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聖女VS悪役令嬢

作者: 西順

「これより裁判を始めます」


 静寂の中、満員の傍聴席よりの熱視線を受けながら、裁判長の叩く木槌が響く。


「それでは、両者入席して下さい」


 裁判長の指示の声の後、左右の両扉から、それぞれ乙女が姿を現した。傍聴席から見て右側の扉から現れたのは、原告、つまり今回の裁判を起こした人物、国より聖女と証明され、人道的活動をしている、カナリア・スチュー。すらりとした体躯を、この国最高峰の魔法学院の制服に包み、その上に乗っている顔は、透き通るような白い肌にサファイアの如き青い瞳、髪はゆるふわなブロンドヘアーで柔らかい印象を与え、乙女としては幼さを残す出で立ちは、可愛らしいと言うのが全体的な印象だ。もしこの可愛らしいカナリアに優しくされたなら、万人がこの乙女の為に何かしてあげたい。と庇護欲を掻き立てるものが彼女の見た目にはあった。


 左の扉から現れたのは、被告、聖女カナリアより告発された公爵家令嬢で、カナリアと同じ学院に通う、ローザ・ブリリアントだ。カナリア同様、学院の制服に身を包んでいるが、すらりとしたカナリアとは対照的に出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。身体だけ見れば、カナリアよりも男性に好まれる体型をしているが、その上に乗っている顔は、鋭い目付きでルビーのような赤い瞳に、同様に炎を思わせる真っ赤な巻き髪が、周囲に対して威嚇的な印象を与えていた。


 両者が席に立ったところで、裁判長が口を開く。


「これより、原告、カナリア・スチューより提出された、王太子、シャロー・アダマンティスとローザ・ブリリアントの婚約解消、及び、これに伴い、シャロー・アダマンティスとカナリア・スチューの正式な婚約の成立に関する裁判を始める」


 裁判長、傍聴席を挟み、視線を交わすカナリアとローザ。傍聴席にはこの裁判に名が挙がったシャローの姿もあり、王太子であり次期国王でもあるシャローも見守る中、両者が睨み合う。


 カナリアがローザを睨む顔は、それで本当に睨んでいるのか? と疑う可愛らしさがあるが、ローザの目付きは険しく、睨まれただけで男でも肝が縮み上がるような怖さがあった。それでもカナリアは臆さずに笑みを口元に浮かべている。それはカナリアの自信の現れでもあった。


「それでは原告カナリア・スチュー、貴女が裁判を起こしてまでローザ・ブリリアントとシャロー・アダマンティスの婚約を解消し、自分こそがシャロー・アダマンティスの婚約者に相応しいと言う主張を述べて下さい」


 裁判長に促されて、カナリアは思いの丈を話し始めた。


「はい。私は平民出身です。本来ならば、シャロー王太子殿下の婚約者になるなどと公言する事は、王家に対する不敬罪と取られてもおかしくありません。しかし、私は運良く、国より聖女として認められ、魔法学院に通う様になって3年間、私の聖魔法の癒しの力で、国を脅かす魔物たちと戦う王国騎士団の皆様の後方支援や、病床に伏す病人たちの治療などを行い、その功績を国から認められ、金華大勲章を賜り、一代だけですが、高位貴族と同等の地位として振る舞う事を許されました」


 深い情感を込めながら、これまでの己の実績を説明するカナリア。その懸命な姿にシャロー王太子は傍聴席から何度も頷いていた。


「なので、私カナリア・スチューと、今回の被告、ローザ・ブリリアントさんの間に、貴族と平民と言う絶対的で覆し難い隔絶はなく、同等な話し相手であると言う事を念頭にお聞き下さい」


 これに裁判長も深く頷く。


「では、何故、今回私がローザ・ブリリアントさんにシャロー王太子殿下との婚約解消を提示したかですが、私とローザさんは3年間魔法学院で同じクラスの学友として、共に切磋琢磨してきました。だからこそ、彼女の普段からの行いには目を覆いたくなるものがありました」


