シャキシャキ鼻くそのサイクロプス
『世界で初めて鼻くそを食べた者の名は歴史に残されていない』
我々が学校で真っ先に習う世界の常識だ。
――果たしてそうだろうか。
この世の裏に目を向け、この世の裏を鼻の穴と誤認し、指を突っ込む組織がある。
名を鼻食会といい、世界のあらゆる鼻くそを入手し、研究し、過去にまで遡って情報を得ているといわれている。鼻くそは、時空を超えるのだ。
そんな彼らが来週、公民館(子ども会)で発表する予定のリーク情報がこれらだ。
『世界で初めて鼻くそを食べたのは鼻食の王・ハナウンコ87世』
『鼻食王、またはビショキンとも呼ばれていた』
そして――
『かつての世界では、シャキシャキの鼻くそが流行っていた』
品のある老紳士。椅子に全く曲がっていない腰をかけると、くるんと伸びたヒゲをつまみながら人差し指を立て「鼻くそ300グラム」と呟いた。
お冷を持った店員が現れる。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「鼻くそ300グラムで」
もう一度ヒゲをつまみ直して、人差し指を立てながら答える。
「300グラムですと食塩が110グラム入っており、おそらく死にますが大丈夫でしょうか」
「大丈夫じゃない」
「かしこまりました、失礼いたします」
そう言って店員は注文票に「300」と書き、ムーンウォークで厨房へ消えていった。
数種類の雄叫びが聞こえる。カリカリ鼻くそのサイクロプスたちが、今日も元気に働いているのだ。
「お待たせいたしました〜」
赤血球みたいな形の黄緑色の塊が、真っ白な皿に乗って運ばれてくる。
「ワァオ」
ご馳走を前にした老紳士は、内なるアメリカを抑えきれない様子で目を輝かせた。
ナイフとフォークを手に取る。
外側から13ミリほどがカリッとしており、ここにナイフを入れる感覚が癖になるのだという。
いざ、パッカーン。
「ヮアォ」
あまりの興奮に、逆アメリカ人が出てしまう老紳士。肉厚な一切れをフォークで豪快に突き刺し、立派に歯の生えた口へと運ぶ(歯が生えていないと舐め溶かしながら食べなければならない)。
「イタダキマス⋯⋯」
最も無臭に近い食べ物としてギネス世界記録に登録されているカリカリ鼻くそだが、そのビジュアルは生粋の日本人すらもカタコトにしてしまうのだという。食欲をそそるは匂いだけにあらず!
「びぇぇぇぇええええええええ!」
上半身だけでは受け止めきれないほどの濃厚な旨味にうちのめされ、幼児退行しながらパンツを脱ぐ老紳士もとい露出狂。
だが、警察は来ない。この店はこうなのだ。全ての客が幼児退行し、全ての客が泣きながら下半身を露出する。そんなレストランなのだ。そんな彼らを、一体誰に咎めることが出来ようか。
『キューーーーーーーーーーーーー』
細長くて尖っていそうな鼻くそを出しているであろう甲高い雄叫びが厨房から聞こえる。
30秒後、スカイツリーそっくりな黄緑のカリカリが運ばれていく。お値段なんと9000500円。実際のスカイツリーと同価格である。
『ギャーーーーーーーーーーーーーー』
痛みを伴う鼻くそを出していそうな雄叫び(?)が厨房どころか店内を震わせる。
30秒後、真っ赤な鼻くそが真っ黒な皿で運ばれていく。これは前回『煉獄』を完食した客しか注文することの出来ない『地獄』というメニューである。別に辛くはないらしい。お値段は6500円。これも実際の地獄と同価格である。
さて。
厨房に、雄叫びを上げずに黙々と皿洗いに勤しむサイクロプスがひとり。
彼の名はギガバンテ。
この店で唯一、カリカリ鼻くそを出すことの出来ないサイクロプスだ。
この職場において、彼に人権はない。
