は弱々しい目で男を見つめた。


「どうした? そのパンも持ってっていいから早く行くぞ」 


 少女はその呼びかけに、首を横に振った。


「歩けない」今にも消えそうな、か細い声だった。


「なに言ってんだ。早くしないと大変なことになっちまう。ほら、さっさと」


 男は少女の二の腕を掴むと、彼女をベッドから引き起こした。と、手を離した途端少女は床


にくずれ落ち、そのまま細い足を交差させて座りこんだ。


「お前・・」少女を見下ろして言った。「ほんとに歩けないのか?」


 少女は頷き、落ちたパンを拾い上げてポケットにそれを入れた。


「歩けない・・」男はそう呟くと、これから自分の身にこれから起こるであろう出来事を予測


した。「今だけだよな? あんな狭いところに何日も閉じ込められてちゃ、誰だって」


「・・生まれつきこの身体なの。だから、もう」真実を話すかどうか迷ったが、どうせいづれ


は分かることだと腹をくくり、彼女はその後の男の行動を見守った。


「くそっ。面倒なことになっちまった」


 男はそう呟くと、背中に背負った麻袋を前に回し、彼女の前に腰を下ろした。


「面倒くせぇけど。おぶってやるから、早くしろ」


「・・・」


 一瞬戸惑った彼女も、外から聞えてくるプロペラの音に、ゆだねる決心を固めた。


 少女が男の背中に寄り掛かると、男は勢いをつけて立ち上がった。あまりの体重の軽さに拍


子抜けしたように、少し前のめりになったが、体制を立て直して隣のバスルームへと続く扉の


方へと足を向けた。


「ノブ回してくれるか?」


 手をふさがれた男は、あごを使って扉のノブに彼女の手を誘導させた。押し戸だとばかり思


っていた彼女は扉が開かないことに焦り、すこしばかり強くその扉を引いてしまった。そのた


め、扉の角が男の頭にしたたかにぶつかり、と同時に男の身体が半歩後退した。


「いてっ」


「あっ、ごめんなさい」今にも泣きそうな声で言った。


 少女は自分の要領のなさを悔やみ、もうこれで全てが終わってしまったことを覚悟した。し


かし、男はうつむきながら「ふっ」と笑みをこぼし、掴んでいる彼女の太ももを二、三度軽く


叩いた。


「さ、行くぞ」


 今度はゆっくりとその扉を開け、少女は扉の頭上を注意するように男の首横に頭をそえた。


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