人は、なぜ旅に出るのか?②
ポジティブシンキング、ポジティブシンキング、ポジティブシンキングッ!! 落ち着くのよ、私。ジャスはジャスパーかもしれないけど、ジャスパーじゃないんだから。そうよ! 何事も諦めが肝心なのだ。『なぜ、私がルチルに転生したのか』と悩んだところで、答えが見つかるわけがない。それと同じだ。
でも、一応……
「隠し武器を持っていたりする?」
「あいにく、私は武器を持たない主義なんだ」
……でしょうね。
「モンスターと遭遇したら?」
「遭遇しないように、祈るのみ」
……うん、聞いた私がバカだった。ジャスに期待するのは、やめよう。時間の無駄でしかない。
ジャスに頼れないとなると、私一人でモンスターと戦わなければならないことになる。その場合、草原ルートで町に向かうしかないだろう。WOFの草原は安全地帯と言われ、モンスターがあまり出現しない。(物語重視のプレイヤーのための配慮らしい)それに加え、まだゲーム序盤だから、出てくるモンスターは弱いはずだ。
それに、ルチルは魔法が使えない代わりに物理攻撃が得意で、ゲーム初期から攻撃力が高い。それに、ルチル短距離だけでなく、中距離まで攻撃することもできるのだ。
ユーテル(爪状の武器)だけで、どうしてって、疑問に思うでしょ?
実は、ルチルの武器はそれだけじゃないの。魔法の使えないルチルは、アクス(二十センチほどの鉄の棒の先端を尖らせ、持ち手の方に指を通す穴をつけたもの)を装備している。アクスの使い方は中指に通して握り、突き刺したり、攻撃を受け止めたり、手裏剣のように投げたりする。ユーテルは常に手の甲に装着しているが、アクスは足(取りやすいように、太ももの上あたり)につけている専用ベルトの中に入っている。
「ジャス。夜が明けたら、草原を通って町に行こう」
「え?」
「草原から町に向かうルートが、一番いいと思う。それに、ここから町までなら数日で到着できるし、荷物は近くに隠してあるから大丈夫よ」
「荷物?」
「なんで、疑問に思うの? 何も持たずに、旅に出るわけにはいかないでしょ? 近くに小さな洞窟があるの。そこに隠してあるから、少し寝てから出発しよう」
「…………」
「心配しないで。ダンジョンに入る前に、そこで過ごしていたから、安全確認はしてある。それに、火もすぐに起こせるし、飲み水もあるから」
「…………」
「あと、毛布が二枚あるから貸してあげる」
「…………」
「あのね、返事くらいしたら?」
「いや、少し……かなり驚いて」
「? 私、驚くような話をした?」
「ルチルが、私と……これからも一緒にいることを前提として話しているから、びっくりしてね」
……え?
…………えっ?
……………………えっっ?!
待って、待って、待ってっっ!! どういうこと? 一緒に旅するんじゃないの? 私たち、旅の仲間になったんじゃないの?? でも、ジャスは一緒に旅すると言って………ない?
――え?
――――えっ?
――――――えっっ?!
待って、待って、待ってっっ!! ってことは、ジャスは私と旅をする気がなくて……いやいやいや! だってさ、ゲームの中では、ジャスパーとルチルは旅の相棒なんだよ? ダンジョンを出てから、ずっと一緒に旅をするの! そりゃ、私だって……ジャスがジャスパーだと認めたわけじゃないのよ。認めたわけじゃないけど、このまま一緒に旅するって流れでしょ? ちがうの? 私の勝手な思い込み? 旅の仲間だと思っていたのは、私だけってこと?
両手で頭を押さえ、顎が胸につくほど項垂れる。
……恥ずかしい。恥ずかしすぎる。穴があったら、入りたい。穴がなくても、入りたい。
「ルチル。ちがう、そうじゃないよ」
はい、すいません。私の思い込みによる、勘違いです。なので、もう何も言わなくていいです。出来ることなら、ダンジョンから出た後のジャスの記憶を全部消してしまいたい。流れ星にお願いをしたら、私の願いを叶えてくれるだろうか? それとも、一発殴って記憶消そうか?