通常、鼻くそ市場では『鼻くそ』とはカリカリ鼻くそのことを指し、ここのサイクロプスは皆カリカリ鼻くそを出すことができる。それが当たり前であり、求められていることなのだ。
カリカリ鼻くそはそれはそれは美味しく、彼らの店は3年先まで予約で埋まっている。
カリカリ鼻くその塩分は完璧そのものと言われており、その一粒に凝縮された濃厚な旨味はウニにも匹敵するとかしないとかしたくないとか⋯⋯
そんな旨味の塊を、ステーキのようなサイズで食べられるカラクリは単純明快。実に、実に単純明快。
サイクロプスたちがクソデカいからである。サイクロプスとは一つ目の巨人であり、かつては架空だと言われていた存在だ。それが最近ひょっこり現れて、人間たちに鼻くそを提供しているというわけだ。
このような理由から、ギガバンテの肩身はずっと狭いままなのである。高校の後輩であるバラバンテの紹介で入ったものの、蓋を開けてみれば自分のカリカリを際立たせるための当て馬だったのだ。
ギガバンテは今日もひとり寂しく山へ帰る。小指で鼻をほじり、シャキシャキ食感の鼻くそを食べながら、なぜ自分だけみんなと違うのかと己を責める毎日。
「はぁ。我なんてもう、いっそのこと⋯⋯」
木々の枝ぶりを観察するギガバンテ。巨人の棲む山には、彼らサイズでも首を吊れる大きさの木が割とあるのだ。
「⋯⋯ん?」
木の上に、何かが立っている。
それは山伏のような身なりをしていて、黒い翼が生えていて、下駄を履いていて、真っ赤な顔にロングなノーズ、端的に言ってめちゃめちゃ天狗の見た目をしていた。
「おう、ガキィ」
天狗はギガバンテが自分に気づいたと気づいたのか、彼に声をかけた。
「我、ですか?」
「おう、そうや。なんや思い悩んどるようやけど、どうかしたんか? ワイでよかったら話聞いたるで。暇やし」
ギガバンテはこの出会いを神様がくれた特別なものだと直感し、これまでのことを打ち明けた。
職場で皿洗いしかさせてもらえないこと。後輩に引き立て役にされたこと。後輩に陰で「ウンコ」と呼ばれていること。後輩にこっそり皿を割られて自分のせいにされたこと。後輩に金を盗まれたこと。そのことを問いただしたら直接カツアゲされたこと。後輩に鼻くそをバカにされたこと。後輩に「そのシャキシャキ、鼻の真ん中の骨のとこの皮フが剥がれて混ざってるんじゃね?」と言われたこと。後輩に殴られたこと。後輩に母親をママって呼んでるところを見られたこと。シャキシャキ鼻くそしか出せないこと。
涙を零しながら必死に訴えるギガバンテを、天狗は黙って頷いて受け入れていた。
彼が全てを吐き出すと、天狗はタバコを5本取り出し、すべて咥えて火をつけた。
「ふーっ。うめー」
深く吸い、深く吐く。
こんなのが本当に美味しいのだろうかと、未成年のギガバンテは思った。
「なぁサイクロプス」
「はい」
「別にええやん。シャキシャキでも」
「でも⋯⋯」
「ワイなんか昔、サクサクうんちで死ぬほどバカにされてたで」
「うんち?」
「せや」
「⋯⋯うんち?」
「せやで」
「うんち。」
ギガバンテは泣き止んだ。
「でもな、今はそれがワイの武器や」
天狗はまた肺いっぱいに吸い込んだ。
「みんな最初は、自分らと違うもん見たら怖いんや」
ボワァっと吐いた。
「でも、そのうち慣れる」
また吸った。
「慣れたら今度は、好きになる。そっからや。そっから全てが始まるんや」
吐いた。
「な、サイクロプス」
「はい⋯⋯!」
今にも弟子入り志願しそうな顔で頷くギガバンテ。彼の目にはもう、迷いも曇りもなくなっていた。
ちなみにあの老紳士は翌日、血圧が8000万になって大爆発して死亡した。




