第六話 星を打つ音
古今のあらゆる文明において、創造とは破壊の同義語であった。
粘土から器を成すには土を掘らねばならず、鉄から剣を鍛えるには鉱石を焔で焼かねばならない。
ならば、神の領域に属する「生命を構成する部品」を造り出すために、いかなる犠牲が必要となるか。
その残酷な数学的解を、無知なカイルは知る由もなかった。
大陸暦八一九年の春、オアシスの工房は、地上で最も神聖かつ冒涜的な儀式の場と化した。
盲目のカイルにとって、世界は「音」と「気配」のみで構成されていた。彼は工房の隅に座り、ただひたすらに、中央の炉から響いてくる音を聴いていた。
――カン。カン。カン。
カイルがかつて戦場で耳にした、武具を修繕する鍛冶屋の粗野な打音とは、似て非なるものであった。
硬質でありながら、どこか濡れたような湿った残響を伴い、一打ごとに大気が震え、彼の網膜の裏側に、見たこともない色彩の断片が火花のように散った。
ステラは、今まさに「星核銀」を鍛え上げていた。
彼女の命を繋ぐ心臓そのものであり、宇宙の深淵で燃え尽きた星の残滓が、数千年の時を経て結晶化した魔導金属である。彼女は自らの胸を開き、その拍動の源から、一欠片ずつ「素材」を削り出していたのである。
カイルには見えないが、炉の火は青白く、温度という概念を超越した光を放っていた。
ステラはその火の前にうずくまり、声を持たぬ唇を固く結び、重い槌を振るう。
一打ごとに、彼女の肌からは生気が失われ、陶器のような白さが不吉な青味を帯びていく。
彼女が流す苦渋の汗は銀色の光を放ち、床に落ちるたびに小さな星のように瞬いて消えた。
(……この音は何だ。なぜ、これほどまでに胸が締め付けられる)
カイルは暗闇の中で自問した。
彼が望んだのは、敵を討つための「力」としての視力であったはずだ。だが、工房に響くその調べは、復讐を誓った少年の心を、根底から揺さぶり始めていた。
音は次第に、彼女の心音と同期していく。
――チクタク、という規則正しい律動が、槌の音と重なり合い、やがて一つの鼓動となって工房を支配する。
歴史家たちが「究極の職人技」と呼ぶであろうその作業は、カイルの感覚からすれば、愛する者の命を薄く削り、冷たい金属へと塗り替えていく、緩慢な処刑のように感じられた。
カイルは思わず声を上げた。
「ステラ……いいんだ。無理はしないでくれ」
ステラに向かって手を伸ばすが、熱気――いや、霊的な拒絶の波動が彼を近づけさせない。
ステラは答えない。ただ、槌を振るう速度が、わずかに早まった。
彼女は知っていた。この義眼は、単なる光学機器ではない。カイルの脳に直接繋がり、彼の記憶と、これから見るであろう未来を繋ぐ「架け橋」となるものだ。
そのためには、純粋な物理的強度だけではなく、己の魂の純度こそが求められる。
三日三晩、音は鳴り止まなかった。
四日目の朝、工房を包んでいた異様な気圧が、不意に霧散した。
眠りから覚めたカイルは這うようにして、音が止んだ場所へと向かった。
そこには、呼吸すら忘れたような静寂が横たわっていた。
「ステラ?」
彼の手が、冷たい床に触れた。
そのすぐ先で、指だけが微かに震えている少女の手を探り当て、握りしめた。
ステラの体温は、明らかに常人のそれを下回っていた。
彼女の胸からは、あの「チクタク」という音が、かつてないほど弱々しく、今にも途絶えそうなほど微かに響いていた。
手の中には、一つの小さな「塊」があった。
カイルがそれに触れると、指先を焼くような、それでいて心地よい拍動が伝わってきた。
形を成したばかりの、荒削りな義眼の核であった。
「君は……何を、削ったんだ……?」
カイルの問いに、ステラは力なく、しかし満足げに彼の手に頬を寄せた。
彼女にとって、自身の命が損なわれることはたいしたことではなかった。自らの一部がカイルの血肉となり、彼が再び光の溢れる世界へ還るための糧となる。それは、彼女にとって救済であった。
復讐に燃えていた少年の心に、この時、初めて「後悔」という名の暗雲が立ち込めた。
己が求めた光の対価が、これほどまでに残酷な、愛の切り売りであったとは。
儀式はまだ序盤に過ぎない。
金属は打たれ、形を得た。次は色彩を、すなわち「魂の記憶」を宿さねばならない。
砂漠の夜は、静まり返っている。
カイルは、抱きしめた少女の体が軽く、脆くなっていくような錯覚に陥りながら、自らの無力さを呪うしかなかったのである。




