第二部
少女が瞳を開けるとそこは暗闇だった。しかし、今回の暗闇は真っ暗ではなく、物の形が確
認できるほどの暗さだった。小さなレンガを積み重ねたような模様の壁。そこはひんやりと涼
しく、薄いタオルケット一枚でベッドに寝かされているだけでは寒く感じるほどだった。ベッ
ド・・。床の固さとほとんど変わらないであろうこのベッドでも、地中の岩肌よりは数倍気持
ちよく感じられた。
身体を起こそうと試みるが、全身に痺れを感じ、全ての筋肉が脳みそとの連携を拒むよう
に、少女の身体はびくともしなかった。動かせる首を左右に振り、辺りの雰囲気を確認した。
こざっぱりとしていて物が少ないその部屋の隅には、サイズが微妙に合っていない木製の扉が
見える。その隙間からは明るい光が漏れ、隣から男たちの話し声が聞こえていた。
「・・あれだけ頑張ったのにこれだけかよ。ほとんど金になんねぇような代物ばっかだぜ」
ばら撒かれた砂混じりのガラクタを、両手いっぱいに持ち上げてはそれを床に落としている
男。痩せこけて、頬には皮一枚といった感じで、表情もどこか犯罪者の匂いをかもし出してい
る。「小銭にしか」
「いんだよこれで十分だ」
その横の椅子に座り、泥のついた輝きのない石ころのような宝石を手にとって、まじまじと
それを見つめている男。こちらはどちらかというとふくよかなタイプに分類されるような体型
で、頬全体からあご下にかけてヒゲを生やし、それでも表情は優しそうな雰囲気をしている。
「金なんかあったってな、人間良くならないんだよ。生きてけるだけの金がありゃそれで幸せ
だオレは」
「幸せって・・話が違くねぇか?」
「なんだ、文句でもあんのか?」
宝石から視線を外し、横の男を強い視線で見つめた。
「いや。文句はねぇけど・・」
痩せた男はその視線から逃れるように立ち上がると、両手の砂埃を叩いて払った。
「親元がねぇお前を拾って、ここまで育ててきたのはどこの誰だ? えっ?」くぐもった声が
余計、その男には恐怖だった。
「わかったよ」
「お前育てるのにどれだけの―」
「兄貴には感謝してるって、本当に」
それからしばらく、隣の部屋にまで忍び寄るような険悪な沈黙が二人を取り巻いた。
「・・まあいい。それより酒は? ちゃんと買っとけって前に」
「買っておいたよちゃんと。ワインを数本と、ラム酒、ビール一ダース、それと・・」
隣接されているキッチンに向かう男。歩くたびに、床を伝ってミシッ、ミシッという古びた
床板の音が鳴った。
「とりあえずビールだ。ビール持ってこい」
「はいはい。・・金がありゃ、こんなまずい酒・・」
「なんだ?」
「いや、なんでも。それよりどうすんだ?」
冷蔵庫の中を覗きながら痩せた方の男が言った。
「なにが?」
「あの女。土の中で一週間も生き延びやがった」
「ああ・・」
「ああ、って」
二本の瓶ビールを脇に抱え、グラスを持って向かいの椅子に腰を掛けた。
「ほっとく訳にはいかないだろ?」
少し悲しそうな目で髭の男が言った。
「ほっとけば良かったんだよ。どうせ、あと一日でもしたらおっ死んじまうとこだったんだか
ら。あんなガリガリじゃ、働かせるにしたって大した仕事できねぇだろうし」
「お前はいつも金、金だな」
「いや、そうじゃねぇけど。もしこのまま奴をここに置いとけばそれなりの費用ってものが。
もういっぱいいっぱいだろ?」
「まぁ、考えるよそのうち。とりあえず、あいつになにか食べさせてやれ」
ビールの栓を歯で剥ぎ取った髭の男は、それを床に吐き捨てると、直接口の中へと流し込んだ。
針葉樹林の森を上空から照らすサーチライト。プロペラの風によって葉は同じ方向へ傾き、
大きな波のように進行方向に流れていった。その先に見える小さなロッジからは、小窓からの
明かりと、薄っすら煙が立ち昇っているのが確認できる。
「こちら272。前方一キロほど先にマル被と思われる人物の住宅を発見。位置は、22の3
6〜38、南西5kmより・・」