「私が言いたかったのは、ルチルが考えているようなことじゃない」
「……嘘つき」
「私は、ルチルに嘘をついたことはない」
「じゃあ、なに?」
「ルチルは、森の民だよね?」
「? そうだけど、関係ある?」
「森の民は、四つの国の中で最も閉鎖的な民だと聞いている。外部からの入国はもちろんのこと、出国も禁制されているだろう? すぐに、国に戻らないと大変なことになるのでは?」
「あぁ、それね」
確かに、ジャスの言う通りスマラグドスは入国も出国も厳しく管理されている。だけど、私はすでにスマラグドスを出ている。
「私、数日前に十八歳になったの」
「それは、おめでとう」
「めでたくないの」
「? どうして?」
「同時に、結婚相手が決まったから」
「あぁ。そういえば、森の民の成人年齢は十八歳だったね。でも、どうして? 結婚相手が気に入らなかった?」
「さぁ、わからない」
「ん?」
「会ったことないもの」
「……森の民は、相手のことを知らずに婚姻を結ぶのが普通なのかな?」
「まさか。スマラグドスは、非人道的な婚姻が普通な国じゃないよ。だけど、私の場合は話が別」
「というと?」
「森の民は、十八歳が成人。女性は成人を迎えると同時に、結婚相手を決める。実際は、誕生日前には相手が決まっていて、誕生日に相手を発表するんだけどね。私にも誕生日前に結婚の申し込みがあったけど、その全てを断ったの」
「ルチルのお眼鏡にかなう相手は、いなかったんだね。それなら、ルチルから申し込みをするのは?」
「私から?」
「結婚の申し込みを男性からするのが常識とされているが、私はそうは思わない。女性から申し込みをすることは、とても素敵だと思うよ」
「うん、私もそう思う。だけどね、私に結婚の申し込みをしたのは、スマラグドスの未婚男性全員だったの」
「……ん?」
「スマラグドスの未婚男性全員が、気に入らなかったってこと」
「…………森の民の男性は、少ないのかな?」
「スマラグドスの人口は、約一万。その半数が男性で、未婚者数となると……う〜ん、数百人じゃない?」
「すまない。私には、よく理解ができないのだけど……」
「そんな複雑に考えないで。結婚したくないと断ったら、無理やり結婚相手を決められたってだけ」
「……宝石の民は皆、他の血が入ることを嫌うからね」
四つの国は、自国民同士以外の結婚を禁止している。他国の血が混じると、宝石の泉の力を失い、産まれてくる子は魔力を持たないからだ。
「自分の相手は、自分で決める。それは、そんなに悪いこと?」
「いや、悪いことではないよ」
「でしょ? だから、逃げ出したの。きっと、今頃スマラグドスで大騒ぎね」
「ルチル。君は……もしかして、王族?」
「ブー、不正解。よく見て、私がお姫様に見える? それに、そもそもスマラグドスの王に、娘はいない」
「それなら、どうして?」
「私ね、魔法が使えないの」
「……え?」
「だけど、私の父と母は森の民。他の国の血は、混じっていない」
ジャスは大きな瞳を、さらに大きく見開いた。
「森の民は朽葉色の髪をしていているのに、私の髪は朽葉色ではない」
ゆっくりとフードの中から三つ編みに編み込んでいる亜麻色の髪の先端を掴み、ジャスに見えすいように前に持ってくる。
「森の民は褐色の肌をしていているのに、私の肌は褐色ではない」
長袖をめくると、血管さえも浮き出るほどに真っ白な肌が現れる。
「森の民は緑色の瞳をしていているのに、私の瞳は緑ではない」
深くかぶっているフードを後ろに追いやると、灰色の瞳がジャスの大きな瞳を捕える。
ジャスの目は瞬きを忘れたかのように、ピクリとも動かなかった。代わりに私がゆっくり瞬きをし、旅に出る理由を口にした。
「私は、アヴォン。神に罰されし子」