第一部
辺りは真っ暗。聞えるのはかすんでいく吐息と、動かした腕にぶつかって宝石やら硬貨やら
が擦れる『ジャラジャラ』という音だけだった。暑さはそれほど感じないが、呼吸が苦しい。
三畳ほどの狭い空間に、訳もわからず押し込まれ、天井が低いため立ち上がることもできなか
った。地上との唯一のつながりは、天井の隅に差し込まれている(まるで金魚鉢のエアーポン
プについているような)一本の細いチューブだけだった。もう自分は死んでしんでしまったの
ではないか? 少女はそんな疑問を何度となく繰り返し、また寝返りをうってはそれを確かめ
ていた。
どれくらいが経ったのだろうか? もう三日は過ぎているだろうと思う。お腹が減ったとい
う感覚はすっかり失っているが、喉の渇きは尋常の域を遠に越えてしまっている。喉元から
は、水分を失った粘っこい粘液が膜を張り、その隙間からわずかに漏れる呼吸音が、人間の発
するものとは思えないほど高らかに鳴っていた。限界は近い。人間、死の土壇場に来たら、年
齢だろうが、性別だろうが、人種だろうが、関係ない。宗教も、仕来りも、命令も関係ない。
生物はみなこう思うだろう、『生きたい』と。
少女の内に眠っていた本能が、死の淵によって呼び起こされ、気が付くと足元の『がらく
た』の山を手探っていた。なにか尖った先が指先に当たり、熱湯の中にでも指先を浸けるよう
な熱さを感じたが、それも今の状況ではなんの痛さにもならなかった。少女はその指先を口元
にあてがった。砂埃と鉄のような味が口いっぱいに広がり、温かな液体が喉元へと滑り落ちて
いく。久しぶりに感じたその水分は、いっそう生きる意欲を彼女に与えた。
その尖ったものを力強く握りしめ、目の前の天井にそれを無心で突き立てていた。引っ掻く
たびにかかる顔の砂はけして不快ではなく、むしろ太陽に近づいている証のようで快かった。
一日か、二日か、どれくらいその動作を続けていたのかわからない。ただ言えることは、少
女のいる場所は地中深く、周りを硬い岩肌で覆われていて、まだ十三になったばかりの少女に
は到底、ここから這い出ることは不可能だということだった。
自分では意識があるのかないのか、もうわからなくなっていた。暗闇の黒は時折赤く染ま
り、また黒くなったと思ったら、こんどは真っ白な世界に変わっていった。
目の前の天井から聞えてきた『サクッ、サクッ』という規則正しい間隔の音に少女は瞳を開
けた。しばらくその音が止んでいたと思ったら、突然『ドンッ!』という激しい音が鳴り、身
体に降りかかる砂埃と共に地面が大きく揺れた。そして『ザクッ』という近い音の後、真っ黒
な空間の一辺が、まるでゆで卵の殻でも割り取られるように崩れ、そこから光が差し込んだ。
死んだわたしを天使が連れ去りにきた、そう信じていた。これで、やっと安らかに・・。
「おい! ちょっと来てみろよ。この女、まだ息してるぞ」
「なに? そんな訳ないだろう。もうあれから一週間も・・」
ぼやけて見える割れ目の先には、天使には似ても似つかないヒゲ面の男が、こちらにスコッ
プの先を向けていた。
「・・なんてこった」