人は、なぜ旅に出るのか?③
主人公に複雑なバックグラウンドがあるのは、PRGゲームの王道の一つだろう。WOFもその道を逸れることなく、主人公ルチルは『神に罰されし子:アヴォン』とキャラクタープロフィール欄に記載されている。
『神に罰されし子:アヴォン』の説明の前に、少しWOFの世界の話をしよう。
WOFには四つの国があり、火の民が暮らすルベウス、空の民が暮らすサフィルス、水の民が暮らすクリソベリル、森の民が暮らすスマラグドスに分かれ、それぞれ違う属性の魔法を操る。火の民は火属性、空の民は白魔法、水の民は水属性、森の民は風属性。そして、魔法と同じように外見もそれぞれの国よって特徴がある。火の民は茶色の瞳・赤銅色の髪・黄味が強く明るめの肌色、空の民は青い瞳・銀色の髪・白い肌、水の民はヘテロクロミア(青緑と赤みを帯びた茶色と左右の瞳の色が違う)・葡萄色(暗い紫)の髪・赤みを帯びて、ピンクがかった肌色、森の民は緑の瞳・朽葉色の髪・褐色の肌。宝石の民は容姿を見ただけで、どの国の民なのかがわかるのだ。
だが、アヴォンは国が違っても、亜麻色の髪・灰色の瞳・白い肌と同じ共通点を持って生まれてくる。アヴォンは、どの国で生まれても、明らかに周囲とは異なる容姿と魔法が使えないという特性から長い間差別の対象とされ、疎まれてきた。
………三百年前まで、は。
宝石の泉の恩恵を受けて育っても一切魔法を使うことができないアヴォンは、一族の恥とされ、酷い時には生まれてすぐに殺されることもあった。人目に触れさせず、孤独に一生を終えてきたアヴォンだったが、三百年前に一人のアヴォンが子を産み、命を落とした。その子は、アヴォンの容姿を受け継ぐことなかった。それだけではなく、母であるアヴォンの失った魔力を受け取ったかのような膨大な魔力を持っていた。そして……その出来事が、アヴォンの人生を変えた。
忌み嫌われてきた存在から、金の卵へと。
その結果、どうなったか? 悲しいことに、アヴォンを標的にした誘拐が横行した。
元々、アヴォンは頻繁に生まれるわけではない。生まれると同時に、存在を隠されていたアヴォンの数を正確に把握することは難しいが、数十年に一人しか生まれてこないと言われている。しかも、それは宝石の民全体での話である。
『神は慈悲深く、寛容である。悔い改めた者には、赦しを与える。アヴォンの命と引き換えにすれば、生まれた子は神に赦されし子となる』
ふざけた迷信である。だが、宝石の民にとって、最も重要視されるのは魔力の強さ。そして、神に赦さられし子が生まれれば、一族の繁栄が約束される。欲に目がくらんだのか、このふざけた迷信は宝石の民の間に瞬く間に広がり、アヴォンは次々と命を落としていった。
「結婚の申し込みは、スマラグドスの未婚男性全員。誰を選んでも、私は殺されるでしょうね。彼らにとって、私自身はどうでもいいの。だから、私がスマラグドスに戻ることはない。絶対に」
「……ルチル、君の気持ちがわかるよ」
「慰めの言葉はいらない」
「いいや、言わせてほしい。君が数百人の森の民より、私を選んだ理由は私の美しさだろう」
…………ん?
「君の気持ちは、よくわかる。私ほどの美しさを持……」
「よくそんな言葉が出てくるわね。あなたには、デリカシーがないの? 他に言うことはないの?」
「お褒めの言葉をありがとう」
「全く褒めてない。どこを切り取ったら、褒め言葉になるのか教えてもらえると嬉しいわ」
「君に贈り物を贈りたいな」
「……は?」
「何が欲しい?」
……この男は、何を言っている? 全然、話が噛み合わない。私が告白した内容は、もの凄いことなのよ。それなのに、どうして……贈り物の話になっているわけ?
「いい案を思いついた!」
パチンっと指を鳴らして人差し指で私を指し、ウインクまでしてくる。
……ジャスの思考回路が、わからない。
「君のペンダントに、はめ込む宝石を贈ろう。失ってしまった宝石以上のものを贈ることはできないが、世界は広い。きっとルチルに似合う、とびっきりの宝石があるはずだよ」
ジャスが何を言いたいのか分からず、頭に次々と疑問符が浮かぶ。何も言えずにジャスを見つめていると、視線に気づいたジャスはふわりと笑った。
「宝石を探しに行こう、私と一緒に」
その誘い方が、歌うような言い方が、ジャスらしくて可笑しくなった。まだ出会って間もないのに、ジャスらしいと思うのは変かもしれないけど、なんだか……そのジャスらしさが心地良い。ルチルの秘密を聞いて、こんな反応を返す人がいるとは思わなかった。自然と顔には、笑みが浮かぶ。
今までの私からは信じられないだろうけど、ゲームの中のルチルは他人といると、無表情で感情を表すことをしない少女だった。それは、私の自我を持っても変わらなかった。だけど、ジャスといると感情が表情に出てしまう。あまりに楽天的で、調子いいことばかり言うジャスといると……自分の胸の中にあったモヤモヤが、晴れていく気がする。
「私たちの旅の目的が、宝石探し?」
笑いながら、言う。
「素敵な目的だろ?」
ジャスの笑みも深くなる。
ゲームの中でルチルが旅をする理由は、宝石探しではなかった。自分の居場所を探す旅。自分の存在を認めてくれる場所を探す旅。自分自身の存在する意味を探す旅。だけど……宝石探しの旅の方が、断然いいと思った。私は、ゲームの結末を知っている。ゲームに沿った物語より、私だけの物語の方がいいに決まっている!
「素敵かどうかは別として、その目的に賛成!」
「じゃあ、決まりだ」
「だけど、宝石探しをする前にしなければならないことある」
「? 何かな?」
「ジャスの解毒が、最優先事項。リガートゥルは解毒されるまで、体を蝕んでいく。数ヶ月で命を落とすようなことはないけど、少しでも早い方がいい。だから、私たちが最初に目指すのはクィーンクェ。ここから一番近い町だし、大きな町だからリベラを売っている店があると思う」
問題は、販売金額だけどね。それに、クィーンクェくらいの大きな町なら、空の民に会えるかもしれない。ゲームで空の民が出てくるのは、もう少し先だったけど、未来がゲームと同じとは限らない。私の旅の仲間はジャスパーじゃなくて、ジャスだし。旅の目的は自分探しじゃなくて、宝石探し。
『自分を信じて、自分の選択を信じて、自分の風に乗りさない』
母様の言葉が、私の背中を押してくれる。
私たちの旅がどんな道のりになるのか、分からない。でも、分からないからこそ、楽しめる! だって、今……私は、ワクワクしている。
――これから、ゲームの主人公《タイチンルチル・ア・ウロラ・ノウス》ではなく、私《ルチル》の冒険が始まるのだから。
お読みいただき、ありがとうございます。
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