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影と宝

参考文献

宮沢賢治 著【グスコーブドリの伝記】


何もかもどうでもいい。

いつの間にか、僕は自分の学校の屋上に立っていた。

とにかくここから消え去りたい。

この世界から。

僕にとって危険しかないこの世界から。


後方から、くすりと笑い声が漏れた。


振り返ると、銀の長い髪をひとつに結んだ、二十代前半程の男性が立っていた。

男性は、ゆっくりと赤い瞳でこちらを見た。


こちらを見て、直ぐに視線を手元の本に移した。

この男性は、見物人だろうか。

「……死ぬんじゃないのかい」

飛び降りないのか。

男性はゆっくりと、間延びした低い声で言った。

男性は、僕を指さした。

僕は、そこで気付いた。

僕の足が震えている。

なんで。

死にたいのに。


「……」

男性は穏やかな笑顔を崩さない。

男性は、本当に僕の自殺だけを見に来たようだった。

頁を捲る紙の音と風が耳の横を通り過ぎていく音だけが僕の耳にこだまする。

胃がキリキリと痛む。

男性にとって僕の死は、ただの見世物に過ぎないのだろうか。

赤い瞳が、青いレンズの向こうで微かに細められた。


「君、名前は」


男性はまた、飴のように延びた声で、僕に尋ねた。


「相葉、道流、です」

人と話すのが久しぶりすぎて、変な区切り方になってしまった。

「みちる、君は心の底から死にたいかい?」

男性の低い声が、耳の奥に響く。

僕は何も答えられなかった。


男性を視界に認めるまで、僕は確かに死ぬことしか考えていなかった。

しかし一度そこに他人を見出してしまって、死ぬことが、頭から抜け落ちたような気がしたから。


男性はまた微笑を浮かべた。


「死にたいと思うことは、何もおかしなことじゃない」


違う声が、男性の後ろからした。


黒いウルフカットの、無表情の男性だった。


「死にたくなったなら、いつでも来い。どこか、高い場所にな」


それだけ言って、黒髪の男性は踵を返した。

じゃあね、と銀髪の方も、ゆっくりとその背を追いかけた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


高いところに、とはどういう意味だろうか。

昨日のように、屋上に?

だとしても、物理的すぎやしないか。

バカと煙はなんとやらということもあるし、死にたいと思わなければそもそもあんなところに行きはしない。


あんな廃れた、僕の人生のような場所。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

僕の学校の屋上。

そこから、あの低い声がした。

ゆっくりと歌うように。

何かを朗読しているようだった。


「私のような者は、これから、たくさん出ます。私より、もっともっと、なんでも出来る人が」



私のような者は、これからたくさん出ます。

私より、もっともっと、なんでも出来る人が、私より、もっと立派に、もっと美しく、仕事をしたり、笑ったりしていくのですから。

世界がみんな、幸せにならないうちは、



「私の幸せはないんです。」



銀の髪が、秋の夕方の風で揺れる。



「グスコーブドリの伝記か、いいね」


黒髪の方が、気持ちよさそうに目を閉じ、満足そうに頷く。


確かに低く、しかし、詩のような心地良さのある朗読だった。


「……宮沢賢治の著書、【グスコーブドリの伝記】の一説だよ、少年」


銀髪の男性は、ゆっくりと僕を振り返った。


「俺の名は御影。あっちは臣財。ミカゲと、タカラだ。」


御影と名乗った銀髪の男性は、僕の横を通って、屋上から去った。いつの間にか、臣財も居なくなっていた。

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