一線を越えた僕
「ごめん、もう我慢できへん。」
カイはそっと柔らかい唇に触れる。
「一線越えたらアカンて思てたけど……」
カイは顔を近づけると、優しく口づけを……
「あーーッッ!
とうとうやってもうた!!」
カイはタレ耳うさぎのぬいぐるみ『リディ』を抱えて、
ベッドの上をゴロゴロ転がった。
「ぬいぐるみにチューなんて……
絶対アカンて……ほんま……」
カイの目に、宿屋の親父姿のアストリッドの姿が浮かぶ。
(かわいい……もう、ひげつけててもかわいい……
あんなんウサギさんやん。かわいさ漏れてるやん。)
「うぅ~」
気付けばカイは唇を突きだして、またぬいぐるみにキスをする。
「あかん!またやってるやん!!……いや、もう一回も十回もおんなじや……」
カイはぬいぐるみに何度もキスを浴びせる。
「だって、アスティにはできへんもん……ただの町医者やし……あれ!?」
カイは急に起き上がった。
(僕、今、何考えた?アスティに……アストリッド様に……キス?)
目の前にその映像が浮かびそうになったカイは、
慌てて頭を振り、丸くなってベッドに横たわった。
(なんでこんなにアスティのことばっか考えてるんやろ……
病気やわ……医者に行かなあかんやん……)
***
「おーい、アスティ、倒れてへん?」
お茶の時間になり、カイがひょっこりと宿屋に顔を出す。
パッと顔を上げたアスティと視線がまともにぶつかる。
思わずカイは視線を逸らし、
「お……お茶……もらうわ……」
と口の中で呟きながら宿屋の中に入る。
と、カイの目に、自分が作ってあげた黒いたれ耳ウサギのぬいぐるみが目に入った。
「あ、飾ってくれてるん?
戸棚に……え?作ったん?アスティが自分で戸棚作ったん?
え?これ、ウサギの……お部屋ァァ?」
カイがよく見ると、ウサギは壁に取り付けられた棚の中で、
椅子に座っている。
「ええ……そんなに大事にしてくれてるんや。作って良かったわ。」
アスティはウンウン頷き、ウサギを指差してフンスと胸を張る。
カイは、照れ臭い気持ちをすっかり忘れて笑い出す。
「ええやん、宿屋のマスコットみたいやん。
あ、お茶もらうな。
え?このお菓子?新作?ええの?
もらうけど、アスティ働き過ぎちゃうの。
前も一度倒れてるんやし、休みはとらなあかんで。
まずは、しっかり睡眠とらんと。
あと、食べてる?新作のお菓子の味見して満足しとったらあかんで。
あ、でもこれ、めっちゃうまい!」
アストリッドは、自分を心配したり褒めたり、
壊れた蓄音機のようにしゃべり続けるカイの声に耳を傾ける。
一日のこの時間の、この声が、
十七年戦争で全てを失いながら、この国に逃げ延びた元公爵令嬢アストリッドの、
唯一の光なのだ。
「――アスティ?アスティ、どうしたん?」
~これまでのお話~
◆元公爵令嬢の小さな宿屋―年下の町医者が、客でもないのに今日も会いに来ます
https://ncode.syosetu.com/n8605mt/
◆元公爵令嬢の小さな宿屋―陶器市で年下の町医者と手をつなぎました
https://ncode.syosetu.com/n0955mu/
◆元公爵令嬢の小さな宿屋―私を抱き寄せた年下の町医者にぬいぐるみを作ってもらいました
https://ncode.syosetu.com/n4988mu/
読後感ふんわりꕤ*.゜ほのぼの恋愛ファンタジー(*´꒳`*) ~❀~
小さな宿屋の日々を、のんびり楽しんでいただけたら嬉しいです୨୧
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