 過去を思い出すかのように目をキュッと瞑り、1度呼吸を整えてから、意を決したかのように、カナリアは目を開き、ローザに向き合う。


「ローザ・ブリリアント。一言で言えば、彼女は傲岸不遜でした。公爵令嬢と言う高位の立場を利用して、学院では自分こそがルールであるかのように振る舞い、下位の貴族や商家の令息や令嬢方へ、自分を見たら必ず一礼して道を譲るように促し、上級生にもそれを守らせる徹底ぶり。気に食わない事があれば人目も憚らず当たり散らし、少数の友人のみを側に置き、他の学生たちと交流を図る事もせず、自分こそが絶対で、他の者を見下す態度を、私はこれまでの3年間、何度も改めるように彼女に進言してきましたが、ついにそれは叶いませんでした」


 首を横に振りながら、胸の前でギュッと両手を握り締める。その健気な姿に、王太子であるシャローは胸を打たれ同情すると、対するローザへ、健気なカナリアを悲しませた犯人と決め付けて、憎しみを込めて睨み付ける。シャローがそのようにローザを睨んでいる中、カナリアは更に言葉を紡ぐ。


「このように、ローザ・ブリリアントさんは他者の意見を聞き入れず、頑なで、排他的な人物です。他者を寄せ付けず、他者への気遣いが出来ない。そのような人物がシャロー殿下と結婚し、未来の王妃となったなら、この国の未来はどうなるでしょう? 他者の意見を聞き入れず、他者を慮れない人物が、国のトップにいては、もしも今後、国を揺るがす災害や魔物の大量発生などが起こった場合。彼女が国民の為に行動するとは到底思えません。国の、国民の為に動く事の出来ない彼女は、シャロー殿下の婚約者に相応しくありません」


 カナリアがここまで言い切ったところで、裁判長は深く頷き、今度はローザの方へ顔を向ける。


「被告ローザ・ブリリアント。これに付いて、何か反論はありますか?」


 そう尋ねられたローザは、1度頷いてから、カナリアへ冷ややかな視線を向ける。これにぞくりと寒気を覚えるカナリア。


「つまりカナリア様は、私が王妃になるよりも、ご自分が王妃になった方が、この国の利になる。なので、私にシャロー王太子殿下との婚約を解消し、シャロー王太子殿下の婚約者の座をご自分に渡せ。と仰りたいのですね?」


 自分の目的をスバリと言われ、その冷ややかな視線がカナリアを射抜く。それだけでまるで自分が悪い事をして叱られているかのような錯覚に陥りながらも、カナリアはローザに対してはっきりと、答えはイエスであると首肯する。


「はあ。カナリア様。貴女は確かに聖女としては優秀です。その癒しの力は魔物にやられた騎士たちの傷をたちどころに回復させ、病気に苦しむ病人も快癒させる。ですが、それとこれとは話が別でしょう? 癒しの力を持っている。それだけで王妃の身分に相応しいとは、私は思いません」


 そう反論するローザに負けまいと、カナリアも反論する。


「確かに、癒しの力を持っている事は、王妃になる資格ではありません。しかし、癒しの力は、ただ癒しの力がある。と言うものでもありません。癒しの力は一体どこから来るのか。ローザさんもご理解しているでしょう? 癒しの力はそれを扱う者の心の優しさから来るものです。傷付いた者を、病気で苦しむ者を、心の底から助けてあげたい。その想いが、癒しの力となって皆を癒すのです。王妃となる資格を問うならば、傷付き、病に伏せる方々に心より寄り添える者である事こそが、資格ある者だと私は考えます」


