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人は、なぜ旅に出るのか?①


 ダンジョンの外は、きれいな星空が広がっていた。私のよく知る、薄明るい空じゃない。まばらに輝く、星空じゃない。星が降ってくるのではないか、と錯覚するほどの満天の星。ルチルが何度も見てきた、空一面に星が瞬く夜空。


「……きれい」

 自然と、言葉がこぼれ落ちた。


「だれもが、空に自分の星がある」

「え?」

「空にある星の数は、この世界に生きている人の数。星の輝きは、この世界に生きている人の輝き」

「それ、いいね。でも、そんな話を聞いたのは初めて。私が知っているのは“死んだ人は、星になる”だよ」


 話しながら、振り返る。その時、初めてジャスの姿を見た。いや、ダンジョン内でも見えてはいたが、崩落が始まり、それどころじゃなかった。それに、暗くて視界も悪かった。


 今、目の前にいる月明かりに照らされたジャスは……とても美しかった。


 抜けるように白い肌、整った顔立ち、見た者すべてを魅力してしまうほどの圧倒的な美を持っていた。ゲームの登場人物なら美形だろうとは思っていたが、想像よりも遥かに美しく、眩い輝きを放っていた。三次元は二次元には勝てないと誰かが言っていたが、そうではないと知った。ジャスは、私が見た誰よりも美しかった。

 私は長い黒髪がそよ風に吹かれているかのように揺らめいているのを、息をのんで、見つめることしかできなかった。


 ――ジャスが、私を見る。


 ジャスの茶色の瞳……だけど、光の加減なのかピンクが混ざって見える。見たことのない、不思議な色。だけど、すごく綺麗な色。まるで瞳の中にピンクの宝石を閉じ込めているような、美しい色。


「死んだ者が星になる、か。私は、ルチルの言った方がいいな。それなら、流れ星を見るたびに、悲しい気持ちにならずにすむ」


 言い終わると、私に向かって微笑む。瞬間、思わず視線を下にした。なんだか急に恥ずかしくなって、目深にかぶっているフードをさらに下にひっぱる。胸が破裂しそうだった。


 これは、さすがに頑張りすぎじゃない? ジャスパーは確かに美猫だけど、力入れすぎだから! 心臓に良くない。これは、絶対に良くない。


「ルチル?」


 覗きこむようにするジャスに、動揺を知られたくなくて、ペンダントを見る。母に助けを求めるように。


『風がタイチンルチル・ア・ウロラ・ノウスに、必要な出会いを与えてくれるわ』

『えっ? 風が……私に、出会いをくれるの?』

『えぇ、そうよ。きっとタイチンルチル・ア・ウロラ・ノウスにとって、とても意味のある出会いになるわ』

『母様。でも、意味のある出会いって? 一体、どんな出会いなの? どんな意味があるの?』

『どんな出会いになるかは、風だけが知っていること。そして、その出会いの意味は、タイチンルチル・ア・ウロラ・ノウスにしか分からないこと』

『私にしか、分からない?』

『風はね、出会いの意味までは教えてくれないの。だから、その意味は自分で見つけ出さなければならないわ。すぐに分かるかもしれないし、なかなか分からなくて、時間がかかるかもしれない。忘れないで、出会いは必然。偶然ではなく、必要があってタイチンルチル・ア・ウロラ・ノウスの目の前に現れるということを』

『……意味を探すのは、楽しいことなの?』

『えぇ、楽しいことよ。タイチンルチル・ア・ウロラ・ノウスは、宝探しが好きでしょ? “この出会いには、どんな意味があるんだろう?”って、考えてみて。ワクワクしながら、探すの。宝探しは冒険だから、時には大変なことも悲しいこともあるかもしれない。だけど、決して諦めないで。下から見たり、右から見たり、いろんな角度からじっくり見て探すの。タイチンルチル・ア・ウロラ・ノウスなら、必ず出会いの意味が見つけることができるから。自分を信じて、自分の選択を信じて、自分の風に乗りさない』


 もし、本当にジャスがジャスパーなら……私たちは、これから旅の仲間になる。ルチルは、猛獣使い。ジャスパーを使い、敵を倒していく。魔法の使えないルチルにとって、ジャスパーが主攻撃だった。


 ということは……


 ちらっと、ジャスを見る。顔はまだ無理そうなので、足元からゆっくりと視線をあげていく。黒一色の服には幾何学の刺繍が施され、その上に羽織っている深緑色ローブは長く、くるぶし丈だ。見える範囲に、武器らしい物を持っていない。それ以前に、戦いに向いている服装だとは到底思えない。上へ上へと視線をあげていくのに比例して、『これは、やばいのでは?』と焦り始めてきた。


「……ねぇ、ジャス。一つ確認したいことがあるんだけど、あなたの職業は何?」

「吟遊詩人だよ」



 …………ん?



「ぎ、吟遊詩人?」

「生きていくために、職を変えたんだよ」


 だ、だよね? ……焦った。まさかの回答に、ゲームが始まる前に詰んだかと思った。吟遊詩人が悪いわけでないが、WOFの吟遊詩人は全く使えないのだ。攻撃力皆無、防御力皆無。戦い中、歌や楽器をかき鳴らして仲間を鼓舞するだけ。ちなみに、攻撃力も防御力も上がらない。

 なぜ、作ったのか? と誰しもが疑問に思った職業である。でも、そんな戦いでは役立たずの吟遊詩人だけど、一つだけ良い事がある。パーティー内に吟遊詩人がいると、町に着く度に通貨が増えるらしい。吟遊詩人がパーティーにいたことがないから、本当かどうかはわからないけど。


「前の職業は、何を?」

「画家だよ」



 …………え? 



「昔の私は、自分の思うままに絵を描いていた。あのセレーニーティスの壁画を描いたのは、私だ。『アブ・オーウォー・ウスクェ・アド・マーラ』は、人の一生を描いたのだが、今残っているのは一部分だけ。本当に、残念でならない。私の最高傑作だったんだ。皆が立ち止まり、壁を見上げていた」


 昔を懐かしむように、まるで歌でも歌っているかのような口調で話すジェスの声を聞きながら、思った。



 ――これは、完全に詰んだ。

 ――こいつは、完全に戦力外だ。


読んでいただき、ありがとうございます。

今日から、一日一回の投稿になります。また明日、読みに来ていただけたら、嬉しいです。

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