 カナリアの反論に対してローザはそれを一笑に付す。


「フッ、まるで自分こそが国民の事を第一に考えているとでも仰っておられますが、それこそ驕りと言うもの。傷付いた者、病に伏せる者に寄り添える者こそ、王妃に相応しいと仰られましたが、それならば、貴女は、騎士団に随行する他の回復魔法の使い手や、病院で働く医師や看護師は、傷付いた者や病人に寄り添っていないとでも言いたいのですか?」


「そ、それは……」


 ローザの反論に、返す言葉が見付からずに俯くカナリア。こちらの方向からでは、ローザをシャロー殿下から引き離せないと考え、カナリアは方向転換を図る。


「た、確かに、騎士団の回復魔法士や医師、看護師の事まで考えが及ばなかったのは私の非です。ですが、やはり私はローザさんが王妃に相応しいとは思えません。先程も申し上げましたが、ローザさんの学院での排他的な態度から、国民に愛される王妃になれる未来が見えません」


 カナリアの言に、呆れたように首を左右に振るローザ。


「国民に愛される王妃? そんなものは幻想です。別に王妃である為に国民から愛させる必要はありません」


「言いましたね? 王妃は国民に愛される必要などないと」


「ええ」


「愛されると言う事は愛する事と同義です。愛された記憶が、愛すると言う気持ちを育むのです。愛される必要がないと言う無関心は、国民への献身性を育まず、上に立つ者としての資質を懐疑的にします。ローザさん、貴女は自ら王妃に相応しくないと口にしたのです!」


 捲し立てるようにローザに向かって言葉を放つカナリアだが、対するローザは悠然としたままだ。


「フッ。おかしな事を口にしますね」


「何がおかしいんですか!?」


 自分の言葉がまるで通じていない様子に、カナリアは声を荒げる。


「以前、貴女は国王陛下と王妃陛下が学院を訪問なさった時、ご自分が何と仰ったか覚えておられませんの?」


「私……が?」


 どうやら本当に覚えていないらしく、カナリアの動きが固まる。これに嘆息をこぼしながら、ローザは補足を入れた。


「ええ。貴女、このように仰ったのよ。「わあ、国王様と王妃様、初めて見ました」と。元々平民でしたので、そのような言葉が出るのは当たり前ですが……、それで、貴女のご意見では、王妃様は国民に愛されていないといけないそうですけれど、恐らく一生王妃様になんて会わないであろう平民たちが、王妃様を愛すると、本気で考えておられるのですか? 王妃となる資格に、国民に、平民に愛される事が絶対に必要だと?」


 ローザの言葉に、顔を真っ赤にするカナリア。自分自身平民出身で、国王や王妃なんて雲の上の存在であり、2人に会うまで、自分には関係のない他人事だと思っていた事を思い出し、自分が浅はかな発言を口にした事を恥じた。


「それと、誤解……と言うよりも齟齬かしら? それがあるから訂正しておくけれど、私は意味もなく学生たちを叱っていた訳ではありません。あの学院に通う学生たちは、この国でも上澄みの存在です。つまりあそこは国家の縮図なのです。だからこそ軽挙妄動は慎むべきであり、上に立つ者は上に立つ者として相応しい立ち振る舞いをしなければならず、学院だからと気を抜かず、領地の代表、お家の代表として学院にいる事を、常々考えて行動しなければいけないのです。それだと言うのに、貴女の馴れ馴れしさときたら……」


 ローザは学院でのカナリアのあれそれを思い出し、また嘆息をこぼす。


「私が、貴女を含めた他の学生たちと距離を取っていたは、私が公爵家の人間であり、父は宰相、しかも王太子の婚約者となれば、甘い蜜を吸おうと、私に擦り寄ってくる輩を排除する為。言わば自己防衛の為です。将来王妃となる私は、名ばかりの下位貴族や王家の御用商人を狙う者たちの甘言から、精神的にも物理的にも距離を取らなければならなかったからです」


「そう……、だったのですか」


 ここに来て初めてローザの意図を理解したカナリアは、自分の学生生活を思い返す。皆が聖女であるカナリアに優しくしてくれていた。実際にカナリアの境遇を慮って優しくしてくれていた者も少なくなかっただろう。だが振り返ってみると、カナリアの『聖女』と言うブランドに旨味を見い出し、擦り寄ってきた者も少なくなかったかも知れない。下位貴族や商家の者は、カナリアに特に優しく、だからカナリアはそんな皆が不遇に見えて、自分の『聖女』と言うブランドを使って、上位貴族や王太子であるシャローに、彼ら彼女らを紹介したりしていた。その度にローザに注意されていたが。今、その理由が理解出来て、カナリアの顔が青ざめる。


 深く反省するカナリアに、裁判長が声を掛ける。


「カナリア・スチュー。もう、言いたい事は言い尽くしましたか?」


 その言葉にビクッとするカナリア。思わず傍聴席のシャロー王太子へ視線を送る。しかしシャローも困り顔だ。2人の間には学院で3年間築かれた確かな愛があった。だが王侯貴族の結婚が、愛している人がいるから。なんて理由で覆されるものでない事は、カナリアも理解していた。ここで「私はシャロー殿下と愛し合っているのです!」と申し出たところで、シャロー王太子とローザの婚約解消の理由にはならない。カナリアは負けたのだ。


「はい。もうありません」


 しょんぼりと首肯するカナリアに、裁判長も首肯を返し、木槌を打つ。


「これにて今裁判を閉廷とする。カナリア・スチューの主張は却下とし、シャロー・アタマンティスとローザ・ブリリアントの婚約は続行される」


 裁判長の裁定に、静まり返る法廷。愛を掴めると思っていたカナリアとシャローからしたら、予想外の結末に、身動き取れなかった。そこに、更に裁判長が木槌を鳴らし、少しどよめく法廷。何故鳴らされたのか誰にも、いや、1人と裁判長を除いて、意味が分からなかったからだ。そんな中、裁判長が口を開く。


「この場でこのような事を伝えるのは少々憚れるが、次の裁判が決まっている。シャロー・アダマンティス」


 いきなり自分の名前を呼ばれて、びっくりして目を丸くするシャロー。


「ここにいるローザ・ブリリアントより、1週間後の婚約解消の為の裁判に出頭するように要請が出ている」


 これに傍聴席がざわつく。


「ど、どう言う事ですか?」


 ローザの対面に立つカナリアが声を上げた。今回、婚約解消しなかったのに、次の裁判で婚約解消する? カナリアの頭では理解出来なかった。


「筋を通したかっただけよ。シャロー王太子殿下と懇意なカナリア様との間に誤解があっては、今後の国家運営に支障が出るもの」


「国家運営……?」


「ええ。貴女、金華大勲章を持っている事が自慢のようだけれど、その勲章、私も持っているのよ」


「え!?」


 カナリアは思わず大きな声を出してしまう。金華大勲章と言うのはそれだけ叙勲されるのが難しい、国一番の勲章だからだ。


「貴女が騎士団に随行している間、私がただ学院でぼーっとしていたとでも思っていたの? 努力しているのは自分だけだとでも? だから貴女は浅慮なのよ。騎士団が出払っている間、誰が王都を護るの? 一方にだけ騎士団を派遣したら、他で魔物が出現した時どうするの? 国家安寧の為には、どこにどれだけの人員を派遣して、どのように国を運営するか、それを考えなければならない。だから私もお父様に無理を言って、その下で働かせて頂いていたのよ。お陰様で学院を卒業したら、私はすぐにお父様の、宰相補佐として働く事が決定しているの。…………元々殿下との婚姻には興味がなかったしね。だから、お二人はどうぞ王宮で好きにしていれば良いわ。その間に私はこの国をもっともっと良い国に、聖女の力なんて必要ないような国にしてみせるから。じゃあね」


 そう宣言したローザは、もうここに用はないと、皆が啞然と見送る中、入ってきた扉から悠然と出ていったのだった。


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